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  杏子「わたしの夢は……」

*・゜゚・*:.。..。.:*・゜   SS 総評   ・*:.。. .。.:*・゜゚・*

       

【まおゆー@管理人】
あんことケーキの話も早いもので第四弾。どこかスレた雰囲気のあんこちゃんと
ケーキ屋さんなんて対極に位置するなんて始めは思っていたが・・・いまは切り離せない乙!

前作's
1:杏子「さて、はたらくか…」
2:杏子「ケーキを売るのも楽じゃない」
3:杏子「ケーキ作り……だと!?」オッサン「おう」



4:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 17:25:15.78 ID:8P3gq+kw0

杏子「おっし今日はこれぐらいにしておくか。ゆま、勘定数えるぞ」

ゆま「うん!」

杏子「…………32枚。細かい方は?」

ゆま「+6440円だよ!」

杏子「惜しいな、あとちょっとで4万突破だったのに」

ゆま「えへへ。そうだね。惜しかったねぇ~」

杏子「ま、上々だな。片付けして帰るぞ」

ゆま「うん!」






7:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 17:26:52.82 ID:8P3gq+kw0

ゆま「今日はどんなケーキをつくったの?」

杏子「モンブランだな」

そうだ、私のモンブランが帰りを待ってる!

今日のケーキもうまくできてるといいんだけど……。

いくら分量を「自分の感覚でやってみろ」って言われたからって

オッサンの手順に従ってるんだから、大きな間違いはないだろうな。


ゆま「キョーコ、今日はタンコブないね。もしかしておりょうりうまくなった?」

杏子「いや……そういうわけじゃないって」

あのたんこぶは、9割型「オッサン」呼ばわりしたせいでもらったもんだから……。





8:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 17:30:23.86 ID:8P3gq+kw0

杏子「モンブラン~モンブラン♪」

ゆま「ただいま~!」

売上を処理した後、余ったケーキを近所に持っていって、私は工房に戻ってきた。


ゆまは家の中へ消えて、私だけオッサンのもとに向かって具合を尋ねる。

叔父「丁度いい具合に冷えたところだ。食ってみろ」

杏子「うっす!」

スプーンでひとつまみして試食してみる。

叔父「どうだ?」





10:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 17:33:42.54 ID:8P3gq+kw0

杏子「マロンクリームが甘すぎるな。調子乗ってグラニュー糖をいれ過ぎたかも。120は多かったか?」

叔父「そうだ。この前と違って、栗自体に甘みがあるからな」

叔父「でも許容出来る範囲だ。牛乳と栗の比はよかったぞ」

杏子「本当か!?」

叔父「あとはクリームの載せ方が汚い。もっと慎重にやれ。」

杏子「いいじゃんか、美味けりゃ」

叔父「阿呆。ケーキは見た目で勝負が決まるんだ!」





11:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 17:38:42.07 ID:8P3gq+kw0

わかってる。

けど見た目はともかく、初めて作ったモンブランを材料比を自分で考えて、

それなりの物が作れたのが嬉しかった。

少しずつケーキの素材から、何をどれぐらい使えば、どんなケーキが出来るか

私のなかでイメージがもてるようになっていた。





14:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 17:42:17.08 ID:8P3gq+kw0

杏子「でも、まだまだだ。レシピどおりに作ってもオッサンみたいにうまくいかない」

叔父「なるほど。味はわかるみてぇだな」

叔父「なんでもうまいうまいって食うから、てっきり食い物ならなんでもいいと思ったぞ」

杏子「確かに食い物なら、なんでも食うけど。アタシには食う以外の楽しみってそんなにないから」

叔父「寂しい奴だな」

杏子「ほっといてくれ……」

どんなことでも楽しみが一つでもある分、自分は幸せなんだと思ってる。





15:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 17:45:52.75 ID:8P3gq+kw0

叔父「とりあえず、ひと通り店にあるケーキは作ったな……」

杏子「なんだ?次はアタシにも店のケーキ作れってか?」

叔父「馬鹿いえ! お前なんかに作らせて客足が途絶えたらどうする?」

杏子「そんなに悪くはないと思うけどな……」

とは言え、オッサンのケーキと比べるとやっぱり食感も見た目も差があるのは事実だ。

初めは似たようなものを作れただけで満足してたけれど、

作れば作るほど、その差が歴然としてくるのがわかった。

オッサンにはアタシなんかが簡単に追いつけるものじゃない。

元からそんな気はなかったけど。





16:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 17:48:37.06 ID:8P3gq+kw0

杏子「なんでアタシにケーキの作り方なんか教えるんだ?」

杏子「結局オッサンが作るんなら意味ないだろ」

叔父「道楽だ」

道楽? そんな暇つぶしみたいなことで、わざわざレシピを出したりするもんなのか?

杏子「いいのか? アタシが勝手に他の店でケーキを売りさばくかもしれないだろ」

叔父「レシピ盗まれたぐらいで、潰れるような店は、料理店とは言わないな」

いや、レシピは大事だろ。レシピは。

叔父「第一、俺のケーキがお前のケーキに負けるわけがないからな」

なるほど……。オッサンらしい考え方だ。

よっぽどの味音痴ならともかく、100人聞いたら99人がオッサンのケーキを上手いというに違いない。





17:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 17:51:12.34 ID:8P3gq+kw0

今の世の中、ただうまいだけじゃダメだってことぐらいわかってるだろうに。

人が良すぎるぜ、オッサン。

あたしはオッサンを裏切るような真似はしないが、

レシピなんてホイホイ他人にくれてやるもんじゃない。

杏子「商売には向いてないな。アンタ」

叔父「いいんだよ。美味いって言ってくれる奴が、ケーキを買いにくるんだから」

違いない。

杏子「オッサンのケーキは世界最強だ」

アタシがちょっと真似したぐらいでも、あっと言わせることができるぐらいに。

叔父「……」





18:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 17:54:01.10 ID:8P3gq+kw0

金に余裕が出来てから、ゆまやマミと他店に食べ歩きに行ったことがある。

マミ「ここのケーキが紅茶に合って素敵なの」

はむっ!

……なるほど。マミが薦めるだけのことはある。

杏子「いいんじゃないか?」

マミ「佐倉さんも気に入ってくれた?」

ゆま「キョーコ、ゆまのチョコレートケーキ少しあげるから、そっちもちょーだい」

ゆまはもぐもぐと私のフルーツケーキを口に運んだ。

杏子「……わたしのももには手をだすなよ」

ゆま「う、うん……」





19:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 17:56:32.15 ID:8P3gq+kw0

杏子「ところでアタシもケーキ買って来たんだけどさ」

手持ちのケーキ箱を取り出して、中身を広げた。

自慢するつもりはなかったのに、マミがどんな顔をするか見たいという誘惑に勝てなかった。

マミ「いいのかしら?他店のケーキをお店で食べて」

杏子「いいから。店員が来る前にさっさと食っちまえ」

マミは周りの目を来にしながらも銀色のスプーンを、チーズケーキに向けて、差し出す





20:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 17:58:55.46 ID:8P3gq+kw0

マミ「!?」

杏子「どうだ、美味いだろ?」

マミ「佐倉さん!!このケーキどこで買ったの?」


杏子「秘密だ!」

マミ「そんな、ずるい……」

くくく、たまんない。

ゆま「そのケーキね、キョ――」

ゆまの口を塞いで、マミに言う。

杏子「さぁて、どこの誰が作ったんだろうなぁ~」





21:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 18:01:36.04 ID:8P3gq+kw0

マミは悔しがりながら、私のケーキを食べていた。

美味しいものを紹介してくれると言っていたマミのプライドを打ち砕いたにも関わらず

目の色はギンギンに光っていたのが印象的だった。



結局、箱で店のことがバレてしまった。

マミ「ねえ佐倉さん、私にもケーキの作り方教えてくれないかしら?」

いくら自分の恩師とはいえ、店のレシピを差し出すわけにはいかない。

オッサンのとっておきの強さは身にしみてわかったから。

マミ「そう、仕方ないわね……」

マミ「でもよかった。あなたがケーキ屋で働いてるのが分かった。ふふふ」

杏子「なんだよ、アタシがケーキ屋で働いてちゃ悪いか?」

マミ「ううん……佐倉さんが真面目に頑張ってるのが嬉しくて」

杏子「仕方ないだろ? こいつの食い扶持も稼がなきゃならないんだし」

ゆま「えへへ。ごめんねキョーコ」

マミ「……ほんとよかったわ」





23:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 18:04:09.25 ID:8P3gq+kw0

~ケーキ屋~

今日は学校が休みで、さやかも店を手伝いにきていた。

さやか「ねえ、杏子。今日の仕事終わったら、ちょっと付き合って欲しいところがあるんだ」

杏子「なんだ?稽古なら毎日付き合ってやってるだろ」

さやか「いや、そっちじゃなくって……」

何かを渋っている顔。私はぴんときた。

上条とかいう坊やの件でまた愚痴をこぼされるのか。

はぁっとため息が出た。

なんで、私に相談すっかな。こいつは。





25:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 18:06:37.61 ID:8P3gq+kw0

杏子「お前学校に友達いないのか?」

さやか「いるよ!? いる……。いるけど……今はダメなんだ」

なんだかわけありっぽいな。

しかもまた、恋する乙女の顔をしてやがる。

こんな顔されたら、無碍に断れないじゃないか。





27:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 18:09:14.14 ID:8P3gq+kw0

杏子「わかったよ、付き合ってやる」

さやか「本当!? やったぁ~ ありがとう!」

杏子「わかったから、お前その抱きつく癖止めろって!」

さやか「本当は嬉しいくせに~テレちゃって」

なっ、何言ってやがる!?

