Short Story
ニュース
VIP
アニメ・その他

  男「人が死んでる!?」女「高校生探偵の出番ね!」

*・゜゚・*:.。..。.:*・゜   SS 総評   ・*:.。. .。.:*・゜゚・*

       

【まおゆー@管理人】
まさか2chで推理長編SSが読める日が来るとは・・・オリキャラが生き生きとしていて、
良作ADVをプレイしているかのように非常に楽しめました。間違いなく至宝となる作品乙!


1:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/11(水) 20:22:03.87 ID:48dlSStFo

六月四日。16時30分。■私立平坂高校 音楽室。

男(…人が、死んでる?)

女「さぁ、早く部活を始めましょう」

男「いや、首をつって死んでる人が」

女「6月に入ってもまだ部員が3人だなんて…今年も寂しい部活になりそうね」

男「いや、そうじゃなくて」

女「そう言えば、彼女、まだ来てないわね」

男「黒川か。アイツは遅刻常習犯だから…って、そうじゃない!」

女「こんな事で文化祭、大丈夫なのかしら。どうしよう」

男(まさか…本当に死体に気付いてないのか?)

男「本当にどうしようだよ」

女「うん、どうしよう。こんな所に死体があったら練習できない」

男「やっぱり気付いてたのかよッッ!!!」




2:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/11(水) 20:22:30.29 ID:48dlSStFo

女「これは…殺人の可能性もあるわ」

男「何て事だよ…」

女「学校の音楽室でこんなことが」

男「自殺かもしれない…だが、殺人かもしれないってヤツか」

女「これは、天才ボーカリストであり、高校生探偵であるアタシの出番ね!」

男「期待してるぜ。高校生探偵を自称するお前の力を」

女「任せて。アタシの歌で世界を変えて見せるわ。殺人事件なんてくだらないぜ!あたしの歌を聞けェっ!」

男「ソッチは欠片も期待してねぇよっ!推理の方だよ、推理の方!」

女「仕方ないなぁ。じゃあ、さしあたってまずする事、それは」

男「現場の保存、とかか?」

女「あ、もしもし。警察ですか?学校に死体が…」

男「通報かよっ!高校生探偵はどこに行った!?」



4:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/11(水) 20:23:29.02 ID:48dlSStFo

男「何で真っ先に警察なんだよ」

女「市民の義務じゃない。常識よ」

男「高校生探偵なんて非常識なモノを自称する女が常識を語るなっ!」

女「推理してもいいと思うけど、ぶっちゃけ警察に任せた方が早くて確実」

男「ぶっちゃけすぎだろ!話が終わっちまうじゃねぇか!」

女「推理をしないと死ぬわけじゃないし」

男「もう死ね!お前、今すぐ死ね!」



5:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/11(水) 20:24:01.11 ID:48dlSStFo

女「殺人事件の通報が出来るなんて探偵冥利に尽きるわ」

男「お前はウサ美ちゃんか。しかも特に理由もなく殺人事件と断定しやがった」

女「通報は生きがい」

男「じゃあ死ねよ」

女「かと言って通報しないと死ぬわけではない」

男「もういっそ死ねよ」

女「死体の前にした女の子に死ね死ねって、デリカシーないわね。あんたは死ね死ね団ですか?」

男「お前のせいだよっ!何だよ死ね氏ね団って!分かる言葉で言え!」

女「Are you SHINE-SHINE-DAN?」

男「英語で言い直しても一緒だ!意味分かんねぇッ!!もうマジで死ねよ!!」



6:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/11(水) 20:24:42.15 ID:48dlSStFo

女「警察が来るまで時間がかかるみたい」

男「じゃあ、教室の外で待つかな」

女「その前にすることがあるわ」

男「そうだよ。野次馬が来ないように見張っておかないと」

女「殺人死体なんて見るの初めてだから、よく見ておかなきゃ」

男「お前が野次馬かよっ!死者を冒涜しやがって!」

女「そんなつもりはないわ」

男「そんなつもりしか感じられない」

女「アタシは、後学のために折角のチャンスを逃すまいと」

男「そう言いつつ写メを撮るなッ!完全に興味本位じゃねぇかっ!」

女「人の夢路を邪魔するなんて、あなた…最低ね」

男「オレが最低ならお前は人間のクズだよッッ!」



7:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/11(水) 20:25:47.40 ID:48dlSStFo

女「自殺か…それとも他殺か」

男「女子高生が死体ガン見と来たよ。マジで引くわ」

女「高校生探偵としては調べざるを得ないでしょ。っと、争った形跡がない…自殺かな?」

男「分かるのか?」

女「んにゃ。全然。素人に何を言ってるの?馬鹿なの?死ぬの?」

男「お前が死ねよ。マジで口ばっかりだな」

女「いちおう、根拠はあるのよ。衣類の乱れはないし、服の上からは外傷が見えないし」

男「口ばかりじゃなかった…?」

女「まぁ、服の上から外傷なんて分かるわけないし、衣類だって殺した後に整えちゃえば分からないけどね」

男「って結局。何も分かってないって事か?」

女「ソレを調べるのが警察の仕事」

男「やっぱり口ばっかりか!この役立たずの野次馬!」



8:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/11(水) 20:26:13.17 ID:48dlSStFo

男「ところで、コイツ、誰だ?」

女「隣のクラスの梶原君ね。あんた、また【忘れた】の?」

男「昼寝したからな」

女「威張ることじゃないでしょ。名前聞いても思い出せない?」

男「…駄目だ。他に何か【キーワード】はないのか?」

女「んー。まぁ、会話したこともなかった気がするし、いいんじゃない?」

男「いいんだろうか」

女「首を吊って死んだ人との思い出なんて無駄でしょ。今日のことも早く【忘れ】ちゃいなよ」

男「…死んだ人間の事こそ、生きてるやつが覚えてるべきだ」

女「あんた、自分が梶原君の存在を綺麗さっぱり【忘れてる】ことすら忘れてない?」

男「気のせいだ。気のせい」



9:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/11(水) 20:28:33.37 ID:48dlSStFo

■夜。彼の自宅。リビング。

男「あぁ、美鳥(ミドリ)。ただいま」

妹「おかえりっ。遅かったですね!」

彼の言葉に満面の笑顔で妹が返事をする。

男「ちょっと警察署に行ってたんだよ」

妹「…」



がしゃん。グラスの割れる音がリビングに響いた。

確か、そのグラスは妹自身が大切にしているはずのグラスだ。

彼が修学旅行の時に、ディズニーランドで買って来たお土産だったと記憶している。

少し値が張ったが、ミッキーマウスが大きく印刷されたこのグラスを妹は非常に気に入っていた。

その宝物の様に大事にしていたグラスを落とし割ってしまうほどの衝撃が彼の言葉の中にあったのだろう。



妹「…兄さん」

男「どうした?深刻な顔をして。別にケガなんかしてないぞ。と言うかミッキーのグラス割れちゃったな。大事にしてたろ、それ」

妹「…自首しましょう」

男「何でそうなるんだよ!警察から帰ってきたって言っただろ!どうしてそこから自首になるんだよ!?」

妹「逃げてきたんですね。大丈夫です。例え兄さんがゲス以下の犯罪者だとしても私は兄さんの妹ですから!」

男「泣くな!そして妄想を止めろっ!お前はオレを何だと思ってるんだ!」



10:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/11(水) 20:30:18.67 ID:48dlSStFo

妹「に、兄さんは何もしてないんですか?」

男「当たり前だろ?」

妹「【忘れてる】だけじゃなくて?」

男「いや、いくらオレの【物忘れ】が酷くても、それが元で警察沙汰はありえないだろ」

妹「先週、お母さんとお父さんが兄さんの身柄を引き取りに行ったばかりですが」

男「覚えてないな」

妹「その顔は覚えてる顔ですよ!【忘れた】フリは私には通用しないんですからね!」



11:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/11(水) 20:34:27.05 ID:48dlSStFo

妹「またケンカですか?」

男「年がら年中ケンカしてるみたいな物言いは止めてくれよ。誤解される」

妹「確かにそうですけど、やっぱり心配ですよ」

男「いい加減慣れてくれよ」

妹「うー。で、ケンカじゃなければどうして警察に?」

男「人が死んd」

妹「自首しましょう」

男「だから真顔は止めろっ!せめて全部言わせてくれ…って、電話を取り出すな!110番通報しようとするな!」

妹「だって、兄さんがとうとう人を殺すなんて」

男「殺してない!自殺だ!…と思う」

妹「…自分で殺したのを【忘れた】だけだったりして」

男「お前ひどすぎない?」

妹「兄さんの妹ですから」

男「何も言い返せない」



12:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/11(水) 20:35:17.43 ID:48dlSStFo

男「―――と、そんな訳で事情聴取されたワケ。誤解は解けたか?」

妹「良かった…本当に良かった」(えぐえぐ)

男「あぁ、こら。泣くな、抱きつくな。暑苦しい」

妹「そんなに邪険にしないでください。妹が兄を心配して何が悪いんですか!」(ぼろぼろ)

男「自分の兄貴をそこまで心配するなよ。それほど信用がないのか、オレって」

妹「週に1回誰かに殴られるようなあざを作り、月に1回学校から両親に呼び出しがかかり、3ヶ月に一回少年課のお世話になるような兄を心配しない方が無理です」

男「すいませんでした」



13:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/11(水) 20:37:17.45 ID:48dlSStFo

男「ところで他のみんなは?」

妹「お父さんと大兄さんは泊り込みで仕事」

男「母さんは?」

妹「【忘れた】んですか?」



男「…え?」



妹「田舎に…帰りました」





















妹「おばあちゃんの七回忌で」

男「紛らわしいこと言うな!心臓止まるかと思ったわ!」

妹「ちょっとしたジョークです」

男「オレにその手のジョークは洒落にならない」

妹「大事な妹を泣かせた罰ですよ」

男「勝手に妄想されて、泣かれて、酷いドッキリをされた…お前、本当にオレの妹?」

妹「どこをどう取っても兄さんの妹じゃないですか」

男「…否定できる要素がない」



14:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/11(水) 20:39:16.97 ID:48dlSStFo

■深夜 自室

かちゃり、と鍵を開ける音で彼は目を覚ました。
床がきしむ音がする。誰かが階段を上がってきているようだ。

兄「(吐息のような小声で)起きてるか?」

男「兄貴か。今起きた」

兄「…すまない。本当に、すまない」

深夜に弟を起こしてしまっただけとは思えないほどの重い感情を込めた声。

男「気にすんなってば。で、何の用?」

兄「入っていいかな?」



何故か――嫌な予感がした。



15:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/11(水) 20:41:15.82 ID:48dlSStFo

男「どうぞ」

がちゃり。

兄「電気、点けるよ」

男「ありがと。テキトーに座って」



兄「昼間に死体を見つけたらしいね」

男「あぁ。覚えてる。隣のクラスの奴らしい」

兄「その事なんだけど…」

男「どうしたんだよ。自殺だろ?」




兄「…少し、覚悟して聞いてほしい」





男「どうしたんだよ。深刻な顔をして」












兄「彼は…自殺じゃない可能性がある」







男「!?」


  第一話 「オレと死体と高校生探偵」 終






26:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/12(木) 12:26:10.19 ID:2B4Olukuo

■六月五日 二時十五分
■自室

男「じ、自殺じゃない…って、どう言う事だよ」

兄「さっき検視に付き合ったんだけど」

男「兄貴が担当になったのか」

兄「うん。この辺のはウチの大学が担当だから。まだ解剖はしてないけど、一つだけ大変な事実が分かったんだ」

男「…大変な事実?」

兄「そう。大変な事実」

兄「―――その前に、【首吊り自殺と、絞殺の違い】を僕達がどうやって判断するか分かるかい?」

男「いや、全然」

兄「【争ったり抵抗したりした痕跡があるかどうか】」

男「あぁ。なるほど」

兄「首を絞められれば抵抗する。抵抗すれば跡が残る。だけど、今回は暴れた痕跡が無かった」

男「だったら自殺じゃ?」

兄「自殺にしては、首にかかった負荷が大きすぎてね」

男「と、言うと?」

兄「まるで、縄を首にかけたまま高所から落ちたような跡になっていた。恐らく、頚椎にも大きな損傷があると思う」

男「…!?」

兄「今、鑑識さんが色んな痕跡を洗ってる最中だし、司法解剖するかどうかもまだ連絡が来てないから確定とはいえないけど」

男「…」

兄「【音楽室で首を吊った】と言うことは考えられない」

男「…」

兄「…」

男「…マジで殺人事件?」

兄「分からない。殺人かもしれないし、事故で死んだのを誰かが隠蔽しようとしたのかもしれない。ただ」

男「…ただ?」

兄「どちらにせよ、犯人は学校の中にいる」

男「!!」



27:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/12(木) 12:27:06.68 ID:2B4Olukuo

喉が渇く。違う。喉だけではなく、舌までカラカラだ。

まるで、砂漠の真ん中に放り出されたかのように、体の内側から外側まで干からびているような感覚に襲われていた。

もちろん、寝起きだから、などと言う理由ではない。

俺の学校に、人殺しがいると言う事実。その事実に対しての恐怖と焦りからだ。

冗談みたいな話に思える。まるでマンガやドラマではないか。

足が震えている気がする、気のせいだと思いたい。

だけど、兄貴には心配をかけたくなくて…。

これ以上、家族に迷惑をかけたくなくて…。

オレは、強がる事にした。



28:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/12(木) 12:34:50.05 ID:2B4Olukuo

兄「普通は検死医に細かい捜査情報は回ってこないけど、僕の弟だし、何かあったらと言うことで特別に色々教えてもらえることになった」

男「ははっ。考えすぎだろ。死体を発見しただけで何でオレ達に危険があるんだよ」

男(笑って誤魔化したが、人殺しが同じ学校にいるって言うのは、怖すぎる)

兄「そうだけど、もし、億が一にでもお前に何かあったらと思うとさ」

男「心配しすぎ。そこに何で涙目になるんだよ」

兄「ほら、お前が実は決定的瞬間を目撃していて、しかもソレを【忘れた】なんて言う事だったら!」

男「今日は球技大会で、ずっと誰かと一緒にいたからソレはない」

兄「実は犯人は偏執的な殺人狂だったらとか!」

男「えぇい。気にしすぎだっ!そんな事だったらとっくの昔に誰か死んでるだろ」

兄「僕の弟は、兄から見ても惚れ惚れするくらいの美形だから狙われるんじゃないかと!」

男「気持ち悪いわっ!早く弟離れしろよ!このブラコン!」

兄「失礼だな。僕はブラコンじゃない」

男「じゃあ何なんだよ!どう見てもブラコンだろうがっ!」

兄「ブラコンでシスコンだよ」

男「やかましいわっ!30過ぎて堂々とそんな発言するなッ!!」



29:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/12(木) 12:35:38.79 ID:2B4Olukuo

男「とにかく、オレもアイツも大丈夫だから」

兄「あぁ。心配だ。心配事が多すぎる」

男「…多すぎる?他にも何かあるとか?」

兄「そうなんだよ。心底危険な問題があるんだ」

男「…そんなに泣きそうな顔をして、一体どうしたんだよ」

兄「仕事がまだ残ってるのに抜けてきた。怒られちゃう」

男「『怒られちゃう』じゃねぇよッ!いくら童顔でもオッサンが言っていいことと悪いことがあるぞッ!」

兄「オッサンって、ひどくない?」

男「酷くない。全然全く1ミリも酷くない。事実だし」

兄「事実と言うものは、時に幻想よりも人を傷つけるんだね」

男「何か名言っぽい台詞を言ってもオッサンはオッサンだからな」

兄「しょぼん」

男「もうツッコむ気も失せた…寝る」

兄「あう」

男(だけど、兄貴がバカな事を言ってくれたおかげで、落ち着いた)

男(いつも思うよ)

兄(良いもんだ、かけがえの無い家族ってのはって)






30:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/12(木) 12:36:35.10 ID:2B4Olukuo



夢を見た。

いつも見る甘い、甘い悪夢。

天へと昇った大切な女の子。もう帰ってこない少女が、まだ生きている夢。

オレに笑顔を向け、楽しそうに学校のことを話している夢。

だけど、俺はいつも分かっている。

これは夢なんだ、と。

彼女とは、二度と会えない、話すことも出来ない。目が覚めれば、否応無く現実を突きつけられる。

それでも、オレは彼女と話す。慣れない笑顔を作り、少女の話に耳を傾ける。

胸が痛み、涙がこぼれそうになるが、必死に不恰好な笑顔を作る。

覚めない夢であって欲しいと願いながら。





31:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/12(木) 12:37:37.34 ID:2B4Olukuo

男「…」

男(そう、また夢なんだ)

男(夢なのに、涙まで流してみっともねぇ)

むくり、と起き上がる。

男(起き上がると、まず目に入るのは壁の張り紙。書いてあるのはオレの名前と)

男(【机の上のノートを見ろ】の二文)

男(ノートの中には、絶対に忘れちゃいけない言葉が刻まれている。毎朝、起きてすぐに読むのがオレ

の日課。いや、義務だ)

???「兄さーん。起きてますか?」

こんこんこん。
3回のノックの後、少女が彼の部屋に入ってきた。

少女「あ、起きてたんですね。ご飯ですよー」

男「………………………」

少女「どうしました?」

男「……………誰だ!?」

少女「妹ですよ!?」



32:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/12(木) 12:38:14.14 ID:2B4Olukuo

じわり、と涙を浮かべる少女。
その体は小刻みにぷるぷると震えていた。

オレの妹を自称する少女。
とてもじゃないが、嘘を言っているようには見えない。







だけどオレは、彼女の事なんて。












見たことすらなかった。



39:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/13(金) 19:32:57.79 ID:gPz2jxHVo

少女「兄さん…【忘れた】んですかっ?兄さんの妹ですよ!美鳥です!!」

男「…ごめん。えーっと、妹。うん。ノートに書いてある」

少女「ノートを見て思い出さないって事は、【忘れた】のは別の【ことば】ですね」(ごしごし、と涙をぬぐう)

男「そうだと思う。昨日、オレと話したことを思い出してくれないか?」

少女「帰ってきて、警察に行ったと」

男「あぁ。覚えてる。その後テレビを見て、寝て、夜中に兄貴が帰って来たんだ」

少女「大兄さんを覚えてるってことは、家族全部忘れちゃったわけではないみたいですね」

男「父さんも母さんも覚えてる。妹の事だけ奇麗さっぱり忘れている…か」

彼は顔を歪め、泣きそうな、苦しそうな表情を浮かべた。
その表情は、妹を忘れた申し訳なさだけではないように見える。

少女「一緒に話した事と言えば、警察に行った兄さんに自首してくださいって言いました」

男「いや、殺してないぞ!?」

少女「えぇ。昨日もそう言ってました。2回も同じくだりをするのは面倒なので早く思い出してください」

男「…オレの妹ってこんなに毒舌なのか。思い出すのが恐い」



40:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/13(金) 19:33:47.13 ID:gPz2jxHVo

少女「あとは、そうですね。グラスを割ってしまいました。兄さんに買ってもらったグラスなんですよ」(しょんぼり)

男「グラス…ねぇ。さっぱり思い出せないな」

少女「それも【忘れ】ちゃったんですね。ディズニーランドのお土産で買ってもらったミッキーのグラスです。ミッキーマウスの」

男「ミッキーの…グラ…ス?」

少女「…私が兄さんにもらった物を壊しちゃったから、だから兄さんは私の事を」

男「…!!」

少女が何かを言っている気がするが、彼には聞こえていなかった。

それどころではなかったからだ。

ミッキー。ミッキーマウス。ミッキーのグラス。

頭の中を記憶の断片が竜巻のように駆け巡って行く。

ミッキー、ディズニーランド、中学の修学旅行、お土産、妹の笑顔―――そう、彼の妹の。

男「ッ!!」

男「思い出した!ミッキーのグラスだよなっ?」

妹「―――えっ?」

男「俺が買って5年近くずっと大事にしてたヤツだろ?」

妹「―――はい」(うるうる)

男「お前が反抗期で無茶苦茶冷たかった時も、それだけは大事にしてくれてたんだよな」

妹「ちゅ、中学の時の事は忘れてください!」(ぽかぽか)

男「今度新しいの買っておくさ」

妹「いいですよ。悪いです。割ったのは私なんですから」

男「遠慮するなよ。あ、あと、忘れてた…」

妹「な、何をですか?」

【忘れてた】と言う単語にびくり、と身を震わせる美鳥。

彼の記憶からこぼれ落ちるのがよほど恐ろしいようだ。

しかし、彼の放った言葉は妹の予想を裏切る物。



41:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/13(金) 19:34:23.84 ID:gPz2jxHVo

男「おはよう。美鳥」

妹「おはようございます。兄さん」



―――こうして、彼の一日が始まる。






42:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/13(金) 19:34:49.89 ID:gPz2jxHVo

少しだけオレの事を話そうと思う。

長くなるが大事な事だ。聞いて欲しい。

1年ほど前、俺は交通事故にあったらしい。

その事故は、ある人物を庇って起きたと聞いた。

庇ったとされる人物の名前は【風間祈衣(きい)】。

昨日、一緒に事件現場に居た女だ。

【らしい】と言うのは、オレが事故の事を全く覚えていないから。

頭を打ったせいなのか、何なのか。今でもその日の事は思い出す事が出来ない。

そして、その事故の日からオレはある障害に悩まされる事になる。

【高次脳機能障害】。

記憶障害と言えば分かりやすいだろうか。

事故や事件をきっかけに、それ以降の記憶をとどめる事が出来ない。と言う題材の物語があるだろう?

例えば、朝起きたら昨日までの記憶全てを忘れてしまう。

例えば、昼食にカレーを食べたとする。だが、数分後にはカレーを食べた事を忘れてしまう。

例えば、テレビドラマを見たとする。だが、見ている途中で物語の筋がさっぱり分からなくなってしまう。それがどんな単純な物語でも、だ。

どんな喜びも、どんな発見も、どんな感動も、ほんのわずかな時間で忘れてしまう。

患者の世界は事故の日で止まったまま。

まさに悲劇だ。

だけど、オレは少し違う。全ては忘れない。

オレが忘れるのは一つ。

一つの【ことば】と、そのことばに【関連した全て】を忘れる。

【ミッキーのグラス】と一緒に【グラスを大事にしていた妹】の事を忘れたように。



43:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/13(金) 19:35:26.02 ID:gPz2jxHVo



オレの記憶は、眠りから覚めるたびに失われる。

だが、救いはあった。

【忘れたことば】を文字で見たり、耳で聞いたりすれば思い出せるのだ。

問題は、【忘れたことば】が何なのかが、誰にもさっぱり分からない事。

人間が一日に目にし、耳にし、肌で感じる情報量がどれほどか分かるだろうか?分かる訳がない。

そして、そんな中から一つの【ことば】がランダムに選ばれ、強く関連した情報がごっそりと記憶から抜け落ちるのだ。

ある日は【マヨネーズ】を忘れていた。誰も全く困らなかった。恐らく【忘れた】事さえ何日も気付いていなかったと思う。
関連して思い出した事と言えばマヨネーズ副長と土方スペシャルくらいなものだ。

だが、ある日は―――



44:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/13(金) 19:35:52.13 ID:gPz2jxHVo

―――【友達】を忘れた。

関連して、学校の事、趣味の事も全て抜け落ちてしまった。幼児になってしまったと言ってもいい。

毎日毎日、何を【忘れる】かに脅えて床についている。

明日はオレがオレじゃないかもしれない。

誰も【忘れたことば】を見つけ出せないかもしれない。永久に【忘れた】ままなのかもしれない。

それどころか、障害が悪化し、【忘れたことば】を聞いても思い出せなくなるかもしれない。

お前らにこの恐怖が分かるか!?

…こんな生活が、もう8カ月以上続いていた。





45:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/13(金) 19:39:19.37 ID:gPz2jxHVo

妹「兄さん?」

男「…あ」

妹「震えて…いるんですか?」

男「…別に」

妹「強がらないでください。家族なんですから」

美鳥が、彼の頭を右手で優しく撫でる。

男「おいっ…離せって」

妹「駄目です」

続けて空いている左手で自分より大きな兄の背中を抱く。何故か、抵抗を許さない魔力があった。

男「…」

照れ恥ずかしくもあり、くすぐったくもある妙な感覚だったが、不思議と悪い気はしない。

気付けば彼の動悸と震えは、すっかりおさまっていた。



46:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/13(金) 19:39:59.36 ID:gPz2jxHVo

男「なあ」

妹「…はい」

男「ありがと」

妹「はい!」

男「ところで」

妹「なんでしょう」

男「このまま爆発しないよな?」

妹「げ、現実の妹は爆発しませんよ!?どこの世界の話ですか!」



47:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/13(金) 19:42:48.99 ID:gPz2jxHVo

男「もう、大丈夫だ」

妹「本当ですか?」

男「本当だよ」

妹「分かりました」(すっ)

男「ところで、兄貴と父さんは?」

妹「寝てますよ。明け方までお仕事してたみたいです」

男「…そっか。じゃあ起こせないな」

妹「どうしたんです?」

男「何でもない。ちょっと兄貴に聞きたかった事があっただけだ」

男(新しい情報が得れたかどうか、ってな)

男「別に大したことじゃない。起きたらメール入れてくれって書置きしておけばいいさ」



48:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/13(金) 19:52:36.58 ID:gPz2jxHVo

男「あぁ、そうだ。アイツに電話しなきゃな」

妹「祈衣姉さんですか?」

男「あぁ。兄貴いわく、昨日の死体は事件の可能性があるらしくてな」

妹「…や、やっぱり兄さんが」

男「殺ってねぇよ!どうしてお前はそこまでオレを殺人犯に仕立て上げたがる!?」

妹「探偵に憧れるのは女の子として自然な事なんですよ」

男「お前に駄目な影響を与えた奴の正体が分かった。…アイツとは一度本気で決着をつけないといけないようだな」

妹「何マンガですか…」



49:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/13(金) 19:57:22.25 ID:gPz2jxHVo

Pi Pi Pi

Rrrrrrrrrr

Rrrrrrrrrr

Rrrrrrrrrr

女『はい』

男「あぁ、オレだ」

女『お電話ありがとうございます。風間探偵事務所です。ただいま、営業時間外ですので、おかけ直しいただくか、発信音の後にお名前と御用件をお願いいた』します

男「あ・の・馬・鹿ァァァァァァ!!!」

電話『ピー』

男「高校生の携帯電話に探偵事務所も営業時間外もあるかっ!こンの、エセなりきり探偵ッ!いいか、オレだ!気付いたらすぐに連絡よこせッ!分かったな?」

プツンッ。

妹「留守番電話にツッコミを入れるって相当ですね…」



50:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/13(金) 20:02:25.55 ID:gPz2jxHVo

男「あぁ畜生。朝から疲れた」

男「まぁ、電話に出なくてもいつも通りなら途中ではち合わせるだろ」

妹「心配ですか?」

男「一応、幼馴染らしいしな」

妹「…そう、ですね」

男「ところで、オレの朝飯は?」

妹「健康に悪いのと、命が危ういの、どっちにします?」

男「何でそんな選択肢しかないんだ!?」

妹「大事な妹を目覚まし代わりに使ったからです」

男「何で目覚まし代わりに使ったらそうなるんだよ!」

妹「…思ったより時間を食われたせいでスープとパンが真っ黒に焦げたからです」

男「…健康に悪い方で」


※命が危ういの=焦げたスープと炭になったパン/健康に悪いの=インスタント食品とパックご飯



51:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/13(金) 20:05:39.77 ID:gPz2jxHVo

男「おかしい…」

妹「そうですね」

男「いつもなら、この辺でアイツと合流するはずなんだ」

妹「そうです。間違いありません」

男「オレはちょっと待ってみるけど、お前はどうする?」

妹「私は、今日は委員会の仕事がありますから」

男「そうか、気をつけろよ」

妹「心配しすぎですよ」

男「学校で人が死んでるんだ。校内では絶対に一人になるんじゃないぞ」

妹「いつもはダメな兄さんですけど、わたしのピンチにはきっと助けてくれるから大丈夫です」

男「…はぁ。お前はオレをけなしたいのか持ちあげたいのか、どっちなんだよ」

妹「どっちもですよ。ふふふ」






52:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/13(金) 20:06:33.82 ID:gPz2jxHVo

■六月五日 午前九時十三分。私立平坂高校校門前


男(結局、合流する事は出来なかった)

男「電話も繋がらない、メールにも返事がない…」

男「家に行っても誰もいない…。これは…マジで何かあったのか」

男「―――警察に連絡するか?」

???「彼女なら、来ない」

突然、背後からの声。

男「…え?」

振り向き、確認する。
そこには、同じ高校の制服を着た眼鏡の少女が立っていた。
校章から判別するに、妹と同じ一年のはずだ。

眼鏡少女「本人からの伝言さ。風間祈衣は来ない。今日はね」

男「…あんたは、誰だ?」

眼鏡少女「おやおや。僕が分からないのかい?」

眼鏡少女「だけど、僕は君の事をよく知っている」

眼鏡少女「天海――慶二(ケイジ)君。僕の運命の人」


■第二話 「オレと兄妹と脳障害」 終






65:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/14(土) 16:09:54.52 ID:zw+mUt5uo

■六月五日 十時十五分
■私立平坂高校。3-A 教室

男(…一体何だって言うんだよ!)

