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  勇者「その日俺は、僧侶を拾った」

*・゜゚・*:.。..。.:*・゜   SS 総評   ・*:.。. .。.:*・゜゚・*

       

【まおゆー@管理人】
勇者の一人称で淡々と進んでいく様子は冒険を記した日記を読んでいるみたいだ。
切ない物語に、ものすごく引き込まれた。スレ内総100レスと短いが、ここまでの
クオリティを出せる作者の力量に脱帽。純粋にまた読みたいと思った。


1:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 09:37:14.17 ID:EgLNYtwa0

雨が降る中、俺は街を歩いていた。
 
すれ違う人々が俺を指さし、口ぐちに「あれが負け犬だ」と言っているのが雨音の隙間を縫うようにして俺の耳に入ってくる。

反論するだけの余力はなかった。傷ついた鎧だけが人々の痛罵に反応するように軋み、虚無感を煽る。

兜から滴り落ちる水を眺め、奥歯を噛む。

三度、魔王と戦った。そして、俺は全ての仲間を失った。

魔王は圧倒的だった。俺や戦士の剣は魔王の衣服にすら届かず、魔法使いの炎や賢者の氷はその熱や冷気を伝えることすら叶わなかった。

ただ、絶望に立ち向かうだけの無意味な戦闘だった。

それでも魔王を倒すという使命、そして全人類の期待に応えなくてはいけなかった。

その結果がこれだ。雨の中、傘を差さず、守ってきたはずの人たちから批難を受ける。勇者のなれの果てには相応しいのかもしれない。

俺は人目を避けるように路地裏に入った。野良猫がゴミ箱を漁っている。俺もいつかあんな風になるのだろうかと考え、自然と笑みが漏れた。

情けない。そう呟いて歩こうとしたとき、ふと視線を感じた。

ゴミ箱の影に段ボールが敷かれていた。そして、その上には膝を抱えて俺を見つめる少女が座っていた。

「勇者様、拾ってください」

しばらく見つめあったあと、俺は少女の手を取った。

―――その日俺は、僧侶を拾った。






3:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 09:42:26.11 ID:EgLNYtwa0

屋根のある場所を探していると、少女がとある場所を指さした。

そこはこの街の宿屋。

俺は懐に手を入れ、残金を確認する。

二人が泊るには少しだけ心許無い。

すると少女が口元を緩めて「これを」と少量の金貨を差しだしてきた。

使ってもいいのか、と訊ねると彼女は屈託なく笑い、首肯した。

俺は少女の手を掴んだまま、宿屋の戸を叩いた。

数回のノックで店主が顔を出し、こちらの人数を確認したあと金額を提示した。

ごく僅かの釣り銭が返ってくる。俺と少女は見つめ合い、安堵し、笑いあった。

その後、濡れた体を拭きながら部屋へ向かった。





4:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 09:46:44.25 ID:EgLNYtwa0

「勇者様、先にお風呂入ってください」

少女が綺麗な髪を拭きつつ、そう言った。

俺は首を横に振り、先に入るように促すと、彼女は微笑んでから「わかりました」と言う。

「でも、覗かないでくださいね?」

そう言い残して、彼女は浴室に向かう。

ベッドに腰掛け、天井を仰いだ。

浴室からは雨のような水音が聞こえてくる。

なんとなく気恥ずかしくなり、窓のそばまで移動した。

外はまだ、雨が降っている。





7:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 09:54:06.41 ID:EgLNYtwa0

浴室の扉が開く音が聞こえ、反射的に振り返った。

そこにはバスタオルを体に巻いただけの少女が立っていた。

「どうぞ、勇者様」

彼女はそう淡白に告げると、ベッドに座り、深く息を吐いた。

「中々、いいお風呂ですよ」

その言葉を背中で受けながら、足早に浴室へ向かう。

脈が速い。

何度か深呼吸をし落ち着きを取り戻してから、俺は服を脱ぎ浴室へと入った。

温い水を頭から浴びる

自分から流れ、そして排水溝へと流れていくお湯を見つめながら、この先のことを考えた。