私はヘッドバッドをさやかにお見舞いした。

さやか「ぐはぁっ!」

ったく……お前はもっと慎みを持てよ。


ていうか、……好きな奴がいるくせに。

止めろよな。そういうこと。


……って何イライラしてるんだろうな。私は。





29:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 18:11:50.33 ID:8P3gq+kw0

ゆまを先に教会へ帰らせて、仕事帰りにファーストフードに来ていた。

私は、チーズバーガーとコーラを注文してきた。

さやか「あれだけ叔母さんの手料理食べて、よく食べられるね」

杏子「さやかの奢りだからな。食える時には食わせてもらうよ」

さやか「そんだけ食べて太らないアンタが羨ましいよ……」

杏子「お前らが気を使いすぎなんだって」

杏子「美味いもんを目の前にして、カロリーとか考えるなんてバカじゃん」

さやか「……」





31:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 18:14:31.83 ID:8P3gq+kw0

杏子「で、話ってなんだよ」


さやか「あ……うん。恭介のことなんだけどね……」

でたよ。幼馴染。やっぱり予想どおりか。

さやか「う、なんか顔が怖いんですけど?」

杏子「別に。続けろよ」

さやか「えっと……私の友達に仁美って子がいるんだけどね」



私は、内心いらいらしながら聞いていた。

どうやら仁美ってやつに、大事な幼馴染を横取りされるかもって話だ。





32:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 18:17:01.67 ID:8P3gq+kw0

杏子「馬鹿野郎、てめぇがもたもたしてるせいだろがっ!」

杏子「んな奴ぶち殺してでも止めろ。じゃなきゃさっさと告っちまえ」

さやか「殺すって……。それに告白できれば苦労しないんだって」

杏子「何か告白出来ない理由でもあるのか?」

さやか「……」

何も言ってこないってことは、大した理由がないのか……。

あるいはただ恥ずかしいだけなんだろう。

見てらんねえ。

お前が犠牲にしたもの、もう一度考えてみろよ。

ただの幼馴染相手に、お前の人生差し出したようなもんなんだぞ。





34:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 18:19:37.68 ID:8P3gq+kw0

杏子「知るかよ……そんなこと」

さやか「あはは、やっぱり?」

杏子「告る勇気がねえ奴は、一生そうやって這いずり回ってろ」


なんて偉そうなこと言ってるが、私だってまともに恋をしたことない。

そんなヤツに意見を求めようってのがおかしい。


ただ、私が、さやかが幸せになれないなんて、信じられなかった。

ここまでして、報われないなんてどうかしてるんだ。


なんで、そこまで要領がわるいんだよ……。





35:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 18:22:14.73 ID:8P3gq+kw0

さやかをふる奴がいるなんて、私には信じられない。

私が男なら、きっとさやかを選ぶだろう。

さやかを……。


さやかを?


いや、いや。私は女なんだ。

私が男だったらとか、そんな仮定をしている事自体がおかしい。

間違いなんだ。





37:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 18:24:47.71 ID:8P3gq+kw0

さやか「きょうこ? 杏子?」

杏子「ん……ああ、どうした?」

さやか「なんかぼぉっとしてたから。考えごと?」

杏子「ああ……」

さやか「ふーん。ところでさ。叔父さんからケーキ作り教わってるよね?」

なんだ、今度は私のことか?

杏子「お前の話はいいのかよ?」

さやか「まあ、結局自分で解決するしかないみたいだし。でもお陰で少し勇気でたよ」





38:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 18:28:02.55 ID:8P3gq+kw0

さやか「で、叔父さんの指導はどうですかね?」

杏子「げんこつの数が増えたっての。殴られない日が珍しい」

さやか「いや、それアンタが呼び方気をつけないからでしょ?」

ゆまと違って、こいつはわかってるみたいだな。

杏子「オッサンはオッサンだろ。それ以上でもそれ以下でもない」

さやか「アンタもあたしのこと言えないぐらい、要領悪いと思うよ」

杏子「まあ……自覚はしてる」





40:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 18:30:57.46 ID:8P3gq+kw0

杏子「おかげで今じゃさやかよりも、腕を上げたと思うぞ」

さやか「前に食べさせてくれたもんね。うんうん。感心感心」

さやか「そのうち、あんたのケーキがお店で並ぶかもね」

杏子「いや、それはねえって。オッサンのケーキは越えられないから」

さやか「そうかな? あたしはそんなに味が変わんないと思うよ」

杏子「だとしたら、お前の味覚はどうかしてんだ」

さやか「褒めてるのに、なにそれ~」

褒めてくれるのは嬉しいが、もし本心だとしても、私はそれを認めたりしない。

こと食い物に関しては譲るつもりはない。

私は自分の舌が間違いではないと信じている。





41:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 18:33:51.58 ID:8P3gq+kw0

まあ、マミだってあれだけ眼の色変えてたんだから

私のケーキだってそこそこ売れるかもしれない。

だけど、私はオッサンと同じ考えだ。


あの棚には本当に美味いものが並ぶべきなんだ。


さやか「でも、少しはお店に並べてみたいなって気持ちはあるんじゃないの?」


杏子「……」


どうだろな。

結局それは私のケーキじゃないんじゃないか?

オッサンのコピーを売ったとして、それは私にとってどれだけ価値があることなんだ?





44:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 18:36:23.13 ID:8P3gq+kw0

確かに美味いといってくれる人はいるだろう。

でも、私の作るケーキはオッサンの劣化版でしかない。

あのあとマミにオッサンのケーキを食べさせたら、「これが本店の味なのね」と、確かに違いを認識していた。

わかる奴にはわかるんだ。

それに大方の客は私のケーキじゃなくて、オッサンのケーキを買いに来てるわけだ。

そなへん歩いてる奴がたまたま買いに来てる奴ならともかく、

オッサンのケーキが食べたくて買いに来てくれていることを、私が一番良く知っていた。

客の顔は半分以上が顔見知りだ。

杏子「いや、アタシはいいよ。メイド服来て売ってるのが性に合ってる」





46:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 18:40:25.04 ID:8P3gq+kw0

さやか「まあ、それならそれでいいんだけど……」

さやか「でもさ、もしアンタが叔父さんに叶わないと思って諦めてるなら、考え改めた方がいいよ」

杏子「いや、無理だって……」

さやか「そうはいうけど、叔父さんが世界一のケーキ職人ってわけじゃないんだよ」


世界?

ああ。私は自分の見ている範囲のことでしか物を考えられてなかったんだな。

でもどうだろう。

オッサン以上に感動させてくれる味なんてこの世に存在するのか?

ないとは言い切れないけど……。





47:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 18:43:58.15 ID:8P3gq+kw0

さやか「それにさ、アンタが叔父さんに勝てるものだってあるかも知れないんだから」

杏子「ケーキ作りでか?」

そんなものあるのか?

さやか「あたしは杏子のケーキ好きだけどなぁ……」

ありがとうよ。

でも、あれは私のケーキであって、私のケーキじゃない。


そもそも、私は食べるのが好きで、職人になりたいわけじゃない。

なりたいわけじゃない……と思う。

いや……

――こんなアタシが何かになりたいなんて、おこがましいんだ。

右手の指輪を見つめながら、私はもやもやとした気分に押しつぶされた。


せめて、あと10年。

いや、5年生きられれば……あの人に追いつくことができるんだろうか?





49:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 18:47:35.26 ID:8P3gq+kw0

さやか「ケーキ屋なんて、女の子なら誰もが一度は憧れる仕事だと思うけど」

杏子「ふふ、間違いないな。アタシも昔はクリーム舐めながら、お菓子を作るなんてどんだけ幸せなんだって思ってた」


杏子「でもな、アタシには足りないんだよ。なりたいって気持ちが」

杏子「アタシはわりと幸せ者なんだなって、最近気づいた」

未来なんて夢見なくても、いつの間にか、人に囲まれてて。

ゆまや、さやか。オッサンに叔母さん。マミも私のことを気にかけてくれてる。

今オッサンの言葉を借りるなら

自分がやりたいことは、この人たちを大事にすることなんだと思う。

自分にできることをやればいいんだ。





51:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 18:52:25.76 ID:8P3gq+kw0

さやか「……そう」

私を見るさやかの目は、寂しそうに見えた。


きっとさやかにはわからない。それでもいいんだ。

今自分が幸せだと思えることが、私は嬉しい。





52:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 18:56:02.08 ID:8P3gq+kw0

翌朝、私たちはいつも通りに仕事に出かけた。

シャッターが降りっぱなしなっていて、仕方ないので裏口の方から回る。

杏子「うお~い、働きに来たぞ~~」


閑散といて、いつもの活気がない。

しかも、ケーキ屋の甘い匂いがしなかった。


ゆまと首をかしげた。

ゆま「なにかあったのかな?」

すると、仕事着を着ていないオッサンが現れた。

杏子「あれ?今日は休みだったか?」





54:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 19:00:07.56 ID:8P3gq+kw0

叔父「遠出することになった。今すぐ支度してこい」

遠出?