男(誰だ、あの眼鏡女は。俺は知らない。見た事も聞いたこともない)

男(【忘れて】いるだけなのか?それとも、本当に事件が…)

男(あの女、オレが慌ててる間に煙みたいに消えちまった。せめて名前くらいは聞いておくべきだった)

男(事故が原因の入院でオレは留年。今のクラスに親しい奴はいない)

男(無駄に真面目な妹は学校で携帯を使わない。メールは送ったが、どんなに返事が早くても昼休みになるはずだ)

男(もちろんアイツからの連絡も、来ていない)

男(手がかりが、無い。どうしたらいいんだ)

男(とにかく、二限が終わったら妹のところに行ってみるか)

男(眼鏡女も一年だった。何か知っているかもしれない)

担任「ねぇ。ちょっと?」

男「…え?」

担任「授業、聞いてる?天海君?」

男「いや、あんまり。すいません」

担任「授業終わったら職員室来てね?」

男「いや、それはちょっと…。って、痛い痛い痛い痛い。体罰反対!アイアンクローは良くない!」

担任「私の言葉を聞かない人類は死刑?」

男「どこの暴君だよ!?神か!?神なのか!?ギャアアアアアアアアアアアア」






66:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/14(土) 16:10:21.27 ID:zw+mUt5uo

■六月五日 十時三十五分
■私立平坂高校 保健室

担任「と、言うわけで保健室?」

男「職員室に来たと思ったら保健室に連れてこられた。何を言ってるかわからねーと思うが俺にも以下略」

担任「今日は保険の先生、研修で出張だからね?サボりに来る子もいないし、ちょうどいいの」

男「…それって、まさか」

担任「ふふふ…。誰もいない保健室に若い女教師と生徒二人きり。これから何が起きると思う?」

男「いや…えーっと、その。まさかのサービスシーンですか?」

担任「もっと、もっと激しいモノ?」

男「それは、ちょっと」

担任「あら?どうして?」

男「先生…若くないs…ブベラッ!!!」

担任「何か言った?」

男「生徒にギャラクティカマグナムばりの右を叩きこむなよっ!死ぬかと思ったわ!」

担任「こう見えても年より若く見えるって全世界から評判?」

男「若く見えすぎるんだよ!オレが一年の時から既に居るにも関わらず生徒で通る若々しさっておかしいだろ!?アンタは吸血鬼か何かかっ!」

担任「イグザクトリィ?」

男「やかましい!この妖怪変化!教師が高校の制服着て授業するな!」

担任「天海君…?」

男「何ですか」

担任「人のファッションにケチをつけるのは礼儀として良くないと思うわよ?」

男「礼儀の前に常識的な意味で言ってるんだよ!」



67:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/14(土) 16:10:51.16 ID:zw+mUt5uo

担任「冗談はさておき?」

男「オレは冗談を言ってませんからね」

担任「昨日の話を聞きたいんだけど?」

男「あぁ。なるほど、それで保健室」

担任「応接室は今使ってるから。ごめんね?」

男(指導室を使わないのは威圧感とか与えたくないこの先生の優しさなんだろうな)

男「構いませんよ。でも、警察に話した事が全部です」

担任「それでも、学校側も【何かしました】って言うアクションが必要みたいで?」

男「なるほど。でも、オレ、用事があるんですよ。妹のところに行かないと」

担任「もう、授業始まってるし?」

男「あぁ…畜生……そうだ!」

担任「どうしたの?」

男「風間祈衣って、今日休みの連絡入ってますか?」

担任「入ってるわよ?本人から?」

男「本…人…?」

担任「用事があるから休むって。まぁ、昨日の事がショックだったと思うし、特に何も触れずにOK出しちゃったけど?」

男「そうですか」

担任「なんかマズかった?」

男「いや。連絡取れなかったんで」

担任「二度寝してるんじゃない?マイペースな子だし?」

男「先生にマイペースって言われるって相当だな…」

担任「誉められちゃった?」

男「誉めてねぇよ」






68:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/14(土) 16:12:09.48 ID:zw+mUt5uo

■十一時十分 保健室

男「先生」

担任「Zzz……んー。どしたの?」

男「事情聴取にかこつけてサボりたかっただけですよね」

担任「そんなことないよ?」

男「ベッドで寝息立てながらよく真顔で言えるな」

担任「女優だし?天海君も入らない?演劇部?」

男「入りません。と言うか三年生を勧誘してどうするんですか」

担任「もう一回ダブればいいんじゃないかな?」

男「あんた本当に教師か」

担任「で、本題は何?」

男「一年にお下げを二つ垂らした眼鏡のボクっ娘がいると思うんすけど、知りません?」

担任「へ?」

男「知ってるんですか!?」

担任「知ってるも何も」

男「…!」

担任「そんな生物、二次元にしかいるわけないじゃない。現実に居たら爆笑モノ?」

男「どうしてオレを可愛そうな人を見る目で見る!?」

担任「天海君…漫画の読み過ぎは、ダメよ?」

男「やかましいわっ!って、マジで知らないんですね」

担任「そもそも、この学校、生徒数が尋常じゃないから他の学年まではさすがに覚えきれないと言うか?」

男「まぁ、確かに。3000人くらいだしな。生徒数」

担任「何だったら一年の先生に聞いておくけど?」

男「そうですね。お願いします」

担任「オーケー。じゃあ、帰りのSHRまでには調べておくわ?」

男「はい。……ってまた寝てる!?」

担任「Zzz」



69:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/14(土) 16:17:32.59 ID:zw+mUt5uo

男(先生と話す事によって、少しだけ謎は解けた気がする)

男(アイツは、自分から電話を入れた。これから推理できる事は二つある)

男(A.自分の意思で学校を休んだ)

男(B.誰かに強要されて電話を入れた)

男(確率的にBはほぼ0だろう。心配は要らない)

男(一緒に死体を発見したオレは無事で、アイツにだけ何かがあると言うことは考え難いからだ)

男(ただ、どうしてオレに連絡が無いか。それだけが気になる)

男(二度寝しているだけかもしれないし、本当に用事で忙しいのかもしれない)

男(これ以上誰かに何かを聞こうにも、授業中では何もできない)

男(なので、とりあえずアイツや眼鏡女の事は置いておく事にする)

男(そして、オレは図書室に行くことにした)

男(昨日の事件が、どんな形に報道されたかを調べに)






70:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/14(土) 16:22:44.26 ID:zw+mUt5uo

■十二時十分
■私立平坂高校 図書室

男「最悪だ」

男(昨日の事件の事を調べたり、アイツに電話している内にオレの携帯の電池が切れてしまった。スマートフォンの電池の持ちの悪さを甘く見ていたな)

男(だが、新聞記事とインターネットだけの情報だが、分かったこともある)

男(被害者は梶原やすお。平坂高校三年。アイツの話では隣のクラスらしい)

男(英語の弁論コンクールで優秀な成績を収めたらしいが、さっぱり見覚えのない顔だ)

男(今日の地方紙の朝刊によると、六月四日、午後三時三十分ごろ、私立平坂高校内で男子生徒の遺体が発見。警察は事件と自殺の両方の面で捜査をしている)

男(分かったのはそれくらい。被害者が校内ではそれなりに有名だったことと)

男(結局何も分かっていないこと)

男(高校生の首吊り死体なんて珍しくないってか。理由はわからないけど、何だかイライラする)

男(電池は切れたが、携帯にメモはしたし、被害者の写真も保存した)

男(オレは頭を切り替えて、眼鏡女の事を調べる事にした)



81:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/15(日) 15:51:05.42 ID:4XDk1JGKo

男(切り替えたつもりだった)

男(だけど、イライラする。あの新聞記事のせいだ)

男(面白そうな、大衆が食いつきそうな記事でなければ人が死んでも扱いは軽い)

男(確か、去年もそうだった。ウチの学校で自殺者が出た時…)



82:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/15(日) 15:59:10.06 ID:4XDk1JGKo

男(その女生徒は、自宅で首を吊っているのを発見され、ニュースにもなり学校中が騒然となった)

男(初日はテレビでも大きく報道されたが、数日後、学校側の【調査の結果、イジメ等の事実はなかった】の一言以降、彼女の名前を見ることはなくなった)

男(学校内ではその事件の事に触れることがタブーとなり、その内、忘れられた)

男(イジメがあったかどうかなんて問題ではないんだ。ただ、騒ぐだけ騒いで飽きたら忘れる)

男(そんな浮ついた事が、オレは許せないんだろう)

男(オレ自身が、大切な人の死を覚えていたくても【忘れ】てしまうから)






83:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/15(日) 16:12:56.40 ID:4XDk1JGKo

■十三時
■私立平坂高校 一年D組

男(コンビニに充電器を買いに行ったらこんな時間になっちまった)

男(しかも…スマートフォン用の充電器が置いてないと来たよ)

男(最悪に時間の無駄だった)

男(兄貴はもう仕事に出てるだろうな)

男(病院勤務だから携帯電話の電源は切ってるし、帰ってからになるな…)

ガラガラ

男「おーっす」

妹「ほぇっ?ど、どうしたんですか?兄さん!」

男「ごめん。ちょっといいか?」

妹「もちろん、いいですけど」

妹友「なになに?カレシ?」

妹「違います。兄さんです」

妹友「(ひそひそ)嘘…。こんなカッコいいお兄さんがいるの!?」

妹「(ひそひそ)顔が良くても口と性格が悪ければプラスマイナス0ですよ」

男「聞こえないけど酷いこと言われてる気がするぞ」

妹「気のせいです」



84:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/15(日) 16:23:41.42 ID:4XDk1JGKo

妹「それで、聞きたい事って言うのは?」

男「あぁ。人を探してて」

妹「人?祈衣姉さんじゃなくて、ですか?」

男「あぁ。朝、校門前でこんなことがあってな」






妹「祈衣姉さんの事を知ってる不審な女子…」

男「そう。眼鏡女の事が分かればアイツの事も分かると思うんだ」

妹「その子の特徴は?」

男「眼鏡で、お下げで、僕っ娘で、色素薄そうだけどキャラが濃そうな奴だ」

妹「…」

バシンッ!

男「どうしたっ!?何故いきなり持ってた教科書を壁に叩きつけたんだ!?」

妹「…ぜぇぜぇ。あの子かぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



92:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/15(日) 17:40:17.59 ID:4XDk1JGKo

男「落ち着け!キャラが変わってる!知っているのか雷電!」

妹「誰が雷電ですかっ!兄さん、【忘れて】ます!兄さんはその子を知ってるはずなんですよ!」

男「…マジ?」

男(妹があれほど取り乱す人物。そんな相手をオレは【忘れて】いるのか)

妹「マジです。とりあえず名前から言いますね」

男「…頼む」

妹「彼女の名前は、黒川絢葉」

男「黒川…絢葉…?」

妹「一言でいえば、変人です」

男「お前も割と変人だと思うぞ」

妹「何か言いましたか?」

男「何でもありません」



93:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/15(日) 17:40:43.18 ID:4XDk1JGKo

男「で、何者なんだ?」

妹「実は、私は話したことは無いんですけど…」

男「じゃあ、何で知ってるんだよ」

妹「兄さんから聞いた話と、噂になります。それでもいいですか?」

男「あぁ。その中に一つでも【ことば】があればいいんだしな」

妹「では、まずは簡単に、一言で説明します」

男「頼む」

妹「黒川絢葉は、兄さんと同じ音楽部員で、変態で、中二病で、ストーカーもどきです」

男「…………………」

妹「…………………」

男「…………はい?」



94:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/15(日) 17:41:11.56 ID:4XDk1JGKo

妹「だから、兄さんと同じ部活で、変態で、中二病で、ストーカーもどきなんですよ!」

男「言い直されても意味が分からない」

妹「兄さんと同じ部活で!変態で!中二病で!ストーカーもどき!」

男「そんな泣いてるようなブチ切れてるような表情で言われても分からない」

妹「だーかーらー!」

男「えぇいっ!言い方と表情を変えても駄目なんだよっ!本気で意味が分からんわ!」

妹「はぅ…そうでした!」

男「落ち着いたか?」

妹「はい。落ち着きました!黒川さんを滅ぼしに行く!まずはそれからですね!」

男「全然落ち着いてねぇよ…」



95:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/15(日) 17:41:37.38 ID:4XDk1JGKo

男「まずは一つずつ説明しろ。音楽部はオレとアイツの二人だけじゃないんだな?」

妹「そうです。先週くらいに兄さんが「三人しかいなくて、困る」と言ってました」

男「キーボードのオレと、ベース兼ボーカルのアイツ。それに新入部員がいたのか」

妹「そうです。ドラムは打ち込みで我慢するとしてもギターがほしいって嘆いてました」

男「その黒川って奴は何の楽器なんだ?」

妹「フルートです」

男「…は?」

妹「ですから、フルートです」

男「帰っていいか?」

妹「駄目です」

男「いや、確かに【音楽部】だけど、バンドでフルートはありえなくないか?」

妹「私に言われても…」

男「まぁ、オレの知ってるバンドでもチェロ担当ってのがいたからアリと言えばアリなんだろうけど」

妹「CD持ってるくらい好きですもんね」

男「まあいい。じゃあ、次だ。変態って?」

妹「バンドでフルートを担当して、僕っ娘で、【…フフフ】と言う笑い声なので間違いなく中二病の変態です」

男「間違いない。それは変態だ。そいつの交友関係を見てみたいわ」

妹「兄さんです」

男「…うわぁ。認めたくねぇ」



96:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/15(日) 17:43:32.18 ID:4XDk1JGKo

男「最後だ。ストーカーもどきってのは?」

妹「ある人の後ろによくいるんです」

男「ある人?」

妹「兄さんです」

男「オレかよ!?確かに、朝もオレの後ろにいたな」

妹「ほら、兄さんって顔【だけ】はいいですから」

男「だけ…って、他は?」

妹「思いつきません」

男「…泣いてもいいか?」

妹「兄さんが、泣いても、いじるのをやめません」

男「ドSだ。ドSがいる」

妹「ふふん。(ツンデレってやつです)」

男「何か言ったか?」

妹「いいえ何も」



97:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/15(日) 17:43:57.82 ID:4XDk1JGKo

男「同じ部活ってことは、オレの障害も知ってるんだよな」

妹「そのはずですよ。祈衣姉さんもいるんですし」

男「そうだよな。だったら、名乗りもせずにいなくなるって、どう言うことなんだ?」

妹「中二病のキャラづくりじゃないですか?」

男「まさか…」

妹「とにかく、私が知ってるのはこれ位しかないですよ」

男「ありがとう。助かったよ」

妹「何も思い出させることができなくてごめんなさい」

男「気にするなって」

妹「これから、どうするのですか?」

男「黒川ってヤツのところに行ってみようと思う。音楽室はまだ入れないし、部活で会うこともないだろうからな」

妹「そうですね。それがいいかもしれません」

男「クラスは分かるか?」

妹「有名人ですから、一応。だけど、必要ないですね」

男「必要ない…って、どうしてだ?」



眼鏡少女「キミの後ろに」






眼鏡少女「いるからさ」










男「うわああああああああああああああああああああああああああ!!!!」



107:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/17(火) 00:08:21.67 ID:Gyqap9nFo

男「び、びびびびっくりした…!」

眼鏡少女「…フフフ。僕の事を、探してたんだね」

男「君が黒川か…。オレの事は知ってるんだよな?」

眼鏡少女「勿論。僕は…君の全てを知っている」

男「どうしよう。想像以上に変なのだった」

妹「兄さん。大丈夫です。私も同じ気持ちです」

眼鏡少女「どうしたんだい?僕に会いたかったんじゃないのかな」

男「あぁ。そうだよ。探してたんだ」

眼鏡少女「何でも聞いてほしい。君は僕の物。所有物には優しいんだ」

男「そうだな。まずはオレと君の関係を知りたい」

眼鏡少女「フフフ…。君は僕の物。ある【契約】により僕の所有物になったのさ」

男「…意味が分からん」

眼鏡少女「分かりやすい言葉でいえば、そうだね」


眼鏡少女「周囲の人に隠した恋人同士、ってところかな?」



108:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/17(火) 00:10:53.13 ID:Gyqap9nFo

男「…マジ?」

眼鏡少女「まじ」

男「…(妹の方をじっと見る)」

妹「嘘ですよ!一から十まで大嘘ですよ!」

男「…よ、良かった。マジでホッとした。タイムマシンがあったら過去の俺に考え直すように小一時間説教したところだったぜ」

眼鏡少女「…すごく、失礼。悲しい」

男「記憶障害の人間の弱みに付け込んで大嘘叩きこもうとしてる奴の方がよほど失礼だよ!」

妹「そうですよ!絶対に…絶対に許しませんからっ!」

男「…お前はお前でブチ切れすぎだろ。そこまでの事だったか?」

妹「こんなの普通です。もう、こうなったら黒川さんの首を取るしか…」

男「何でそうなるんだよ!?そしてお前はその三角定規でなにをしようとしてるんだよ!」

眼鏡女「そんな装備で大丈夫かな?」

妹「大丈夫です。問題ありません」

眼鏡少女「フッ。ならば僕も【天装(エモノ)】を使わなければいけない、ね」

男「そっちはそっちで、ただのフルートじゃねぇかっ!楽器を武器にするな!」

眼鏡少女「僕はフルートと共に生きてきたんだ。彼は僕の命であり、武器。何の不思議もないよ」

男「不思議だらけだよ!あぁ、もう。収集つかねぇ!」



109:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/17(火) 00:23:15.95 ID:Gyqap9nFo

男「まさかの事態が起こった」

妹「ふっ」

眼鏡少女「…うぅ」

男「三角定規がフルートに勝った」

妹「これが愛の力です!家族の絆なんです!」

男「…愛?」

妹「何でもありません」

眼鏡少女「僕の【天装(サウンド・エグゼキューター)】が…」

男「名前負けしてるぞサウンド・エギュゼキューター。三角定規にも勝ててねぇ」

眼鏡少女「フフフ…。甘い、甘すぎるよ。君たちは大事な事を忘れている」

男「大事な事?」

眼鏡少女「こんな風にボケたりツッコんだりしてると、話が進まない。昼休みは有限なんだよ」

男「お前のせいだよっ!どこをどう考えても!」

妹「ボケてる自覚はあったんですね…」



110:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/17(火) 00:26:57.35 ID:Gyqap9nFo

男「馬鹿やってないで次の質問をしてもいいか?」

妹「またふざけたら、三角定規ですよ?」

眼鏡少女「…さ、三角定規はもう許してほしいかな」

男「風間祈衣が休むって連絡は、君が直接受けたんだよな?」

眼鏡少女「肯定だよ。部活も休みになる、と連絡を受けたんだ」

男「理由は?」

眼鏡少女「殺人事件が起きたから、と彼女は言っていた。まさか本当だとは思わなかったけど」

男「…あの馬鹿。勝手に殺人事件って言いふらしてるのかよ」

眼鏡少女「彼女が何かを言わなくても、学校中、すでに殺人事件と言う噂で広まっているよ」

妹「…噂が好きですしねぇ。みんな」

男「昼休みが終わったら緊急の全校集会だしな。面倒臭ぇよ。全く」

妹「とか言ってる間にもう昼休み終わっちゃいますよ」

男「マジか…マジだ。えーっと、黒川さん。話があるんで放課後ウチのクラスに来るように」

眼鏡少女「まさか、告白かい?」

男「ンな訳あるかっ!」

妹「三角定規でえぐりますよ!」

眼鏡少女「…(しょぼん)」

眼鏡少女「あと、そうだ。風間先輩はこうも言ってたよ」

眼鏡少女「【事件の事で気になることがあるから少し調べようと思ってるの…。ケージには言わないで】と」



111:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/17(火) 00:32:34.00 ID:Gyqap9nFo

男「…」

妹「…」

眼鏡少女「…」

男「言ってるだろ」

眼鏡少女「言ってほしそうだったので」

男「…いつものホラか、マジなのか」

妹「狼少年理論ですね」

男「連絡したいが、電池が切れてるんだよな。俺」

妹「では、私からメールを入れておきますね」

男「あぁ。頼む」

眼鏡少女「…僕は?」

男「教室に帰れ」

眼鏡少女「…昨日まであんなに仲良しだったのに」

男「…マジで?」

眼鏡少女「まじで」

妹「信じちゃいけません!きっとそれも嘘です!」

眼鏡少女「狼少年の理論だね…」(しょぼん)



122:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/19(木) 10:10:21.92 ID:lqj6Tx3/o

男(全校集会では、梶原やすおが死んだことと、殺人などでは無いので安心するように、などと言ったことが話された。ちなみに、命の大切さだの何だのも長々と語られていたが、誰もが聞き流していた)

男(その後、教室に戻った俺達は、【プリント】を配られる)

男(それには、【梶原が何か悩んでいたようなことはなかったか】【十五時頃に彼を見かけなかったか】【不審な人物はいなかったか】などの項目が書かれていた)

男(無記名で回収された【プリント】は恐らく警察に提出されたり、教育委員会への報告書の作成に使われるのだろう)

男(誰もが事件などではなく自殺であってほしいと願っているはずだ)

男(殺人事件だった場合、自分たちの学校に殺人犯がいる事になるのだから)



123:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/19(木) 10:11:28.12 ID:lqj6Tx3/o

副担任「と、言うわけで今日は部活も委員会も無いので即座に帰るように」

起立。

礼。

副担任「それじゃ、また明日な」







男「さて、後は黒川が来るのを待つだけだな」



124:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/19(木) 10:15:22.90 ID:lqj6Tx3/o

男(彼女が約束を守るなら、間もなくこの教室にやって来るだろう)

男(首吊り死体なんて無くても俺の周りにはトラブルがやって来る)

男(この記憶障害のせいで…)

男(【忘れた】せいで知らない男に殴られたこともある)

男(その男は、自分の彼女を寝取られたと勘違いしてオレのもとにやって来たと言った。だが、オレは男も女もさっぱり覚えていなかったのだ)

男(今のオレが誰かと付き合うことなんてありえない。誤解だと分かっているのに【忘れた】せいで説得すら出来ない)

男(結局、その時は周囲の人の助けがあって思い出し、誤解を解くことが出来たが…)

男(毎日がこんな感じなのだ。何かを【忘れ】て、トラブルが起き、思い出すために情報を集める)

                  ハンニン     ミステリ
男(まるで、手がかりを元に記憶を探す探偵のようだ)

男(推理小説としては三流以下だな。自称高校生探偵は喜びそうだけどな)






125:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/19(木) 10:17:42.68 ID:lqj6Tx3/o

■十六時二十五分 3―B教室。

青年(同級生)「天海君、呼ばれてますよ」

男(同級生に敬語を使われるのは、全力で地獄だな)

男「ありがと。でも敬語は止めてくれ。マジで」

青年「でも、すごいね。風間さんとあんなに仲が良いのに、下級生まで攻略してるんだから」(ニヤニヤ

男「ちょっと待て」

「え?」

男「…その下級生、何て言ってオレを呼んでたんだ?」

青年「運命の人との逢瀬があるのですぐに呼んでほしいって」

男「…」

青年「どうしたの?」

男「運命の人でも逢瀬でも無い。あと、風間祈衣とも何でもないからな」



126:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/19(木) 10:38:14.67 ID:lqj6Tx3/o

眼鏡少女「フフフ…待ってたよ」

男「はいはい。とりあえず場所を移すぞ。さすがに今日、教室にあんまり残ってると怒られちまう」

妹「私もついていきます!」

男「…美鳥」

眼鏡少女「僕に気付かせずに現れるとはね…。さすがだよ」

妹「堂々と隣にいましたよ?」

眼鏡少女「…」



127:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/19(木) 10:46:03.01 ID:lqj6Tx3/o

■十六時三十分 私立平坂高校 中庭

男「この辺で良いか」

眼鏡少女「告白にはちょうどいい場所だね」

妹「私もいますよ?」

眼鏡少女「…冗談は控えるので三角定規を二刀流するのは止めてほしいな?裂けちゃうから」

男(何が!?)

眼鏡少女「そもそも天海さん。君はどうして僕を目の敵にするのかな?ブラコンなの?」

妹「誰がブラコンですかっ!」

男「そうだぞ。こんな兄を兄と思わない毒舌妹のどこがブラコンだよ」

妹「…そ、そんなに酷いですか?」

男「…そ、そんなに落ち込むことか?」

眼鏡少女(妹爆発しろ)



129:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/19(木) 11:03:32.05 ID:lqj6Tx3/o

妹「それはさておき、私が黒川さんを許せないのは…」

眼鏡少女「許せないのは?」

妹「兄さんの記憶障害を盾に取り、ウソを教え恋人関係だとか何だかになろうとしてる卑怯さが許せないのです!」

男「…美鳥が正論を言ってる!そしてオレの為に怒っているだと!?」

妹「兄さんの中で私って…」

眼鏡少女「うぅ、謝るよ。そうでもしないと、天海先輩が僕のモノになる事なんてないと思ったんだ」

男(黒川はオレの事を【天海先輩】って呼ぶのか。でも、これも【ことば】では無い、か)

妹「それで恋人関係になった後に記憶が戻ったらどうするんですか。嘘がバレて兄さんに嫌われちゃいますよ?」

眼鏡少女「うっ」

男「今さら気付いたのかよ…。考え無しかこいつは」

妹「兄さんの事が好きなら正々堂々としてください」

眼鏡少女「…正々堂々としたら認めてくれる?」

妹「もちろん認めません。絶対に、百パーセント、世界が核の炎に包まれようと!」

眼鏡少女「…理不尽」

妹(兄さんの恋人になっていい人は、世界にただ一人しかいないんです!)



130:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/19(木) 11:04:39.85 ID:lqj6Tx3/o

男「と、言うわけで黒川さんの事を思い出す事に協力してほしい」

妹「こんなに思い出す事に非協力的な人も初めてですよね」

男「朝、校門で済む話だったのが、気付けば放課後だもんな」

眼鏡少女「…協力するよ。本音を言うと、【忘れ】られるのはとても寂しいんだ。今も、胸がズキズキする」

妹「涙を浮かべるほどに寂しかったのに不思議キャラを演じてたなんて」

男「筋金入りの中二病だな、コイツ」

眼鏡少女「そんなに誉めたら照れちゃうじゃないか」

男「誉めて無ぇよ」

妹「ま、マイペースですね…」

男「とりあえず、入部の経緯――出会いから話してくれないか?」

眼鏡少女「惚れた」

男「え?」

眼鏡少女「気付いたら、君に――天海先輩に告白してたんだ」

男「【告白】でもないな。と言うか、告白だったら何人忘れてた事やら」

妹「何か言いました?」

男「いいえ。何も」



131:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/19(木) 11:09:18.75 ID:lqj6Tx3/o

妹「そして、もちろん振られた、と」

眼鏡少女「うん…。後で知ったけど、告白の類は全て断ってるらしいね」

男「あぁ。障害が障害だし、どんなに仲良くなってもいつ【忘れる】か分かったモンじゃないからな」

眼鏡少女「そう聞いたよ。少し、悔しかった。告白の舞台(ステージ)に立つ前から振られてる訳だからね」

妹「事実、今日も私の事を【忘れ】ていましたから――。断るのは、兄さんなりの優しさなんですよ」

男「…」

眼鏡少女「それでも、僕は諦めれなかった」

妹「だから、同じ部活に入ったのですか?」

眼鏡少女「そう。【忘れ】るのが恐いなら、【忘れ】ても切れないような絆を作ればいい、と思って」

男「よ、よくそんな恥ずかしいセリフがポンポン出てくるな…」

妹「顔を赤くしないでください兄さん!」

眼鏡少女「自分の気持ちを偽るのは、悪だと僕は思っている」


眼鏡少女「好意を伝えたければ素直に言葉と行動にする。自然な事じゃないか」



眼鏡少女「例え天海先輩が僕の事を【忘れ】ていても、僕の気持ちに揺るぎはない」




眼鏡「そう…」





眼鏡少女「僕は―――天海先輩の事が、好きだ」



138:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/20(金) 11:06:52.58 ID:br6InWgdo

妹「…どうして」

眼鏡少女「…?」

妹「どうして兄さんの事がそこまで気に入ったんですか?」

眼鏡少女「難しい質問だね。人が人を好きになるのに理由は必要かな?」

妹「自分の気持ちは偽らないんでしょう?そんな言葉でごまかさないでください」

眼鏡少女「一目惚れだったからね。説明は難しいけど…」

妹「一つでも良いんです。私に、教えてください」

男(オレ、空気)

眼鏡少女「後悔も、激昂もしないと誓ってくれる?」

妹「誓います」

眼鏡少女「なら――――」


眼鏡少女「僕が天海先輩に恋をした理由――――」




眼鏡少女「それは―――――」






139:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/20(金) 11:07:19.22 ID:br6InWgdo

眼鏡少女「顔」






140:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/20(金) 11:08:12.41 ID:br6InWgdo

男「…」

妹「…」

妹「…」

男「待て!三角定規を振りかぶるなっ!早まっちゃダメだ!」

妹「いいんですっ!昨日一人死んでるんです!けが人が一人出たところで問題ありません」

男「問題だらけだよっ!お前、本当に時々ワケ分かんなくなるな。落ち着け、良いから落ち着け!」

妹「はっ。私としたことが取り乱してしまいました」

男「何でお前が取り乱すんだよ…」

妹「冷静沈着で、兄さんの大事な可愛い妹である私らしくありませんでしたね」

男「妄想爆裂で、毒舌かつ時々暴走する妹であるお前らしかったけど?」

妹「うぅ。ひどいですよぅ」

眼鏡少女(妹大爆発しないかな)



141:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/20(金) 11:08:39.24 ID:br6InWgdo

男「帰るか」

妹「そうですね」

眼鏡少女「あぁんっ。一目ぼれなんだもんっ。説明できる訳無いじゃないか」

男「色々話を聞いてみたが、思い出せないんだよな。一体何が悪いのやら」

妹「間接的な理由で【忘れ】てるのかもしれませんね」

男「今朝の【ミッキーのグラス】みたいに、か」

眼鏡少女「出会ってから2ヶ月の思い出を話そうか?」

男「長くなりそうだな…」

眼鏡少女「98%が如何に天海先輩が素敵な男性かと言う語りになるけれど」

男「…いらねぇよ」

妹(ちょっと聞きたい)



142:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/20(金) 11:09:34.72 ID:br6InWgdo

男「…畜生、完全に手詰まりだ。すまない。黒川さん」

眼鏡少女「頭を下げないでほしい」

眼鏡少女「僕の知っている君は、もっと毅然とした誇り高い男だったよ」

男「下げるに決まっている。オレと2カ月以上親しくしてくれたような後輩を、【忘れ】ちまったんだから」

妹「変態ですけどね。【忘れ】られる悲しさは私も知ってますから」

眼鏡少女「…」(目が少し潤む)

眼鏡少女「大丈夫だよ…」

眼鏡少女「失った思い出は、また作ればいいんだ。高校生活だけでもあと半年近くあるんだもの。僕は悲しくなんか無い」

男「黒川…」

眼鏡少女「僕は、もっと君と話したいし、風間先輩と3人でセッションもしたい。例え、今までの事を君が忘れていたとしても」

男「ありがとう…」

妹「そうやって好感度アップを狙ってたりして」

眼鏡少女「ぎくっ」

妹「今、口でぎくって言いましたよ?」

眼鏡少女「気のせいさ」



145:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/22(日) 02:05:30.20 ID:UlINz8PDo

先生「あ、いたいた!天海くーん?」

男「先生…」

担任「会議が長引いちゃって?約束したでしょ。人探しの件?」

男「あぁ。保健室で頼んだような」

担任「わかったわよ?名前は黒川絢葉…って、あれ?」

眼鏡少女(無言で挙手)

担任「もう見つけてたとか?」

男「まぁ、そんなところです」

担任「無駄骨だった?」

男「ごめんなさい…」

担任「命は惜しい?」

男「勘弁してください」

担任「だが、断る?」スッ

男「三角定規(黒板用)は止めて!マジで!凶器だから!」

眼鏡少女(今、どこから定規を取りだしたんだろう)



146:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/22(日) 02:06:03.13 ID:UlINz8PDo

担任「あぁ、もう。事件の事で死ぬほど忙しい中時間を割いたのに?」

男「すいません。マジで」

担任「まぁ、いいけどね?」

担任「後、すぐに帰るように。今日は下校時間厳守よ?寄り道も厳禁?」

男「分かりました。じゃあ、二人とも帰るぞ」

妹「はーい」

眼鏡少女「うん。じゃあ、また明日」

担任「あ、そうそう。黒川さん?」

眼鏡少女「何かな?」

担任「あなたの担任から伝言?」

眼鏡少女「嫌な予感しかしないけど、聞くよ」

担任「『今日も遅刻しやがって。この【遅刻常習犯】っ!次に遅刻したらハリセンだからな!』とのこと?」




男「…!?」




男「――――【遅刻…常習犯】?」



147:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/22(日) 02:07:21.22 ID:UlINz8PDo








■昨日■

男(…人が、死んでる?)