また魔王に立ち向かうのか……。それとも、あの少女とどこかで静かに暮らすのか。

正直、どっちでもいい。俺はそう思っていた。





8:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 09:58:10.05 ID:EgLNYtwa0

浴室から出て、体を丁寧に拭いてから服を着た。

部屋に戻ると、彼女も既に僧侶になっていた。

これからどうするか、訊ねた。

「勇者様について行きます」

彼女の答えはそれだけだった。

どこに行きたいとも、どうしたいともいわない。

ただ俺についてくる。そう言った。

では、魔王を倒しにいくことになるぞ。と、半ば脅迫するような口調で告げてみる。

それでも彼女は表情を変えずに「勇者様のためなら」と言う。

俺はどうしていいか分からず、ベッドに腰掛けた。





9:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 10:02:48.47 ID:EgLNYtwa0

長い時間、座っていた。

彼女も俺と向かい合うようにして、ただ黙って座っていた。

特に沈黙が苦痛だとも思わなかったが、俺は口を開いた。

どうしてあんな場所にいたのか。質問した。

彼女は一度、目を伏した後、微笑を浮かべて答えた。

「私は捨てられたのです。何もできない僧侶などいらないと」

何もできないとは、どういうことだ。

「文字通りです。何もできません。回復も補助も攻撃も」

彼女の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

その涙が悔しいからなのか、悲しいからなのか、よくわからなかった。





11:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 10:07:09.50 ID:EgLNYtwa0

俺は続けて問うた。では、何が出来るのか、と。

彼女は呆れたように息を吐く。

「ですから、何もできないんです。私は死ぬしか道がなかった」

死ぬしか、道がない。俺は彼女の言葉に首を傾げた。

「僧侶として役に立たないのであれば、死ぬしかないでしょう?」

そうなのか。

「そうですよ」

少女は笑う。冗談を溢したときのように、無邪気に笑った。

俺はこの子をどうしたいのだろうと、このとき初めて思った。





12:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 10:13:18.62 ID:EgLNYtwa0

その後、彼女のこれまでの経緯を聞いた。

僧侶の家系に生まれて修業を積むも、才能がないことで家を追い出されたこと。

ルイーダに行っても登録をさせてもらえなかったこと。

他の勇者に声を掛けても相手にしてもらなかったこと。

ゴミ箱を漁り、飢えを凌いでいたこと。

「でも、今日、私はやっと勇者様に拾って頂きました。ですから、私は勇者様に全てを尽くします」

これだけの過去を背負いながら、彼女は笑っている。

一方、俺は自分の不幸に酔い、ただ街を彷徨っていただけ。

途端に今までの自分が恥ずかしくなった。

どうして少しでも彼女のように笑えるだけの強さがなかったのか。

それがあれば、俺はもしかしたら魔王に勝利できていたのではないか。

そう思った。





13:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 10:17:54.10 ID:EgLNYtwa0

話を聞いている内に夜が更けていった。

「そろそろ寝ましょうか?」

少女の一言に俺は長話に付き合ってくれたことに礼を述べて、ベッドに入った。

彼女は申し訳なさそうに「こちらこそ、不幸自慢を聞いてくれて嬉しかったです」と答えた。

照明を落とすと、暗闇が広がった。

外からは依然として雨音が聞こえてくる。

明日、起きたとき俺は決断しなければいけない。

魔王にもう一度立ち向かうべきか。

それとも、彼女とともに安住の地を求めるか。

濁った窓から見える曇天の夜空を眺めながら、睡魔が瞼を抑えるまでずっと悩んでいた。





14:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 10:22:36.75 ID:EgLNYtwa0