杏子「急だな。って、支度ってもしかしてアタシもか?」

叔父「給料は出せんが、代わりに美味いもの食わしてやる。喜べ。」

美味いもの…。なんだろう。

杏子「わかった。でも支度が必要なほど遠くへいくのか?」

叔父「そうだ。ゆま。2,3日こいつを借りてくぞ。お前はうちにいろ」

ゆま「キョーコ、どっかいっちゃうの?」

すると叔母さんが現れて、にっこりと笑いかけてきた。

叔母「大丈夫よ。しばらくおばさんといっしょに留守番しましょう」

ゆま「うん。わかった」





55:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 19:03:36.49 ID:8P3gq+kw0

とりあえず私は一旦家という名の廃墟に戻り、荷物を整えてきた。

見滝原の駅で、オッサンと待ち合わせることになっている。

オッサンは飛び抜けて身長が高かったので、すぐにわかった。

叔父「よし、来たな」

杏子「美味いもん食わせてくれるんだろ?」

叔父「ああ。とっておきをな」

オッサンなんか機嫌いいな。

別に珍しくはないけど。

私は行き先も訊かないまま、その誘いに乗っかった。

生活費には余裕があったし、数日ぐらい給料が出なくても大丈夫だ。

出来ればゆまも連れてきてやりたかったが、あいつとはまた行けばいい。

それよりも、オッサンのとっておきを、一刻もはやく味わってみたいと思った。





57:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 19:07:20.95 ID:8P3gq+kw0

何年ぶりに乗るかわからない電車に乗って私はすっかり浮かれていた!

杏子「うほおおお、走った。走ったぞ!」

叔父「騒ぐな馬鹿。恥ずかしいだろ」

杏子「でも、いいのかよ? 旅行に行くならアタシじゃなくて叔母さんだろ」

叔父「あれとは毎年出かけてる。それに今回の旅の目的はケーキだ」

杏子「ケーキ……」

昨日のさやかとの会話を思い出した。

オッサンよりも美味いケーキ。そんなものが存在するのか?

もしかしたらこの旅で、出会うかもしれない。

――そんな簡単に見つかるとは思わないけど。

杏子「で、どこまで行くんだ?」





59:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 19:10:46.90 ID:8P3gq+kw0

電車で4時間ぐらいかけ、東京を越えどこかよくわからないところまで来た。

地理も漢字も苦手な私は、ここがなんて場所なのかわからなかった。

看板には横なんとかって書いてある。横浜じゃない。横浜はとうに越えてきたから。

海やら船が見えて、日本なのに、なんだか別の国みたいな建物。

やけに英語で描かれた看板が多いなと感じた。


杏子「まだ着かねえのか?」

叔父「まだまだだ。いいから黙ってついて来い」





60:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 19:14:30.97 ID:8P3gq+kw0

駅から数十分のところでタクシーを降りると

空港みたいに飛行機がたくさんある広い用地にやってきた。

すると、中からオッサンほど体格の良さそうな迷彩服姿の男がやってきた。

「Hey, I haven't seen for long time!(よっ、久しぶりだな)」

お、おい、英語じゃねえか。

よく見たら日本人じゃないな。

もちろんろくに中学に通ってない私が英語がわかるはずがなかった。


叔父「You look great(元気そうだな)」

ってオッサン、アンタもか。そんな特技があったんだな。

ごめんな。

脳みそは、ほとんど筋肉でできてると思ってた。





63:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 19:22:05.26 ID:8P3gq+kw0

しばらくオッサンと男は親しげそうに話をしている。

もちろん英語でな。

私がぽかーんと口を開けていると、迷彩服の男に連れられるように私たちは案内された。

杏子「なあ、ここってもしかして」

叔父「米軍基地だ」

なんとなく予想はついていたが、なぜそんなところに私たちはいるんだ?

杏子「……これからアタシはどこへ行くんだ?」

叔父「渡米する」

とべい? 私の辞書にそんな難しい言葉はなかった。

オッサンはそんな私を見て、意地悪そうに笑っていた。





66:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 19:26:53.18 ID:8P3gq+kw0

男に案内されたのは、小型の乗り物だった。

それが空を飛ぶ物だってことが私にもわかった。

恐らく米軍の戦闘機だ。

杏子「お、おい! オッサン。まさかこれに乗るんじゃないだろうな?」

叔父「乗らないでどうやってアメリカまで行くってんだ?」


アメリカだと?





65:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 19:25:55.78 ID:8P3gq+kw0

杏子「まてまてまて!」

叔父「いいからさっさとベルトしろよ」

叔父「Take off at once(出してくれ)」

軍人「All right!」

私が狼狽しているのを、その男はHa,Ha,Haと見ながら、操作をはじめている。


杏子「ていうか、なんで米軍基地なんだ! 普通の飛行機で行けばいいだろう?」

叔父「お前パスポートなんて持ってないだろう?」

叔父「大体、搭乗手続きで1時間近くかかる旅客機に馬鹿みたいに金をかけるなんて阿呆らしい」

このオッサンとんでもないことを言ってないか?





67:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 19:29:55.74 ID:8P3gq+kw0

杏子「と、とにかくアタシはかえ――」

叔父「喋ってると舌噛むぞ」

杏子「え?」

振動が機内に伝わったと思ったら、次の瞬間には、恐ろしいほどの加速をして

電車の最高速をあっという間に超えた。


――飛んだ。

窓から軍用地、そして青い海が見える。

どんどん高度をあげ、加速の重圧を一身に受けて……。


私は大地を離れているんだと思った。





69:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 19:33:08.82 ID:8P3gq+kw0

速度も高度も安定してくると、私はようやく口が効けるようになった。

その頃には怒る気力も、オッサンを問いただす気力もなくなっていた。

杏子「アメリカのどこまで行くんだ?」

叔父「ニューヨークだ。6~7時間もあれば着くだろうな」

杏子「かなり速度が出ているような気がするんだけど、そんなにかかるんだな」

叔父「音速は余裕で超えてる。まあ我慢しろ。普通なら倍の時間がかかる」





70:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 19:36:35.75 ID:8P3gq+kw0

わざわざケーキを食いに行くのに、

こんなことをするオッサンは阿呆ではないかと思ったが

私は空から見る景色に見惚れてしまった。

オッサンが只者じゃないことは思ってたが……。

杏子「アンタ一体何者なんだ?」


叔父「ただのケーキ職人だ」

まともに答える気はないらしい。





71:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 19:41:00.30 ID:8P3gq+kw0

杏子「つ、着いたのか?」

叔父「そうだ。ここは日本じゃない」

オッサンは、男に丁寧に礼を言うと、トランクを引いて歩き出した。

空気が冷たくて、あちらより少しばかり冷えていた。

太陽が東から登ろうとしてるところだ。

杏子「もう朝なのか?夜を飛び越えた気がするんだけど」

叔父「時差ぐらい知ってるだろ?今は日本じゃ夜中だ。」

そういえば、そんな現象があるんだっけ。





72:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 19:44:30.55 ID:8P3gq+kw0

なんか身体がだるいな。

杏子「なあ、どっかで昼まで寝ないか?」

叔父「そのつもりだ。宿までそんなにかからない」

杏子「うぃ……」


軍用地を出ると、目がさめるような光景が広がっていた。

街並みが広い!

樹の形が、日本のそれとは違って、全く違うところに来たんだなぁとしみじみ思った。

まるで映画の中に入り込んだみたいだ。

杏子「ゆまにも見せてやりたいな……」

叔父「今あいつは反対側にいる。今頃ぐっすり寝てるだろうよ」

私の近くにあったものが随分と遠く感じた。

さやかも、マミも、ゆまも……今は地球の反対側だ。





75:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 19:48:10.32 ID:8P3gq+kw0

杏子「オッサン。アレはなんだ?」

叔父「自由の女神も知らないのか? アメリカの独立記念に貰ったもんだ」

自由の女神……か。

なんか、女神って感じじゃないな。

私のイメージだと、羽が生えてて天使みたいなイメージなんだけど。


叔父「ちょうどいい。少なからずこの国では日本より宗教の信仰がある。文化も違う」

叔父「俺達みたいな無信仰の国とじゃ、頭ん中が違う。人と関わる時は気をつけろ」

無信仰……。

私はそうでもなかったんだけどな。

今じゃ無信仰どころか、宗教なんてクソ喰らえだ。

杏子「おっす。でもどうせ言葉が通じないんだから関係ないさ」

叔父「言葉は大事だ。でもその気になればどうにでもなる」

雑草魂ってやつか?





77:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 19:51:39.49 ID:8P3gq+kw0

ホテルっていうんだろうか?

キラキラした装飾が施されてて、お城に来たみたいだ。

叔父「少し待ってろ。チェックインしてくる」


日本のホテルには何回か泊まったこともあるが、

こんなに広かっただろうか?





78:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 19:55:11.11 ID:8P3gq+kw0

ホテルのケーキコーナーを眺めていた。

6.50$……っていくらだ?

だいたい1ドル100円ぐらいだっけな?
(まどかの世界は2008年ぐらいだったと思われ)

650円……。うちの店の倍額じゃないか。

こんなケーキにそんな価値があんのか?

ちょっと食べてみたくなってサイフを取り出した。

杏子「……そっか。アタシ、金持ってねえ」

財布には日本円が詰まってるけど、

ドル札なんて持ちあわせてなかった。

銀行かなんかで両替が出来るのか?