女「さぁ、早く部活を始めましょう」

男「いや、首をつって死んでる人が」

女「6月に入ってもまだ部員が3人だなんて…今年も寂しい部活になりそうね」

男「いや、そうじゃなくて」

女「そう言えば、彼女、まだ来てないわね」

男「黒川か。アイツは【遅刻常習犯】だから…って、そうじゃない!」







男(そうだ――コイツは―――)




男(―――【遅刻常習犯】だ)








148:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/22(日) 02:10:43.66 ID:UlINz8PDo






朝と同じように、記憶の欠片が竜巻のように暴れ出す。

慣れたはずなのに、どうしても慣れることの出来ない不快な感覚。

頭をめぐる、黒川絢葉の記憶。

彼女と出会った四月のあの日。

彼女と過ごした部活の思い出。

全てが流れ込んできた。

―――出会ったその日に突然告白された事。

―――それを断った時の寂しそうな表情。

―――翌日、フルートを片手に入部届けを持ってきた事。

                      アヴリル・ラヴィーン 
―――渋い顔をする俺たちを尻目に演奏しだした、洋  楽  のナンバー。

―――余りの演奏の素晴らしさに、風間祈衣の瞳が感動のあまり潤んでいた事。

―――諸手を挙げて喜ぶオレ達。

―――だけど、すぐさま彼女が酷い中二病だと分かった事。

―――まぁ、良いじゃん、と気軽なアイツの笑顔。

―――よく、オレの後ろに潜んでいる事。

―――それにオレが気付いた時の、どこか嬉しそうな顔。

全部、全部思い出した。



149:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/22(日) 02:20:39.09 ID:UlINz8PDo



そうだ。全部思い出した。


妹「どうしたんですか?兄さん」


どうして忘れていたんだろう。


男「…いや、何でもない。早く帰るぞ、美鳥」


黒川絢葉は、変態で、中二病で、ストーカーもどきで。


妹「はいっ」


男「あと、物騒だから送って行く」


オレ達と同じ音楽部の。




眼鏡少女「…え?」




可愛い後輩だ。  




男「それでいいだろ?」



150:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/22(日) 02:21:14.43 ID:UlINz8PDo

男「なぁ、黒川(クロ)」



「……!!」



後輩「……うん」



152:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/22(日) 02:40:56.91 ID:UlINz8PDo

後輩「思い出したの?」

男「おお。ばっちりだ」

妹「何を【忘れ】ていたのですか?」

男「【遅刻常習犯】」

担任「うわぁ…?」

妹「当日に思い出せたのが奇跡みたいなワードですね」

男「全くだよ。そうそう使わないっての。遅刻常習犯」

担任「あぁ。だから天海君、今日遅刻したんだ?今まで無断遅刻なんて無かったのに?」

男「多分、遅刻って概念が無かったんだろうな。だから平気で遅れた」

担任「難儀な体質ね?まぁ、相談があったら何でも乗るから、今日は帰りなさい?」

男「…うし、じゃあ帰るぞ。お前ら」

妹「でも、黒川さんがうずくまったまま動かないんですけど」

男「どうした!?」

後輩「大変な事が起きてて」

男「大変な事?」

後輩「嬉しくて…腰が抜けたみたいなんだ」

男「…」

妹「…」

後輩「…」

担任「…」

男「ちょっと休んでもいいですか?」

担任「はぁ。仕方ないからオーケー?」






153:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/22(日) 02:43:37.51 ID:UlINz8PDo

■午後六時四十分
■某私鉄急行電車内

男「ようやく終わった」

妹「賑やかな一日でしたね」

男「全くだよ。あの人騒がせの中二病は」

妹「でも、何だか嬉しそうですね」

男「まぁ、な。仲の良い後輩の事を思い出せたんだ。このまま忘れてたと思うとゾッとする」

妹「祈衣姉さんみたいに…ですか?」

男「…そうだ」



154:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/22(日) 02:44:04.83 ID:UlINz8PDo

男「そう言えば、昼休みにメールを送ってくれたんだよな?アイツに」

妹「はい。ドタバタしててすっかり忘れてましたけど、返事が来てますよ」

男「マジか!?」

妹「まじです」


【ちょっと用事があって休むことになったけど、心配いらないから。明日は行くのでケージにもよろしくっ!(>_<)v】


男「何か顔文字がやたらムカつくな。心配してただけに」

妹「まぁ、推理小説やマンガじゃないんですから、現実なんてそんなものですよ」

男「平和が一番、か」

妹「です。早く音楽室の事件も解決してくれればいいんですけど」

男「…そう、だな」

妹「ところで、今日の夕飯は何にします?お母さんが帰るのは明日ですけど」

男「今日は暑いし、冷やしうどんとか?」

妹「いいですね!そうしましょう。腕によりをかけちゃいますから!」



155:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/22(日) 02:44:30.73 ID:UlINz8PDo



男(こうして、今日は何事も無い一日を終えることが出来た)

男(帰宅後、刑事が訪ねて来て話を聞かれたが、昨日と大して変ったことは言えなかった)

男(これ以上、オレが事件について関わることはないだろう。何せ、オレはただの発見者なのだから)

男(だが、翌日、オレは自分が事件では無関係ではないのではないかと言う懸念を抱く)

男(ある出来事をきっかけに)


第三話「オレと眼鏡とロクデナシな交友関係」 終








156:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/22(日) 02:51:17.65 ID:UlINz8PDo

■幕間 『懺悔室の人殺し』■

神様―――

自分は、人殺しです。

今までに、二人の大事な人を殺してきました。

一人は、愛する恋人。

一人は、愛する我が子。

自分のせいで、殺してしまいました。

自分が、殺しました。

いくら懺悔しても、どれだけ善行を積んでも。

永遠に罪は消えないでしょう。

罪を背負ったまま生き続けるでしょう。

救いは必要ありません。

赦しも必要ありません。

だから、どうか




どうか、あの人だけは幸せにしてあげてください。








175:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/30(月) 19:56:44.68 ID:Anlhezq0o

■七月六日 午後三時三十二分
■私立平坂高校 中庭

あまりの出来事に足が震える。

想像もしてなかった事に恐怖で歯ががちがちと鳴る。

冗談みたいな話だ。

嘘みたいな話だ。

「どういうことだよ…」

「どう言う事って、アタシにも分かんないわよ!」

「高校生探偵だろ!?どうにかしろよ!」

我ながら無茶苦茶を言っていると思う。

風間祈衣は探偵なんかじゃない。

それはオレが一番知ってるはずなのに。

だけど、すがるしかなかった。

頼るしかなかった。

たった今、起きたとんでもない【出来事】のせいで。


―――唐突だが。


たった今、オレたちは





殺されかけた。






176:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/30(月) 20:02:13.69 ID:Anlhezq0o

第4話 オレと平穏と事件の始まり






177:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/30(月) 20:02:40.34 ID:Anlhezq0o

■六月五日午後六時四十分
■某私鉄急行電車

妹「嬉しそうですね」

男「まぁ、な。仲の良い後輩の事を思い出せたんだ。このまま忘れてたと思うとゾッとする」

妹「祈衣姉さんみたいに…ですか?」

男「……」

妹「…」

男「…そうだ」



178:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/30(月) 20:05:47.33 ID:Anlhezq0o

風間祈衣は幼馴染らしい。

マイペースで、やたらテンションが高く、我が道を行く女。

そんな女とオレは昔からの付き合いらしい。

オレは、アイツのために自分の命も顧みず事故から庇ったらしい。

そう、【らしい】なのだ。

事故の衝撃か、障害のせいか。

オレは、アイツに関する【事故以前の記憶】が存在しない。

家族と同様に見舞いに来て。

家族と同様に看病をし。

家族以上に世話を焼いてくれた。

そんな風間祈衣の事を、オレは。

全く覚えていない。



179:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/30(月) 20:29:23.62 ID:Anlhezq0o

それでもなお。

【障害】を持ったオレに対して。

自分の事を【忘れ】てしまったオレに対して。

気を使わず、自然に、そして他のどんな友人より親身に付き合ってくれている彼女。

なのに…

なのに……

オレは、彼女の事を全く思い出せないでいた。

悔しくて堪らない。

惨めで仕方がない。

毎日のように顔を合わせているのに。

毎日のように馬鹿な事を言い合っているのに。

オレは彼女の事を思い出せず。

彼女はオレに変わらない態度を向ける。

いつもオレの事を振り回してばかりのアイツだけど、

彼女がオレにとって、家族と同様にかけがえのない存在である事は確かだった。



180:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/30(月) 20:36:00.83 ID:Anlhezq0o

妹「兄さん?」

男「……」

妹「兄さんっ!」

男「……え?」

妹「着きましたよ。早く降りないと!」

男「え…あ…悪い」

妹「色々あって思いつめるのは分かりますけど、気楽にいきましょうよ。ね?」

優しい、優しい妹の微笑み。

男(お前の発言が原因だっての)

彼の口元に浮かぶ苦笑。

男(でも、美鳥の笑顔で不安が吹き飛ぶのも事実なんだよな)

その事実が少し悔しくて、ごまかしたくて。

妹「ひぁっ!な、なんですか急にっ?こんな駅のホームで…恥ずかしいですよぉ」

彼は妹の髪の毛をくしゃくしゃと撫でつけることにした。






184:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/31(火) 18:28:04.92 ID:E/toKzvIo

■六月五日 午後九時五十分

兄「ただいま」

男「おかえり」

妹「おかえりなさい!大兄さん。うどん茹でるんで、先にお風呂どうぞ」

兄「ありがと。父さんは?」

妹「…今日も遅くなるみたいです。本当に研究の虫なんだから」

男「なあ、兄貴」

兄「どうしたんだい?」

男「メシ、終わったら…ちょっと時間取れるかな?」

兄「事件の事?オーケー。大丈夫だよ」






185:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/31(火) 18:39:48.33 ID:E/toKzvIo

■六月五日 午後十一時
■自宅 兄(天海大鷹)の部屋

兄「結論から言うよ」

男「頼む」

兄「容疑者は、明日には逮捕か…そうでなければ任意で引っ張られるはずさ」

男「…引っ張られる?」

兄「身柄を確保されるってこと。逮捕か、任意同行かは分からないけど、少なくとも明日には警察署の中さ」

男「…えー。アレだけ引っ張っておいて?」

兄「そんな拍子抜けしないでよ。現実なんてそんなもんさ」

男「でも、どうして昨日の今日で絞り込めたりしたんだ?」

もっともな疑問。
日本の警察が優秀だとは聞いている。
だが、普通の高校生である彼には、あっという間に犯人までたどり着いた警察の能力に不思議さを感じざるを得なかった。

兄「知りたい?知りたい?大好きな兄さんの仕事とか知りたい?知ってる?美鳥の【大兄さん】は【大好きな兄さん】の略なんだよ?」

男「うぜぇし絶対違う。やっぱ言わなくていいわ」

兄「そんな、ひどい…。ところで、兄さんの仕事とか知りたい?」

男「知りたくない。寝る」

兄「そんな、ひどい…。ところで、兄さんの仕事とか知りたい?」

男「うるさい。黙れ。絶対聞かねぇぞ」

兄「そんな、ひどい…。ところで、兄さんの仕事とか知りたい?」

男「無限ループかよ!?あんたはローラ姫か!ヒロインかっ!ヒロイン気どりなのかっ!!聞くまで話さねぇ気だな!?」

兄「だってさー。久々に家族と話せるしさー」

男「うぜぇ。このブラコン、心底うぜぇ…。分かったよ。興味もあるし話せよ」



186:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/31(火) 18:50:45.69 ID:E/toKzvIo

兄「簡単にいえば、遺留品とアリバイかな」

男「刑事ドラマの定番、か。意外と普通じゃん」

男(こんなに素早く見つけたんだから、もっと魔法のような手段があったのかと思ったぜ)

兄「それが馬鹿にならないんだよねー。だってさ、慶二達が見つけた時、犯人の痕跡らしきものはあった?」

男「……」

男「記憶力には自信があるけど、さっぱり無かったと思う」

兄「それを見つけるのが警察の仕事。指紋、髪の毛のDNA資料。衣類の屑、靴跡などの物証」

兄「どんな痕跡も見逃さないスーパーヒーロー。鑑識の出番だね」

男「あの広い音楽室から見つかるもんなの?」

兄「不特定多数が出入りする環境だし。難しいだろうけど、彼らが目をつけたのは被害者の方さ」

男「被害者?」

兄「そう。被害者は死んだ後に音楽室に運ばれた。だから、被害者の体には犯人の痕跡が残ってるはずなんだ」

男「あぁ。なるほど。でも、犯人の髪の毛とか見つかったとしても、どうやって特定するんだよ。ウチの学校だけでも三千人はいるんだぜ?」

兄「そこでアリバイさ」

男「アリバイ…」



男「……」




男「………あっ!」



187:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/05/31(火) 19:13:36.21 ID:E/toKzvIo

兄「思い当たることがあったみたいだね」

男「学校でプリントが配られた。十五時ごろに音楽室のある第六校舎をうろついてる奴を見なかったか、って」

兄「そうやって絞り込んで、聞き取りをしてさらに絞りこんでいく。絞り込んだ相手と物証が一致すれば」

男「【ビンゴ】って奴か。だけど、どうして十五時って?もっと前かもしれないだろ」

兄「それは僕たちの仕事さ。遺体を調べればかなり詳しい死亡時刻が分かるんだ。聞きたい?聞きたい?」

男「聞きたくないって言っても喋るつもりだろうが…」

兄「モチロン」

男「…もうツッコむ気にもなれない」

兄「遺体の体温を調べても分かるんだけど、やっぱ醍醐味は解剖だよね」

男「解剖…」

兄「解剖はいいよぉ。胃の中の内容物などから死んだ時間が十分単位で分かるんだから」

男「…」

兄「それに、死因も分かった。高所からヒモを括りつけて落下したようなダメージだったよ。解剖ってスゴイよねぇ。フフフ」

男「……」

兄「突き落としたのか、飛び降りたのか、遊んでいてそうなったのかを調べるのは警察の仕事だけど、解剖だけでこれだけ分かるんだよ。あぁ、気持ちいい。快感だ。解剖って素晴らしい!」

男「………」

兄「あ、そうそう。もう一つ解剖の醍醐味が!遺体は遺族に返さないといけないから、如何に傷を目立たないようにして切り、縫合するかってのもあるんだ。思い出すだけでゾクゾクするよ」

男「…へ」

兄「へ?変に傷つけちゃうと遺族からクレームが来ないかって?僕がそんなヘマをするわけ無いじゃないか」

男「……へ」

兄「そうじゃない?なら、遺体が変質・腐敗しないかって?最近は遺体の保存技術はすごく上がってるから大丈夫だよ」

男「変態だァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」



191:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/01(水) 19:01:16.01 ID:SU3ki0xGo

兄「そう言う訳で、警察は既に容疑者の目星をつけてるってわけさ。よく分かった?」

男「よく分かった。オレの兄貴が犯罪者レベルの変態だってことが」

兄「何で!?」

男「何でも何も自分の言動を振り返ってみろよ!!」

兄「……」

男「……」

兄「…」

男「…」

兄「……………………何で?」

男「知るかっ!!」



192:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/01(水) 19:17:29.81 ID:SU3ki0xGo

男「って、ンな事はどうでもいいんだよ。結局犯人は誰なんだ?」

兄「そっか。それが聞きたかったんだね」

男「まぁな。近寄りたく無いし」

兄「死体を音楽室へ持って行った容疑者…それは」


男「…それは?」


兄「それは―――」




男「……」



ごくり、と息をのむ。

自分の心臓の鼓動が聞こえるほどの沈黙。

肌が痺れるかのような緊張感。

時間が引き延ばされたかのように長く、長く感じられる。

何分経っただろうか、それとも、何秒も経っていないのだろうか。

ようやく、兄が口を開いた。






兄「守秘義務があるので言えない」


男「ふっざけんなァァァァァァァァァァ!!!!!」



193:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/01(水) 19:21:38.87 ID:SU3ki0xGo

兄「いや、真面目な話言えないんだよね。警察も医者も信用で仕事してるんだし」

男「…うぐ」

兄「逆に、ドラマとかで外部の人間に捜査情報漏らして協力仰いでる方がおかしいんだよ」

男「…ま、真面目な事言いやがって」

兄「いや、本当の話。仕事ナメてんのかって思うくらい」

男「フィクションに突っ込まんでも…」

兄「ま、捜査状況や患者の情報を漏らす警官は医者は無能ってことで。オーケー?」

男「オーケー。分かった」

兄「うん。分かったならもう寝なよ。遅刻は駄目だからね。大丈夫。明日には解決してるよ」

男「…あぁ。分かったよ。おやすみ」

兄「うん。おやすみ」






■自室■

男(…あれ?上手いことはぐらかされた?)

守秘義務とやらのせいで応えられないのは理解できる。

だが、煙に巻かれたようで彼の胸にはどこか釈然としない。

男「だけど、ほっとしたな」

明日には自分の学校から殺人犯(?)がいなくなる。

その事実は彼に安心を与えるには十分すぎるものだった。




これから起きる未来を知らない彼にとっては。






199:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/02(木) 22:16:45.24 ID:mBYwu8n8o

■六月六日 午前七時三十五分

女「おっはよーーーーー!」

男「朝からテンション高ぇ…」

女「あれ?今日はみっちゃんはいないの?」

男「あぁ。何か委員会の仕事が忙しいとかで早く出たっぽい」

女「なるほどっ。毎年この時期から忙しそうだもんね。文化祭実行委員」

男「暇なオレ達とは違うんだよ」

女「そんなしかめっ面しないでよ。今日は耳よりの情報を持って来たんだから!」

男「…耳よりの情報?」

女「犯人が―――分かったのよ」

男「…」

男「…」

男「…」

男「…」

男「…は?」



200:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/02(木) 22:27:56.37 ID:mBYwu8n8o

男「…犯人って?」

女「もちろん、あの音楽室の首吊り死体の犯人よ!」

男「そうか。ちょっと病院に行こうか。頭の」

女「何で!?」

男「寝言は寝て言え。遺言は死ぬ前に言え。ウチのばあちゃんの遺言だ」

女「ケージのおばあちゃん、昨日路地裏でチンピラからカツアゲしてたけど」

男「あンのババァ。ウチの家系はロクなのがいねぇ…」

女「でさでさ!この高校生探偵のパワーで犯人がわかったの!今日にも捕まるわよ」

男「その話、昨日兄貴から聞いた」

女「じ、じゃあ、決め手は生徒の目撃証言だったってことは?」

男「それも聞いた。どう考えても警察の力です本当にありがとうございました」

女「…むぅー。せっかく八方手を尽くして情報をゲットしたのにー」

男「…」


(回想)


兄【ま、捜査状況や患者の情報を漏らす警官は医者は無能ってことで。オーケー?】


(回想終わり)


男「とりあえずこの街に無能警官がいる事だけはよく分かった…」



201:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/02(木) 22:40:49.81 ID:mBYwu8n8o

男「ってか、どうやってンな事調べたんだよ。コネでもあんのか?」

女「それは探偵の守秘義務によりお教えできません」

男「やかましい。高校生のごっこ遊びに守秘義務もクソもあってたまるか」

女「んー。ふっふふー」

男「何だよ。変な笑い方しやがって。」

女「アタシが昨日休んだのは、実は事件の捜査の為だとしたら?」

男「…え?」

女「警察に強力なコネがあり、捜査協力を頼まれてたとしたら?」

男「…マジなのか?」

女「もちろん嘘だけど。ファンタジーやメルヘンじゃあるまいし」

男「………………………死ね。スタンドに裁かれて死ね」

女「そんなに怒らないでよー。それに」

男「それに?」



女「犯人の話だけは本当なんだから」



202:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/02(木) 22:47:05.79 ID:mBYwu8n8o

女「コネがあるってのは本当なの」

男「なるほどな。それで捜査状況を聞けたわけか」

女「そう言う事」

男「でもよ、事件の事なんて警察に任せておけばいいだろ。わざわざ自分で調べる必要がどこにあるんだ」

彼の口調が、変わる。

友人同士の雑談から――

――責めるように、詰問するように。

女「そ、それは…」

男「オレは昨日、お前が何も言わずに休んだ時、無茶苦茶心配したんだぞ」

男「それなのに、お前は能天気に探偵ごっこやってましたー、ってか?」

男「正直、頭にきてる」



203:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/02(木) 22:57:59.33 ID:mBYwu8n8o

女「うぅ。ごめん…」

冗談ではないと言う気配を察知し、素直に謝る彼女。

女「でも、不安だったんだもん」

上目づかいに、彼のほうを見る。

その瞳に浮かぶのは、涙。

男「不安?何がだよ」

女「ケージが事件と関係してる事を【忘れ】てたりしたら、とか」

女「そのせいで犯人に命を狙われたらどうしよう、とか想像したら居ても立ってもいられなくて」

男「ンな訳無いだろ。心配しすぎだよ。いくら俺が【忘れ】ても、そんな事件に巻き込まれるなんて」

女「…ストップ!」

男「え?」

今度は、彼女の口調が変わる。

女「…じゃあ、今まで無かったのかなぁ?」

攻めるでもなく、詰問するでもない。

からかうような口調。

男「…」

彼が目を逸らすのを確認して続ける。

女「カツアゲしてるチンピラをのした事をすっかり【忘れ】て、そいつらの仲間三十人に追いかけられたりー」

男「うっ」

女「放火の現場を目撃した事を【忘れ】て、口封じのために命を狙われたりー」

男「うぐっ…!」

女「たった半年間で警察沙汰が二回よ?心配するなって方がおかしくないかしら?」

男「…お前はオレの嫁さんか」

頭を抱え、うめく。

昨日の奇行は、奇行ではなかった、

彼の為のものだった。彼を心配してのことだった。

彼の事を思い、彼女なりに動き、調べていたのだ。

軽い自己嫌悪。彼の気付かない内に、また周囲に迷惑をかけてしまっていた。

深く、深く嘆息する。

男「言いすぎた。ごめん…って……あれ?」

女「(小声)よ、嫁さん?いや、そ、そんな。えーっと。い、いや、心配してくれてたのはすごくアタシも嬉しい訳で。えーっと、こっちも言いすぎたって言うか―――」

男「聞こえてないな、コレは…。何で頬を赤く染めてるんだよ。マジで意味分かんねぇ」



204:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/02(木) 23:07:47.71 ID:mBYwu8n8o

男「そう言えば、犯人って誰なんだ?」

女「ぶっちゃけ知らない人」

男「…何で残念そうなんだよ」

女「いや、ほら。こう言う時って主人公(アタシ)の知り合いとかが犯人じゃないかなーって」

男「例えば?」

女「ケージとか」

男「…もしかしてお前、本当はオレを犯人だと思って調査してたのか?」

女「…」

男「…」

女「まさかそんな事あるわけないじゃない」

男「今の間は何だ!?」

女「まぁ、そんな言う訳でケージは無関係だったし、こんな辛気臭い話は忘れましょ」

男「スルーしやがったよ。それに…お前から振ってきた話じゃなかったか?」

女「細かい事気にすると老けるわよ」

男「お前のせいだ!一切合財お前のせいだ!」






205:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/02(木) 23:14:50.33 ID:mBYwu8n8o

■六月六日 午後零時三十分
■昼休み 3-A教室

青年(同級生)「(もぐもぐ)ねぇ、聞いた?」

男「(ぱくぱく)聞いたって、何が?」

青年「隣のクラスの山本君と、龍川君が学校に来てないって話」

男「…それがどうしたんだよ」

青年「何かさ、音楽室の事件と関係してて警察に連れて行かれたらしいよ」

男「へぇー。って、岩尾…君は何でオレの隣で飯食ってるの?」

青年「え?駄目だった?」

男「いや、駄目じゃねぇけど。オレ達ってそんな仲良かったっけなーって」

青年「……友達いないから」

男「……ごめん」



206:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/02(木) 23:23:08.22 ID:mBYwu8n8o

男「ってか、そんなに高速で噂になるモンなのか?」

青年「ソースは風間さん」

男「アイツ…探偵じゃなくてワイドショーか何かじゃないのか?」

女「失敬な。ワイドショーは職業じゃないわよ。それに、警察の捜査の中身は誰にも教えてないし」

男「やかましいわ。何処から沸いてきた。さっきまで居なかっただろうが。お前」

女「それは探偵の守秘義務ですので」

男「うるせぇ、黙れ。と言うか、お前のコネって何なんだよ。ただの高校生が警察にコネ持ってるとかおかしいだろ」

青年「…確かに」

女「まぁ、アタシの実力ってやつね」

青年「凄いな…。どうやって調べたの?」

女「探偵をお金で雇って」

男「一欠片たりともお前の能力と実力と関係無ぇっ!!!」

女「ちなみに費用は黒川(くぅ)ちゃん持ち」

男「しかも後輩の金かよ!?どれだけ金持ちなんだアイツはッ!」

青年「仲がいいね。羨ましいな」

男「お前の眼は節穴かっ!節穴なのか!?何をどう見たらそうなるんだよ!!眼球の中に水の代わりに泥でも詰まってんじゃねぇのか!?」

女「まぁまぁ、一件落着ってことで」

男「何事も無かったかのようにシメんじゃねぇよっ!!もう嫌だ!こんな幼馴染もう嫌だァァァァァァッッ!!!」



207:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/02(木) 23:29:22.71 ID:mBYwu8n8o

結局、事件はオレの関係無いところで解決してしまった。

まぁ、推理小説でもなければファンタジーでもメルヘンでも無いのだから当たり前の事なのだろう。

事の真相は殺人ではなく、学校で起きた死体遺棄事件。

メディアは競ってこの事件の事を報道した。

事件が起きたのは球技大会の真っ最中。人通りの無い第六校舎の屋上。

                                       ゲーム
被害者の梶原やすおと、加害者の二人は試合をサボって屋上で【遊び】をしていた。

三人は学年内でもちょっとした【問題児】。過去にはイジメなどにも加担していた疑いもある生徒達だった。

彼らがやっていた屋上で行った【遊び】。それはロープを命綱代わりにしての【度胸試し】。

命綱をつけてフェンスの外側を歩き、如何に早く端から端までたどり着けるかを競う彼らが考えたオリジナルの【遊び】。

その【遊び】の最中、足を踏み外す梶原やすお。

命綱をつけているので安心。そう思っていた。だが…。

その【命綱】が首に絡まり、そのまま落下。首を括ったまま六メートルほど降下してしまったらしい。

慌てて引きずり上げる犯人たち。

だが、引上げた時には既に梶原の首の骨は折れ、心臓は止まっていた。



208:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/02(木) 23:34:53.35 ID:mBYwu8n8o

後はよくあるパターン。

追求を恐れた犯人たちは自殺に見せかける為、近くにあった音楽室に死体を括りつける。

だが、警察の捜査によりあっさり逮捕。あえなく鑑別所送りになった訳だ。

捜査の決め手は生徒の目撃証言と、犯人の自白。

高校生探偵も、見た目は子供で頭脳は大人の小学生も入り込むことのできない現実的な終わり方だった。

いや、終わりというのは語弊があるかもしれない。

死体の第一発見者であるオレ達は二週間近くもの間、警察の事情聴取とマスコミの取材に付き合わされることとなったからだ。

風間祈衣(アイツ)は楽しんでいるように見えたが、オレはもう沢山だった。



209:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/02(木) 23:40:27.30 ID:mBYwu8n8o