翌朝は窓から差し込む日の光で目が覚めた。

大きく腕を伸ばしてから体を起こす。

未だ頭はうまく働いてくれない。

ただ、隣のベッドで少女が寝息を立てていることだけははっきりと分かった。

洗面所で顔を洗って部屋に戻ると、彼女は起きていた。

「おはようございます」

寝ぼけ眼で頭を下げた少女に、思わず噴き出した。

久しくこんな弛緩した朝を迎えたことがなかった。

いつも魔物に対して神経を研ぎ澄まし、宿屋でも刺客に怯えていた。

でも今は敗残兵だ。まさか魔王が狙ってくるわけもない。

平和な朝だった。





15:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 10:26:47.85 ID:EgLNYtwa0

宿屋を後にすると、少女の腹が大きく鳴った。

少女は赤面して「これは違うんです」と意味もなく否定した。

俺は訊ねた。このまま一緒にどこかで静かに暮らそうか、と。

分かり切っていたが、彼女は「喜んで」と返答する。

逃げることを選んだ勇者に対しても、彼女は優しく微笑む。

手を掴んでくれたことがただ嬉しかったという。

それだけで一生傍にいたいと思ったという。

彼女の献身に俺は少しだけ胸が痛んだ。

俺にはそんな風に思ってもらえるほどの価値はないのだから。





17:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 10:30:41.66 ID:EgLNYtwa0

金がないために食事を取ることもできず、街の外へと出た。

逃げる決心をしたからには、どこか人里離れた農村にでも向かうつもりだった。

「目的地はあるのですか?」

少女の問いに、俺は首を横に振る。

当てなんてない。ただ、遠くに行きたかった。

誰も俺のことを知らない、少女が見たこともない、そんな場所へ。

「そうですか」

彼女はそう言ったきり、あとは黙って俺の後ろをついてきた。

林の中でも、山でも、彼女は表情を変えることなくついてきた。

まるで、捨てられるのを恐れているかのように。





18:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 10:34:36.11 ID:EgLNYtwa0

魔物を狩って飢えをしのぐ。そうするしかなかった。

魔物の肉は硬く、不味い。

俺は何度も嘔吐した。

少女もそれは同じだった。

でも、何度か試すうちに美味しい焼き方が身についていく。

「これは少し炙るくらいがいいですよね?」

まだ血生臭いそれを手にもっている彼女が、とても不憫だった。

普通なら宿屋で温かいスープを飲みながら、仲間と談笑していてもいいだろうに……。

「えへへ、美味しいです」

魔物の肉にかぶりつき、少女は笑う。

その日、彼女は嘔吐を繰り返した。





19:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 10:40:52.51 ID:EgLNYtwa0

そうして数週間が過ぎたとき、とある村に辿り着いた。

そこは旅の途中で立ち寄ったことのある小さな漁村だった。

村人は外界に無関心でありながら、旅人を快く受け入れてくれた。

何も訊ねてこようとはせず、温かく俺たちを招き入れてくれる。

村長に会わせてほしいと言うと、それも快諾してくれた。

白い髭を伸ばした村長に俺は、ここに住まわせてほしいと願った。

すると、村長は柔和な顔つきを変えることなく、ただ一つの条件を出した。

「この村では自給自足が基本。それができるのならば、許可しよう」

俺と僧侶は顔を見合わせ、微笑んだ。

そして、ありがとうございます、と叫び頭を下げた。





20:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 10:45:54.28 ID:EgLNYtwa0

村での生活は充実していた。

最初こそ魚を釣るのが難しく、空腹に悩まされる日が続いたが、一度コツを掴んだ後は漁が楽しくなった。

大漁となった日は少女が少し大きい街まで売りに行くこともあった。

村民に協力してもらい、家だって建てた。

突風が吹けば崩れてしまいそうなほどのものだが、俺と少女は自分の家が持てたことに満足した。

周辺には魔物も住んでいない。長閑な土地。

ここで骨を埋めることになるのだろうと俺は漠然とそう思うようになっていった。

「勇者様、ここで一生を終えられたら嬉しいですね」

彼女も想いは一緒だった。

しかし、その想いは一夜にして崩れ去る。

それは、唐突だった。





22:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 10:50:28.29 ID:EgLNYtwa0