オッサンに後で相談してみるか。


せっかくだからゆまたちにも土産を買いたい。





80:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 19:59:00.40 ID:8P3gq+kw0

もどってきたオッサンは部屋のキーを2つ抱えていた。

これがお前の部屋の方だ。

杏子「なぁパスポート無しに滞在なんて出来るのか?」

叔父「ここは軍の管轄だ。多少なら顔が利く」


……だからアンタ一体何者なんだよ。

多分ろくな答えが帰ってこないことは予測できた。

オッサンが話さない限りは、私も聞かないことにした。





81:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 20:02:20.91 ID:8P3gq+kw0

叔父「昼になったら起こせ。それまでは変にホテルの中をうろつくなよ」

杏子「わかってるって」

オッサンと別れると、私は自分の部屋に向かった。


杏子「広っ!」

一人で使うには勿体無いほど。その気になりゃ一つの家族が泊まれそうな一室だった。

私はすぐにはベッドには横にはならず、テラスの方へ駆け寄ってみた。

自由の女神と、名前も知らない川が流れてて、

地元にこもり切ってた私には、どうにも落ち着かなかった。

身体は疲労で早く寝たいといっているのに

寝るのが勿体無いような、早く外に出ていろいろ街を見たいような気分だった。

だいたい、朝日が登ってるってのに、なんか不健康じゃないか。





83:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 20:06:55.24 ID:8P3gq+kw0

気がつくと、私はふかふかのベッドの上で倒れてた。

疲労には勝てなかったようだ。


時計だけは英語がわからなくてもわかる。

昼の1時過ぎ……。もうすぐ約束の時間だろうか。

備え付けのシャワーを浴びて、準備を整えるとオッサンの部屋を叩いた。


杏子「起きてるか? 」

すると、中から怠そうな顔をした男が現れた。

叔父「ああ。お前はもう平気なのか?」

杏子「若いからな。これぐらいなんてことねえって」

叔父「オレを年寄り扱いするな。ちょっと待ってろすぐに準備する」





85:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 20:10:38.88 ID:8P3gq+kw0

私はオッサンの準備が整うまで部屋に戻って、電話を眺めた。

こっから日本に電話って出来るんだろうか?

出来るとしても、結構金が掛かりそうだな……。

ゆまはおいおい叔母さんから事情を聴かせられるとして

さやかには一言断っておきたかったな。

訓練と討伐がある。

まあでも、それもゆまがきっと話してくれるか。


グリーフシードも手持ちに余裕がある。

こっちの魔法少女とトラブルを起こすこともないだろう。

そもそも日本からかけ離れたこの場所で、魔獣なんてものが出てくるか知らないが。





86:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 20:14:50.10 ID:8P3gq+kw0

私はテラスから外の景色をもう一度眺めた。

今まで見たことのない世界だ。


わたしは魔法少女だ。

普通の人間とは違う世界に住んでいる。

普通の人間が知らない世界を知っている。


私の世界はオッサンや叔母さんなんかが知り得ないような世界で。

オッサンたちがそんなものの存在を知ったらきっと驚くだろう。


今の私はそんな知らない世界を見た驚きで圧倒されていた。





88:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 20:18:11.39 ID:8P3gq+kw0

どんな物を目にしても、どれだけ信じられないものを目にしても

わたしはそれを受け入れるだけの肝がすわっていると思ってた。

魔法があるんだから、何が起きても不思議じゃない。


そんな私が、圧倒されている。

どんなものが……どんな人が、私を待っているのだろうかと待ち侘びている。

躍る衝動が止まらない。





91:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 20:21:52.72 ID:8P3gq+kw0

陽の光を眩しく浴びながら、オッサンは見慣れない紙幣を見せてくれた。

杏子「トラベラーズチェック?」

叔父「ああ。まずはこいつを両替するか、専門店で買い物して銭を作らねえと」

杏子「アタシにも分けてくれよ。金は払うからさ」

せっかくだ。いろいろ買い食いをしてみたい。

ゆまに土産の一つもかってやりたい。

叔父「……いいだろう。一応2万円分やる」

叔父「だが、場合によっちゃパスポートの提示を求められることもあるかもしれない」

叔父「ドルに換金するまでは、俺があずかっておく」

杏子「色々面倒なんだな」

叔父「わかってるとは思うが、問題起こすなよ? 不法入国、不法滞在。見つかったら即強制送還だ」

できるだけオッサンからは離れないようにするか。

杏子「普通にしてりゃいいんだろ?」

叔父「そうだ。」





92:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 20:26:01.99 ID:8P3gq+kw0

宝くじみたいなのを売ってる店の受付にオッサンは話しかけていた。

叔父「Exchange this one(こんだけ両替してくれ)」

受付「Sure」

おっさんは受付から金を受け取って、数をかぞえる。

杏子「アンタ、意外と博学なんだな。実は大学もいいところ出てるんだろ?」

叔父「んなわけあるか。お前より少しばかり高学歴だろうがな」

叔父「英語は、出来ないと生きて帰れない状況だっただけだ」

どんな状況だ。





93:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 20:30:43.20 ID:8P3gq+kw0

オッサンから100ドル紙幣と10ドル紙幣をいくつかもらった。

杏子「これが、ドル札かぁ~。ペラペラだな」

叔父「さっさとサイフの中に仕舞え。手で持ち歩いてると、持ってかれるぞ」

治安の問題か? もしかしたら日本ほど安全じゃないのかもしれない。聞いたことがある。

杏子「気をつけるよ。 で、これから何処にいくんだ?」




オッサンはタクシーを止めた。

そして運転手に行き先を告げる。

地名を聞いても私にはそれが北なのか、南なのかわからなかった。





95:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 20:34:42.26 ID:8P3gq+kw0

車の中で、私はなんとも言えない違和感を感じた。

杏子「なんか変な感じだな……」

叔父「恐らく左ハンドルのせいだろうよ、日本とは車線も逆だから」

杏子「ああ、なるほど。通りで」

叔父「お前。腹の具合はどうだ?」

杏子「空っぽだよ。麩菓子も日本の電車の中で食い尽くしたし。早くなんか喰わせてくれ」

叔父「あと1時間だけ我慢しろ」


しばらく走ると耕地や牧場が見えてきた。

杏子「あれは何作ってんだろうな?」

叔父「小麦だろうな。こっちじゃ米よりパンが主食だ」

杏子「パン……」

どんなパンがあるんだろう?

ああ。なんでもいいから早く喰わせてくれ。





97:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 20:38:29.04 ID:8P3gq+kw0

叔父「着いたぞ」

閑静な住宅街だった。

ニューヨークとは違って、大きいビルもなければ、車通りが激しいわけでもない。

芝の匂いが強く、ブランコなんかがある公園でイヌと遊ぶ少年の姿が見えた。


叔父「きりきり歩けよ。腹減ったんだろ?」

杏子「お、おう……」

いいなぁ。

この景観を、この道を……

あいつと並んで歩く姿を、私は想像していた。





98:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 20:42:43.08 ID:8P3gq+kw0

オッサンと最初に入ったのは、『白』を基調とした明るい店だ。

もちろん、カフェだったのでケーキも置いている。


オッサンは店員と目を交わす。

って……オッサンに負けないぐらい体つきだな。

その人は穏やかに笑って、カウンター越しに挨拶をしてきた。

店員「Hey, You are Kyoko? nice to meet you 」

挨拶…なんだよな?

困惑気味にぶらついていると、オッサンはカウンター席に座るよう促した。





100:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 20:46:41.77 ID:8P3gq+kw0

腰をかけると、白人の店員はメニューみたいなものを渡してくれる。

杏子「せ、センキュー」

クスっと笑われ、思わず顔が赤くなってしまった。

こっちの人間は感情の出し方がまっすぐだな…。

お可笑しい時は本人の前でもお構いなしだし、表情がオーバーで、目でを使ってそれを伝えてくる。

渡してくれたメニューで顔を隠すように眺めた。

写真が載っていたので、英語が読めない私でも理解できた。


杏子「白っ!?」


どのメニューを見ても、同じように真っ白いケーキが並んでいた。

ブルーベリージャムのレアチーズはもちろん、

色んなカタチのケーキが同色で統一されてている。

もう不気味なぐらいに。





102:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 20:49:54.88 ID:8P3gq+kw0

私が驚いているのを見て、マスターは片言の日本語を囁く。


「ミキノケーキ、ワタシ、マケナイヨ」


杏子「!?」

ミキ……美樹。オッサンのことだろう。

この男は、オッサンに負けるつもりはないという。

正気か?

オッサンと店主の顔を交互に見る。

オッサンは我関せずといった顔で、店主はにまにましながらこっちを眺めてた。

なんだか喧嘩を売られた気がして、空腹を忘れ、マスターに向かって言い放った。





103:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 20:51:18.83 ID:8P3gq+kw0

杏子「一番美味いケーキをよこせよ!」

私が何を言ってるのか伝わったのか男は、面白いと言ってるように笑っていた。

店員「I like strong-willed girl(気が強い子は嫌いじゃない)」



オッサンは、少し挨拶をしてくると言って、店の奥に行ってしまった。

他に知り合いがいるのか?

マスターとはなんか親しげみたいだから、きっと旧知の仲なんだろう。





104:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 20:54:00.18 ID:8P3gq+kw0

オッサンがいなくなって、少し心細くなった。

そこへ男が話しかけてきて、どうしようかと戸惑う。

店員「How about coffee or orange juice」

はう? あ…

――ったく、日本語でしゃべれよ。

私が困った顔で両手を肩の横に広げると、男はしたり顔で笑った。

すると、コーヒカップと、冷蔵庫からビンに入った

オレンジジュースを取り出して左右の手で持ってきた。

ああ、どっちか選べってことね。

私はオレンジジュースの方を指さした。


店員「You are just a child(お子様だね)」


……何か今小馬鹿にされた気がするぞ。





106:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 20:55:37.59 ID:8P3gq+kw0

そいつが差し出した黄色いコップを啜りながら、店の中を眺める。

内装の雰囲気は、欧米スタイルなんだろうか?

日本人の私には少々明る過ぎる気がする。

店員「ユックリミルトイイヨ」


そういや店の中はいやに明るいが、電灯らしきものが見当たらない。

代わりに天井が幾つか切り抜かれ、窓になってて鏡のようなものが張られている。

ヒカリにこだわってるのか?