三週間も経てば事件の事など世間からすっかり忘れられていた。

テレビは真新しくセンセーショナルな事件を扱い、生徒は日常へと戻る。

事件の事を口にするものはすっかり減り、聞くのは噂話程度。

犯人(厳密にはまだ容疑者らしい)が起訴され、間もなく裁判がおこなわれるらしい、程度の事だ。

そう、事件は解決したのだ。

そして、事件の日から一カ月の月日が流れた。






210:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/02(木) 23:47:51.35 ID:mBYwu8n8o

■七月九日 午後零時四十分
■私立平坂高校 第六校舎 中庭


男「朝からツイてねぇ」

後輩「どうしたのかな?まさか…君の美貌を狙う【組織】の刺客が?」

女「何か昨日からナイフ持ったチンピラに襲われたり、バイクに轢かれそうになったり散々らしいわよ。コレは事件の匂いね!」

後輩「フフフ。ならば僕の魔力で犯人を呪い殺そうか…」

女「それは頼もしいわね!どれくらい時間がかかるの?」

後輩「八十年以内には呪い殺せると思うよ。成功率はなんと九十パーセント以上!」

女「…さすがね。さすがくぅちゃん。アタシには出来ない事を平然とやってのける…」

男「シビれねぇし、憧れねぇよっ!!八十年も経てば誰だって死ぬだろうがっ!」

女「荒れてるわねー。本当にどうしたの?」

男「いや、誰だって一日に二度も三度も命の危機を感じたら疲労を感じ」るだろうが

―――がしゃん。

彼は、言葉を言い終える事が出来なかった。

目の前で起きた異常事態のせいで。

女「…えっ?」

後輩「…痛っ」

冗談では済まない事だった。

【彼の目の前に】【上から、植木鉢が落ちてきた】のだ。

女「大丈夫!?くぅちゃん…。一体何なの!?」

飛び散った破片で腕に傷を負う絢葉。

あまりに急な出来事と予期せぬ痛みで、腕を押さえうずくまる。

男「―――何なんだよ!?」

慌てて、上を見る。

四階建ての校舎。

平坂高校に校内緑化運動とやらで、全ての教室には植木鉢が十個ほど常備されていた。恐らく落ちてきたのは、その植木鉢だろう。

周囲から届くのはざわめきの声と、野次馬の目。

男「誰だッ!!!危ねぇだろうがっ!!!」

怒鳴りつける。だが。

彼の言葉に返事をするものは、どこにもいなかった。




第四話「オレと平穏と事件の始まり」 終



219:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/04(土) 11:44:04.82 ID:KnmWKMkgo

男「黒川(クロ)ッ!!大丈夫か!?」

後輩「大丈…夫…」

女「そんなワケ無いでしょ!すっごい血じゃない!」

男「植木鉢は…硝子製なんだよな。ちょっと見せてみろ」

慶二は揉め事に巻き込まれることが多い。喧嘩もよく行う。それ故に、ある程度の応急処置の知識を持っていた。

男(この辺はあのブラコンの兄に感謝しないとな)

男「ザックリとイってんな。コレは縫わないと駄目か。救急車を頼む。オレは止血するから」

女「オッケー。任せて」

絢葉の傷は、かなり深そうだった。前腕部――肘の裏側あたりを大きく横に切り裂くような傷が走っている。

溢れるような出血だが、命に別状はないだろう。それでも早急に医者に見せなければならないのは事実。

男(五針…くらいか?刃物でヤった訳じゃないから、痕が残るかもしれないな。とにかく止血しねぇと)

周囲の野次馬を見渡す慶二。

見知った顔を探すが、生徒数が多いこの学校では顔見知りを探すのも一苦労。しかも、彼は三年の時点で留年しているのでなおさらだった。



220:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/04(土) 11:46:45.93 ID:KnmWKMkgo

男「…岩尾!!」

偶然だった。

野次馬とは関係なく、渡り廊下を見知った顔が歩いていた。

青年「え?僕?」

見知った顔の正体は、クラスメイトの岩尾。驚いた表情でこちらを見ている。

男「お前以外に誰がいるんだよ!怪我人が出た!タオル持ってないか?キレイな奴!」

こちらに駆け寄りながら腕で【バツ】を作る岩尾。どうやら持っていないようだ。

男「チッ。他に、誰か清潔なタオルかハンカチを持ってる奴はいねぇのかよっ!!」

怒鳴るような叫び。遠巻きに見つめる野次馬に怒りを込めてぶつける。

男「どうして無関係でいられるんだ!?目の前で血を噴き出している子ががいるんだぞ!?」

怪我人の前で苛立ちを見せる事は良くない事だと聞いてはいたが、彼にはどうしても抑える事が出来なかった。

男(オレの制服で肩を縛って間接圧迫。そのあと保健室に連れていくってのもアリ、か?けど、それだと廊下が血塗れになるし…。あまりクロをここから動かしたくない)

慶二が迷っている、その時だった。

???「そこを退け!みっともない烏合の衆ども」

一人の女生徒が、人混みを分けて進み出る。

彼女のその手には、純白のタオルが握られていた。



221:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/04(土) 11:56:27.04 ID:KnmWKMkgo

女生徒「コレを使いなさい?清潔さは保障するわ」

威圧的な雰囲気、そして喋り方。

男(話した事は無いけど、見た事はあるな。確か隣のクラスの睦【ムツミ】だ)

男「オーケー…ありがとう。助かるよ。クリーニングして返すけど、落ちなかったらごめんね」

笑顔で礼を言う。

女生徒「べ、別にお礼なんか……返さなくても結構よ」

何故か女生徒が顔を赤くするが気にしない。

モブ「これだからイケメンは…」

モブB「爆発しろ…」

周囲の男子生徒から罵倒されているがそれも気にしない。

男(気にしたらブン殴っちまいそうだ。コイツら、この非常時にふざけてやがる)

男(っと、ダメだ。こんな時こそオレが冷静でいなけりゃ、な)

男「サンキュ、睦さん」

女生徒「当然のことをしたまで。礼には及ばないわ」

男(けど、当然の事が出来ない奴ばかりなんだよな。後で改めて礼を言わないと)



222:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/04(土) 12:25:17.46 ID:KnmWKMkgo

男「よし、岩尾は保健の先生を呼んできてくれ!居なかったら体育教師で良いからっ!」

青年「分かった。行ってくる」

女「こっちも救急車、オッケーよ」

男「助かる。クロ…もうちょっとで救急車くるからな。出血はあるけど、全然大丈夫だから」

後輩「…ありがとう。天海先輩は、凄いね」

消え入るような声。

今にも、儚く散ってしまいそうな、そんな声だった。

男「…オイッ!!!」

後輩「本当に…カッコいいよ…最期に、君の顔を見れて…良かっ……た」

女「くぅ…ちゃん……?」

後輩「来世では…恋人になれると……いい………な…ぁ」

がくり、と力が抜ける。

うな垂れ、瞳が閉じられたまま――

――それから、彼女はピクリとも動かなくなった。



224:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/04(土) 12:45:53.76 ID:KnmWKMkgo

男「(自分の制服で絢葉の肩を縛りながら)で、いつまで死んだフリしてるんだ?」

後輩「…」

男「流血はスゲェけど…今止血してるし、救急車も来るからマジで健康に別状無いんだぞ。まぁ、貧血くらいは起こすかもしれないけど」

後輩「…いや、死んだら惚れてくれるかなーって」

男「無ぇよ」

女「ちぇっ」

見た目ほど深刻な怪我ではない。だが、それなりの痛みがあるはず。

それなのに、この中二病の少女は冗談を言う気力があるようだ。

少し、憎たらしくなり軽く小突く。

男「とりあえず大人しくしてろよ」

後輩「分かった…。天海先輩が言うなら、僕はどんな事でも聞くよ。フフフ」

男「何でお前が言うと卑猥に聞こえるんだろうな…」



226:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/04(土) 13:11:13.98 ID:KnmWKMkgo





傷口をタオルで巻きながら、彼は頭の中で別の事を考えていた。

男(さすがにこれだけ命の危険を感じる事故が立て続けに起きたら…事件を疑うしかないのか?)

自分が何らかの事件に巻き込まれている。

嫌な想像だった。当たって欲しくない考えだった。

慶二自身、命を狙われる理由が分かっていない。

つまり、狙われる理由……それは、彼が【忘れ】てしまった事柄の中にあると言う事になる。

杞憂であって欲しい。嘘であってほしい。

もし、この想像が真実だった場合…

彼のせいで

天海慶二のせいで

黒川絢葉は、腕に一生残る傷を負ってしまったという事なのだから。



男(もう沢山だ。オレの障害のせいで誰かが傷つくのは…もう嫌なんだよ!!)



心の叫びを押し殺し、止血に専念する。



救急車が到着したのは、祈衣が電話を切ってからきっかり十五分後の事だった。










231:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/05(日) 11:03:48.46 ID:pBtiaB3Uo

■七月九日 午後五時四十五分
■市内 某総合病院 処置室

女「やっほー。どう?元気?」

後輩「おかげ様で、ね。ありがとう、二人とも」

女「アタシは何もしてないわよ。やったのは全部ケージ。もしかしてフラグ立った?立っちゃった?」

後輩「僕の天海先輩への好意ゲージはいつもマックス。フラグは地面にびっしりと刺さってるよ?」

女「おぉぅ。愛ね。これは愛なのね!」

男「…心配して来てみたが、心底うぜぇ。お前らのテンションには着いて行けねぇよ」

後輩「もしかして…照れてるのかな?」

男「ンな訳無ぇだろうが。怪我はどうだった?」

後輩「腕を六針。医者(センセイ)は【運がいいのか悪いのか】、と言っていたかな」

男「直撃しなかったのはラッキーだったけど、破片で怪我したのがお前だけだったからな。すまない」

後輩「ううん。怪我のお陰で君に介抱してもらえたんだから。むしろ幸運のほうが多いくらいさ。フフフ」

男「おい、近づくな。やめろ、抱きつくな、腰に手を回すな、腹に顔をうずめるな!!!風間が見てる

だろ!?」

後輩「見てなければ…いいの?」

男「良いワケが無いっ!って、それだけ元気なら動けるだろ。帰るぞ」

後輩「ちぇっ。残念」

男「やかましい。ほら、手ェ貸せ。送って行くから」

後輩「……うん」

女「こうしてまたフラグが一本立ったのでした」

男「お前は黙れっ!そんなつもりは一切ないからな!?」






232:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/05(日) 11:04:18.01 ID:pBtiaB3Uo

■七月九日 午後八時 
■自宅最寄り駅【網島(アミシマ)駅】からの帰り道。

女「はふぅー。疲れたー。でも、くぅちゃんが無事で良かったわ」

男「良くねぇよ。六針だぞ!?六針。傷も残るかもしれねぇし…それに」

女「狙われたのが、ケージかもしれないってコト。ね?」

男「そうだ。もしオレのせいでクロが怪我をしたなら…」

男「…詫びても詫び足りねぇよ」

女「身に覚えは無いの?」

男「全然だ」

女「じゃあ、情報を整理しましょうか。恐らく、【狙われる原因は忘れた事の中にある】」

男「【狙われだしたのは昨日】」

女「それまでは全く平穏だったのね?」

男「素手の殴り合いくらいはあったけどな」

女「…アンタって子は。まぁいいわ。つまり、【狙われる原因は一昨日以前】」

男「だけど、ここ一週間で【忘れ】た【ことば】は全部思い出してるんだよな」

女「と、なると…。アタシに思いつくのは一つしかないんだけど…」

男「【死体遺棄事件】…。か?」



233:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/05(日) 11:05:39.24 ID:pBtiaB3Uo

女「可能性はゼロじゃないわね。一緒に発見したアタシが狙われてないのが納得いかないけど」

男「何で残念そうなんだよ…。馬鹿か?馬鹿なのかお前は」

女「それは置いといて」

男「置くのかよ!?」

女「【狙われだした】って、何をされたの?朝の話より詳しく聞いてみたいんだけど」

男「そうだな。話してる内に何か見つかるかもしれないしな」

男「最初は―――バイクだ」

女「バイク?」

男「そう。コンビニに行こうと狭い道を歩いてたら後ろから…な」

女「どんなバイクだったの?」

男「避けるのに必死だったから、ちゃんと見てないんだよ。スゲェ速さで逃げて行ったし」

女「なるほどねー。他には?」

男「その後、帰り道にナイフを持って覆面をしたチンピラ3人に襲われたんだよ。【金を出せ】って」

女「それで?」

男「金を出せって言いきる前に不意打ちして逃げた」

女「…昔はこんな子じゃなかったのに。心優しいケージはどこに行ったのでしょうか」

男「知るか。放っとけ」



234:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/05(日) 11:06:06.68 ID:pBtiaB3Uo

女「うーん、何か手掛かりがあるかとも思ったけど、さっぱりねー」

男「チンピラの素性が分かればどうにかなったんだろうけど。あと、植木鉢を落とした犯人な」

女「じゃあ、ここで取る手段は一つしかな――」

男「危ねぇッッ!!!」

慶二の声に反応して祈衣が振り返る。

女「!?」

彼らから十メートル程度の距離。

迫りくるのはヘッドライトを消した黒い乗用車。

闇に溶け込んだ凶暴な黒い影。

その影が、凄まじい勢いで牙を剥き襲いかかって来ていた。



238:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/05(日) 19:42:43.07 ID:pBtiaB3Uo

男「…ッ!!」

慶二が無言で祈衣の手を思い切り引っ張る。

そのまま抱きかかえ道の端にダイブ。祈衣に怪我をさせないように自身の体を下に置く。

男「…がはっ」

背中が地面にぶつかる衝撃で息が詰まる。

続いて、地面との摩擦。焼けるような痛み。

男「怪我は無いか!?」

女「だ…大丈夫」

男「車はどうなった!」

倒れたまま車の方を見る。

今、まさに慶二達の命を奪おうとした影は、襲いかかった時と同じままのスピードで走り去って行った。



239:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/05(日) 19:46:52.44 ID:pBtiaB3Uo

男「怪我は?」

女「大丈夫…だけど、ケージが…」

男「擦り傷だよ。大したことは無い。だけど」

女「だけど?」

男「あの車…ナンバーが見えなかった」

女「ライト消してたもんね」

男「そうじゃない。そうじゃないんだ。ナンバープレートってのは暗闇の中でも見えるように作られてるんだよ」

女「えっ?」

男「つまり…」

女「…」

男「…プレートに覆いがされていた。って事だ」

女「…!!」

男「間違いない。オレは、命を――狙われている」



240:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/05(日) 19:53:35.34 ID:pBtiaB3Uo

男「一体どういうことだよ…」

女「どう言う事って、アタシにも分かんないわよ!」

男「高校生探偵だろ!?どうにかしろよ!」

男(…って、オレが冷静さを失ってどうするんだよ。コイツは探偵モドキ。何か出来るわけが――)

女「どうにか…。そうだ!」

男「何かあるのか!?」

女「警察よ!これだけ命の危険が続いてるし、全部関係があるはず。警察に調べてもらいましょ!」

男「お前って、非常識なのにこう言う時は常識的だよな」

女「お褒めにあずかり光栄です」

男「一ミリたりとも褒めてないからな」






241:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/05(日) 19:58:29.86 ID:pBtiaB3Uo

■七月九日 午後九時三十分
■網島(アミシマ)駅前交番付近。道路。

女「…あぁ、もう!頭に来るわね!」

男「全くだ。反吐が出る」

女「そうよそうよ!あの扱いはヒドいんじゃないの!?」

男「オレに言われても困るっての。しかし、あの警官…性格悪すぎだろ」

女「【自意識過剰じゃないの】?って、怪我人が出てるのよ!」

男「そんなに怒るなって。しかし、警察ってあんなに酷いモンだったんだな…」











242:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/05(日) 20:07:56.28 ID:pBtiaB3Uo

■七月九日 午後八時四十分
■網島駅前交番

警官「…命を狙われてる?」

女「そうです。今話した通り、ここの天海慶二君が昨日から何度も命を狙われてるんですよ!」

警官「はぁ…。で、何か被害はあったの?」

男「それは―――」

警官「ってか、アレだよね。天海慶二って、よく警察(ウチ)の世話になってる悪ガキだよね。どうせ喧嘩の報復とかじゃないの?」

男「はぁ!?オレは自分から喧嘩売ったりはした事無ぇぞっ!少年課のオッサンだってその辺は――」

警官「はいはい。んで?被害は?」

男「(苦々しげに)…校舎の上から植木鉢が落ちてきて一人が怪我をした。六針も縫う怪我だ。あと、轢き逃げされかけて、避けた時にオレが怪我をした」

警官「(頬杖をついてペンをくるくる回しながら)敬語くらい使えないわけ?」

男(テメェの態度が酷すぎるからだろうが)

男「…チッ。怪我人が出たんで調べてほしいんですよ」

警官「何でそれだけで命が狙われるって話になるのさ。ソレって事故でしょ?植木鉢の話も学校でどうにかする事じゃない?」

男「轢き逃げも、チンピラも…ここまで重なったら――」

警官「轢き逃げって、轢かれてないじゃん二回とも。目撃者もいないし。チンピラの話だってそうだ」

男「ナンバーに細工されてたんだぞ!?どう考えてもおかしいだ――」

警官「気のせいじゃない?気が動転して見間違えたんだろ。あと、チンピラの話だけど、ケガさせたお前の方が捕まるべきだと思う――」

男「じゃあ、学校の話はどうなるんだ!怪我人が出てるんだ――」

警官「目上の人間の話を遮るなッッ!」

男「!?」

女(ビクッ)

男(テメェは遮っていいのかよ。何様のつもりだ、コイツ)



243:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/05(日) 20:15:22.58 ID:pBtiaB3Uo

警官「あぁ、そうそう。どうしてもって言うなら、その【怪我をした子】ってのを連れてきてよ。そしたら被害届くらいは出せるから」

男「出来る訳ないだろ!女の子だぞ!?怪我ァしてんのに昨日の今日で連れてこれるかよ!どれだけ怖い目を見たと思ってるんだ!?」

警官「そんな事、俺の知った事じゃない。警察に動いてほしけりゃちゃんと手続きを踏め」

警官「悪ガキの妄言に付き合うほど警察はヒマじゃないんだ。っつーか、態度悪すぎなんだよ。お前」

男「…テメェッ!!」

警官「どうせ、そのケガをした子ってのもお前の仲間のロクデナシなんだろ?全部自業自得って奴だよ」

女「ちょっと!!言いすぎじゃないの!?」

警官「君たちが襲われたと思うのは勝手だけどさ。事件性が認められないんだよ。客観的に見てもね」

警官「それに、平坂高校の死体遺棄事件と関係してるかもしれない?ははっ。漫画の読みすぎ?」

警官「事件性は認められない。死体遺棄事件との関連性も感じられない。自意識感情なんじゃないの?」

男「………な」

警官「あ?何か言ったか?」

男「ふ……んな」

警官「あぁ?」

男「ふざけんなって言ってるんだよ!!」

言うが早いか、慶二は警官に掴みかかっていた。



244:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/05(日) 20:22:04.90 ID:pBtiaB3Uo

男「うぐっ」

警官「何だ?この手は」

警官「警察官相手に暴力振るっていいとでも思ってんのかよ?オイ」

女「止めてください!さっきから態度が酷すぎですよ!?」

警官「言ってるだろ。ガキの妄言に付き合ってる暇はない。どうしても調べてほしけりゃ証拠でも持って来いよ」

男「普通……それを探すのが…警察の仕事じゃねぇのか…あがっ!!」

警官「警察に迷惑かけてばかりの悪ガキが!都合のいい時だけ警察に頼るってのは世の中ナメすぎじゃないのか?」

警官「とっとと帰れ。じゃなきゃ暴行でしょっ引くぞ。クソガキ共。警察ナメくさりやがって」






245:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/05(日) 20:27:19.33 ID:pBtiaB3Uo






■七月九日 午後九時三十三分
■網島(アミシマ)駅最寄りの住宅街

男「…思い出しただけでもハラワタが煮えくり返りそうだぜ」

女「アタシだってそうよ。まさか話にもならないとは思わなかったわ…。これからどうしよう」

男「その事だけどよ。少年課のオッサンと兄貴に話してみようと思う」

女「あ、そっか。大鷹兄さんなら警察にも通じてるもんね」

男「検視医もやってるからな。話くらいは通してくれると思う」

女「だけど…それでも駄目だったら」

男「…それでも」

男「それでも駄目なら」

男「自力でどうにかするしかないだろ…。自衛のためにな」



246:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/05(日) 20:28:40.34 ID:pBtiaB3Uo

男(警官との悶着の後、アイツを家まで送り、オレは家へ帰りついた)

男(帰宅してすぐに、兄貴に昨日からの出来事を話す)

男(轢き逃げされそうになった事。暴漢に襲われた事。植木鉢が落ちた事。後輩が怪我をした事。交番で相手にされなかった事)

男(兄貴は、知り合いの刑事に伝えておくと言った。だが――)



247:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/05(日) 20:32:13.16 ID:pBtiaB3Uo

■七月九日 午後十時四十分
■天海家 兄の部屋。


兄「伝えるには伝えるけど、轢き逃げも暴漢も、警察が動くには難しいと思う。そう言う【システム】なんだ」

男「どう言う事だよ」

兄「轢き逃げは実際に轢かれた訳でもない。暴漢も、誰かが見た訳でもないし、ケージが怪我をした訳でも無く、何かを奪われた訳でもない。事件が起きないと警察は動けないんだ」

男「だけど、偶然にしても出来すぎだろ!?こんな事あるワケ無いじゃないか」

兄「それは、慶二の主観だから。警察を納得させるのは難しいと思う」

男「そ、それに…例の死体遺棄事件と関わってるかもしれないんだぜ?」

兄「検察は少年二人の犯行って事で裁判を進めようとしてる。自供も物証もあるし、コレは覆せないよ」

男「じゃあ、どうすればいいんだ?丸一日で四回も襲われてるんだぞ!?後輩だって怪我してる!」

兄「植木鉢の事に関しては、話してみる。死体遺棄事件と同じ学校で起きたんだ。話くらいは聞いてく

れると思う」

男「植木鉢…か。学校で起きた事だからって事で、今日の時点で警察は呼ばれなかったな。そう言えば」

兄「多分、明日以降も呼ばれる事は無いと思うよ。学校って言うのはそう言うモノだから」

男「…植木鉢の事だけでも調べてもらえるってだけで前進と思うべき、なのか?」

兄「だけど、あまり期待しないでね。可愛い弟の為だからできる限りはするけどさ」

男「ありがとう。本当(ホント)に、ありがとう…。正直、どうすればいいか分からなかった」

兄「頭なんか下げないでよ。兄弟だろ?」

男「うん。ありがとう」

妹「…(じー)」

男「!?」

兄「!?」



248:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/05(日) 20:33:37.35 ID:pBtiaB3Uo

妹「……あやしい」

男「何がだ!?と、言うかいつから聴き耳立ててたんだよ!?」

妹「可愛い弟、のあたりからです」

男「どうして誤解を招くところだけ!?」

妹「やっぱり二人は怪しい関係だったんですね…」

男「そんなワケ無いだろうがっ!」

兄「そうだよ!確かに僕は慶二の事が大好きだけど、その辺は弁えてるよ!」

男「聞きたくなかった!そんな嫌な台詞、聞きたくなかったッッ!!!」

妹「これは明日祈衣姉さんに教えないと」

男「止めろっ!光の速さで学校に広まるから止めてくれっ!!

兄「美系の弟と、童顔の兄…か。そそるな」

男「そそるなァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!」



260:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/06(月) 20:29:35.35 ID:Nym5yEnso

男(この後、少年課の刑事にも電話したが、獲れた答えは兄貴の物とほとんど同じだった)

男(容疑者が、二人で行ったと認めている上に物証も証言を裏付けている)

男(植木鉢の事件が死体遺棄事件と関わっていると言うには、根拠が弱すぎるらしい)

男(だが、刑事はこうも言ってくれた)

刑事「事件が起きないと警察は動けんが、ワシ個人にならいくらでも頼っていいからな?」

男(オッサンの言葉は、不安に蝕まれていたオレにとって、とても心強いものだった)

男(例えそれが、その場しのぎの気休めだったとしても)






261:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/06(月) 20:30:06.79 ID:Nym5yEnso

■七月十日 午前七時四十分
■網島駅前

男「―――って訳だ」

女「警察に頼れる可能性は低い、かぁ」

男「正直納得いかねぇけど、不満を言って解決するわけでもないしな」

女「…そうよね。これからどうするつもり?」

男「決まってる」

女「え?」

男「言っただろ?」



男「自衛のために」




男「自力で…」




男「どうにかする、ってな」



262:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/06(月) 20:30:33.08 ID:Nym5yEnso

女「どうにかって、どうするつもりなのよ?」

男「とりあえず、植木鉢の犯人探しだな。とっ捕まえて吐かせる」

女「まぁ、それが一番手っ取り早そうよね。轢き逃げと強盗は手掛かりなしだけど、植木鉢の犯人はウチの学校の関係者な訳だから」

男「そう言う事だ。夜道を迂闊に出歩いたりしなければ、そうそう襲われないだろうしな。調べる事は難しくは無いと思う」

女「なるほどねー。ところで、名探偵の手助けは…」

男「要らん」

女「うぅー」

男「正直な話、お前を巻き込みたくないんだよ。しばらく関わらないでほしい」

女「ケージがそこまで言うなら、もちろん!って言うしかないわね」

男「…もちろん関わる気だな。思いっきり」

女「さっすがケージ。アタシの事、よーくわかってるじゃない?」

男「馬鹿につける薬はどこだ。どこに売ってるんだ…」



263:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/06(月) 20:34:35.82 ID:Nym5yEnso

女「って言うか、無理に突っぱねても無駄よ?どんなに拒否しても、アタシは勝手に調べる。ケージの為に。余計なお世話と言われてもね」

男「…」

女「それに、友達いないケージには、アタシの交友関係(じょうほう)は必要だと思うけど?」

男「…うっ」

女「どう?アタシ、変な事言ったかな?」

男「…」

女「…」

男「…チッ」

女「…んー?」

男「…だったら」

女「だったら?」

男「だったら、一人で何かをしようとするな。行動するときは二人一緒だ」

女「うん」

男「オレと一緒にいる限り、お前には怪我一つさせねぇ。絶対だ。絶対にお前だけは守りぬく。だから、無理だけはするなよ」

女「…うん!」






266:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/07(火) 01:42:59.00 ID:fVypmpmCo

■七月十日 午後零時三十分(昼休み)
■私立平坂高校 3-A教室

男「とは言っても、何から調べたモンか」

女「その事なんだけど」

男「どうした?」

女「午前中、職員室の話を盗み聞きしてきたんだけどさ」

男「ほう」

女「【目撃者】が、いるみたいなのよ」

男「目撃者って、植木鉢のか?」

女「うん。名前もゲットしてきたわよ」

青年「…本当に、探偵と言うよりワイドショーみたいだね」

男「全くだ。…って、岩尾!?何処から沸いてきた!!」

青年「最初からいたよ!?今月から隣の席だよ!?」

男「そうだっけか?全く気付かなかった」

青年「…ひどすぎる」



267:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/07(火) 01:43:54.02 ID:fVypmpmCo

男「あぁ、そうだ。昨日はサンキューな。手伝ってくれて」

青年「僕は何もしてないよ。全部天海君のやったことだから」

男「そんな事無ぇって。野次馬どもは見てるだけで何もしなかったんだから…って」

女「どうしたの?」

男「あー。もう一人、クロを助けてくれたヤツがいたんだった」

女「あぁ、隣のクラスの睦さんね。丁度いいわ、今から行く?」

男「丁度良いって、どう言う事だ?」

女「B組の睦…。睦紅兎(ムツミ ベニト)さん。彼女が――」

男「もしかして…」

女「そう、【目撃者】よ」

青年(あれ?僕だけ話から置いていかれてる?もしかして出番これだけ?)






268:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/07(火) 01:44:28.44 ID:fVypmpmCo

■七月十日 午後零時四十分
■3-B 教室

女生徒「あら?」

男「昨日はどうも。お陰で助かったよ」

女「ウチの後輩がお世話になりました」

女生徒「いいえ。気にする事は無いわ。人として当然のことをしたまでだもの」

男「それでも、中々出来る事じゃないって。なぁ?」

女「本っ当にそうよね。周りの野次馬なんて本当に役立たずだったんだから!」

女生徒「フンッ。あんな有象無象と一緒にしないで欲しいわね」

男(綺麗だけど、気難しそうな子だな…)

男「あぁ、そうだ。タオルの事なんだけど…血塗れになっちまったから、新品を用意したんだ」

女生徒「別に返さなくても構わないのに」

男「そんな訳には行かないって。お礼も言いたかったし」

女生徒「そうね。あなたの気持ちと一緒に受け取っておくわ」

男「でさ、ちょっと…聞きたい事があるんだ」

女生徒「なにかしら?」

男「昨日、植木鉢を落とした犯人を見たって聞いたんだけど」

女生徒「…その話なら先生にしたわ。どうしてあなたが私に聞くの?」

女「?」

男(急に不機嫌になった?)



269:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/07(火) 01:45:52.25 ID:fVypmpmCo

女生徒「やっぱり、あなた達も私を犯人と思っているのね」

女「へ?」

男「え?」

女生徒「第一発見者が一番怪しい。よく聞く話だけれど、あんまりではないかしら?」

男(おぉ。怖ぇ。綺麗な顔してるんだから、低い声出すなっての)

男「…何を言ってるんだ?」

女生徒「あら、違うの?」

男「後輩を助けてくれた恩人を疑うワケ無ぇだろうが」

女「アタシ達はそんな恩知らずじゃないから安心して」

男「ただ、どうしても犯人を見つけなければいけない理由があってさ。だから聞きに来たんだよ」

女生徒「どうしても…もしかして、あなた達の手で犯人を見つけなければいけない理由があると言う事?」

女「そう。それはアタシが高校生探偵だから!}

男「やかましい黙れチョップ」

女「ふぎゅっ」

女生徒「…うふふ。あなた達、面白いわね。良いわ、何でも聞きなさい。ただし、条件があるわ」

男「…条件?」













女生徒「あなた、私と付き合わない?」



270:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/07(火) 01:51:06.51 ID:fVypmpmCo

女生徒「あなた、私と付き合わない?」





男「…………………………」



男「……………………………………………………」



男「……………………………………………………………………………………」




男「……………………………………………………………………………………………………はい?」



275:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/08(水) 07:24:40.63 ID:r5yI6beHo

女生徒「だってあなた、中々見どころのある男だもの」

女「来たわ来たわまた来たわ。これだから美形ってのは…」

男「チッ。顔で選ばれてたまるか」

女生徒「全く、顔は関係…………あるわね」

男「あるのかよ!?」

女生徒「顔も良いのだけれど、それよりも重要なのは昨日のあの堂々とした振る舞いかしら」

女「あー。分かるかも」

女生徒「あの騒動の中での冷静な応急処置。人への指示。その辺の有象無象と違うものを感じたわ」

男「…まぁ、後輩だしな。それくらいはしてやって当たり前だろ」

女「でも、知らない人でも同じ事してたわよ。ケージなら」

女生徒「そう。そこに魅力を感じたの。あなたこそ私に相応しい、と」

男「どこからツッコんでいいのかさっぱり分かんねぇ」

女生徒「ツッコミなんて必要ないわ。あなたは、ただ首を縦に振ればいいだけなのだから」

男「だが断る」

女生徒「どうして!?」

男「当たり前だ!全力で断るわっ!アンタは自分を中心に世界が回っているとでも思ってるのか!?」

女生徒「思っているけれど?」

男「駄目だこいつ早くなんとかしないと」



276:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/08(水) 07:32:41.06 ID:r5yI6beHo

男「そもそも、オレは彼女を作らない」

女生徒「ま、まさか、もしかして、ゲイ!?」

女「へ、へんたい!ケージのへんたい!」

男「何でそうなるんだよっ!風間に至っては理由だって知ってるだろ!?」

女「ふっ。つい乗ってしまうのが探偵の本能…。自分でも恐ろしくなるわ」

男「やかましいわッ!生ゴミの日にでも出してこい!そんなワケの分からん本能ッ!」

女生徒「しかし、どうしてかしら?恋人を作らない、と言うのは」

男「あぁ。別に睦さんが人格破綻者で無かったとしても、誰かの彼氏になったりとかはするつもりが無いんだよ。ちょっとした事情があってね」

女生徒「あら。聞き捨てならない事を言うのね。誰が人格破綻者なの?」

男「痛い!足を踏むな!グリグリするな!止めろ!アンタだ!どう見ても人格破綻者だ!」

女「まぁまぁ。ケージの口が悪いのは諦めて。そう言う子だから」

男「オレが悪いのか!?」

女生徒「仕方ないわね…。そのちょっとした事情には興味があるわ。言って御覧なさい」

男「はぁ…(ため息)。オレには【障害】がある。だから、誰とも付き合うつもりはない」

女生徒「障害?見たところ、随分元気そうに見えるけれど」

男「脳の障害なんだよ。記憶、知識を問わずにごっそり【忘れ】る事がある。家族だろうが、友人だろうが、恋人だろうが、お構いなしだ」

女生徒「!?」

男「そんな奴がマトモに恋愛ができるわけ無いだろう?培った愛情も、重ねたデートの事も、出会った事さえも、ある日全て【忘れ】てしまうかもしれないんだから」

女生徒「私は一向に――」

男「みんなそう言う。だけど耐えれないよ、間違いなく。家族でさえ半年強で限界が近づいてるんだ。今では父親も、母親もロクにオレと顔を合わせようとしていない」

女生徒「…」

男「悪いな。だから、オレは睦さんの期待に応える事は出来ない。それを承知の上で、昨日起きた事を話してほしいと思う」

女生徒「…」

女生徒「申し訳ないわ。私は、あなたの事を全く考えずに先走っていたみたい」

女生徒「お詫びになるか分からない。だけど、私が知っている事、全て話させてもらうわ」



277:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/08(水) 07:38:07.34 ID:r5yI6beHo

女生徒「平坂高校では、校内緑化運動と称して、各教室に十個の植木鉢があるのはもちろん知っているわよね?」

女「えぇ。睦さんの話を聞いた後に、アタシはどこの教室の植木鉢が足りないか調べようと思ってるわ」

女生徒「それには及ばないの。既に先生たちが調べ終えているもの」

男「じゃあ、先にソッチから聞いておくか。どこの教室のが足りなかったんだ?」

女生徒「全て、足りていたわ」

男「はぁ?」

女生徒「あの事件の後、すぐに先生が校舎を調べたの。全ての教室に植木鉢は十個あった。この意味が理解できて?」

男「…最初から、落とすことが目的でどこからか持ってきた。ってコトか!?」

女生徒「そうとしか考えられないわね。イタズラにしては手が込みすぎ。品性を疑うわ」

男(イタズラじゃない。犯人は最初からオレを狙ってたんだ。オレを殺すために…準備していたんだ)

女「ねぇねぇ。じゃあ、睦さんは何を見たって言うの?」

女生徒「三階の生徒会室で紅茶を飲んでたの。役員だから」

男「いや、フリーダムすぎるだろ。学校だぜココ。何で生徒会役員が紅茶を飲めるんだよ」

女生徒「そうしたら、ベランダから物音が聞こえて」

男「無視ですかスルーですかそうですか」

女「あの校舎の三階には、特別教室しかないから昼休みには人なんてほとんどいないはずなのに。妙な話ね」

女生徒「そう、それでベランダを覗きこんだら」

男「不審な奴がいたってことか」

女生徒「そう言う事になるわ。後ろ姿しか見ていないけれどその子が犯人で間違いないでしょうね」

男「どんな奴だったんだ?」

女生徒「女子の制服。身長は百六十センチ弱。痩せ気味で、背中くらいまでの黒髪。それくらいかしら。私に分かるのは」

男「どうして追いかけなかったんだ?どう見ても犯人だろ」

女生徒「まさか、植木鉢を落としたなんて思ってもいなかったもの。下を見て驚いたわ」

男「それで、タオルを持ってくれてきたワケか。何から何まで本当に済まないな」

女生徒「恩に思うなら私と…」

男「それは断る」



278:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/08(水) 07:42:57.50 ID:r5yI6beHo

女生徒「でも、どうしてこんな事を?先生か警察に任せれば良いのに」

男「あー。言っても信じちゃもらえねぇだろうけど、狙われてるのはオレだ。間違いなく」

女生徒「中二病?」

男「…アンタにだけは言われたくない。根拠もある」

女生徒「へぇ…興味があるわ。言いなさい」

男「丁重にお断りさせてもらう。要らん危険に巻き込まれたくないんだ。向う見ずなバカの面倒を見れるのは一人までだからな」

女「…向う見ずなバカって誰の事よ!」

男「自分で分かってるだろ」

女「うぐっ…」

男「とにかく、ありがとうな。お陰で調査が進みそうだ」

女生徒「礼には及ばないわ。また、機会があったらお話しましょう。生徒会室に来れば紅茶も用意してあげるから」

男「まぁ、機会があればな」

女「じゃあねー」







女生徒「…ふふっ。面白くなってきたな」






279:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/08(水) 07:49:41.58 ID:r5yI6beHo

■七月十日 午後五時四十五分
■網島(アミシマ)駅最寄りの喫茶店・カルディ

男「じゃあ、情報を整理するぞ。整理するにあたって、重要な言葉は【】で区切ってメモするから、よく覚えておくように」

女「分かったわ」

男「まず、前提条件として【天海慶二は命を狙われている】。そしてオレ達がするべき事は」

女「犯人の逮捕!」

男「不正解だ」

女「何で!?探偵が犯人を逮捕しないで何をするって言うの!?通報はまたしてみたいけど」

男「お前、昨日救急車呼んだばかりだろうが…」

男「確かに現行犯なら民間人にも逮捕権はある。捕まえれればそれが一番良い。だけど、非現実的だ」

女「言われてみれば…。現実では犯人を言い当てた瞬間にトリックから動機まで喋ってくれる、なんてありえないし」

男「そう。現実的に考えるんだ。オレ達がするべきこと、それは【警察が動けるだけの証拠を集める事】だ」

女「そっか。証拠があれば警察も動かざるを得ないもんね」

男「そして、その為にまず【オレを狙う容疑者を絞り込むこと】が必要だと思う」

女「うんうん」

男「少年課のオッサンからは、強引でもちゃんとした根拠があれば動くって言質も取ってあるしな」

女「なるほど。【逮捕に必要な決定的な証拠じゃなくていい】ってことね」

男「絞り込む事に成功すれば、証拠も集めやすくなるしな」

女「ケージはこれからどうするつもりなの?」

男「【死体遺棄事件を調べる】って事にしようと思ってる。現状、ソレしか思い当たらないからな」

女「調べるって、どうするつもりなの?」

男「とりあえず、事件当初のアリバイだな。アリバイの無い女生徒を絞り込む。その為の方法も考えてある」

女「方法って?」

男「今は言えない。けど、成功すれば一気に捜査が進むぜ?」

女「無理に聞いても教えてくれそうにないわねー」

男「まぁ、結果は後でのお楽しみって奴だよ」



280:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/08(水) 07:51:15.30 ID:r5yI6beHo

(メモはしまいました)

男「話は変わるけどよ…。どうしてオレが一カ月も経ってから狙われるか、疑問だったんだ」

女「それはアタシも思ってた。口封じなら早ければ早いほどいいのに」

男「多分…待ってたんじゃないかって思う」

女「どう言う事?」

男「昨日、兄貴から聞いたんだよ。検察は少年二人の自供と、ソレを裏付ける物証で裁判を進めるつもりだって」

女「うん」

男「で、裁判になると、検察ってのは容疑者を有罪にする方向で動き出す。犯人が他にも存在するかもしれないとは考えない。だから、少年二人の起訴さえ終わればオレの口封じが出来るって思ったんじゃないか?」

女「でも、ソレだとおかしくない?」

男「何でだ?」

女「その理屈だったら、アタシも狙われなきゃいけないでしょ」

男「あー。その事なんだけどよ。覚えてるか?」

女「何を?」

男「事件の日の事なんだけど。オレは被害者の梶原の事を【忘れ】てたろ?」

女「確か…そうだったかも」※1話参照

男「で、オレは事件が起きたくらいの時間に寝ちゃったんだよ。前の日夜中まで映画見てたせいで。五分くらいだったけどな」

女「…もしかして」

男「そうだ。オレの【記憶障害】は、眠るたびに起こる。つまり」

女「【忘れ】た記憶の中に【犯人にとって都合の悪い事】があるって事?」

男「その通り。死体を最初に発見したから狙われてる、じゃなくて。犯人にとって都合の悪い事を見てしまったから狙われてる、って事じゃないかと思うんだよ」

女「それだと、アタシが狙われずにケージだけ狙われるのも納得かも。だったら、何を【忘れ】たのか探したほうが早くない?」

男「ンな事が出来たら犯人捜しなんてヤバい真似しねぇよ。とっくに色々試したっての」

女「そこを気合で何とか」

男「出来るかっ!」



281:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/08(水) 07:54:02.42 ID:r5yI6beHo

女「あれ?でも、おかしくない?」

男「何がだよ」

女「その理屈だと、起訴前にケージが警察に証言したらアウトじゃない。犯人はケージの障害を知らないだろうし」

男「警察にマークされていたから、としたら?」

女「強引だけど、あり得ないとも言い切れないわね。少年二人の起訴が決まったからマークが解けた。マークされているうちに口封じしたとしても、簡単に犯行がばれてしまう」

男「マークが外れるのを見計らって、自分に手が伸びる可能性を摘もうと動き出した。辻褄は合ってるはずだ」

女「でも、コレで死体遺棄事件と無関係だったら、笑っちゃうわよね」

男「…全然笑えねぇから勘弁してくれ。命が懸かってるんだ」



282:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/08(水) 07:55:20.89 ID:r5yI6beHo

テレビ「それでは六時のニュースをお伝えします」

女「そういえば、死体遺棄事件のニュースも全然流れなくなったわねー」

男「まぁ、そんなもんだろ。後は裁判だけだしな。あの事件……って、おい!テレビ見ろ!」

女「えっ?……えぇっ!?」

男(その時の風間祈衣の表情は、まさに鳩が豆鉄砲を食らったようなツラだった)

男(おそらく、オレも同じような顔をしていただろう)

男(何故なら)

男(ニュース番組のテロップにはこう書かれていたからだ)



【校内死体遺棄事件の容疑者の少年、鑑別所内で自殺】



テレビ「昨月四日に起きた神奈川県内にある私立高校での死体遺棄事件の容疑者の少年が鑑別所内で首をつっているのが発見されました」

テレビ「この少年は既に起訴されており、今月中にも裁判がおこなわれる予定でしたが――」



283:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/08(水) 07:57:16.08 ID:r5yI6beHo

男(ニュースの後半部分はほとんど耳に入っていなかった)

男(まだ、状況証拠しかない。偶然と言われればそれまでだ。だが、こんな偶然があるものだろうか)

男(死体遺棄事件の犯人が起訴された途端、オレの命が狙われ、犯人の片割れが自殺した)

男(間違いない。オレが狙われている理由、それは…【死体遺棄事件】に関係している、と)

男(自分の罪から逃れるために人を殺す人間が同じ学校に存在する)

男(現実味の無い話だ。まるで漫画や小説ではないかと思う)

男(だけど、こいつは現実だ。オレは、そんな相手に警察の協力無しで立ち向かわないといけないのだ)

男(アイスティーのグラスを持った手が震える。舌がカラカラに乾く。全てを投げ出したくなる恐怖)

男(だが、投げ出す訳にはいかない。犯人を見つけなければオレが殺される。そして、オレと一緒に行動しているコイツにも…風間祈衣にも危険が迫るのだ)

男(自分はどうなっても良い。だけど、コイツだけは絶対に守らなければならない)

男(覚悟を決めろ。腹をくくれ。決意しろ)

男(絶対に犯人の尻尾を掴み、警察に引き渡すんだ)

男(やれるだろ?天海慶二。お前なら)



第五話 「オレと目撃者と捜査の始まり」 終



300:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/10(金) 18:16:54.11 ID:gEjlHmXZo

男(思えば、今までオレは何一つ自分で決めた事が無かったと思う)

男(常に、流されてきた)

男(事故で障害を負ってから、親しい友人を自分から作ろうとせず)

男(恋人も作らない)

男(その癖、好意を寄せる黒川絢葉をきっぱりと拒否することもできず)

男(自分の命が狙われている状況でも、どうしようもない危機になるまで動こうとしなかった)



301:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/10(金) 18:18:20.02 ID:gEjlHmXZo

男(オレの周囲は変態ばかりだ)

男(ブラコンかつシスコンの兄、毒だらけの妹、自称探偵、変人の後輩)

男(そして、何の前触れも無くトラブルに巻き込まれる体質のオレ自身)

男(どう言う訳か売られる喧嘩)

男(何故か分からないまま殴られる事もしばしば起きる)

男(その癖、トラブルの原因を潰そうともせず)

男(ただ、受け身に。ただ、後手後手に対応する)

男(だけど今回は、今回だけは自分で。自分の意思で行動する)

男(巻き込まれた死体遺棄事件。今までのオレなら怪我をするまで流され続け)

男(最終的に兄貴頼りで警察の力を借りていたに違いない)

男(でも、今回は違うだろう?)

男(オレのせいで黒川絢葉は大怪我を負い)

男(今オレが動かなければ、風間祈衣まで危険に晒されるのだから)



302:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/10(金) 18:22:20.36 ID:gEjlHmXZo

男(幼馴染なのに、オレは風間の事を【忘れ】ている)

男(告白されたのに、オレはクロの事をきっぱりと拒否した)

男(それでもアイツらは、そんなオレを見捨てないでくれた)

男(両親すらも投げ出してしまったのに)

男(事故から後も何度となくアイツらとの思い出を失っているのに)

男(それでもアイツらは、オレの友人でいてくれる)

男(そんなアイツらが、危険に晒されているのだ)

男(だからオレは決めた。自分の意思で)

男(オレの事はどうなってもいい)

男(その代わり、絶対に、絶対にこれ以上アイツらを傷つけさせない)

男(その為には、どんな行為でもする、と)

男(そう、決めたんだ)



303:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/10(金) 18:23:18.67 ID:gEjlHmXZo

男(オレが行うと決めた事、それは――)




男(【犯罪】)




男(そう。今夜、オレは【犯罪】を行う)

男(失敗すれば間違いなく退学。ヘタをすれば前科がつくかもしれない)

男(それでも、オレはもう退かない。流されない)

男(誰かの為に何かをする覚悟を、生まれて初めて決めたのだから)



304:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/10(金) 18:23:48.38 ID:gEjlHmXZo





第六話「オレと飼い主と潜入捜査」










305:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/10(金) 18:27:58.98 ID:gEjlHmXZo

■七月十二日 午前八時
■平坂駅付近 表通り

彼は、走っていた。

肺が千切れるほどに息を切らし。

筋肉が裂けるほどに足を、腕を振り全力で走っていた。

理由は簡単。

男(遅刻するゥゥゥゥゥッッ!!!)

男(あぁ。畜生。何で寝坊したんだよ。お陰で昨日、何を【忘れ】たのか調べてねぇし)

男(しかも、電車でまで寝るなんてありえねぇっ!乗り過ごしちまった!)

彼には習慣がある。朝起きて、机の上のノートを見る事だ。

ノートの中には彼が絶対に忘れてはいけない、想いの詰まった【ことば】が書かれている。

家族の事、祈衣の事、絢葉の事、そして他にも大事な【ことば】がいくつも。

さらにもう一つ。

スマートフォン
携帯 電話のチェック。こちらの方には、日記形式で記している。

例え【忘れ】た事柄があっても対応できるように。

だが、今日は余りにも時間に余裕が無いため日記のチェックは後回しになっていた。

男(学校に着いたらすぐにチェックだ。昨日の夜の事をほとんど【忘れ】てやがる」

ただ、走る。全力で。もし遅刻をすれば担任の三角定規(授業用)が容赦なく彼を襲うのだから。



306:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/10(金) 18:31:42.50 ID:gEjlHmXZo

男(オレは何を見ても止まらねぇぞ。絶対に何があっても遅刻だけはしねぇからなっ!)

男(例えバーサンが重い荷物を担いで歩道橋を昇っていたとしても!見て見ぬふりをする!)

老婆「…ひぃ…ひぃ」

男「チッ。重いだろ?持ってやるよ」キラッ





男(畜生。本当にバーサンがいるとは思わなかった)

男(だが、もう立ち止まらない。例え目の前でネコが轢かれそうになっていても!オレは見捨てる!)

猫「…みゃぁ」

男「危ねェェェェェ!!!!」ズサー






男「もう絶対に誰も助けねぇぞっ!絶対に見捨てるからなっ!例え見知らぬ美少女がチンピラに絡まれていたとしても絶対に助け……」

モヒカン「いいじゃーん。学校なんかサボって遊びに行こうよ。ねぇ?」

男「……ない訳にも行かねぇだろうが!!ウチの生徒だよクソッ!」

モヒカン「あぁ?」

男「オレの通行を邪魔するんじゃねぇよキィィィィック!!!」

モヒカン「あべしっ」

男「消えろ世紀末雑魚共!そしてアンタはとっとと逃げて学校へ行け!」
          ダチコー    ミンチ  カクテー
デブ「よくも俺の【友達】を…【挽肉】【確定】だz」

男「テメェはジャンプかマガジンかはっきりしやがれアッパー!」

デブ「ひでぶっ」

ハゲ「正義の味方気取りが不意打ちかよ。いいぜ、テメェが正義の味方を名乗るなら…まずはそのふざけた」

男「うるせぇ黙れ!口上が長ぇんだよ死ねストレートォォ!」

ハゲ「そげぶっ!」

男「ぼぉっと立ってんじゃねぇ!走れ!逃げるぞ!」

男(オレは無理矢理に女生徒の手を掴み、走り出す)

男(女生徒が何かを言おうとしているが無視。学校まで逃げる事を優先する為だ)

男(はぁ…)

男(心の中で深いため息)

男(結局、オレはまた流されるがままにトラブルに巻き込まれてしまっているのだった)






307:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/10(金) 18:34:27.06 ID:gEjlHmXZo

■七月十二日 午前八時十三分
■私立平坂高校 校門前

男「っしゃぁぁ!!セーフ!」

女生徒「ど、どうしてあれだけ走って……息一つ……切らさない…のだ」

男「栄養あるモノ食って適度に体動かしてたらこれくらい普通だよ。ところで大丈夫か?」

女生徒「フンッ。私を誰だと思っている。しかし流石、私の犬だな」

男「え?」

女生徒「飼い主の危機に颯爽と現れるとは。まさに忠犬」

男「へ?」

女生徒「私もお前を犬にした甲斐があったと言うものだ」

男「ちょっと待て、待ってください、待ちやがれ」

女生徒「…五七五?」

男「そんな事はどうでもいい。犬って何だ?初対面だと思うんだけど」

女生徒「まさか、本気で言っているのか?」

男「いや、嘘を言っても仕方ないだろ。もしかしてオレ、何か【忘れ】てる?」

女生徒「私の事を…私の事を覚えていないのか!?お前の飼い主だろう!」

男「そんな趣味は無いんだけど…」

女生徒「二人で契りを交わした!主従の契りを!それを忘れてしまったと言うのか!?」

男(女生徒はオレの肩口をつかみ、ぐらぐらと揺さぶる)

男(その瞳にじわりと浮かぶのは涙)

男(とてもじゃないが、彼女が嘘をついているとはオレには思えなかった)



308:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/10(金) 18:35:14.95 ID:gEjlHmXZo

女生徒「本当に…何も覚えていないのか?」

男「すまないけど。それがオレの障害なんだ」

女生徒「犬になりたくないが為に嘘をついているのではないだろうな?」

男「それは、無い。本当に、申し訳ないと思ってるんだ」

女生徒「私の名前も、顔も、声も、昨日二人で行(おこな)ったことも、総て覚えていないのか!?」

男「……昨日?」

女生徒「そう、昨日だ。お前と私は昨日二人で――」

男「ちょっと待った。昨日の事ならオレも思い出したいと思ってたんだよ!記憶が曖昧で」

女生徒「!?」

男「まずは名前だ。名前を教えてほしい」

男(問いながら、スマートフォンを取り出す。日記を確認するためだ)

女生徒「睦。睦 紅兎だ」

男「ムツ…ミ…ベ……ニト?って…あぁぁぁぁぁぁっ!!」



309:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/10(金) 18:35:48.34 ID:gEjlHmXZo

男(思い出した。何もかも。【忘れたことば】は【ムツミベニト】だった)

男(彼女がどうして飼い主を名乗るのか)

男(昨日の夜に何があったのか)

男(初対面の時と口調が違うのはどうしてか)

男(全部思い出してしまった)

男(また変人に関わってしまった、と言う感情と一緒に)



310:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/10(金) 18:41:52.92 ID:gEjlHmXZo

女生徒「もしかして、思い出したのか!?」

男「…」

女生徒「どうした。何か言え!」

男「あー。えーっと」

男「オレは昨日宇宙人に攫われて記憶捜査をされたみたいで君の事はさっぱり覚えてないな」

女生徒「ほぉう?そうか。躾のなっていない犬には罰が必要だな?」

男「おい、止めろ。コンパスを取り出して何をするつもりだ!?ソレは円を描く以外に使っちゃいけないモノだぞ!?」

女生徒「今、お前は嘘を言っただろう?ならば罰を受けねばならない」

男「ど、どうして嘘だと思うんだよ」

女生徒「さぁ、な。どう言う訳か、私には人の嘘が分かる。昨日話しただろう?」

男「………………あぁ!もう畜生!分かったよ」

女生徒「分かったとは、何がだ?」

男「とっとと教室に行くぞ。……オジョーサマ」

嬢(=女生徒)「ふふんっ。それでいいのだ。後、そうだ」

男「ん、どうした?」

嬢「助けてくれて、ありがとう。困っていたのだ」

男「あぁ、そんな事。どうってことないさ」

嬢「つまり、これからもいつでもどこでも何をしていても、犬は私を助けてくれるという事なのかっ?」

男「無茶言うな!そして犬って呼ぶな!周りの視線が刺さるように痛いんだよっ!犬とか飼い主とか大声で連呼しやがって!」



311:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/10(金) 18:42:28.15 ID:gEjlHmXZo

男(事件の捜査は進んでいる。だが、どんどん厄介な交友関係が増えているような気がするのは気のせいだろうか)

男(飼い主を名乗る少女、睦紅兎と並んで教室へ向かいながらオレは、昨日の夜の事を思い返していた)

男(睦紅兎と協力して行った【犯罪】の事を)











320:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/12(日) 00:34:48.17 ID:WufEInvto

■七月十一日 午後七時四十分
■天海家自宅 リビング

男「――ってコトは、死亡推定時刻は十四時から十五時で間違いなし?」

兄「間違いないけど、危ない真似をするなら僕は全力で慶二を止めるよ?」

男「ちょっとした確認だよ」

男(そう。ちょっとした確認だ。この情報から分かることが一つ)

男(【梶原の死んだ十四時から、オレが居眠りから目覚めた十五時ごろのアリバイが無い女子。その中にオレを襲った犯人がいる】と言う事だ)

男「無理なんかしない。大丈夫だって」

兄「それなら良いんだけど。慶二はその場の感情で動く時があるから心配だよ」

男「心配しすぎ。ところで、警察は?容疑者自殺まで重なってるんだぜ?」

兄「知り合いの刑事に話してみたけど、笑われたよ。過保護すぎだって」

男「…畜生。他人から見ればオレの命が狙われてる事なんて妄想にしか過ぎないって事かよ」

兄「もしかしたら、過保護と笑われたのは僕のせいかもしれない」

男「どう言う事さ?」

兄「今まで会う度に僕の弟と妹がどれだけ素敵で可愛いかを一時間以上語ってたから…」

男「どう考えても兄貴のせいだよ畜生!過保護すぎる兄の妄言って言われても仕方ねぇよソレは!」



321:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/12(日) 00:36:30.46 ID:WufEInvto

■七月十一日 午後八時四十分
■私立平坂高校 裏門

明々と照らされる表門と違い、平坂高校の裏門はひっそりと静まり返っていた。

平坂高校はその名の如く、なだらかな坂の上に立つ学校である。

駅から徒歩で二十分以上のアクセスの悪さと長い長い坂の上と言う立地環境のせいで、周囲にマンションなどの住宅は少ない。

国道沿いの表門付近は明かりも車も多いのだが、裏門は真逆。

車も通らず、人も通らず、ぽつり、ぽつりと立ち並ぶ街灯の明かりだけが頼りなく辺りを照らしている。

その明かりの中に、一つの人影が揺れていた。

影の正体は天海慶二。

彼は――





家を抜け出し――












――学校に忍び込もうとしていた。



322:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/12(日) 00:37:33.55 ID:WufEInvto

男「ビビってんじゃねぇぞ。オレ」

手を組み、気合を入れる。

彼が行うと決めた【犯罪】。それは【泥棒」。

失敗すれば、冗談で済まないのは彼自身分かっている。

だが、やらなければならなかった。これ以上、彼の大切な人たちを傷つけさせないためにも。

男「うし、やるぞ!」

敷地を覆う柵をよじ登ろうと手を伸ばす。

その時だった。

???「何をやると言うのかしら?」

後ろからの声。慌てて振り返る慶二。

男「アンタは…ッ!」

彼の後ろに立っていたのは、同級生。

腰まで届く金髪をなびかせ。

この世界に思い通りにならないものはない、と言うほどの傲慢さを隠そうともせず。

背筋をぴしりと伸ばし、慶二を見据えている。

隣のクラスの少女。

睦紅兎だった。



323:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/12(日) 00:38:46.78 ID:WufEInvto

男「睦…さん?どうしてこんな所に?」

男(な、なななな何でこんな時間に生徒が!?)

男(学校に忍び込もうとしているのがバレたら一巻の終わりだ)

男(いや、待て、焦るな。焦ったら駄目だ。オレはまだ何もしていない)

男(どうにか誤魔化すんだ。今ならそれもできるはず)

女生徒「どうして、は私のセリフだと思うの。あなた、まさか…学校に泥棒にでも入ろうとしているのではないでしょうね?」

男「!?」

男(ハナから疑われてたァァァァァァ!!!)

女生徒「あぁら、どうしたの。突然噴き出したりして。まさか、図星なの?」

男(しまった!!いきなり冷静さを失ってしまったッッ!!)

男「…そんな訳無いだろ。忘れ物したんで、警備員に頼んで通してもらおうとしてたのさ」

女生徒「嘘ね」

男「即答!?何でそう思うんだよ!」

女生徒「右手の目出し帽は、何?」

男「あ」

男(あ、じゃねぇよ!どうするんだよオレ!)