王国の兵が俺を捕えるために村にやってきたのだ。

「勇者でありながら隠居するとは王に対する冒涜だ」

それが向こうの主張だった。

馬鹿馬鹿し過ぎて、嗚咽が漏れた。

どうやら無理矢理にでも俺を魔王の討伐に向かわせたいらしい。

王のために命を散らすことが勇者の美徳。俺を連れ戻しにきた兵士はそんなことを言った。

少女は戸惑いながら、俺についてきた。

あの村にいるんだと言っても、彼女は「嫌です」と何度も言った。

俺に捨てられるのが嫌なのだろう。

村よりも俺を選んでくれた少女に、俺はまた胸を痛めた。





24:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 10:57:29.78 ID:EgLNYtwa0

その日のうちに王国へと連れ戻され、俺と少女は王に謁見した。

「情けないぞ、勇者よ。さあ、行くがよい!魔王を倒せ!」

立派な剣と防具を受け取る。僧侶の分まで用意されていた。

これはどういうことです。そう王に問うと、王の表情が険しくなった。

「貴様の所為で国民の信頼が大きく損なわれているのだ」

勇者という看板に傷がついたことで、民からの声が頭痛の種になりつつあるらしい。

「お前が魔王に立ち向かう。それが国民の信頼を取り戻す唯一の方法だ」

王はそう言った。

俺と少女に死ねと言ったのだ。

彼女がそっと俺の右腕を掴んだ。

いつのまにか俺は剣の柄を強く握りしめていた。





28:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 11:02:43.09 ID:EgLNYtwa0

王国の船に乗せられ、魔王の城へと向かう。

まるで島流しだなと言うと、彼女は笑った。

「行先が決まっているだけ、マシですよ」

それだけの冗談が言える今が俺は嬉しかった。

船の上で数日を過ごしているうちに、空が深い闇に覆われてきた。

魔王の城は近いことを意味している。

三度も見た景色だ。忘れるはずがない。

「あれが魔王の城ですか?」

少女の震えた声が俺の背中から聞こえた。

首肯すると、彼女は俺の腕に強く抱きついた。





29:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 11:08:35.28 ID:EgLNYtwa0

稲光が頭上で踊る。轟音が鳴る度に少女は俺の傍で小さな悲鳴をあげた。

魔王の城がある大地に足を乗せる。

「では、ご武運を」

そう言って、兵士たちは船を岸から離した。

どうやら俺たちは彼らの中で既に処刑されたようだ。

魔王と戦い、死ぬことを運命づけられたのである。

「勇者様、行きましょう。ここにいても仕方ありません」

俺は頷く。確かにここにいても死ぬのには変わりない。

この大地には凶悪な魔物も多い。

同じ場所に留まるだけ命を削っているようなものだ。

俺は少女を守るようにして歩きだした。





31:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 11:17:26.65 ID:EgLNYtwa0

最初の戦闘は魔王の城の門前だった。

トロルが二匹、こちらを狂った双眸で見つめている。

口元からだらだらと流れる涎が、汚らわしかった。

少女には後ろにいるように命じて、俺は一人で挑んだ。

トロルからの猛撃を捌くのは困難を極めた。

敵の動きが鈍い分、まだ戦えたがそれでも一太刀ごとに傷が増えていく。

呪文を駆使しながらトロルの頭に剣を穿ち、もう一匹のトロルを横一線に切り裂いた。

二匹が絶命したときには、俺の額と右横腹から流血していた。

少女が泣きそうな顔で駆け寄ってくる。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

彼女の謝罪を聞きながら、俺は頭を撫でてやった。

世間から見放された俺にできるのは、この子を生きてこの大地から逃がしてやることだけなのだから。





32:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 11:25:36.43 ID:EgLNYtwa0