わたしは席を立ち上がり、店の中を歩きまわった。

他に客が何人かいて、日本人の私を見ても別段気にする様子はなかった。

そういう国なんだろうか。





108:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 20:58:57.32 ID:8P3gq+kw0

一枚の写真が、奥の窓際に立てかけてあった。

杏子「んっ……これって」

見覚えのある顔だ。

オッサンと叔母さん。

それからいけ好かないこの店の主。

その隣には見たことのない、白人の女性が一人――マスターの奥さんかもしれない。

その4人がこの店の前で写真に映っている。

へぇ、おばさんもここに来たことがあったのか?


マスターは今より若い感じがしてるが、

オッサンに至っては今とほとんど顔が変わっていない。

生まれた時からあの顔だったんじゃないだろうな。

……不気味すぎる。





110:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 21:02:49.67 ID:8P3gq+kw0

店員「We took this 3 years ago (3年前に撮ったんだよ)」

杏子「うわっ!?」

いつの間にかマスターが私の横に立っていた。

スリーが聞き取れたので、なんとなく言ってることがわかった。

私は写真の見知らぬ女性を指さした。

杏子「アンタ、奥さんいたんだな」

店員「ビジンダロウ?」

思わぬ答えがかえって来て、私は苦笑した。

思ったより日本語が話せるんじゃねえか。





112:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 21:06:38.39 ID:8P3gq+kw0

私はもう一度写真を眺めた。

オッサンの顔にばかり注目していたが、

何か違和感のようなものを、写真から感じた。


杏子「あれ?」

気のせいかな。

――叔母さんのお腹が少し大きい気がする。





115:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 21:11:53.99 ID:uXWoleZX0

ぐぅ~~

店中にわたしの虫の音が響き渡った。

店員「コレハタイヘンダ」

マスターに笑われ、私に無関心だった店中の客もこちらを見て笑っていた。

むかついたのでその足を軽く蹴飛ばしてやった。

店員「サテ、オヒルニシヨウカ、キョーコ」

男は写真立てを倒し、カウンターへと戻る。


私はその倒された写真をもう一度眺めた。





118:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 21:19:44.79 ID:8P3gq+kw0

出されたのは、レアチーズだった。

真っ白の皿の上に、真っ白なケーキ。

更に陽光が折り重なって、これでもかってほど輝いてる。


でも、不思議と自己主張が激しい感じがしない。


これだけまばゆいぐらいに「白」を見せられたら、うざいと感じるはずなのに、それがない。

何もかもが自然で、「ああ、いいなぁ」と声が漏れそうになった。


スプーンで、ケーキを雪の上に足跡をつけるようにすくうけど、

何かに触れている感じが全くしなかった。

銀色の表面には透けるような白に、光が反射して、

それが砂糖の塊であるなんてとても信じられないくらいだ。

重さのない宝石を掴んでいる――そんな気分だ。





119:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 21:20:47.98 ID:8P3gq+kw0

食べる前から私は負けていた。

食べる前に鳥肌が立つなんて、予想できただろうか。

食い物を食べて感動したことはあっても、

食い物を見て感動したことはなかった。



それを口にいれ、溶けるような甘みを舌で感じた。

数秒後には、それは無となり、甘いモノを食べた後の、気持ち悪さが全くしなかった。

杏子「……うまい」

不味いはずがなかった。

さらに日本のものとは違う食感が斬新で、

ケーキと言う名の別のなにかを食べている気がした。





121:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 21:24:23.45 ID:8P3gq+kw0

店員「How's my cake?」

言いたいことはわかる。俺のケーキはどうだ?って聞いてんだろう。

杏子「ベリーテイスト!」

「OK,OK!」と男は苦しげに笑っていた。

よくわからないが、私の言いたいことは伝わったのか?

杏子「アンタすげえよ。こんなケーキ初めて見た」


店員「ケーキ、ダケ、トクベツナイ。サンライトパワー、ヒツヨウ」





123:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 21:28:39.70 ID:8P3gq+kw0

カタコトの日本語で男は語り出した。

何故、この店が白いのか。何故そこまで光にこだわるのか、

この外国人は私に事細かに伝えようとしてくれる。

白は何色にも化けるらしい。

夕刻には、紅葉色に染まって、また違った輝きを放つそうだ。

ああ。

異国の、しかも年も離れてる奴の言葉が、染みてくる。

文法は滅茶苦茶でも、

こいつのケーキ、食にかける熱意が相当なものだってことが、私にはわかった。

私はすっかり嬉しくなって、そいつの話を聴き入っていた。





124:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 21:32:18.52 ID:8P3gq+kw0

杏子「私は口に入ってからが勝負だと思ってたよ」

店員「アマイネ。キョーコ。ミキアナタニ、ソンナコト、イッタカ?」

杏子「いやいや。でも、アンタほどオッサンは見た目に拘ってるように見えないぞ」

店員「ソウネ。アレ、ミキノニンゲンセイデテル」

人間性?

店員「ミキハ、シタタカ。イヤラシイ。ニホンジンラシイヨ」

杏子「どういうことだ?」

マスターが言うには、オッサンのケーキは

いかに普通に見せるか?を念頭に置いて作ってるらしい。

要するに見た目に拘っていないように見せかけているということだ。

普通に作ることが、オッサンのこだわり。





126:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 21:36:32.37 ID:8P3gq+kw0

杏子「なんでわざわざそんなことするんだ?」

店員「アジワカルヒトタベタラ、アットオドロクネ」

店員「カッコイイボーイ、ヒーローナルヨリ、ブサイクボーイ、ヒーローナルホウ、オモシロイ」

店員「ミキ、ギャップツクッテ、ヒトオドロカセル、スキネ」

店員「デモソレ、ヨッポドウデニ、ジシンナイトムリ」

店員「ワタシ、カレノケーキツクル、デキナイ」


――レシピ盗まれたぐらいで、潰れるような店は、料理店とは言わないな。

そういうことか。





127:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 21:39:59.93 ID:8P3gq+kw0

杏子「なあ、アンタはオッサンのケーキは何がすごいんだと思う?」

店員「ショッカン。マチガイナイ」

杏子「食感ね。アタシもそう思うよ。同じケーキを作っても、あれは出せない」

杏子「どうやったら出せるんだろうな」

店員「ハハハ。ワタシモレシピモラッタヨ。タブンキョーコ、ワタシ、オナジマチガイシテル」

杏子「間違い?」

店員「ミキケーキ、ミキダケノモノ」


そうか。

あんたもそう思うんだな。


杏子「5年かけてもムリかな?」

店員「フフ、ムリナコトナイ。デモ、ショッカン、ショブスルヒツヨウナイ」

店員「ワタシ、ヒカリメジャー。トクイ。ライトアート、ミキ、マケナイ」





130:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 21:47:15.56 ID:uXWoleZX0

なるほど。

かなり、オッサンのことをライバル視してるんだな。

杏子「なあ。なんかアタシの武器になりそうなものないかな?ヒントだけでもいいからさ」

店員「サイノウアレバ、ミキミタイ、デキル。ナイナラ、タクサンタベルシカナイ」

杏子「うーん。食うか……」

いろんなケーキを見て、その中で閃けってことだろう。金がかかるな。

店員「キョーコ、ショクニンナリタイカ?」

杏子「職人?」

店員「ニホンデ、コックノコト、ショクニンイウ、チガウカ?」

杏子「そうだけど……」





132:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 21:49:45.24 ID:uXWoleZX0

――私はどうだろうな。


私にはオッサンも、マスターも雲の上の存在に見えた。

才能もなければ、金もない。この人みたいに何か専門的な知識があるわけでもない。


――何よりも時間がない。


杏子「アタシは……職人にはなれない」





134:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 21:52:27.04 ID:uXWoleZX0

光の魔術を魅せられ、私は鳥肌がたった。

圧倒的だと思った。

知りえなかったものを見せつけられて、興奮を覚えた。

こんな奴みたいになりたい。

こんなケーキがアタシにも作れたらって。





136:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 21:54:18.04 ID:uXWoleZX0

だけど。

悔しいと思う気持ちだってあったんだ。

こんなことを言うのもなんだけど、私だってそれなりにケーキの作り方を覚えてきた。

食材の味は、オッサンがいろんな調理の仕方で教えてくれたから

今では普通の店に並んでるケーキなら、食べてレシピが頭に浮かぶほどになって。

料理人として必要最低限の舌は持っていると言い張れる。


でも。

――私には何もない。


私の作るケーキはオッサンのまがい物でしかないし、

それをとったら、人をあっと驚かせるものなんて作れやしない。


――悔しい。





138:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 22:03:15.63 ID:uXWoleZX0

杏子「あたしにしかできない物なんてありはしないんだ」

アンタたちみたいに、本物を。

店員「It's not so hard as you know」

慰めてくれてんのか?

何いってるかわかんねえよ。





139:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 22:07:31.75 ID:uXWoleZX0

オッサンが戻って来た。

私は「美味かった。勉強になった」とオッサンに告げた。

表情を変えず、「そうか」とだけ返事をする。相変わらず素っ気ない。

ケーキのことになると弁舌になるマスターと同じ職人とは思えなかった。


叔父「勘定済ませたら、次行くぞ」

次? ああ、他のケーキ屋も見せてくれるのか。

杏子「わかった」

それでも私はこの景色を忘れないようにと誓った。

初めて美味いものを食べて悔しいと思った場所だ。





141:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 22:11:06.25 ID:uXWoleZX0

マスターに10ドル札を差し出し、紙幣と硬貨を受け取った。


――また来い。杏子。

気のせいか?