女生徒「それに、変なゴム手袋まで付けて…。医療用?指紋でも隠したいのかしら?」

男(終わった…。残念、オレの人生はここで終わってしまった)



324:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/12(日) 00:41:30.11 ID:WufEInvto

女生徒「見知った顔が不審な動きでうろついてるのを見て、尾けてきたの」

男「…そんなに不審だったの、オレ」

女生徒「不審も不審。怪しすぎて通報も考えたくらいよ」

男「…サイテーだ」

女生徒「それに、例え今、あなたが変な物を持っていなかったとしても、私は嘘と断定していたわ」

男「と、言うと?」

女生徒「信じなくても良いけれど、私には人の嘘が分かるの」

男「超能力者かよ」

女生徒「そんな大層な物では無いわ。顔色、表情、声の調子、要は経験かしらね。父の仕事のお陰で色んな人と関わる機会があったから自然に身に着いただけ」

男「で、オレをどうするつもりなの?警察に引き渡すのか?」

女生徒「さぁ?何も考えていないわ。だってあなた、まだ何もしていないじゃない」

男「確かにそうだけど」

女生徒「けれど、どうして学校に?定期試験はもう終わっているし、何を盗もうとしていたのかしら?」

男「睦さんには無関係な事だよ」

女生徒「そう。なら聞かないわ。どうやら留置所に宿泊したいみたいだし」

男「ふざけんな!言わなきゃ通報って、脅迫じゃねぇかっ!それにまだオレは何もしてない!」

女生徒「確かに何もしていない。だけど、その姿を警察が見てどう思うか考えてみた方が良いわ」

男「…あー、もう。分かった。話すよ!話せばいいんだろ!」

女生徒「ふふんっ。分かってくれて嬉しいわ」

男「どうしてオレの身の周りには好奇心が服着て歩いてるような奴らしかいないんだよ畜生」



325:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/12(日) 00:43:30.47 ID:WufEInvto

女生徒「――狙われてるから捜査している?昨日も言っていたけれど、本気で思っているのかしら?」

男「シャレや冗談で不法侵入しようとは思わないだろ」

女生徒「確かに…そうね。でも、狙われているからと言って、どうして泥棒をするの?」

男「あー。どうしても説明しないと駄目なのか?」

女生徒「強要はしないわ。警察のお世話になりたいなら別だけれど」

男「思いっ切り強要だよ。ちょっと長くなるけど?」

女生徒「構わないわ」

男「今、オレは【アリバイの無い女生徒を探している】」

男「けど、平坂高校の生徒は三千人。さらに教師や出入りの業者もいる訳だからその中から絞り込むだなんて無理だろ?」

女生徒「しかも、一か月も前の事だから当時の状況を覚えている人も少ないでしょうしね」

男「そう。人数も問題だけど、普通人間は一か月も前の事なんて覚えちゃいない」

男「だけど、【記憶】ではなく【記録】なら?」

女生徒「記録?」

男「首吊り死体が発見された翌日の話だけど、プリントが何枚か配られたのは覚えてる?」

女生徒「えぇ。覚えているわ。犯人捜しに使われそうな質問だったと記憶しているけれど、それが何か?」

男「その中には【十四時から十六時半の間、あなたは誰と、何をしていましたか?覚えている限りの詳細を記入してください】、と書かれた物があったんだよ」

女生徒「言われてみれば…あったような。よく覚えているわね」

男「障害以外の部分での記憶力には自信があるんだ。自分で言うのもアレだけど、並外れてると思う」

女生徒「なるほど。記憶力と頭の良さは直結しないと言う事ね。泥棒する前に見つかるくらいだもの」

男「うるせー…。頭が堅いのは自覚してるんだよ」

男「話を戻すぜ。【記憶】は曖昧でも【記録】は絶対。オレは今、その【記録】を手に入れようとしている」

女生徒「学校にある記録?けど、質問のプリントがどこにあるか分からないでしょう?それに、既に破棄されていたり、警察に保管されているかもしれないわ」

男「プリントそのものは学校には無いだろ。間違いなく」

女生徒「なら、どうするの?」

男「紙は無くても、情報を纏めたデータはあるはずなんだ」

女生徒「データ?」

男「そう。――データだ」



334:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/12(日) 07:59:28.54 ID:V7JF73zeo

男「学校で事件が起きたんだ。保護者やら生徒やらマスコミやら、文科省?に説明や報告が必要だろ?」

女生徒「そうでしょうね。保護者説明会や、記者会見などで一週間程は大騒ぎだったもの」

男「だったら、プリントは証拠として警察に提出したかもしれないけど、学校は学校で色々調べたり情報を纏めたりしているはずだろ?」

女生徒「なるほど。納得だわ。だけど、その【データ】はどこから持ち出すつもりなの?職員室だけでも数十台のPCがあるでしょう?」

男「簡単だよ。何台PCがあろうと関係ない。警察と連絡を取ったり、記者会見に出た人間なんて数人しかいないんだから。狙いはソイツのPCさ」

女生徒「…あっ」

男「分かったか?」

女生徒「校長室に忍び込むつもり?」

男「ビンゴ。そのつもりだったんだけど、見つかったからな。他の手段を探すさ」

女生徒「どうしてそこまでして調べようとするの?警察に頼ればいいでしょう?」

男「頼ったけど話も聞いてもらえなかった。それに――」



女生徒「それに?」







男「――他にも…理由がある」



326:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/12(日) 00:47:43.01 ID:WufEInvto

女生徒「理由…?」

男「ダチが傷つけられたんだ。女の子だ。睦さんも見ただろ?」

女生徒「えぇ。酷い怪我だったわね」

男「そこまでされたんだ。許せると思うか?」

女生徒「…」

男「ここで黙ってたら、男じゃねぇ」

男「周りには【無理はしない】だとか【警察が動けるだけの小さな証拠を見つけるだけ】なんて言ってるけど……本心は違う」

男「オレは、この手で犯人を見つける。見つけて落し前を付けさせてやる」

男「オレの後輩を傷つけた事を後悔するくらい追い詰めて、ブン殴って、ズタズタにして警察に突き出してやりてぇんだよ」

女生徒「野蛮ね」

男「野蛮で結構。だけど…人間にはどうしても譲れない一線があるんだよ。犯人は、ソレを踏んじまった」

女生徒「あなたの手に縄が回るかもしれないわよ?」

男「関係無いな。理性や理屈じゃ無いんだ。倫理やルールなんかで縛る事は出来ない、人としての根っこに関わる問題なんだ」

男「犯人は、何の罪も無い後輩を傷つけた」

男「親でも見放したオレの側にいてくれた。そんな気の良い奴が――大切なダチが傷つけられたんだよ!」

男「ここで何もしなかったら、オレはアイツのダチでいる資格が、無い」

女生徒「男のプライドや生き方、と言う物なのかしら?」

男「さぁな。まぁ、分かって貰おうとは思っちゃいないよ」

女生徒「けれど、嫌いではないわ。手伝っても構わないのだけど?」

男「まぁ、普通はそう言うだろ。特に睦さんのようなお嬢様っぽいのは…って、え?」

女生徒「耳がおかしいのかしら?」

女生徒「あなたの不法侵入を手伝っても良いと言ったの」



327:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/12(日) 00:50:07.56 ID:WufEInvto

男「いや、ちょっと待って。何でだよ?睦さんには何のメリットも無いだろ」

女生徒「【理性や理屈ではない】。あなたの言葉よ」

女生徒「あなたは、他人の為に自分が傷つこうとしている。そんな人を見て見ぬ振りをしたら、私は睦紅兎を名乗る資格は無い。誇り高い両親から貰った名前を名乗る資格が無いもの」

男「意味分かんねぇよ…」

女生徒「分かって貰おうとは思っていないわ。これもあなたの言葉」

男「…まぁ、気持ちは有難いけど、何を手伝うって言うんだ?忍び込むなら一人のほうが勝手が良いし」

女生徒「ふふんっ。あなたの想像も出来ないような手段を私は持っているの」

男「想像もできない手段?」

女生徒「警備員は、私の従兄よ。しかも、よく警備室でお喋りをするくらい仲の良い」

男「もしかして…」

             その
女生徒「もともと【お喋りする】つもりで来てたもの」

男「それでオレが見つかった訳か…。深夜徘徊の上、行き先が夜の学校とは、とんだお嬢様だ」

女生徒「まだ九時過ぎ。深夜には程遠いわ。それに、褒めても何も出ないわよ?」

男「一欠片たりとも褒めてないっての…」



328:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/12(日) 00:50:49.03 ID:WufEInvto

女生徒「私が従兄とお喋りをして引き付ける。カメラの位置も知らせる。トイレに立つふりをして校長室のカギを渡す」

男「出来るのか?」

女生徒「従兄も、その仕事仲間も私の事は完全に信用しているもの。目玉焼きを作るより容易な事かしら」

男「…とんだお嬢様だよ。マジで」

女生徒「ふふんっ。けれど、一つだけ、条件があるの」

男「条件…?」



女生徒「あなた」






女生徒「私の犬になりなさい」



男「…」

男「………」

男「………………………」

男「…………………………………………………………………………………はい?」



329:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/12(日) 00:52:35.52 ID:WufEInvto

男「アナタ ニホンゴ ワカリマスカ?」

女生徒「失礼ね。確かにお父様はロシア人だけれど…」

男「じゃあオレの脳が日本語を忘れてしまったのか?今、変な言葉を聞いた気がするんだけど」

女生徒「犬になりなさいって言ったの」

男「…意味が分からねぇ」

女生徒「だってあなた、恋人は作らない主義なのでしょう?」

男「それと犬に何の関係があるんだよ」

女生徒「ただの友達なら忘れられたらそれまで。だけど私が飼い主になれば、あなたが私の事を忘れても私は飼い主として貴女の面倒をみる義務がある。繋がりを持てる」

男「分かるような分からないような理屈だなオイ…」

女生徒「分かりやすく言えば、【あなたは稀に見る変わり者だから仲良くなりたい】と言うだけよ」

男「睦さんも十分変わってるっての」

女生徒「ちなみに、断るようなら通報するわ」

男「ちょっと待て!?」

女生徒「後、十秒以内にペットになるか決めなくても通報よ」

男「待てと言っているッ!」

女生徒「お断りよ。もう四秒経ったわ」

男「ふざけんなっ!オレに拒否権がどこにも無ぇじゃねぇかっ!」

女生徒「八秒」

男「分かった!分かったよ!犬にでも何でもなるから通報だけは勘弁してくれ!オレにはやらなきゃならない事があるんだよっ!」

女生徒「ふふんっ。契約成立、だな。交渉した甲斐があったというものだ」



330:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/12(日) 00:54:26.75 ID:WufEInvto

男「交渉とは言わない。脅迫って言うんだよソレは…」

女生徒「おや?私は脅迫などした記憶は無いぞ?」

男「そのセリフを本気で言ってたら天性のドSだよ。って、口調が変わってないか?」

女生徒「父が言葉遣いにうるさいからな。家族の前以外では猫を被っている。海外暮らしが長かったせいか、意識して女の子の言葉を使うのはどうも苦手なのだ」

男「被れてねぇっ!薄皮一枚被って無いわっ!口調を上品にしたくらいでアンタの高飛車さと毒は一滴たりとも薄まったりしねぇよッ!」

女生徒「私の祖父はロシア人だが、祖母の母国はイギリスだ。イギリスではペットは家族同然。だから口調は素に戻すことにしたのだ」

男「オレの話は完全無視かっ!何様だよ!?」

女生徒「お嬢様に決まっているだろう?」

男「…」

女生徒「では、まずはメールアドレスの交換だ。連携を取らねばならないからな。私の事は【お嬢様】か【紅兎】と呼ぶがいい」

男「…あぁ!もう。分かったよ分かりましたよ!オジョーサマ!」

嬢(=女生徒)「ふふんっ。それでいいのだ」



331:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/12(日) 00:59:11.32 ID:WufEInvto

男(こうして、オレと睦紅兎の共同作戦が始まることになった)

男(自分の意思で侵入すると決めたはずなのに、気づけばまた妙な事に巻き込まれている)

男(呪いのようなものを感じざるを得なかったが、気にしてはいられない)

男(黒崎絢葉を傷つけた報いを犯人に受けさせるため、そして風間祈衣を守るためになら悪魔にでも魂を売ると決めたのだから)






336:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/12(日) 22:40:44.85 ID:aBNctIsdo

■校長室前 廊下。

嬢「受け取れ。カギだ」

男「マジで持ってきやがった」

嬢「私を誰だと思っている。睦紅兎だぞ」

男「だから意味分かんねぇっての…。とにかく、サンキュ」(鍵を開ける)

嬢「開けたらすぐに返すように。頃合いを見計らって私が施錠する」

男「オーケー。解錠完了。じゃあ、行ってくる」(鍵を返す)

嬢「ふふんっ。これから先はお前一人だ。私は手助けしない」

男「大丈夫だって。捕まっても睦さんの事はゲロったりしないさ」

嬢「睦さんではない。【お嬢様】か【紅兎】と呼べと言っただろう」

男「…会って二日で呼び捨ては抵抗があるんだよ」

嬢「なら、お嬢様だな?」

男「もっと抵抗あるっての。まぁいいや。じゃあ、行ってきますよ、オジョーサマ。これでいいか?」

嬢「ふふんっ。ならばこの言葉を贈ろう」

嬢「【Удачи(ウダーチ)】…!」

男(幸運を、か。オレにそんなモノがあるとは思えないけど、頑張りますか)






337:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/12(日) 22:41:38.69 ID:aBNctIsdo

■七月十二日 午後十時十分
■平坂高校第一校舎二階 校長室

男(あっけないほど簡単に。拍子抜けするほど問題無く校長室に忍び込めた)

男(光源の全く無い室内。スマートフォンを取り出し、ライト代わりにする)

男(懐中電灯も持ってきていたが、明かりが強すぎて見つかってしまうかもしれないので鞄に突っ込んだままだ)

男「お、パソコン発見」

男(だが、電源は入れない。代わりに、鞄からドライバーを取り出す)

男(どうせパソコンにはロックが懸かっているだろう)

男(風間あたりなら【探偵の基本よ!】などと言いながら解除しかねないが、生憎オレにそんな技術は無い)

男(だが、ロックが解除できなくてもデータは盗めるのだ)










338:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/12(日) 22:42:46.39 ID:aBNctIsdo

■午後九時十分(一時間前)
■平坂高校 裏門付近

嬢「データを盗むと言う事は分かった。しかし、方法はどうする?」

嬢「パソコンにはロックが懸かっているはず。お前に解除できるのか?」

男「まさか。オレは普通の男子高校生だぜ?」

嬢「ならば、どうする?パソコンそのものを盗むのか?」

男「ソレこそまさかだろ。あんな重い物持って家に帰れるかよ。ハードディスクだけ盗めば簡単だろうけど、モノが無くなれば間違いなく警察が本気を出すだろうしな」

嬢「すると、何か秘策があるのだな?」

男「校長室のパソコンを起動させず、データだけ盗む方法があるんだよ」

嬢「ふむ、興味深い事を。早く言え」

男「実際に鞄の中身を見てもらった方が早いな」

嬢「ノートパソコンに、プラスドライバー、それに…コレは何だ?箱?」

男「秘密兵器さ」



339:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/12(日) 22:43:42.86 ID:aBNctIsdo

嬢「秘密兵器?」

男「そう、コレは……【HDD(ハードディスク)ケースぅ】」

嬢「青いタヌキは不要だ。早く説明しろ」

男「…泣くぞ畜生。まぁいいさ。パソコンのデータはどこに記憶されているかは分かるよな?」

嬢「当たり前だ。ハードディスクだろう?」

男「そう。そして、このケースの中にデスクトップPCのHDDを入れると、外付けHDDとして認識される」

嬢「ふむ?」

男「んで、このケースをオレのノートPCに接続してデータを全部頂く。後は校長室のPCにHDDを戻して脱出。データを調べるのは家に帰ってからすればいい」

嬢「…なるほど」

男「こうすれば潜入がバレない限り、データを盗んだことも分からない。完全犯罪の達成、ってヤツだよ」

嬢「Хорошо(ハラショー)! お前は犬ではなく空き巣にでもなったほうがいいのではないのか?」

男「そもそも犬じゃねぇよっ!」










340:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/12(日) 22:46:15.13 ID:aBNctIsdo

■午後十時三十五分
■平坂高校 校長室

男「うし、転送完了」

男(ケーブルを引っこ抜いて…あとは分解(バラ)したPCを元に戻すだけ、と)

男(意外と簡単だったな。睦さんのお陰だな)

男(よし、組立完了…って、メール…?)

【From 睦紅兎
 警備員が電力異常に気付いた。一人向かっている、すぐに逃げろ!】



341:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/12(日) 22:46:56.07 ID:aBNctIsdo

男(迂闊だった)

男(HDDケースを使うためには電源を刺さなきゃいけなかったとは言え、まさか電気を使うと警備室に情報が行くとは考えてもいなかった)

男(どうする。どうすればいい…。警備室は校長室の真下。逃げようにも間違いなく警備員とハチ合わす)

男(ノートパソコンだけ窓から放り投げるか…?いや、無意味だ。回収できないし、そもそもブッ壊れてしまう)

男(駄目だ!逃げ道が無い。どうする…どうすればいい…!!)

男(荷物を抱えたままプロの警備員から逃げ出せるとは思えない)

男(焦りで思考が纏まらない。汗が滲み出し、手が震える)

男(将棋で言えば間違いなく、【詰み】。)

男(いわゆる絶体絶命の状況。オレにはこの状況を打破する術など持ち合わせてはいなかった)






345:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/13(月) 21:12:31.61 ID:K1xarT4No

■九時三十分 校長室前廊下

男「ここで待ってればいいんだな」

嬢「ふふんっ。任せるがいい」

男「戻ってきたときは警備員と一緒でした。何てのは止めてくれよ?」

嬢「ふむ…。それは面白そうだな」

男「すいません止めてくださいお願いします」

嬢「ふふ。素直な方が可愛いぞ」

男「年上なんだけどな…一応」



346:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/13(月) 21:15:41.36 ID:K1xarT4No

嬢「そう言えば、事故で…。すまない」

男「謝る程の事でも無いさ。ダブりは気にしてないし、知られたくない秘密って訳でもないしな。世の中には『ダブった。死にたい』何て奴もいるみたいだけど」

嬢「秘密…死にたい…」

男「?」

嬢「…ちょっと、いいか?」



347:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/13(月) 21:16:10.67 ID:K1xarT4No

男「どうしたんだ?急に」

嬢「お前には、【死んだ方がマシだ!】と思った事や、【知られるくらいなら死を選ぶ!】と言った秘密はあるか?」

男「よく分からない質問だな。生憎、死にたいなんて思った事は無いな。知られたら失踪したくなるような秘密はあるけど。それがどうした?」

嬢「そう、か。何でも無い。では、行ってくる」

男「変な奴だな。あと、一つだけいいか?」

嬢「何だ?」

男「一応、オレのほうが年上なんだから【お前】は止めてくれないか?」

嬢「ふむ…。犬としての自覚が足りないようだが道理ではあるな。分かった」

男「分かってくれたか」

嬢「明日までに名前を考えておこう。飼い主として責任重大だな」

男「違ぇっ!既に名前はあるから!天海慶二だから!行くな!走るな!逃げるな!」

嬢(小声で叫ぶとは器用な男だな)







348:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/13(月) 21:17:31.15 ID:K1xarT4No

男(妙な事を思い出しちまったな)

男(確かに、ここで捕まるくらいなら死んだ方がマシかも…)

コツ…ン……コツ…ン。

男(!?)

男(足音が聞こえる。気配を押し殺した、足音が)

男(身を隠してやりすごすか…?いや、カギが開いてるんだ。探されるに決まってる)

男(駄目だ…もう駄目だ…諦めるしか……)





がしゃん。





男(何だ!?)





がしゃがしゃがしゃん!





男(窓の…割れる音!?それも、少し遠い。校舎の反対側か!?)



349:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/13(月) 21:18:21.93 ID:K1xarT4No

ジリリリリリリリリリリリリ!!!!


男(警報…?チャンスだ。偶然なんかじゃない。誰かがオレを助けようとしてくれている)

男(睦さん…?いや、彼女は警備室にいるはずだ。なら一体誰が…)

男(考えてる場合じゃない。今は、動かないと…。逃げないと!)

タッタッタッタッタ………

男(足音が遠くなっていく。音の方に向かったんだな。よし、今のうちに)




■踊り場

男(…駄目だ。下から走ってくる足音。もう一人の警備員がこっちに向かってるんだ)

男(三階まで上がってやり過ごすか?いや、駄目だ。警察や警備会社の応援が来たら逃げれなくなる)

男(どうする…)

男(どうする…)

男(……って、違う!【どうする】、じゃない!お前は決めたんだろ!?天海慶二!)

男(オレの身はどうなっても、黒川絢葉と風間祈衣を守り抜くって)

男(だったら答えは一つしかないだろ)

男(警備員に捕まる事無く、盗んだデータを失う事無く逃げだす方法)

男(それは――)



350:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/13(月) 21:20:36.94 ID:K1xarT4No

慶二は踵(きびす)を返し、階段を駆け上がる。

二階に到着。そのまま真っ直ぐに進み窓を開ける。

窓から地面を見下ろす。五メートルと言ったところだろう。

だが、暗闇と緊張感のせいで彼にとっての五メートルは数十メートルにも見えた。

足音がもう間近に迫っている。

迷っている暇はない。

窓枠をに手を掛け、レールに足を乗せる。

目は閉じない。万が一にも怪我をする訳にはいかないからだ。

――恐怖を乗り越えろ。

――たかだか五メートルなんだ。

弱い自分に言い聞かせるように。

――ここで捕まったら、誰も守れない。

――誰かを守るのに、こんな事でビビってられないんだ。

大切な者を守ると言う覚悟を確かめるように。

――捕まるくらいなら死んだ方がマシ?違うだろ。

流される事を善しとする臆病な心を吹き飛ばすように。

――死ぬくらいなら飛び降りた方が万倍マシなんだよ!

彼は、窓から足を踏み出した。



351:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/13(月) 21:24:41.18 ID:K1xarT4No

男「…ぐっ!」

男(全身のバネを総動員)

男(爪先から足首、膝、股関節に腰。関節という関節をアブソーバーにして耐える)

男「ッ…痛ぇッッ!!」

男(痛い。だが、痛いだけだ。折れてもいない。捻ってもいない。無傷そのものだった)

男「早く…逃げねぇと」

男(痛みを堪え、走りだす。警備員がすぐにでもオレの姿に気づくかもしれないのだ)

男「駅まで…駅まで逃げれれば…!」




???「その必要はないよ」




男「――誰だ!?」



352:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/13(月) 21:25:38.57 ID:K1xarT4No

???「嫌だな。もしかしてまた【忘れ】ちゃったのかな?僕の声を」

男「お前は…」

男(オレは、この声を知っている)

男(含みを持たせた気取った口調)

男(中二病全開のセリフ回し)

男(女子高生なのに【僕】)

男(忘れるわけが無い。忘れようにも忘れられない)

男(オレを助けた誰かの正体…それは……!)

男「黒川(クロ)!!」

後輩「迎えに来たよ、天海先輩」



353:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/13(月) 21:26:06.38 ID:K1xarT4No

男(オレの目の前に現れた経緯不明の助け舟)

男(それは、数日前怪我を負った)

男(そして、オレが守ろうとしている者の一人)

男(黒川絢葉だった)



364:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/15(水) 19:54:11.08 ID:q3JsIUmZo

男「何でこんなところに!?」

後輩「話は後だよ。さぁ乗って」

男「馬鹿野郎っ。さぁ乗って、じゃねぇだろっ!見つかったら捕まるっての」

男(バイクの二人乗りが許されるのは、免許を取得してから一年以上)

男(十六歳のクロがその条件を満たしている訳が無い。だから)

男「だから、オレが運転する。万が一にも捕まる訳にはいかないんだ」

後輩「さすが僕の天海先輩。惚れ直しちゃうね」

男「…いつからお前のモノになったんだよ」



365:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/15(水) 19:56:39.32 ID:q3JsIUmZo

男(学校を出て、そのままクロの家まで向かう)

男(その間、ちょっとしたお色気イベントや、睦紅兎から来た心配の電話、電話を発端にした二人のバトルなどがあったが、冗長なので割愛する)

男(その後、クロを家まで送り届け、少しだけ今日の事を聞いた)

男(探偵にスト―キング兼ボディガードをさせていた事)

男(探偵から連絡を受け、学校に忍び込もうとしている事を知った事)

男(失敗すると思い、すぐにバイクで駆け付けた事)

男(警備員が校長室に向かっていたので、気を逸らすために窓ガラスに投石した事)

男(色々とツッコみたい事はあったが、彼女のお陰でどうにか無事に逃げだす事が出来たのだった)






366:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/15(水) 20:03:35.62 ID:q3JsIUmZo

■黒川邸 前

         こんなこと
後輩「どうして、不法侵入を?」

男「…」

男(言えるかよ。お前を傷つけた奴をブッ飛ばす為だなんて)

男「…」

後輩「助けたんだから、聞く権利くらいあっても良いと思うんだけどな」

男「うぐ…」

後輩「いいさいいさ。天海先輩がそう言う人だったとしても、僕は尽くすよ。例えボロ雑巾のように使い捨てられたとしても」

男「人聞きの悪い事を言うなよ!」

後輩「じゃあ、説明してくれる?」

男「……」

男「…色々整理したい事があるんだ。明日の放課後、部活の時に話す」

後輩「うん、分かった。約束だよ」

男「…」

男「…」

男「…オレも帰るか。電車無くなっちまう」




男(こうして、オレの【犯罪】は無事に終わり、帰路に着いたのだった)











367:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/15(水) 20:09:00.30 ID:q3JsIUmZo

■七月十二日 午前八時十八分
■私立平坂高校 廊下

男「……」

嬢「どうしたの?急に黙り込んで。変な物を拾い食いでもしたのかしら?」

男「いや、ちょっと、な…って、喋り方が」

嬢「学校だもの。素の私ではいられないわ。それくらい考えなさい。犬なのだから」

男「喋り方は変わっても、声のトーンも性格の悪さも変わって無いだろ…」

嬢「それで、何を考えていたの?」

男「何でも無いさ。気にしないでくれ」

嬢「あら…そう」

男(帰宅後、オレは盗んだデータを調べた)

男(予想通りその中には、俺が求めていた情報がたっぷりと詰まっていた)

男(教育委員会や警察とのメール記録(ログ)。死体遺棄事件における重要な証言のピックアップ)

男(オレはほぼ徹夜で、データの中から犯人の情報を絞り込んで行った)

男(結論から言おう。容疑者の絞り込みはできた)

男(アリバイの無い女生徒は意外と少なく、片手で数えれる程度だったのだ)

男(考えてみれば当然だ。女子と言うのは、基本的に集団で行動する)

男(その中で一人で行動していた生徒と言うのはどうしても目立ってしまうのだろう)

男「なぁ、睦さん」

嬢「【お嬢様】。いい加減覚えなさい」

男「…やっぱり、何でもない」

嬢「ふむ。それでは、また会いましょう。今日は…その。誰もが見て見ぬふりの中、助けてもらって嬉しかったわ」

男「え?何か言ったか?聞いてなかった」

嬢「…ばか犬」



368:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/15(水) 20:11:03.64 ID:q3JsIUmZo

男(教室の前で少し考え込む)

男「まさか、な」

男(口に出して否定してはみるが、オレの中で一つの感情がくすぶっていた)

男(感情の名前は)



男(【疑念】)



369:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/15(水) 20:15:16.32 ID:q3JsIUmZo

男(この日、学校は侵入した何者かの事で大騒ぎだった)

男(警備員からしたら睦紅兎は無関係だと思われているだろうし、実質的には何も盗まれていないのだから彼女に捜査の手が伸びる事は無いだろう)

男(おそらく、学校もタチの悪いイタズラ程度にしか考えていないはずだ)

男(日中に警察が来たという話も聞かなかったし、オレの計画は成功したと言える)

男(完全犯罪には程遠いが、オレは完全な泥棒に成功したのだ)

男(そして、時間は放課後、黒川絢葉との約束の時間に進む)



370:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/15(水) 20:21:30.16 ID:q3JsIUmZo

■七月十二日 放課後
■平坂高校 音楽室

後輩「それじゃあ、説明してもらおうか」

女「くぅちゃんから聞いたわよ?無茶苦茶やらかしたんですってね。学校だって大騒ぎじゃない!」

男「…うぐ。お前ら二人がかりかよ」

女「でも、どうしたのよ。面倒事が大嫌いなケージが夜中の学校に不法侵入だなんて…もしかして」

男「あぁ。風間には言ったよな」

後輩「どう言う、こと?」

男「【犯人を絞り込むための手段は考えてある】って話だ」※>>279参照

女「…まさか」

男「そう、その手段が学校への泥棒って事さ」

後輩「…君は、一体何をしようとしているの?」

男「お前を怪我させた、そしてオレを狙ってる犯人探しだよ」

後輩「もしかして、僕の為に?」

男「ン、ンな訳無ぇだろ!勝手に言ってろ」



371:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/15(水) 20:24:05.48 ID:q3JsIUmZo



男(昨日の夜に起きた事を二人に伝える)

男(クロには黙っているつもりだったが、結局全て話す事になってしまった)

男(オレを狙う犯人が死体遺棄事件に関わっているであろうと予測している事)

男(死体遺棄事件周辺のアリバイの無い女生徒を探す為、学校に忍び込んだ事)

男(妙な同級生と関わり合いを持ってしまった事。協力と引き換えにソイツがオレの事をペット扱いしだした事)

男(警備員に見つかりそうになったが、クロのお陰で逃げだせた事)

男(そして、盗んだデータをもとに犯人を絞り込んだ事を)





372:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/15(水) 20:26:15.06 ID:q3JsIUmZo

女「だからって泥棒する…?フツー」

後輩「あ、天海先輩は時々、僕から見ても突飛だと思う行動をとるね」

男「放っとけ」

女「それで、犯人は分かったの?」

男「分かった、と言っても絞り込んだくらいだな。とりあえず四人」

女「その人たちの周辺に気を付けていればいいって訳ね」

後輩「僕ももう無関係じゃないんだ。教えてもらうよ」

男「確かに…自衛の意味でも、お前らは知っておいた方が良いな」

男(そう言い、オレはスマートフォンを取り出し、【日記】の一部分を二人にメールで送った)

男「【忘れ】ても大丈夫なようにケータイに纏めてたんだ。コイツを見ながら話を聞いてほしい」

女「おっけー」

後輩「了解だよ」

男「まず……一人目」



373:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/15(水) 20:29:26.78 ID:q3JsIUmZo

男「一人目はうちのクラスの降川優希(フルカワユキ)。コイツは学校を休んでいたらしい」

女「家族は共働き、唯一の兄は大学に行ってる、か。確かに怪しいわね」

男「次も三年。A組…隣のクラスの石松彗絵(イシマツヒロエ)。と言っても、球技大会は三年生のみで行われてるから、自然と三年ばかりになるんだけどな。
  まぁ、その事は置いておいて、実はこの女、逮捕された奴らと一緒にいたところが目撃されている」

女「…え?」

男「風間には話したけど、【オレを襲った犯人は警察にマークされていたかもしれない】んだよ。想像でしかないけど」

後輩「まさか、その条件だと」

男「そう。石松は逮捕された容疑者と一緒にいた。そして、事件当時のアリバイも無い。体調を崩してトイレに行っていたらしい」

女「警察にマークされる要素は十分ってわけね」

男「続いて一年の中島朱美(ナカジマアケミ)。まぁ、コイツは除外していいんじゃないかと思う。被害者・加害者との接点もゼロだし、もともと一人で行動することが多いみたいだ」

後輩「…悪魔でも召喚しそうな名前だね」

男「お前が何を言ってるのかさっぱり分からない。で、最後の一人」


男「……ソイツは」



男「……ソイツは、二人とも知っている人物だ」



374:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/15(水) 20:39:52.93 ID:q3JsIUmZo

男「ソイツは被害者、加害者と同じクラスで、事件の前後十五分程度だが、不自然に姿を消した」

女「…」

男「ソイツは、事件を調べるオレに不自然に接触し、オレの飼い主を自称し管理下に置こうとした」

後輩「…」

男「ソイツが接触してきたのはオレが学校に潜入しようとした時。そして、ソイツは警備員と面識があった」

男「さらに、だ。ソイツは、植木鉢の事件が起きた現場の近くにいた」

後輩「僕、分かっちゃった…」

女「アタシも…」

男「だろうな。クロに至っては命の恩人でさえある」

女「でも、まさか」

男「オレの邪推であってほしいと思うさ。だが可能性は、ほんのわずかだが……ゼロじゃない」

男「最後の四人目の容疑者」






男「それは」








男「睦 ―――紅兎。三年A組の生徒だ」






第六話 「オレと飼い主と潜入捜査」 終






381:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/15(水) 21:41:51.25 ID:q3JsIUmZo

■番外編 オレと飼い主と中二病

■バイク運転中

男「なぁ、クロォ!」

後輩「どうしたの?」

男(声を届かせるために、クロがフルフェイスのヘルメットを密着させてくる)

男(ヘルメットを密着させるという事は、つまり体を寄せてくると言う事で)

男(気恥かしいやら何やらで運転への集中が乱れそうになる。何故なら――)

むに。

男(アレが当たってるんだよ。間違いなく当たってる!意外と大きいクロのアレが間違いなく当たってるんだって!)