少し休憩したのち、魔王の城へと踏み入った。

三度も来ているだけあって、道順も把握している。

それでも極力戦闘を避ける必要がある。

できるだけ余力を残した状態で魔王に挑まなくてはならないからだ。

無論、万全の状態であったとしても恐らく負けてしまうだろう。

ただ、少女を逃がせるだけの時間が欲しい。

俺が魔王に立ち向かったと少女が王に報告してくれればそれでいいのだ。

勇者の屍を持って帰ることができれば尚、良い。

そうすれば彼女は批難を受けることなく、またあの漁村で穏やかに生きていけるはずだ。

「勇者様、あそこに魔物が」

その声に俺は違う道を行こうと、彼女の小さな手をとる。

その時初めて、彼女の体が震えていることに気がついた。





34:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 11:31:43.93 ID:EgLNYtwa0

それでも魔物との戦闘は絶対に避けられるものではない。

この広大な城を歩くことは、凶暴かつ凶悪な魔物の牙を何度も受けなければならないのだから。

魔王がいる部屋に着くころには、もう満身創痍だった。

何度も使った治癒呪文で魔力も底を尽きかけている。

ただ一つ、自分を褒めるとするならば少女が無傷だったということだ。

それだけでも俺は勇者である自分を誇りに思えた。

「勇者様、ごめんなさい……私が回復の一つでもできれば……」

もう彼女の両目は赤くなっていた。声も震えている。

俺は何も言わずに彼女を抱きしめた。

「勇者、さま?」

彼女の戸惑いと、早鐘のような心音が伝わってきた。





35:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 11:37:44.97 ID:EgLNYtwa0

これから俺は死ぬだろう。そう切り出した。

彼女は何も言わなかった。

いいか。君は戦いを見届けるんだ。そして、俺の屍を持って城に戻れ。

俺は体を離した。彼女の目からは涙があふれていた。

「キメラの翼で……帰れと?」

ああ、そうだ。

「勇者様を見捨てて?」

ああ、そうだ。

彼女は俯き、肩を震わせる。

嗚咽も漏れ始めた。

ここまでだと俺は立ち上がり、闇の奥を見据えた。

少女を残し、長い階段を下りていく。

すると、通路の両端に等間隔で並んでいた燭台が灯った。

灯りが示す先には、巨大な影が浮かび上がっていた。





37:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 11:44:14.61 ID:EgLNYtwa0

「よく来たな、死に損ない」

奴の声だけで周囲の空気が薄くなった気がした。

息苦しく、自然と呼吸が荒くなる。

四度目の対峙。だからこそ、恐怖と絶望は想像を絶していた。

一歩進むたびに肉を削ぎ落されていくような圧迫感。

近付くたびに終焉の足音が背中から忍び寄ってくる。

死ぬと確信しながら、俺は進むしかない。

俺を慕ってくれた少女が、この先も安らかに生きていけるようにと。

国民のためでも、王のためでもない。

少女のため。それだけが魔王に立ち向かう理由だった。





40:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 11:50:01.91 ID:EgLNYtwa0

「今度は一人か」

魔族の王が立ち上がる。

背丈は俺の何倍もある。

全てを蹂躙するかのような威圧が俺の心を折ろうとする。

「いや……向こうにもう一人いるのか」

魔王の碧眼が少女を捉えた。

あの子は関係ない。俺が貴様に刃を向け、死にゆくことを見届けるためにいるだけだ。

精一杯の虚勢と嘘をぶつける。

魔王はそれを心地良さそうに受け取った。

「勇者も色々と大変なのだな」

重低音の笑い声が響き渡った。

これで彼女が危害を加えられることはないはずだ。

俺は胸をなで下ろし、剣を抜いた。





42:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 11:55:49.14 ID:EgLNYtwa0

勝負は一瞬で幕を閉じた。

刃を振り下ろした直後、魔王の怪腕が薙いだ。

見事に俺は宙を舞い、壁に叩きつけられた。

呼吸が止まり、視界が明滅する。

「勇者様!!」

遠くで少女の悲痛な叫びが聞こえた。

それだけで苦痛が和らいだ気がした。

俺は剣を杖にし、立ち上がる。見据えるは己の絶望。

「面白い。まだ立つか」

魔王が右手の平を此方にむけた。

灼熱の魔弾が飛び出すか、それとも氷結の呪いをかけられるのか。

どちらにせよ、次の一撃で死ぬことに変わりはなさそうだった。





44:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 12:02:49.39 ID:EgLNYtwa0