最後の一言だけ、何故か流暢に聞こえた気がする。





143:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 22:14:33.54 ID:uXWoleZX0

それから、何件かオッサンのおすすめのケーキ屋をめぐり日が傾き始めていた。

杏子「今の店、やけに子どもが多かったな。味は他の店とそう変わらなかったけど」

叔父「キャラクターものの細工されたケーキが人気なんだろうよ」

杏子「そういや、ネズミみたいなのがいっぱい店の中に飾ってあったな」

叔父「あそこのマスターは元は時計技師だったんだ。今はケータイが普及したせいで店をたたんだがな」

叔父「お陰で細かい小細工が得意でな。今じゃすっかり親子連れには人気の店になってる」

杏子「一回失敗したのに、また別の店を構えたのか? すごいな」

叔父「この国の人間は、謙虚な奴がいないからな。ちょっと転けたぐらいじゃ、自分が擦り剥いたのにも気づかない阿呆共ばかりだ」
――なるほど。

私にはないものだ。





144:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 22:18:24.62 ID:uXWoleZX0

叔父「それに、自己主張が強い奴が多い」

杏子「そうか?最初に行った白いケーキの店なんて、ケーキ自体は彩りが綺麗だけど、自然でさ、なんかこう、内心は控え目な感じがしたけど。 ああいうの好きだぞ。風情があるっていうか。作り手も実は謙虚なんじゃないかと思えてくる」

叔父「何が控え目なものか。あいつがお前に言ったことを忘れたのか?」

「ミキノケーキニハマケナイヨ」

叔父「事あるごとに俺に突っかかって来るあいつこそ、自己顕示欲の塊みたいなもんだ」

杏子「……」

叔父「だいたい、必要以上に見た目に拘って、小細工が過ぎるわ。いやらしい。」

なるほど。

職人ていうのは、基本的に自分が一番だと思ってるんだな。

他人の良さは認めてても、めったに公言しない。

杏子「ふっ」

一つ学んだ。





146:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 22:21:08.99 ID:uXWoleZX0

杏子「なあ、オッサンはアタシにどんな体験をさせたいんだ?」

杏子「わざわざリスクを払って滞在させるのには、何か意味があるんだろ?」

叔父「……」

杏子「いい加減教えてくれよ」

杏子「アタシにケーキを作らせたいのか?」

杏子「でもオッサンには、アタシがケーキ作りで勝てないって知ってるんだろ?」

叔父「お前は、俺に勝てないと思ってるのか?」

杏子「勝てないよ。勝てるはずがない」

叔父「そうだな。俺もそう思う。お前に負ける気はしない」





148:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 22:25:25.67 ID:uXWoleZX0

叔父「料理に優劣なんてつけられないなんて戯けを抜かす奴もいるが、確実に差はある」

叔父「ケーキ作りで、お前に劣ることはないだろう。何年経っても負けるつもりはない」

負けるつもりはない……か。

――絶対に負けないとは断言しないわけだ。


叔父「逆に訊くが、お前はこの地で、何を感じた?」

叔父「あれだけケーキを食べて何を思った?」

私は今日見たもの。出会った人のことを思い出した。

杏子「少し、世界が広がった……かな」

杏子「オッサンのケーキ以外にも、面白いケーキがいろいろあるんだって分かった」

ケーキだけじゃない。

自分の知らなかった世界を知って興奮した。

いつもと違う土や風の匂い。

大らかで、自分に素直な……それで自信を持っている人々。

杏子「あとは、自分の矮小さを思い知ったよ……」





149:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 22:28:40.79 ID:uXWoleZX0

みんなとても強い。

自分の武器を持って、自分の土俵で戦ってるんだ。

それができるのはは才能だったり、努力だったりするんだろうけど……。

きっとオッサンの言うように、みんな自己主張が強くて、負けたくないって思ってるんだ。

誰もが自分が一番だと思って、一番になりたくて……。


杏子「私には何もない。あいつらみたいな、個性も。才能も。武器も」


私には、とても無理だ。

自分が一番だなんて思えない。

一番になれるものなんてないんだ。





151:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 22:32:08.71 ID:uXWoleZX0

叔父「……そんなものか?」

叔父「お前は、自分が無個性で、つまらん人間だと感じただけなのか?」

叔父「一流の名に恥じない、あいつらを見て、本当にそんなことしか感じなかったのか?」


いや――。

どうだろうか。

本当にそうなんだろうか?


私は。

私は悔しいと思った。


オッサンから少しだけだけど、料理を教わって……。

さやかやゆまを喜ばせることができた。

マミをあっと言わせることができた。


――私にも人を動かす力があるんだ。





154:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 22:36:09.76 ID:uXWoleZX0

でも、その力の差は確かにあって。

私はあの人達に及ばない。


「お前は何も感じなかったのか?」


そんなことはない。

そんなことはないんだ。

私だって悔しかった。悔しかったんだ!


杏子「……やめてくれよ。だってアタシには……」


何もない私には、ただ、この手を磨いていくしかない。

でも私には努力して、積み重ねていく時間がないんだ。

そんなもの期待しても、期待されても……


――私は応えられない。





157:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 22:39:43.76 ID:8P3gq+kw0

叔父「なあ」

叔父「俺はこれから死んでいく奴の顔を何度となく見てきた」

――何の話だ?

叔父「生きるのを諦めた人間」

叔父「明日には命がないことを知っている人間」

叔父「ちょうどお前みたいなそんな目をしている」


叔父「杏子――お前。病気なのか?」





159:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 22:43:05.71 ID:8P3gq+kw0

ビュッと風が私の前を凪いで、洋画の世界を吹き抜けていく。

冷たい風。それと同じように、おっさんは何か冷淡な目をしていた。


叔父「さやかに聞いてみたが、あいつは知らないの一点張りだった」

当然だ。あいつが答えられるはずがない。


叔父「でも、否定はしなかった」



叔父「お前……死ぬのか?」





161:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 22:46:01.23 ID:8P3gq+kw0

急に目頭が熱くなった。

私は何が悲しかったのかわからない。

でも気がつくと涙が止まらなくて、唇を噛み締めて泣いていた。

初めて『死』という言葉を突きつけられたことが怖かったのか。

その言葉を否定できなくて、挫けてしまったのか……。

あるいは、それをオッサンの口から告げられたことが辛かったのか。





162:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 22:49:32.03 ID:8P3gq+kw0

叔父「そうか……」

重みに耐えられなかった。

オッサンのいつも通りのあっさりとした口調が哀しかった。

あえて、そうしているのか。本当にこの人が大人なのか。それはわからない。


いつかはわからない。

わからないけど……私は遠からず死ぬのだろう。

大人になった魔法少女なんて見たことがない。





164:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 22:52:54.24 ID:8P3gq+kw0

オッサンはどう思ってるのだろう?

私みたいな風邪も引かなそうな子どもが、難病を患っていると信じてしまったのか。

顔を上げてみると、オッサンは明後日の方向を向いていた。

その表情がどうなっているのか、私はとても気になった。





166:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 22:55:41.75 ID:8P3gq+kw0

その時だ。

車道から、一台の車が路上に飛び出して来て、こちらに向かってくる。

勢いを弛め、中から黒服の顔を隠した男が一人現れた。

右手にはギラギラ光る刃物を携えている。

――まさか、物取りか?


店は既にどこも閉まってて、人影は見当たらなかった。

駆け込もうにも逃げる場所なんてない。


叔父「逃げろ、といいたいが、車の中にもう一人いる。下手に動くなよ。撃たれるからな」

杏子「拳銃もってんのか……?」





167:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 22:58:40.37 ID:8P3gq+kw0

男「(大人しく、金を出してもらおうか)」
(英語って難しいよね……)

何を言ってるかわからなかったが、刃物を突きつけられ私は怯んだ。

叔父「OK, Mr.」

オッサンは、持っていたバッグを男に向かって放り投げた。

男「(流石に金持ちだな。あんたら日本人か)」

叔父「(盗るもん盗ったらさっさと、逃げるのがプロだぞ。しゃべりすぎだ)」

男「(忠告どうも。でも生憎まだ、肝心のものを手に入れてないんでな)」

すると、男はナイフをむき出しにしながら、こちらに疾走する。

オッサンは一瞬、虚を疲れたように固まり、私は足が竦んで動けなかった。





169:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 23:02:41.13 ID:8P3gq+kw0

男の狙いは私だった。腕を掴まれ、首筋にナイフをあてられる。

夕日で燃えるように赤く輝くその光を見て怯んでしまった。

このままじゃいけない。

オッサンの前だからとか、知ったことではない。

ソウルジェムを。





172:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 23:07:23.80 ID:8P3gq+kw0

だが、その思考が行動になる前に、男の身体は宙を舞っていた。

――オッサン!

小柄の男を更に上回る速度で間合いを詰め、

オッサンのアッパーが男の腹部に直撃。車道まで吹き飛ばされていた。

うわっ……3mは飛んだぞ。





174:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 23:10:59.89 ID:8P3gq+kw0

私はオッサンに駆け寄ろうとした。

叔父「動くな!」

杏子「えっ?」

その時、バンッバンバンと銃声が3発聞こえた。

何が起こったのか? 