男(このままでは事故で死ぬか、脳の血管が切れて死ぬかの二択)

男(オレは学校からも大分離れたと自分に言い聞かせ、道路脇にバイクを停めることにしたのだった)



382:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/15(水) 21:48:16.13 ID:q3JsIUmZo

男「どうしてお前、あんなところにいたんだ」

後輩「僕は、君の事なら何でも知ってるんだよ。そう、天海先輩の全てをね。フフフ」

男「どう見てもストーカーだよ畜生」

後輩「大丈夫。君を尾けてたのは僕じゃ無くて僕が雇った探偵さ」

男「何が大丈夫なんだ!?と言うか探偵頼みかよっ!無茶苦茶じゃねぇかオイ!」

後輩「この物騒なご時世に、女子高生が夜中に独り歩き出来るわけ無いじゃないか」

男「どうしてこんな所だけ常識的なんだ!?」

後輩「それに、探偵を付けたのは君のボディガードと言う意味でもあるんだよ」

男「ボディ…ガード?」

後輩「狙われてるのは天海先輩って聞いたから」

男「クロ…」

後輩「君のためなら何でもする。何でもできるから。だから助けに行ったんだ」

男「…はぁ」

男(コイツらを守るために危険を冒したってのに、当の守るべき本人に助けられてちゃ世話無いぜ、全く)

後輩「それと、ちょっと聞きたいんだけどいいかな?」

男「どうした…って、ちょっと待ってくれ。電話だ」

男(液晶に表示されている名前は…【睦紅兎】、か)

男「もしもし?」



383:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/15(水) 21:49:31.21 ID:q3JsIUmZo

嬢『ほぅ。無事だったのか。意外だな』

男「まぁ、な。思わぬ助っ人が来てくれたんだ。そっちはどうなってるんだ?」

嬢『ふふんっ。私を誰だと思っている。警察や警備員の応援が来る前に帰された。怪しまれてはいない』

男「まぁ、女子高生と一緒に仕事中にダベってました。なんて事がバレたら洒落にならないだろうしな」

嬢『で、目的は遂げれたのか?』

男「あぁ。睦さんのお陰だ」

嬢『睦さん、では無いだろう?』

男「…知り合いが一緒にいるんだ。勘弁してくれ」

後輩(じろじろ)

嬢『駄目だ。お前は私の犬なのだからな』

後輩「誰?そう言えばさっき金髪の女の人と…もしかして」

嬢「犬なら犬らしくちゃんとお嬢様か、紅兎と――」

後輩「代わって!」

男(ひったくられた!?)



384:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/15(水) 21:50:21.37 ID:q3JsIUmZo

後輩「僕の先輩を犬、ってどういう事さ!先輩は僕のモノなんだから!君の犬なんかじゃないんだからね!」

嬢『ふむ…』コホン

嬢『あなたが私の犬を助けてくれたのね。飼い主として礼を言うわ』

後輩「だから先輩は犬なんかじゃ…」

嬢『事実よ。ちゃんと契約したもの』

後輩「契約…?まさか、古の時代に闇に封印された暗黒の…」

男「やかましいわ!返せ!」

後輩「ふぎゅう…」

男「あぁ、後輩が済まなかった。とりあえず、今日はありがとな」

嬢『ふふんっ。また明日、だな』

男(ふぅ。どうにか無事に電話を終えれそうだ)

嬢『明日、彼女が言っていた【私のモノ】と言う言葉について詳しく聞かせてもらおうか』

男「え?」

嬢『当然だろう。お前は私の犬なのだ。それなのに他の女のモノだなんて…』

男「ま、また明日な!」

プチッ。

男「危機は去った」

後輩「…そうだね」

男「!?」

後輩「教えてほしいなぁ。彼女が誰なのか。飼い主ってどう言うことかなぁ?」

男(ピンチ。危機。危険。絶体絶命。)

男(校長室に警備員が来ると知った時より、オレの精神は今、絶望の淵に立たされていたのだった)



番外編 おわり。






390:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/17(金) 17:55:23.86 ID:57bmhlh0o

彼は後悔していた。

「ンじゃワレェ!ガキがナマ言っとっと、ちくらしちゃアけんのォ!!」

「何なのですかあなたは。お子様が生意気な事を言っていると暴力を行使しますよ、と言ってるみたいだね」

「お嬢のご友人と聞いちゃあいたが、こんな生意気な青ビョウタンだとは我慢できねぇ!」

「【僕】の恋人だと聞いてはいましたが、こんなにも生意気で弱そうな男だとは思いませんでした。我慢できません、と言ってるみたいだね」

頭を抱える。

何故、こうなったのだろう。

何故、自分はここにいるのだろう。

何故、自分は生きているのだろう。

何故、地球に人類は生まれたのだろう。

何故、宇宙は膨張を続けるのだろう。

彼の頭を考えても答えの出ない疑問ばかりが巡る。

「…ここは一体どこなんだ」

「探偵事務所よ」

「絶対嘘だァァァァァァァァァァァァァ!!」

壁にかけてある日本刀を指さし、叫ぶ。

あっさりと応える幼馴染と、この状況でも平然としている後輩を恨みながら、彼はここに来た経緯を思い返していた。






391:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/17(金) 17:56:09.00 ID:57bmhlh0o




第七話 「オレと探偵と容疑者達」









392:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/17(金) 17:58:43.95 ID:57bmhlh0o

■七月十二日 放課後
■平坂高校音楽室

女「けど、確かに睦さんは怪しいわね」

男「そうなんだよな…。オレの飼い主だとか言ってるけど、どうしてそんな事を言うのか意味が分からないんだよ。今まで全く接点が無かったんだぜ」

後輩「恋は盲目…だよ?」

男「やかましいわ。一応、確認するけど睦さんとは今まで全く面識が無かったよな?」

女「えぇ。ケージが【忘れ】ている訳でも何でも無く、今まで睦さんとの関わりは無かったわ」

男「と、なるとやっぱり不自然なんだよな。オレが学校に忍び込もうとした時に限ってどうして裏門にいたのか」

後輩「警備員とお喋りする為だとしても、天海先輩が来た時間に都合よくいるのはおかしい、よね」

女「監視・コントロールするために飼い主を名乗り、泥棒を失敗させるために警備員に密告した」

後輩「だから警察や警備会社にも追及されなかった、とも考えられるよね。通報者なんだから」

男「あまり考えたくないな、そのスジは」

女「駄目よ。捜査の基本はあらゆる可能性を考える事なんだから」

男「…いつからお前は探偵から刑事にクラスチェンジしたんだよ」

女「実は先週ダーマ神殿に」

男「やかましいっ!せめてレベル20まで上げてから言え、この偽探偵!」



393:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/17(金) 18:03:39.33 ID:57bmhlh0o

女「次に怪しいのは…」

後輩「3―Aの石松さんだね」

男「そうだな。被害者や加害者と一緒にいてアリバイが無かった。オレの想像である【警察にマークされていた】と言う推理と一致する」

女「睦さんもそうだけど、被害者と同じクラスって言う接点があるのよね」

男「その点から言って、怪しいのはコイツと…」

女「睦さん…ね」

男「……そうだ」



394:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/17(金) 18:04:08.37 ID:57bmhlh0o

後輩「この降川さんって人はどうなのかな?」

男「お前、知ってるか?ウチのクラスだけど」

女「んー。あんまり喋らないかも」

男「珍しいな。誰とでもすぐに仲良くなるお前なのにな」

女「掴みどころが無い子でさー。会話の調子が狂うっていうか、苦手なのよ」

男「それこそ珍しいな。チッ。降川に関しては情報無し、か」

女「とりあえず、置いておきましょうか」

男「…仕方ねぇな」



395:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/17(金) 18:08:42.64 ID:57bmhlh0o

女「何を言ってるの?」

男「え、お前が探偵ごっこで捜査するって言ってるんじゃないのか?」

女「まさか。アタシだって命は惜しいもん。そんなことするわけ無いじゃない。ケージほど無謀じゃありませーん」

男「畜生。すげぇムカつく」

後輩「風間先輩が言う探偵と言うのは…多分」

女「うふっ。そう、くぅちゃんが想像してる通り!」

男「だから何なんだよ…」

女「蛇の道は蛇。捜査技術が不足してれば、捜査技術を持っている人に頼ればいい。つまり――プロの探偵を雇うのよ!」

男「…」

男「…」

男「…」

男「…」

男「他人任せかよ!?」



396:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/17(金) 18:15:06.03 ID:57bmhlh0o

後輩「けど…そうだね。色んな意味で探偵と言うのは良いかもしれないよ」

男「色んな意味って、どう言う事だ?」

後輩「探偵と言うのは、調査の他にボディガードをする人たちもいるんだ」

男「ふむ」

後輩「天海先輩の命が狙われている以上、事件が解決するまでのボディガードは必要だと思うな」

女「そうね。いくらケージがケンカ慣れしてるって言っても限界があるしね」

男「確かに。不意打ちならともかく、マトモにやればチンピラ三人にも勝てないだろうしな」

後輩「そう。天海先輩は人間だもの。僕にとってはヒーローだけど、まだ超人では無い。早く真の力に覚醒(めざ)めてほしいけどね。フフフ」

男「お前の世界にオレを取り込もうとするな!絶対にソッチには行かねぇぞ!?ジャンルを超能力学園バトルには絶対にしないからな!」

後輩「ちぇっ。まぁ、それはともかく、僕や風間先輩も襲われる危険があるよね。だから探偵は雇った方がいいと思う」

女「くぅちゃんも、もう探偵団の一員だもんねー?」

男「お前…命の危険もあるってのにどうしてそんなに楽しそうなんだよ」



397:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/17(金) 18:18:33.91 ID:57bmhlh0o

男「しかし、どうするんだ?探偵を雇う金なんて。そもそもどれ位必要なのか分かんねぇし」

女「ケージの自由になるお金ってどれくらい?」

男「…五千円」

女「勝った!五千五百円!」

後輩「ちなみに、今回のようなケースだと一日百万円ちょっとかな」

男「何でだよ!?無理に決まってるだろうが!テキトーな嘘をぶっこくな!この中二病!」

後輩「…フフフ。無知と言うのは怖いね」

女「あー、嘘でも冗談でも無いわよ。多分」

後輩「二十四時間の張り込みだよ?僕たちが三人。容疑者が四人。八時間の三交代として、単純計算で二十一人。それだけのプロを雇うんだから、ね」

男「マジならなおさら無理だろ…。そんな額払えるかよ」

後輩「払えるよ。僕ならね」

男「…は?」

後輩「払える、って言ったんだ。僕は君の…ううん、先輩たちの為なら何でもするんだから」



398:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/17(金) 18:28:17.17 ID:57bmhlh0o

男「いや、お前が高校生の割には妙に金を持ってるのは知ってるが、いくらなんでも無理だろ」

後輩「どうしてそう思うの?」

男「だって、一日百万だろ?一週間だとしても七百万だ。どう考えても無理じゃねぇか」

後輩「フフフ。天海先輩は常識に囚われ過ぎさ。僕の能力(チカラ)をもってすればその位簡単なのさ」

男「チカラ…って、またお前は…。まぁいいや、話だけでも聞こうか」

後輩「僕を溺愛する父が探偵社も経営してるんだ。その僕の命が危険と知れば、下っ端探偵の十人や二十人格安で働いてくれるのさ」

男「それは能力(チカラ)じゃなくて権力(チカラ)だろうがっ!大人の現実にがっかりだよ畜生!」

女「サラリーマンって辛いわねー」

男「お前はお前でドライすぎだ…。だけど、そこまでしてもらう訳にはいかないだろ」

後輩「どうして?」

男「お前や風間のボディガードだけならまだしも、調査まで頼むとなったら普通は一日百万。そんなに世話になる訳にはいかないっての」

後輩「むー。どうしても、かな?」

男「どうしても、だ」

女「男のプライド、って奴?」

男「チッ。そんなモンじゃねぇよ」

後輩「…」

後輩「……それで」

後輩「………それで死んだらどうするつもり?」



399:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/17(金) 18:31:11.95 ID:57bmhlh0o

男「…」

後輩「死ぬは言いすぎだったけど、大好きな君が傷つくのは我慢できないよ」

男「…」

後輩「君は、僕や風間先輩の為に無茶をしたよね。学校に侵入だなんて、失敗すれば退学だもん」

男「別に、お前らの為じゃない。オレの命が危ないから仕方なく――」

後輩「僕達は知ってるよ。襲われてるのが天海先輩一人なら、立ち向かう事は出来なくとも、逃げたりやり過ごしたりすることはできる事を」

男「…チッ」

後輩「逃げる事が出来るなら、犯人が尻尾を出すまで逃げ続ければ良いだけだもの。警察にもコネがあるんだし、難しい事じゃないはずだ」

後輩「だけど、君は逃げるどころか積極的に犯人を追おうとした」

女「そうよ。厄介事や面倒事が何よりも嫌いなくせに」

後輩「それは何故か。簡単な事さ」

後輩「風間先輩も巻き添えを食らうかもしれないから」

後輩「そう。僕のように、ね」



400:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/17(金) 18:39:13.67 ID:57bmhlh0o

男「…ダチが傷つけられるのを見て黙ってられるかよ」

後輩「そう言う妙に一本気なところ、好きだよ」

女「ねぇ」

女「ケージがアタシ達を守ろうとしてるのは分かるの」

後輩「だけど、少しだけ僕たちを誤解している」

女「ケージがアタシ達を守りたいように」

後輩「僕たちも、天海先輩を守りたいんだ」

女「だから、アタシはケージに協力するって言った」

後輩「僕だって協力したい。お願いだから一人で何でもやろうとしないで欲しい」

女「もっと自分を大事にしようよ。ケージにもしもの事があったら、みっちゃんやお兄さんだって悲しんじゃうよ」

男「…お前ら」

後輩「僕だってもう無関係じゃないんだ。天海先輩が拒否しても、勝手に動いちゃうよ?」

女「同じくアタシも。友達いないケージと違って、噂話や情報集めは得意なんだから。だから、もっと」



後輩「僕たちを」
女「アタシ達を」


後輩「頼ってほしい」
女「頼ってほしいの」


二人『ね?』



401:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/17(金) 18:40:23.11 ID:57bmhlh0o

男「……」

男「……はぁ。何を言っても無駄だな、これは」

男「オレはお前らにケガして欲しく無かった。傷つくことに耐えれなかった」

男「だけど、お前らも同じ気持ちだったんだよな」

後輩「…うん」

男「オレの独り善がりだったよ」

男(オレはこいつらを守るためならどんな手段でも取ると決意した)

男(そう、どんな手段でもだ。これ以上巻き込みたくないなんてつまらないプライドなど捨てよう)

男(既に、巻き込んでいるんだ。危険に晒してるんだ。傷を負わせてるんだ)

男(今、最も安全で確実な手段、それはプロに依頼する事。だから)

男「だから、頼む。クロの力を――」

男「そして、風間の力を――」

男「オレに、貸してくれ」



402:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/17(金) 18:41:15.63 ID:57bmhlh0o



男(こうして、オレ達はクロの親父さんが経営すると言う探偵事務所に行く事になった)

男(親父さんは探偵では無く、あくまでも経営者と言う事なので同席はしないらしく、少しだけ安堵する)

男(オレのせいで娘に怪我をさせたと言っても過言ではないのだ)

男(正直、合わせる顔が無かった)

男(だが、その安堵は間違いだったのだ)

男(オレ達が向かう探偵事務所。そこは常識を超えた魔窟だったのだから)








403:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/17(金) 18:44:50.01 ID:57bmhlh0o

■幕間 犯人の独白


天海慶二に目撃された。

【忘れ】た事以外に関して並外れた記憶力を持つ彼。

そんな彼を消せば全てが上手くいく。

私の犯罪は全て闇に葬る事が出来る

そう思っていた。

だが、違った。違ったのだ。

彼自身は取るに足らない存在。

一人の力では何も調べる事も出来ず。

理不尽な暴力に対して逃げることしかできない。ちっぽけな人間なのだから。

危険なのは彼の周りにいる女。

幅広い交友関係を持ち、平坂高校の喋るニュースペーパーとも呼ばれる風間祈衣。

高校生離れした資金力を背景に天海慶二を守る黒川絢葉。

この二人がいる限り、遠くない将来私にたどりつくのは間違いないだろう。

だから、決めた。私が決めた。

彼女たちには【退場】してもらう、と。








411:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/18(土) 20:45:13.06 ID:w0r4slIzo

■七月十二日 午後六時
■黒川探偵事務所

男(たどり着いたのは五階建てのビルにある小奇麗な事務所)

男(二十人以上も所員を抱えてるとは思えなかったが、クロが言うには横のつながりでどうにでもなるらしい)

受付「お待たせいたしました。御嬢さん。奥へどうぞ」

男(御嬢さん…?)

後輩「ごめんね。我儘言って」

受付「いいんでさぁ。気にしないで下せぇ」

男(さぁ?せぇ?)

男「じゃあ、お邪魔しま……す!?」

男(【所長室】のプレートが貼られたドアをくぐると、そこは異世界だった)

男(黒川組と書かれた提灯、いかつい顔をしたオッサンの写真。壁にかけられた日本刀。神棚)

男(テレビやマンガで見る【ヤクザの事務所】そのものだったのだ)

所長「黒川探偵事務所所長。葛城恭和(ヤスカズ)です。どうぞ座ってください。ご学友さん」

男(慇懃な態度の所長。だが、そのやたら人相の悪い顔には、オレに対しての敵意と悪意しか感じられなかった)



412:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/18(土) 20:46:46.77 ID:w0r4slIzo

男「ヤ」

女「ヤ?」

男「ヤ」

後輩「や?」

男(ヤクザじゃねぇかァァァァァァァァァァァァァ!!)

男「ヤッパリ、ナンデモナイ」

後輩「変な天海先輩だね」

女「ケージはいつも変よ?」

男(オレはこんなヤバい立場の子に言い寄られてたのかよ!?)

後輩「父はいろんな会社を経営してるんだ。で、ヤスは…何だっけ、写生?」

所長「舎弟です。御嬢さん」

男(色んな会社ってアレだろ!?表通りは歩けないアレだろ!?思いっきり舎弟って言ってるじゃねぇかっ!)

所長「ところで…」

バタン!

男(ドアが開いた!?殴りこみ!?殴りこみなのか!?誰が狙われてるんだ!?)

所員「おんどりゃああああああああああああああ!!」

男「オレかよおォォォォォォォォォ!!!」



413:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/18(土) 20:54:42.07 ID:w0r4slIzo

ガクガクユサユサ

男「ななな何すか!?いきなり掴みかかって!?」

所員A「キサマがお嬢を!お嬢をォォォォォォォォォォ!!!」

男(殺される殺される殺される殺される!!)

男「落ち着いてくださいよ!何なんですかマジで!」

所員A「オラァ!とぼけとっと血ィ見るぞボケェ!!!」

男「何だよ!?何言ってるか分かんねぇよっ!」

後輩「こら!とぼけていると暴力を振るいますよ。と言ってるみたいだね」

男「既に振るわれてるよ畜生!」

所員A「ンじゃワレェ!ガキがナマ言っとっと、ちくらしちゃアけんのォ!!」

ガンッ!!

男(壁に穴が開いた!?)

後輩「何なのですかあなたは。お子様が生意気な事を言っていると更なる暴力を行使しますよ、と言ってるみたいだね」

所員A「お嬢のご友人と聞いちゃあいたが、こんな生意気な青ビョウタンだとは我慢できねぇ!ぼてくりまわしちゃる!!」

後輩「【僕】の恋人だと聞いてはいましたが、こんなにも生意気で弱そうな男だとは思いませんでした。我慢できません。非常に強力な暴力を行使します。と言ってるみたいだね」

男「微妙に嘘を交えるなっ!そして何なんだよその翻訳はっ!」

後輩「社員さんたち、普段は優しいけどちょっとだけ血の気が多くて、興奮すると方言が出ちゃうんだ」

男「方言!?方言なのかコレ!?」

女「まぁ、すぐ慣れるわよ。ちなみに大分方言が混じってるわね」

男「慣れたくねぇよ!って、マジで方言なのか!?」



414:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/18(土) 20:56:01.03 ID:w0r4slIzo

所員A「せせかましいわっ!オドレだけは絶対に…」

所長「黙らんかボケェェェェェェェェェェェ!!!」

所員A(ビクッ)

所長「ワシらはもうカタギじゃろうが。何もかも暴力でカタつけてどうすンだァ?オイ」

所員A「すいませんカシラぁ」

所長「所長と呼べ。所長と。それと…」

所員A「ハ、ハイ!」

所長「お嬢の客人に何カマしてくれてんだァ?オイ!」

ゴキッ!

所員A「す、すいませんカシラぁ」

所長「カシラじゃねぇだろうがオラァ!あぁ?三下の分際でボケた事抜かしてんじゃねぇぞ?アァ?」

ベキ!グシャ!メキィッ!

所員A「スイマセンスイマセンスイマセンスイマセン」



415:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/18(土) 20:58:05.74 ID:w0r4slIzo

              / ̄ ̄\    ガッ
            /  _ノ 、_ \ |
       |     |   ( ●)(●) |
     |i  ドカッ |    (__人__) 
     |i|      |     ` ⌒´ノ
            |        }     |
     li|   _   ヽ        }     i| ゴッ
    l「` ̄"´   ´⌒\、    ノ、  |i
    |  ヽ__、_ \   ,   ̄ ` ´  ̄⌒ヘー│-ォ、 |
    |  ,イ   ̄.、`ヽ/        ヽ/      〉i|
  | |  l     ゝ  ゝ /⌒`ヽ /イ  ̄゛ト  /
  |i l  ゝ、    ト  ||i/     イ |   /ゝ /
    ト ヤ メ    |  | / ト     |/   くヽニイト
    ゛ ̄     | l|i/  ゝ     |l   `ヽイ   ・.…
            | /   |   |  | ::   .;
           //   i|   i|  | |       .・¨
      ゲシッ   /イ     |i |  |  i i| :’ l´゛^´l :;
          /      | |i  | ||   <ィ'  / .
          |   ;. ノ| |   ||i| |i  |゛  | i| ”
          \_ _,ィ´ ノ||il |  ||| |  |  | l  〟
              `ー、 i|| | |i  ||i|ii|  “ |  | i|;,.¨



416:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/18(土) 21:00:33.97 ID:w0r4slIzo

所長「スイマセンで済んだらなァ…ヤクザはいらねぇんだよっ!」

ゲシッ!!

女「あれがヤクザキック…初めて見たわ!」

後輩「失礼な…ウチの社員をヤクザと一緒にしないで欲しいな」

所長「死ね!死ね!死ねボケがァァァァァ!!!!」

バキ!バキ!バキィィィィィィ!!!

男「灰皿でブン殴った!?」

後輩「素手は自分の手を痛めるからね。ヤスの腕っぷしはすごいんだよ」

男「……いつからこのスレはヤクザSSになったんでしょうか」

女「錯乱してワケ分かんないこと言ってるわね…」

後輩「最初はみんなそうなんだよね。どうしてかな」

男「誰だってそう言うだろ。常識的に考えて。常識的に考えて」ブツブツ



417:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/18(土) 21:03:41.47 ID:w0r4slIzo

所長「失礼しました。ちょっと取り乱してしまいまして」

男「取り乱したってレベルじゃねーぞ…」

所長「しかし、彼の気持ちも分かるのですよ。大恩あるオヤジの娘を…貴様のような馬の骨に…馬の骨にィィィィィィィ!!!」

男「ストップゥゥゥゥゥゥゥ!!!日本刀は止めて!死ぬ!死ぬから!」

所長「こいつぁ、ポン刀じゃねぇよ。ドスだ…ワシがドス抜いたら誰かが死ぬまでたぎりがが収まらんのじゃァァァァァァァ!!!!」
           ブラッド・ダガー
後輩「さすが人呼んで【暗黒血刀のヤス】。二つ名に恥じないね」

女「彼が伝説の【ブラッド・ダガー】。手の震えが止まらないわ」

男「何が人呼んでだっ!そのセンスはどう考えてもお前が付けたんだろうが畜生ッ!どうしてこうなったァァァァァァ!!!!」



418:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/18(土) 21:04:57.37 ID:w0r4slIzo

後輩「もう!ヤス、落ち着いて?」

所長「…申し訳ありません」

男「助かった…。と言うかクロってヤクザの娘さんなのか?」

後輩「うぅん。父は普通の投資家だよ」

所長「オヤジは組がツブれ、腐っていた私達を鍛えなおしてカタギの道に導いてくれた恩人なんですよ」

男「ツブれたって…抗争、とか?」

所長「空から光が降ってきて…本家がペタンコに…」

所員A「空が…落ちてくる」

男「潰れたって文字通りかよ!?」



419:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/18(土) 21:05:31.67 ID:w0r4slIzo

男「空から光って、この日本でそんな事あるワケ無いだろ」

後輩「目撃証言によると、その時間空飛ぶ幼女が目撃されたらしいよ」

所員A「…ワシは見たんじゃ。空飛ぶ幼女の腕から光が伸びるのを」

所長「もう何も言わんでいい。ワシらはカタギになったんじゃ」

男「いや、そんな超能力者いたら見てみたいわ…。アンタらクロの中二病の影響受けすぎだろ」

所長「それはともかく、依頼の話ですね」

男「切り替え早ぇなオイ」

所長「本当は、自分の娘のように可愛がっているお嬢を食らうハイエナをブチ殺したいだけどよォ」

男「…おい、クロ。お前は身内にどんな妄想を垂れ流してるんだよ」

後輩「普段学校であった事した喋って無いよ?」

女「部活の事とか?」

後輩「うん。あと、二人きりで異次元に存在する【魔性】と戦った話とか、カードに封印された能力を使って二人きりでサバイバルをした話とか」

所長「キサマァァァァァァ!!!そんな事までェェェェェェェ!!!うらやまけしからねぇぇぇぇぇ!!!」

男「アンタもそんなフィクションを信じるなァァァァァァァァァァァァァ!!!!」

女「収拾つくのかしらコレ…」



423:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/21(火) 16:26:42.96 ID:46ey7brFo

五分後

所長「テメェ…なかなかやるじゃねぇか。ワシとスデゴロして五分も立ってられるとはな」ムキズ!