「死ね」

魔王の掌が赤く染まる。

熱いのは嫌だったが、注文をつけるだけの声を絞りだすことさえできなかった。

背中が妙に熱い。恐らく、壁に叩きつけられた衝撃で骨が折れている。

こうして立ち上がったことだけでも十分だろう。

俺は瞳を閉じて、死に備えた。

気の良い仲間がいた。

呑気な戦士。少し我がままな魔法使い。頭脳明晰で頼りがいのあった賢者。

みんな、俺の大事な仲間だ。

けれど、みんなは俺を守って死んだ。

勇者を死なせるわけにはいかないと、全員が俺の盾になった。

勇者なのに守られた自分が悔しかった。

でも、今は違う。こうしてちゃんとあの子を守って死ねる。

それなら本望。喜んで死のう。

俺は彼女の声が聞こえるまで穏やかでいられた。





46:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 12:07:58.42 ID:EgLNYtwa0

「勇者様!」

必死に駆け寄ってくる足音が聞こえた。

俺は目を開き、その声を追う。

すると少女がこちらに向かって走り寄る光景が映った。

「ほお、やはりこいつもか」

魔王の右手が動く。照準は俺から少女へと移った。

俺はやめろと叫ぼうとした。だが、声を出そうとしただけで激痛が全身に駆け巡った。

「勇者様を死なせない!」

またその呪文が聞こえた。

何度も聞いた、呪いの言葉。

また誰かが俺を守って死のうとしている。

それだけはやめてくれ。頼む。

喉の奥から吐きだされるはずの想いは痛みによってかき消される。





48:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 12:13:17.81 ID:EgLNYtwa0

「貴様になにができようか」

魔王の嘲るような問いが少女に飛ぶ。

「私は魔王を倒し、勇者様を救う」

少女の凛とした答えが聞こえる。

何を言っているんだ。俺は痛みを抑えつけるようにして顔を上げた。

少女は毅然とした面持ちで対峙していた。

まるで勝利を確信しているかのように。

あの自信はどこから来ているのか。そもそもあれは自信なのか?

疑問が頭を過るが、それは体を蝕む痛みにより無理矢理に払拭される。

「ほう、面白い。ではその力を見せてみよ」

魔王の右手が熱を帯び始める。

少女はそれをじっと見つめたまま動かない。

逃げてくれ。お願いだ。もう誰も死なないでくれ。

俺の声は少女に届くことはなかった。





50:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 12:19:36.29 ID:EgLNYtwa0

少女は俺に微笑んだ。

「言いましたよね、勇者様。私は死ぬことでしかお役に立てないと」

やめろ。

「だから、この力を使うときは心から好きになれた人に使おうって決めていたんです」

言うな。

「勇者様。迷いなく私の手を掴んでくれてありがとうございました」

いくな。

「私は本当に幸せでした。勇者様に出逢えたことが、私の生まれてきた意味だったのだと思います」

死ぬな。

「勇者様、こんなことしかできない私をお許しください」

彼女は胸元で手を合わせ、何か唱え始めた。

分かっていた。ただ、分かりたくなかっただけだ。

死ぬしか道がない……それは神に仕える僧侶にとっての禁じ手を使うということ。

動かぬ体が憎らしい。叫べぬ自分が恨めしい。少女を止めらぬことが嘆かわしい。

少女は目を見開き「メガンテ」と叫んだ。





51:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 12:20:02.11 ID:av8iG3g50

うわあああああ





53:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 12:22:10.89 ID:Uoc3qq95O

ああああああああ僧侶たんが





57:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 12:28:05.36 ID:EgLNYtwa0