目の前で、オッサンが血を吐いたのが、私には見えるだけだった。





179:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 23:13:32.81 ID:8P3gq+kw0

オッサンは首だけ背後に振り返り、何か短く叫んだ。

すると、もう一人の仲間が運転席から降りてきて、

男と右手に抱えたバッグを後部座席に放り投げた。

その男は最後までオッサンを、銃で牽制しながら車を出す。





180:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 23:15:36.93 ID:8P3gq+kw0

叔父「行ったか……」

私はすっかり怖くなって、足がブルブルと震えていた。

その足でゆっくりとオッサンに近づくと、地面に血糊がベッタリとついているのが見えた。

それでも、オッサンはその場に立ち尽くしている。

痛みなど感じていないという顔が、更に痛々しくて……。





181:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 23:17:50.90 ID:8P3gq+kw0

杏子「オッサン!」

悲痛な叫びを、あげてしまった。

叔父「何をしてる? さっさと行け」

杏子「行けって? アンタ何言ってんだよ!?」

叔父「聞こえるだろ?銃声を聞きつけた野次馬がこっちに来てる」

杏子「聞こえるもんか! オッサンの空耳だ」

そんな音、どこにも聞こえない。

人の気配がないと踏んだから、あいつらも襲ってきたに違いない。





182:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 23:19:21.19 ID:8P3gq+kw0

叔父「いいから行けって言ってんだ!?」

オッサンは渾身の迫力で、私を睨みつけた。

獣の目を剥き出しにして……怖いなんてもんじゃない。

叔父「金は持ってるだろ?宿を探して、明日になったら基地まで言って、俺の名前を出せ」

叔父「なんでそんなこと」

叔父「不法入国、不法滞在、タダじゃすまねえんだ!」

杏子「でも、アンタは……」

叔父「これは俺が蒔いた種なんだ。キッチリ責任はとるつもりだ」


そう言うと、オッサンはぐったりと倒れてしまった。





185:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 23:22:48.72 ID:8P3gq+kw0

私は考えた。

こんなところに放り出して、誰かが通りかかるのを待つまで、オッサンの体力が持つのか?

出血の量がひどい。

すぐに治療を受けないと……

いや。治療を受けて、助かる傷なのか?


とにかく誰か呼ばないと。

でも、銃声がしても全く誰も来る気配がしない。

どういうことだ?



――ああ、みんな面倒事には関わりたくないのか。


もしかしたら、この光景を一部始終どこかで見ている奴がいるのかもしれない。

そいつらにとって、関わるのは一文の得にもならないからだ。


人も呼べない。呼んでも助けに来てくれない。





186:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 23:25:01.84 ID:8P3gq+kw0

私は手に握ったソウルジェムを見た。

――そうだ。私は魔法少女だ。

まだこの人を救う手立てがある。


足腰を魔力で強化した。

そして倒れこむオッサンを背負い、地面を蹴りあげ、その場を離れた。



やってきたのは、人気の無さそうなビルの屋上だ。

幸いオッサンは気を失っていたので、ここまでは何も抵抗されることはなかった。

――起きたら、びっくりするのかもな。





187:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 23:26:13.01 ID:8P3gq+kw0

構うものか。

私はソウルジェムを翳して、オッサンにあてがう。

ゆまやさやかほどじゃないにしても、私にも簡単な傷を塞ぐことぐらいのことはできた。

肉体の損傷は時間が経てば治るかもしれない。

ただ、あの3発の銃弾は、体を貫くことはなかった。

つまり今もオッサンの中にあるってことだ。

傷を直すのはいいが、異物が身体の中にあるのは危険極まりない。

とりあえず出血死することはないだろうが、早く取り除かなければ…。





189:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 23:27:20.63 ID:uXWoleZX0

だがどうする。

普通の病院に任せると、

オッサンも不法入国で面倒くさいことになるだろう。

米軍基地に戻るか?

でもなんで傷がふさがってんだって話になって、取合えってくれないかもしれない。


私の話を聞いてくれる人――。


その人物が頭に浮かんだ。





190:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 23:27:52.28 ID:uXWoleZX0

杏子「いるか、マスター開けてくれ!」

数十キロという距離を、オッサン抱えて移動してきた。

道もろくに覚えてないので何度も迷い、それでも、なんとか探し当てた。

今が何時なのかは分からないが、店はとっくに閉まっていた。


私が何度もノックを繰り返すと、ドアが開いた。


店員「キョーコ。ズイブンカエッテクル、ハヤカッタナ」

無表情のマスターが現れた。





191:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 23:30:34.60 ID:uXWoleZX0

杏子「頼む、何とかしてくれ」

店の中に通され、血糊のベッタリついたシャツを見て、男はそれをまくった。

店員「What's ?」

私はオッサンが打たれ、このままじゃ危ないことをジェスチャーを交ながらえ、ああだこうだと説明した。

店員「キズグチナイ。ドウナッテル?」

どうやら傷口がふさがってるのに驚いたようだ。

杏子「それは……」

店員「……トニカク、シリアイノドクターミセル。OK?」

杏子「ああ……頼むよ」





192:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 23:32:30.21 ID:uXWoleZX0

店員「トリアエズ」

店員「キョーコ。オマエ、ニホンカエレ。オマエ、ココイルトアブナイ」

杏子「なんでだよ?」

店員「Anyone meight see you. モクゲキシャ、ツウホウサレテル」

店員「チ。ベッタリ。 キット、メダッタ」

店員「オレ、キチマデ、オクル」

やっぱりこの男もオッサンの仲間だったのか?

杏子「でも、オッサンは?」

店員「ワイフオコシテクルヨ。ドクターモ、24ジカン、カロウシ、don't worry」


そう言って、マスターは奥へと消えていった。

信じてくれて、本当によかった。





194:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 23:33:13.98 ID:uXWoleZX0

「重かっただろう?」

杏子「!?」

くぐもった声が、店内に響いた。


杏子「オッサン! 無事だったのか?」

叔父「当たり前だ」

杏子「よかった……」

ほっとして、涙が出そうになった。





196:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 23:33:50.34 ID:uXWoleZX0

叔父「声をかけるか、かけないか、迷ったが…まあしばらく会えなくなるだろうから伝えておく」

叔父「日本に帰ったら、店は好きにしていい」

叔父「閉めるも、開くもお前の判断に任せる。俺が帰るまではお前に預けてやる」

――オッサン?

杏子「ば、莫迦なこと言うなよ。そんなことしたら店の評判が落ちるだろうが?」

叔父「2,3ヶ月で潰れるもんか」

叔父「それに。お前のケーキが俺のまがい物でも、馬鹿にはわかるまい」

杏子「……なんでだ」

この人がそんな半端を許すような人でないことぐらい、私は知っている。

オッサンは自分の店の棚に、他人のケーキを並べるなんて我慢できるはずがないんだ。

まして、それは自分のコピー。





198:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 23:34:52.26 ID:uXWoleZX0

杏子「何を考えてんだ、オッサン」

叔父「お前。自分が死ぬのは怖いか?」


オッサンは天井を見ながら淡々と話を続けた。





199:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 23:35:43.02 ID:uXWoleZX0

俺は傭兵学校に入学し、人の殺し方を学んだ。

人殺しがしたかったわけでも、死にたかったわけでもない。

何かが起きた時に、力が無ければ誰も守れやしない。

国が戦火に見舞われた時、必要になるのは力だ。

引き金を引く勇気だ。


そんな時代が、いつか来るんじゃないかと、不安になった。


親戚一同に、お前はどうかしてると言われたが

間違っているとは思わない。

力は全てだ。それがないやつは、死ぬだけだ。





201:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 23:36:24.49 ID:uXWoleZX0

――こんなご時世にって思うかもしれないが、

お前みたいな若い奴が散ってくのを、山ほどみてきた。

歩けば死体が転がっているのは当たり前で。

そんなもんだから、大抵のやつは自分がその仲間に入りするいつなんだろうかと考えてただろう。

俺はそれでも死ぬなんて思わなかった。





202:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 23:37:07.47 ID:uXWoleZX0

沢山の死を見て、命はなんて呆気ないものなんだろうと思った。

鉄砲に当たる、当たらないだけで生き死にが決まる。

俺より若いやつも、女だろうと、構わず運が悪ければ死ぬ。


でも、更に運が悪い奴を、俺は知っている。


これから死ぬことが運命づけられたやつだ。


傭兵でも「死んでこい」と言われることが稀にある。

もちろん暗にだ。文書にでもされ、外部に漏れれば問題になるからな。





203:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 23:38:15.16 ID:8P3gq+kw0

そいつらにとってかわいそうなのが、敵がいつ来るかわからないことだ。

もちろん出撃は毎日繰り返す。

奴らは帰ってくるたびに決まって漏らしていた。

「今日もこなかったよ」と乾いた笑いを。


流石に俺でも胸が痛んだ。

「ああ……生き残ってしまったんだな」と。


そいつらはどんな想いで夜を明かすのか?