爆風が俺の体を転がし、瓦礫を雨に変えた。

土埃で咽て咳が出る。咳をする度に激痛に耐えなくてはならなかった。

外壁が吹き飛んだのか、潮の香りが鼻腔を擽る。

どれほどの時間が経ったのか、埃は風に流されて視界は元の明度に戻っていた。

顔を上げる。そこには足だけになった魔王と、立ったまま動かない少女の姿があった。

剣を杖にし立ち上がる。

歩く度に振動で全身が瓦解しそうになった。

それでも時間をかけて、俺は少女の元へと向かう。

触れられる距離まで近付くと、手を伸ばした。

もう人ではない少女がいた。

熱で皮膚は爛れ、服は燃え尽きている。

そこには少女の形をした土人形がいるだけだった。





58:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 12:32:13.93 ID:av8iG3g50

。゜(゜´Д`゜)゜。





60:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 12:34:40.90 ID:cT0Ey2y00

。・゜・(ノД`)・゜・。





61:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 12:35:43.74 ID:Uoc3qq95O

ちくしょおおおおおお





63:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 12:36:36.10 ID:EgLNYtwa0

両手で少女の顔を包む。

そして口付けを交わした。

唇を離し、俺は一言、ありがとうと呟く。

外壁も天井も吹き飛び、その先には空と海が広がっている。

空は徐々に光を取り戻しつつあった。

海は輝き始めていた。

少女だったそれを寝かせ、俺も横になった。

空を仰ぐ。青い色が闇を打ち消すように広がっていく。

綺麗だな。一人、俺は呟いた。

傍らの少女に微笑みかけて、瞳を閉じる。

ゆっくりと意識が奥へと沈んでいくのを感じた。





66:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 12:43:17.98 ID:EgLNYtwa0

少女は笑う。

「勇者様、また大漁ですね」

ああ。

「私、街にお魚を売りに行くのがすこし楽しくなってきたんですよ?」

そうか。

「だから、またいっぱいお魚釣ってくださいね?」

がんばるよ。

「あと……このまま結婚とか……その……えへへ」

そうだな。

「え……本当ですか?」

ああ。結婚、しよう。いや、してほしい。

「嬉しい。約束ですよ。絶対ですからね!?」

ああ。こんなに嬉しい約束を破るわけないだろ。

そんな未来もどこかにあったのかもしれない。俺は最後の夢を見ながら、そう思った。

でも、もうそれは叶うことはない未来。届かぬ儚い願いだ。





67:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 12:43:36.08 ID:Lzqh2lXA0

いかん目から汁が・・





68:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 12:46:39.96 ID:qso8vY2g0

いやああああ





69:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 12:51:29.77 ID:EgLNYtwa0

数日後。俺はベッドの上で王の演説を聞いていた。

「魔王は一人の勇者によって倒された。人類の勝利だ。我々は勇者を称える!」

歓声が起こった。耳障りな観衆の雄叫び。

平和を渇望した者たち。勇者に希望を抱いていた者たち。

絶望したとき勇者を蔑んだ者たち。勇者を貶めた者たち。

その全ての声が聞こえた。

俺は体を起こし、窓の外を見た。

花火が打ちあがり、民は喜色満面で踊っている。

恐らく誰も知らない。少女が命を賭して戦ったことを誰も知らないのだ。

犠牲の上で成り立っている平和。それがお前たちの求めていた平和だったのか。

俺は傍らにある剣を手にし、鞘から抜いた。

切っ先を天井へと向け、誰にも届かぬように告げた。

―――俺は人間を憎む。新たな魔王となり、この世界の狂った秩序を破壊する。

その日俺は、勇者を捨てた。


END





72:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 12:53:35.02 ID:f6ehLUUV0

泣ける話だ





73:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 12:54:01.90 ID:3UQl/+n+0

ザオリク!!





79:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 12:55:51.60 ID:jr63+2/90

僧侶が伴侶になると思ったのに・・・





86:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 13:03:08.37 ID:cT0Ey2y00

漁村での僧侶の笑顔は素敵だったんだろな





91:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/08/22(月) 13:11:04.42 ID:h9ZLrZam0

勇者「魔王倒したし帰るか」

に通ずるものがあるな。こういうの大好きだ。乙。









  

【 関 連 記 事 】


泣いた
[ 2013/06/16 10:23 ] [ 編集 ]
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