明日来るかもしれない敵に怯え、生きることがどれだけ辛いか。


目の下にくまを作った友人に俺はこういうしかなかった。

「早く敵が来るといいな……」と。

「万が一生き残ったら、酒ぐらい奢ってやる」と。





205:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 23:39:46.22 ID:8P3gq+kw0

命の勘定なんて、次第に麻痺していく。

気が狂う前に、俺は隊を離れた。

力が手に入っても、壊れていくものがあるんだと知った。


人を殺したこと。辛いことを知りすぎてしまったことを後悔なんてしてない。

俺はまだ若いし、国に何かあれば真っ先に戦いに赴くことがあればできる。

航空技術も、隠密行動も現役の隊員並に引けをとらないだろう。

杞憂であればそれでいいし、きな臭いことが起きればいつでも店を畳む覚悟はできている。


でも――それまでは。

ささやかな夢を見たいと思った。





206:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 23:42:47.36 ID:8P3gq+kw0

奪った命は戻ってこないが、

人殺しでも人を幸せにできるんだと、確かめたかったんだろう。

生きてても許される場所が欲しかった。

決して償いじゃない。償いなんかで埋まる安いものを奪ったつもりもない。


終わりがいつなのか知れないし、

そもそも終わりなんて来ないかも知れないし……。


でも


俺の死に場所は、まだ決められていない。





207:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 23:43:05.16 ID:BcTTrC+m0

みきみき……





208:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 23:44:20.91 ID:09I1p/ps0

オッサン…





209:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 23:44:45.81 ID:8P3gq+kw0

叔父「お前はどうなんだ?」

叔父「もう時間が決まってるのなら、俺はとやかく言わない」


叔父「……それでも」

叔父「俺には信じられない」

叔父「お前みたいなガキが、未来を諦めなきゃならない理由があることが」

叔父「何もかも諦めた目をしていることが」

杏子「そうだな」

わかるはずがないんだ。

私は人間じゃない。





210:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 23:47:45.82 ID:8P3gq+kw0

何もかも裏切られたと思った時でさえ、誰かを恨んだりしなかった。

悪いのは全て私で、莫迦な願い事をした私の責任だ。


なっちまったもんは仕方ない。

全て自己責任の世界だ。

誰を恨んだりもしない。

誰も憎まない。

絶望することもない。


代わりに。

――夢や希望を抱くこともない。





211:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 23:48:53.03 ID:8P3gq+kw0

既に終わった代物なんだ。

幾ら魔法が使えたところで、幾ら人ができないことができたとして

私たちの運命は、変えることはできない。


だって私は、魔法少女なんだ。

人間じゃない。もうもどれないんだ。

私は……私たちには他に同類なんていなくて。

そこには、確かな差があって……。

それでも……

私は、私を必要としてくれる人と出会った。

さやかも、オッサンも、叔母さんも……。





215:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 23:51:06.17 ID:8P3gq+kw0

終わってるはずなのに……。


『俺の死に場所は、まだ決まっていない』


「お前は未来は、本当に終わっているのか?」


ああ…。

決まっている。

私がどんな死に方をして、どんなふうに殺されるのかは分かり切っている。


でも、少なくともそれは明日ではないだろう。

明後日もいつも通り笑って過ごすことはできるだろう。


1年後、3年後はわからなくても、

死ぬのが怖くって眠れないなんてことはない。

明日を怯えて生きることもなければ、

私は自分の手で、火の粉を払うこともできる。





216:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 23:53:04.77 ID:8P3gq+kw0

杏子「いいのか?」

杏子「アタシは才能もなければ、特技もない」

杏子「そんなアタシが、1から、なんもないところから、大それた夢を持っていいのか?」


叔父「聞いてやる。お前の夢を言ってみろ」


杏子「私の夢は……」


オッサンやマスターみたいに、誰にも作れないケーキを作ってみたい

人をあっと言わせたり、感動させたり、喜ばせたり……。

自分なしでは成り立たない、幸せをみんなに。

食べると笑顔になって、ありがとうと言ってくれるケーキを。





218:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 23:54:33.51 ID:8P3gq+kw0

杏子「私は……ケーキ職人になりたい…」


叔父「そうか……」

オッサンは穏やかにそういった。

そうしてゆっくりと目をつぶった。





222:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 23:57:10.85 ID:8P3gq+kw0

~車~

杏子「オッサンは大丈夫なのか?」

店員「コロシテモ、シナナイ。ミキハ、カイブツ。phoenix」

杏子「なあ。あんたも傭兵だったのか?」

この人もガタイの良さはオッサンには負けていなかった。

店員「ソウ。ミキトハ、オナジ、タイ。オナジシショウイタ」

師匠?

なんでも兵隊の中に調理を専門に行う部隊があり、

何日かそこでオッサンたちは教えをもらったそうだ。

店員「タイヌケタラ、フタリソレゾレ、ミセモツヤクソクシタヨ」


そっか。

傭兵時代から、二人は料理を始めたんだ。





224:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/07(日) 23:59:24.78 ID:uXWoleZX0

杏子「なあ、やっぱりアタシも職人になろうと思うんだ」

するとマスターはくくくと笑いだした。

店員「No more dream No more life」

杏子「どういう意味だ?」

店員「キョーコ、エイゴベンキョウスル。ケンカデキルクライ」

杏子「したらなんかいいことあるのか?」

店員「ショクニン、ケンカシテ、ハジメテフレンド。オナジショクニン、ヒトリモイナイ」

なるほど……。

それでやっと一人前なのか。





225:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/08(月) 00:00:36.32 ID:FG9F6nwo0

杏子「でもあんた、ホントはもっと日本語できんだろ? 日本語でやればいいじゃないか」

店員「……」

店員「相手の国では、文化も言葉も尊重する」

店員「お前らの日本人は、そういう礼節を重んじるんじゃないのか、杏子?」

う、うめぇ。

思ってた以上だ。





228:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/08(月) 00:01:32.22 ID:FmGsdMqV0

杏子「なんでそんな喋れるのに、わざわざ隠してたんだよ?」

店員「俺はアメリカの人間だ。日本のことは好きだが、アメリカに生まれたことを誇りを持っている」

店員「国内では母国の言葉を使うのが当たり前だろう?」

杏子「そういうもんか?」

店員「そうだ。美樹はあんなでも、その配慮は欠かない。そこは、そこそこ評価している」


『俺達みたいな無信仰の国とじゃ、頭ん中が違う。人と関わる時は気をつけろ』

あれはただ、忠告してるだけじゃなかったのか。


自分が一番だと譲らない人々は、ただ独善的なだけではないのかもしれない。





226:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/08(月) 00:00:55.86 ID:b7798jOE0

マスターすごい!





230:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/08(月) 00:02:07.22 ID:u726egrM0

このオッサン達格好よすぎんだろ





231:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/08(月) 00:03:13.15 ID:FG9F6nwo0

店員「お前みたいな若い人間が、職人を目指せるのは羨ましい」

店員「もっと早くからこの面白さに気づいていたら、俺も美樹と背比べをすることもなかっただろう」

杏子「それはどうだろうな。例えそれでも、アタシはオッサンのケーキを選んだと思うぞ」

店員「ほう? 俺が美樹に劣ると?」

杏子「それはないよ。少なくとも今の私には客観的に見てどっちが優れてるかなんて判断できない」


店員「ならば聞こうか。お前が美樹を選ぶ理由を」





232:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/08(月) 00:06:01.43 ID:FmGsdMqV0

杏子「私は、あのケーキに出会って、感動した。食べるだけでこんな幸せな気持ちになれるんだと思った」

杏子「それだけじゃない。私は売り歩いて、いろんな奴の笑顔を見てきた」


特に初めて私の手からケーキを受け取ってくれた男の子の顔はよく覚えてる。

物を受け取ってもらって「ありがとう」と笑ってくれた。

私は自分のモノじゃないにも関わらず、嬉しくてたまらなかった。

同じものを、美味しいと共感したのが嬉しかったのか、

ただその言葉が嬉しかったのか、

あるいは

――私の手でその子を幸せにできたのだと、錯覚したのか。





233:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/08(月) 00:07:24.31 ID:FG9F6nwo0

杏子「あのケーキにはいろんな思い出が篭ってる」

杏子「だから、私には、あのケーキが一番なんだ」

それはこれからも変わることはない。


杏子「そして、超えるべき目標だ」

杏子「私は、私のケーキで一番になる」


店員「……一年後また来るといい」

店員「もし来ることができたなら、お前も美樹と同じ、敵だ。杏子」

杏子「ふふ、そんな簡単に同じ土俵にあげてくれるのか?」





236:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/08(月) 00:08:57.90 ID:FG9F6nwo0

店員「言っただろう? 俺は日本人が好きだ。俺たちの師匠は、お前と同じ日本人だった」

店員「侘び寂びや、風情を大事にする人でな。しかも、オレたちとは違う意味で勇敢だと感じた。あれをお前たちが言うところの『侍』なんだろう。洋菓子よりも、和菓子を好む人だった」

店員「俺のケーキはその人の産物だ」

店員「でも俺はアメリカの人間だ。本当にお前らの情緒や美学など分かるとは思ってない」

店員「ただ、あの時の想いを永遠に形にしたいと思った」

店員「少なからず、この国にも、それを俺が感じたものを分かってくれる人がいる」


なるほど。


杏子「アンタのケーキを見た時から、ずっと不思議だなと思ってたけど。よくわかったよ」





237:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/08(月) 00:10:49.56 ID:FG9F6nwo0

~米軍基地~

杏子「お別れだな。オッサンをよろしく頼む」

店員「戻ってこいよ。約束だ」

杏子「ああ。必ず。」


一年後も生き残って、あたしは、あたしを見つけてくる。

そして、こいつらと同じ舞台に立つんだ。


店員「See you Agein Kyoko」

杏子「シーユー…」


店員「ククク……英語も覚えろよ」

私は苦笑した。

目指すものは、まだまだ遠いなぁ。

そう思った。





238:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/08(月) 00:11:26.93 ID:FG9F6nwo0

おわり。





240:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/08(月) 00:12:13.78 ID:sOnhqw5F0

おつ!





241:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/08(月) 00:12:26.34 ID:FG9F6nwo0

長くて左遷。
多分次回で終わりになると思う。

あと今更なんだが、
これ前書いたSSの裏で進行してる話で
次回の終わり際、よくわかんないところがあるかもしれん。
何も知らなくてもそれなりに楽しめるようには書くつもりだから勘弁してね。





242:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/08(月) 00:13:34.06 ID:RNxB/w5v0







245:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/08(月) 00:16:18.48 ID:ECpSIwYh0

乙!





247:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2012/10/08(月) 00:19:12.23 ID:h0or4xGw0


まぁなんかさやか方面でも話が進んでるんだな、というくらいはわかる
次も待ってる






元スレ:杏子「わたしの夢は……」

http://hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1349598249





  

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