男「もう立ってらねぇよ…クソッタレ」ボロボロ

所長「ほら。手ェ貸してやる。座れや」サッ

男「…」グイッ

所長「お嬢の話通り、随分と気概のある男だな。だったら話は別だ」

男「…?」

所長「話を聞いてやる…違うな」

所長「――お話を聞かせてください。天海さん」

男「…本気で切り替えの早いオッサンだなオイ」

所長「プロですから」



424:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/21(火) 16:30:10.49 ID:46ey7brFo



男(グダグダとしたやり取りを挟みながら、所長にオレのおかれた状況を説明する)

男(オレの記憶障害、死体遺棄事件の事。数日の間に何度も襲撃された事)

男(探偵に頼んだのは犯人の目星がつくまでのボディガード。そして容疑者四人の素行調査)

男(じっくりと話を聞き、対応を提示する所長。だが、彼の俺に向ける視線は終始射るようなものだった)



所長「しかし、高校生がよくここまで調べ上げた物ですね。全く…無茶をする」

女「褒められてるわよ、ケージ!さすがアタシの一番弟子ね」

男「いつからお前の弟子になった!?」

所長「…何を言ってるんだ。褒めてねぇぞ?」

所長「ガキが無茶苦茶しくさりやがって、と言ってるんだよ」

男「…それは、仕方ない事」

所長「かもしれんけどなぁ。ヘタするとその睦って子と、お嬢までパクられとったかもしれねぇんだぞ?」

男「…!!」

所長「お前が命を狙われてるのは分かる。サツが動かないのも同情する。だけどな…関係ないヤツらまで命の危険に晒すのはどういうことだ?」

男「…」

所長「何様のつもりだ?お前一人で何もかも守れんのか?こんなオッサン一人に殴り勝つ事も出来ないその貧相な体で」

男「…」

所長「今まで上手く行ってたかも知れんけどな、あんまり調子の乗ってると大怪我すんぞ。ソレだけは肝に銘じとけ」

男「…分かりました」

男(正論だ。耳が痛いぜ)

所長「まぁ、ちょっとキツい言い方だったかもしれんけどな、無茶すんなって事だ。後はワシらに任せとけ」

所長「――探偵として、しっかりとした結果を出しますので」






426:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/21(火) 16:38:41.46 ID:46ey7brFo

■七月十二日 午後十時三十分
■天海家自宅 慶二の部屋

女(電話)『アタシは続けるわよ。捜査を』

男「…お前はそう言うと思ったよ」

女『犯人が許せないの。アタシの大事な人たちを傷つけようとしている犯人が』

男「…どうせ止めても何かやらかすつもりなんだろ?」

女『もちろん!」

男「はぁ…」

男「本気でバカだな、お前」

女『えぇ。バカよ。だけどね、アタシはもっと単細胞でバカな子に命を助けてもらってるの』

女『だから、アタシはそのバカが危ない時は助けないといけないの』

男「…助けた本人が【忘れ】てるんだけどな」

女「忘れてても事実よ。大丈夫、ケージみたいに無茶苦茶はしないから。友達から聞いた話を探偵さんに伝えるくらいにしておくわ」

男「…そう、か」

男(風間も、クロもオレの為に出来る事をやろうとしている)

男(ならばオレも守られて待つだけではなく、出来る事をやろう)

男(オレは囚われのお姫様でもなく)

男(籠の中の小鳥でも無いのだから)






429:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/23(木) 00:02:49.18 ID:0F25+mPlo

■七月十三日 午後十二時四十分(昼休み)
■平坂高校 3-B教室

女「会議よ!」

男「帰れよ!」

女「アタシの探偵としての直感が告げてるの。このままじゃ終わらない、と」

男「当たった記憶が無ぇよバカ」

女「根拠ならあるわ!くぅちゃんが来てないもの」

男「アイツ、事件が終わるまでホテルにカンヅメにされるってメール来てたぞ」

女「知ってる」

男「なら言うなよ!」



430:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/23(木) 00:04:39.59 ID:0F25+mPlo

女「あー。アタシもホテル暮らししてみたいー」

男「カンヅメになったまま一生出てこなくていいぞ…って、お前は何でホテルに行かなかったんだ?」

男(クロは探偵の勧めで、用意された隠れ家で保護されているらしい)

男(狙われている本人であるオレがそのままなのは納得いかないのだが…)

男(探偵の話ではオレを餌に襲撃犯を捕まえて尋問する狙いもあると言う)

男(正直堪ったものではなかったが、タダで動いてもらっている以上は何も言えない)

男(まぁ、探偵社の連中はオレを守るのではなく、黒川絢葉の為に動いているのだから当然と言えば当然なのだが)

男(しかし、オレはともかく風間が放置されているのは気になる)

男(オレと一緒に犯人の事を調べているのだから、コイツもオレと同様に危険なはずだ)



431:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/23(木) 00:05:08.54 ID:0F25+mPlo

女「説得したけど親が許してくれなくて…」

男「どんな説得したんだよ」

女「高校生探偵であるアタシの命を、死体遺棄事件の黒幕が狙ってきているので隠れ家のホテルにしばらく潜伏したいって正直に話したのよ?」

男「ダメに決まってるだろ!?どう聞いても妄想だよソレは!」

女「何故か精神科を探してたわ…」

男「当たり前だ…」



432:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/23(木) 00:05:37.24 ID:0F25+mPlo

男「まぁ、狙われてるのはオレだからな。なるべく人通りの多いところを通って、一人にならないようにしろよ」

女「ケージは守ってくれないの?」

男「オレと一緒に出歩く方が逆に危険だろ?」

女「そこは『オレが守ってやる!』って言う所じゃないの?主人公的に」

男「そんな小恥ずかしい事思ってても言えるかよ」

女「…思ってても?」

男「何でもない。で、これからの事だけど」

女「…思ってるの?」

男「その話はもう止めろっ!止めて!止めてください!」



433:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/23(木) 00:06:03.97 ID:0F25+mPlo

女「仕方ないわねー」

男「じゃあ、これからの話だ。お前は何か分かったのか?」

女「少しはね。家族構成とかだけど」

男「ソレって役に立つのか?」

女「さぁ?でも、ケージを襲撃するのに誰かを雇ってた可能性もあるし、人隣は知っておいて損は無いんじゃないの?」

男「確かに、最初のチンピラは三人組だったしな…」



434:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/23(木) 00:08:36.20 ID:0F25+mPlo

女「これが友達伝いに聞いた事よ」

男(そう言って、渡されたメモにはこう書かれていた)

・石松彗絵 両親ともに医者。素行はあまり良く無く、二年生の時にイジメの主犯格だったと言う噂あり。

・降川優希 父親は海外赴任。母親はパート。兄は今年から市内の大学に通う平坂高校の卒業生。

・睦紅兎  ロシア人の父親と日本人の母親を持つ。父親は輸入商で世界中を飛び回っているらしい。今は母親の実家である平坂市に住んでいる。母の実家は剣道道場を営んでいる。

男(このメモから何かが分かるとは思えなかったが、無いよりはましだと思いサイフにしまう)

男「あれ?もう一人の分は?」

女「一年の中島さん?」

男「中島朱美だな」

女「男子でした」

男「は?」

女「男子でした」

男「言い直さなくていい」

女「朱美じゃなくて朱実。男子生徒ね」

男「だから除外……いや、待て」

女「?」

男「そうとも言えない、かもしれないぞ」



435:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/23(木) 00:10:54.66 ID:0F25+mPlo

女「どうして?」

男「睦さんが犯人や共犯者だった場合の事を考えてみろ」

女「彼女が嘘を吐いてる可能性の事を言ってるの?」

男「そうだ。植木鉢を落としたのは男や、睦さん本人である可能性だってあるだろ?」

女「確かに…。自分から容疑を逸らす為に嘘で撹乱する。単純だけど有効よね。だけど、男って言うセンは無いと思うわ」

男「何故だ?」

女「背格好はともかく、性別が違えば、ウソがばれたときに真っ先に自分が疑われるでしょ?」

男「あぁ…」

女「そう言う事。自分の犯罪を隠す為にケージを狙ってるのに、自分を追い詰めるような事をする訳無いもの」

男「なるほどな。例え睦紅兎が犯人だったとしても、証言の『女』は間違いないってことか」

女「うん。これで容疑者は三人。これからどうしよう?」

男「そうだな…一つだけ考えてた事がある」



436:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/23(木) 00:14:01.89 ID:0F25+mPlo

女「考えてた事?」

男「この手を使えばより大きな情報が手に入るかもしれないし、犯人へのけん制になるはずだ」

女「どんな考え?また泥棒?」

男「教室で危険な発言をするな…。聞き込みだよ」

女「聞き込みって、誰に?」

男「犯人だ」

女「………………」

女「……え?」

男(沈黙からの疑問符。鳩が豆鉄砲を食らったような表情)

男(いつもはオレの役目だが、今回ばかりは珍しく風間が浮かべることとなった)



440:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/25(土) 00:00:32.25 ID:mswKVEaMo

男「犯人に直接聞くんだよ。死体遺棄事件の時間と、植木鉢事件の時間に何をやってたかって」

女「それ…危なくない?」

男「学校でやれば直接の危険は無い。それに、警告にもなる」

男「【お前を容疑者として見ている。もし、何かあったら真っ先に疑われるのはお前だぞ?】ってな」

女「逆上して襲撃されたらどうするのよ?」

男「その為のボディガードだろ。尻尾の掴みやすい直接の襲撃なんて願ったりかなったりってヤツだ」

女「言われてみればそうだけど…」

男「証言に嘘や矛盾があれば良し。何も無くても別に失うものは無し。襲撃があっても捕まえれば問題ない」

女「…探偵の人たち、拷問とか尋問に詳しそうだったもんね」

男「オレが匿われないのはそう言う理由からだしな。探偵と協力するのもアリだろ」

女「そうね…。それで、いつから聞き込みを開始するの?」

男「今から」

女「早っ!」

男「遅くなるメリットがどこにもないからな」



441:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/25(土) 00:11:50.65 ID:mswKVEaMo

男(風間は教室から追い払った。別行動、と言うか聞き込みはオレ一人で行う))

男(二人で一緒に聞き込みをすれば、アイツに危険が及ぶ可能性が高くなるからだ)

男(もう手遅れかもしれないが、少しでも可能性は減らしておきたかった)

男(不承不承、ではあるが納得し教室から出て行く風間)

男(入れ違いにリボンの女生徒が教室に入ってきた)

男「丁度いい」

男(リボンの女生徒は降川優希)

男(容疑者の一人なのだ)



442:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/25(土) 00:24:05.37 ID:mswKVEaMo

男「ちょっと良いかな?」

リボンの女生徒「ほへ?…って、天海君だ。珍しいねー。話しかけてくるなんて」

男「ちょっと聞きたい事があってさ。いいかな?降川さん」

リボン「なになに?残念だけど告白ならお断りだよ」

男(…あぁ。何となく風間が苦手な理由が分かった)

男(マイペースだ。遠慮知らずだ。似た者同士だ。こいつら)

男「六月四日の事なんだけど」

男(単刀直入に聞く。まどろっこしいのは嫌いだ)

リボン「六月四日…って。死体遺棄事件の日?」

男「あぁ。警察とか先生とかに話した事を聞かせてほしいんだよ」

男(彼女が警察や担任の事情聴取を受けている事は盗んだデータから把握している)

リボン「別に良いけど…どうして?」

男「あぁ、それはな」

男「君が死体遺棄事件に関わってるんじゃないかと思ってるからなんだ」



443:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/25(土) 00:33:40.70 ID:mswKVEaMo

リボン「へ…?」

男(反応は、薄い)

男(意表を突いてみた。しかし演技かどうかは判断不能。こんな時に自称・嘘の分かる女、睦紅兎がいれば分かるのだろうが)

男(生憎、睦さんは容疑者。アテにはできない)

男「冗談冗談。ちょっと新聞部のダチに頼まれてさ。事件の事を調べてるんだよ」

リボン「…あ」

男「あ?」

リボン「天海君に友達っていたんだ」

男「いるわっ!人を何だと思ってるんだ!?」



444:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/25(土) 00:41:43.15 ID:mswKVEaMo

リボン「探偵ごっこ?」

男「まぁ、そんな所だよ」

リボン「ハンニンは捕まったのに?」

男(当然の疑問。だが穿(うが)った見方をすれば話を逸らそうとしているようにも見える)

男「捕まって時間が経ったから記事にしたいってことだろ。で、色々あってオレが頼まれた」

リボン「色々あって探偵ごっこ…大変だね」

男「まぁ、な」

リボン「それで、何を聞きたいの?友達の作り方?」

男「何でだよ!?何でそこまでしてオレを友達いないキャラにしたがるんだよ!?」

リボン「見たこと無いし…」

男「いるよ!風間に、あと部活の後輩の黒川とか!」

男(…しまった。交友関係の名前を出してしまった)

男(まさか、全て狙って!?)

少女「それだけ?」

男「それだけだよ」

男(これ以上相手に情報を与えるわけにはいかない。嘘でも二人だけと言っておかないと)

リボン「そ、そんな……二人も!?」

男(あぁ、違う。確信した)

男(コイツはオレをおちょくりたいだけだ)



445:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/25(土) 00:43:55.44 ID:mswKVEaMo

リボン「四日の事って言われてもなー。わたし、ずっと寝てたし。容疑者キャラにしたところで面白い事書けないと思うよ?」

男「新聞部のヤツの言う事には、事件に関わったかどうかより、警察がどういう感じで聞き込みとかをするのを知りたいらしくてさ」

リボン「そっか。でも、寝てるあいだに見たテレビとかの話をしただけだよ?」

男「テレビ、か」

男(テレビなら録画でも話は合わせれるからな。アテにはならないな)

リボン「後は…あ、そうだ。宅配便にサインした事を言ったらもう何も聞かれなかったよ」

男「あぁ、なるほど。警察ってそういう所を重視するんだな」

リボン「参考になった?」

男「あぁ、もちろんだ。ありがとう」

男(学校でのアリバイは無かったが、家でのアリバイはあると言う事か)

男(事の審議を調べる方法は無いが、恐らく彼女は嘘を言っていない。間違いなくシロだ)

男「また何か聞くかもしれないけど、その時はよろしくな」

リボン「うん。初めて長話したけど、天海君って変わってるねー」

男「…今日のお前が言うなのコーナーはここですか」

男(オレは再び、風間が『降川の事が苦手』と言っていた理由を噛みしめていたのだった)



446:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/25(土) 00:46:36.13 ID:mswKVEaMo

■放課後

男(降川優希に怪しいところは無かった)

男(そのまま昼休みは終わり、放課後へ)

男(ホームルームが終わり、鞄も持たずにオレは教室を出る)

男(向かう先はA組。隣のクラス)

男(目的は、残った二人の容疑者に聞き込みを行うため)

男(オレの今までの推理が正しければ、残った二人に犯人がいるはずなのだから)



453:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/27(月) 02:06:34.16 ID:aOtSoeMvo

■3-A教室

男「おっす」

嬢「あら、ポチ一号じゃない。どうしたの?私に会いに来たのかしら?」

男「何だポチ一号って」

嬢「あなたの名前。ペットには名前が必要でしょう?」

男「ツッコみたい事は山々あるが一号って何だ一号って」

嬢「…そうね。確かにあなた以外ペットは必要ないし、一号と言うのはおかしいかしら」

男「前々から思ってたけど、睦さんって『かしら』の使い方がどこかおかしいよな」

嬢「使い慣れていないのだから仕方ないだろう…。あと、お嬢様だ」

男「素が出てるぞ。素が…。不自然になるなら止めればいいのに…」



454:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/27(月) 02:07:58.45 ID:aOtSoeMvo

嬢「構わない。もう教室にはほとんど人が残っていないからな」

男(確かに彼女の言う通りだった)

男(A組のホームルームは、オレ達よりだいぶ早く終わっていたらしく、教室に残っている生徒はあまりいない)

嬢「それで、私に用事なのか?」

男(何故か期待の眼差し)

男(…裏切るのも悪いよなぁ)

男「あぁ、うん。睦さんに用があって」

嬢「…嘘だな」

男「!?」

嬢「私を落胆させまいと思ったのか?だが、嘘は駄目だ」

男(不機嫌そうな顔で睨む。どうやら嘘が分かると言うのは冗談ではないらしい)

嬢「私は、嘘だけは嫌いだ。例え自分のペットが私の為に吐いた嘘でも、嫌なんだ」

男「…ごめん。気を付ける」

男(本心からの謝罪。すると不機嫌そうな表情は、瞬く間に微笑へと変わった)

男(意外に単純なのかもしれない)

嬢「分かればいい。それで、A組に何の用だ?」



455:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/27(月) 02:08:33.41 ID:aOtSoeMvo

男「…石松さんって、もういないよな?」

嬢「ほぉう…。飼い主の前で他の女の話とはいい度胸をしているな?」

男「えぇい。辞書を振りかざすな!馬鹿話してる場合じゃねぇんだよ。ちょっと聞きたい事があってさ」

嬢「聞きたい事?」

男「居ないなら後回しでいいさ。睦さんにも聞きたい事があったし」

嬢「…私は二番目なのか」

男「何故悲しそうな顔をする!?」



456:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/27(月) 02:08:59.42 ID:aOtSoeMvo

嬢「お前の探している女なら…そこだ」

男「お、残ってたのか。ありがと!」

男(礼を言い、教室から出ようとする石松彗絵に声をかける)

男「ちょっといいかな?」

陰険そうな女生徒「…何ですか?」

男「少しだけ聞きたい事があって、さ」



457:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/27(月) 02:10:47.39 ID:aOtSoeMvo

陰女「…聞きたい事?」

男「あぁ。六月四日の事を―――」

陰女「…!」

男(石松彗絵の顔が歪む。動揺か、それとも事情聴取で嫌な思いでもしたのか)

男(だが、ここで言葉を止めるわけにはいかない)

男「―――聞かせてほしい。あの死体遺棄事件が起きた時、何をしていたかを」

陰女「…探偵ごっこのつもり?馬鹿みたい。そもそもあなたは誰ですか?」

男(オレを睨みつけ、罵倒する。当然だろう。相手から見ればオレは【敵】か【不審者】のどちらかだ)

男「あぁ、名乗って無かったな。隣のクラスの天海だよ」

陰女「…知ってますよ。有名人ですから」

男(知ってたのに聞いたのかよ)

男「君がその日、被害者達と一緒にいたと聞いてね。話を聞きたいと思ったんだ」

陰女「…っ!」

陰女「…何故それを?」

男(――?)

男(微かな、違和感)

男(ここは驚くところなのか?目撃者がいたと言う事は、知られていてもおかしくないはずだ)

男(それに、警察や教師から事情聴取も受けているだろうし、どうしてオレが知っているだけで驚くんだ?)

男「人から聞いたんだよ。被害者の梶原やすおの死亡推定時刻の直前、君が被害者たちと一緒にいた、ってね」

陰女「…私は無関係」

男(平静に戻った。今のは何だったんだ)

男(そして、何で睦さんは不機嫌そうにオレを見つめてるんだ!?)



458:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/27(月) 02:11:37.75 ID:aOtSoeMvo

男「無関係?だったら話を聞かせてくれてもいいかな?」

陰女「…別に。何が聞きたいんですか?」

男「梶原君達が【ゲーム】をやっている間、何をしてた?」

陰女「…何も。彼らの【ゲーム】は知ってました。だけど、馬鹿馬鹿しくて。体調が悪くなったと言って抜けました」

男「それを証明できる人はいるか?」

男(無駄に高圧的な態度。もちろん故意だ。平静さを失わせ、ボロを出させる事が狙い)

男(交番にいた胸糞悪い警察官の真似をしているだけだが、有効だと思う)

陰女「…」

陰女「…」

陰女「……」

陰女「……いますよ」

男「え?」



459:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/27(月) 02:12:04.74 ID:aOtSoeMvo

男(予想外の答えだった)

男(証明する事が出来ないから事情聴取を受け、マークされたと思っていたのに…)

男(これでは、消去法で睦さんが犯人になってしまう)

男(それとも……まさか)

男(オレの推理が間違っていたのだろうか)

男(石川彗絵にはアリバイがあり、警察にもマークされていなかった)

男(そう言う事なのか…!?)



493:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/29(水) 02:12:46.55 ID:i0R+aS+Ho




男「グループから抜けて、一人で何をしてたんだ?」

陰女「…別に。ケータイいじったり」

男「だ、誰が見てたんだよ。まさか言えないって事はないだろうな?」

陰女「…クラスメイト。椎原さん。私が校舎の陰で携帯をいじってるのを見たと証言してくれました」

女子「―――ちょっと!」

男(石松の言葉に、近くにいた女生徒が会話に割り込んでくる。彼女が椎原だろうか)

女子(椎原)「何で石松さんを疑ってるんですか!?何の権利があってそんな事を言ってるんですか!」

男「オレの勝手だろう?アリバイの証言って…ソレ、本当なのか?脅されたり強要されたりしてるんじゃないんだろうな」

女子「そんな訳無いじゃないですか!私は確かに石松さんを校舎裏で見かけました!」

陰女「…そもそもどうして私に尋問まがいの事を?」

男(確かに無関係な人間から見れば、オレのやっている事は動機不明の言いがかりにしか見えないだろう)

男(女子二人の視線が痛い)

男(そして、何故か後ろから感じる睦さんの視線も痛い。間違いなく不機嫌な表情をしている)

男「ごめん。ちょっと、人から聞いてね。興味があったんだ」

陰女「…人から?」

男「あぁ」



男「石松彗絵が死体遺棄事件に関わってるんじゃないか?ってな」



本当、毎回毎回ミスして申し訳ないです。



461:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/27(月) 02:18:29.10 ID:aOtSoeMvo

男(彼女が犯人であるセンは薄れた。だが、念のため宣言しておく)

男(『オレはお前を疑っているぞ』、と)

椎原「はぁ?」

陰女「…馬鹿みたい。私、帰ります」

男(予想通りの反応。だが構いはしない。石松が黒なら釘が刺せる。白だとしてもオレに不利益はない)

陰女「…後、逮捕された人も『私と一緒に【ゲーム】はしなかった』と証言していますから。それだけです」

男(椎原はオレを睨みつけ、そして石松は振り返りもせず教室から出ていく)

男(二人が教室から出たのを確認し、オレは後ろを振り返った)

男(オレの瞳に映るのはもちろん、睦紅兎)

男(不機嫌そうな彼女をどうやって尋問するか)

男(オレには全く思い浮かばないのであった)



465:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/28(火) 08:09:51.82 ID:P/Jmj/AGo

嬢「何をしていたのだ?」

男「見ての通り聞き込みだよ。成果はさっぱりだけどな」

嬢「聞き込み?とてもじゃないが、人に物を聞く態度には見えなかったぞ」

男「別に、聞いてたわけじゃない。『見て』たんだよ。石松彗絵は容疑者だからな」

嬢「ふむ…!」

男(しまった)

男(睦さんの眼の色が変わった…!)



466:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/28(火) 08:10:29.84 ID:P/Jmj/AGo

男(瞳に映るのは、好奇心)

男(彼女は他人の嘘が分かる癖に、自分の感情を隠すのが下手なように見える)

男(それに、睦さんだって容疑者の一人だ。余計な事は教えてはいけない)

嬢「一体、あれから何が分かったのだ?」

男(やっぱり食いついてきた。どうしたものか)

男(他人を事件には巻き込みたくないので、教えたくない)

男(それにもし、彼女が犯人だった場合…探りを入れられている可能性がある)

男(オレがどこまで知っているのか、どこまで辿り着いたかを知る為に)



467:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/28(火) 08:11:05.96 ID:P/Jmj/AGo

男(嘘で誤魔化そうとしてもバレてしまう)

男(かと言って、真実を言う訳にもいかない)

男(思考しろ。考えろ。想像しろ)

男(オレが言うべき言葉を。そして言ったその先を)

嬢「…どうしたのだ?急に黙って)

男「ちょっと頭の中を整理してたんだよ」

嬢「そうか、ゆっくり整理すると良い。今日は退屈なのでな、時間はたっぷりある」

男(無反応。オレは嘘を言っていない。ただし、整理していたのは事件の事では無く【誤魔化し方】だが)

男(つまり、彼女が反応するのは純粋な【嘘の発言】と言う事か)

男「あれから、データを調べて…アリバイの無い生徒に総当たりしてるところだ」

男(学校に泥棒に入る前に、睦さんには事情も目的もすべて説明してある)

男(本当は話したくなかったのだが、警察を呼ぶことを盾に取られていたのだから仕方なかった)

嬢「アリバイの無い生徒が怪しい、だったな」

男「あぁ。その通りだ」

嬢「ふむ……それで」



嬢「私はどれくらい怪しまれてるのだ?」


男「―――!!」



468:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/28(火) 08:11:46.72 ID:P/Jmj/AGo

男(思えば当然のことだ)

男(彼女はアリバイが無いせいで既に事情聴取を受けている)

男(そして、その事はデータを調べれば分かるのだ)

男(そう。睦紅兎は、オレが彼女を容疑者として見ている事に気づいている)

男(ここは下手に繕っても無意味)

男(――ならば)

男「そう言えば、睦さんは四日に何をしてたんだ?」

嬢「…」(じろり)

男「オジョーサマは、六月の四日。事件があった時間は何をしてたのでしょうか」

嬢「やはり私も容疑者か」

嬢「だが、お前は飼い主を疑ってるのか…?」

男(怒っているような、悲しんでいるような瞳)

男「……疑うさ。現状、唯一アリバイの無い生徒なんだから」

嬢「ふむ。確かにその通りだ」

嬢「そう、私が……犯人だ」

男「…………………」

男「…………………」

男「…………………」

男「…………………」

男「…………………え?」



469:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/28(火) 08:12:12.23 ID:P/Jmj/AGo

嬢「冗談だ。そんな訳無いだろう」

男「殴っていいか?」

嬢「駄目だ。飼い主を疑うとは何と愚かなペットだ」

嬢「不愉快だ。帰らせてもらう」

男(そう言って、彼女は鞄を持ち立ちあがる)

嬢「さらばだ。また会おう」

男「あぁ、じゃあな…」






















男「何て言うとでも思ったか?」

男「―――戻れよ」



470:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/28(火) 08:12:41.27 ID:P/Jmj/AGo

男「どうしてこのタイミングで帰ろうとする?」

男「不自然すぎなんだよ。どうして話が終わっても無いのに帰ろうとするんだ?」

嬢「…さすが私の犬。煙には巻けなかったか」

男(気付けば教室には二人だけになっていた)

男「誤魔化すってのはどう言う事だ。返答次第じゃ、女でも容赦しねぇぞオレは」

男(今、確信した)

男(アリバイのある複数の生徒)

男(植木鉢の落とされたフロアにいた睦紅兎)

男(そして、彼女の不自然な行動の数々)

男(そう…彼女は犯人。でなければ――)

男(――犯人に関係している)



477:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/28(火) 18:36:50.62 ID:IDL2IUoVo

男「不自然…そう。不自然すぎるんだよ。何もかもが」

男「学校に忍び込もうとしていた時、目の前にいたのは睦さんだった」

嬢「…」

男「その睦さんは、植木鉢を落とした犯人を目撃していた」

嬢「…」

男「さらに、今では事件の情報をオレから聞き出そうとしている」

嬢「…」

男「聞き出してどうするつもりだ?嘘を教えて捜査をかく乱するつもりか?」

嬢「…」

男「それとも、オレを油断させて後ろからブスリ、とでもやるつもりか?」

男「生憎だが、オレはそう簡単には殺らせはしねぇぞ」

男「いや、オレだけじゃねぇ……」

男「オレのダチもだ!」

嬢「…」

男「何か言えよ。それとも、何も言えねぇってのか?」

嬢「……ふむ」

嬢「………言いたい事はそれだけか?」

男「…っ!」



478:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/28(火) 18:41:55.72 ID:IDL2IUoVo

嬢「全て偶然だ。今、お前は疑心暗鬼に陥っている」

男「そうかもしれないな。だが、疑うに十分すぎる」

男「答えろ。オレは質問に答えてもらっていない」

男「六月四日、梶原達が【ゲーム】をしていた時間。そして死体を音楽室に移すまでの時間…君は何をしていた?」

嬢「…」

嬢「……一人…教室で本を読んでいた。そうとしか言いようが無い」

男「球技大会の日に一人で?」

嬢「そうだ。いわゆるサボタージュだ。警察にも、教師にもそう言ってある」

男「あぁ、知ってるさ。そして、その発言に信憑性が薄い事も」

男「何故なら、その姿を……誰も見ていないんだからな!」



479:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/28(火) 18:45:46.61 ID:IDL2IUoVo

嬢「私は……無関係だ」

男「犯人は誰もがそう言うんだよ」

男「証拠があっても、言い逃れをしようとする」

男「別に、名指しただけで動機から手段まで何もかもを話すとは思っちゃいねぇよ」

男「だけど…。オレは君を、睦紅兎を疑っている。これだけは宣言しておく」

嬢「……そう、か」

男「悪いが、主従契約は一旦解除だ。じゃあ、またな」

男「次に会う時は、尻尾を掴んだ時かもしれないけどよ」

男(そう言って教室から出る)

男(後は、そう。彼女が犯人だと言う証拠を掴む。それだけだ)



480:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/28(火) 18:48:11.80 ID:IDL2IUoVo



「ここまでは予想通り……」

 なのに、何故こんなに胸が痛いんだろう。

 何故、彼に犯人と呼ばれるのがこんなに苦しいんだろう。

 彼の整った顔が頭に浮かぶ。

 初めて見かけた時の、顔に似合わずやたらと荒っぽい口調。

 美しい顔を焦りに歪め、友人を助けようとしていた時の必死さ。

 友人の為になら犯罪者になる事すら厭わないと言った時の決意の瞳。   

 私の事を【忘れ】てしまったにも拘らず、街の無法者から助けてくれた時の雄々しさ。

「…何故。どうして」

 涙が頬を伝う。

 彼は、私を疑っていると言った。

「なのに…何故まだ『君』と言うのだ!『睦さん』と呼ぶのだ!」

「私を犯人だと思っているのなら『貴様』や『テメェ』て十分だろう!?」

「どうして、『一旦』なんて言葉を使うのだ!」

「私を犯人だと思っているのなら、主従関係など永遠に破棄すればいいだろう!」

「つまり――まだ、信じていると言う事じゃないのか?」

「ふふんっ。とんだお人好しだ。ここまで愚かだとは思わなかった」

 鼻で笑う。笑ってみる。

 だけど、目から溢れるのは涙だけ。
 
 喉から漏れるのは嗚咽だけ。

「嫌だ。嫌だ!嫌われたくない…嫌われたくない!」

 私の心はどうかしてしまったのだろうか。

 目的のためなら手段を選ばない。そう誓ったはずなのに。

 何故、どうしてこうなってしまったのだろうか。





481:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/28(火) 18:49:10.23 ID:IDL2IUoVo





男「――と言う事がありました」

探偵「分かりました。伝えておきます」

男(今話しているのは、オレのボディガードをしている探偵の司馬院さん。ナイフの達人らしい)

男(所長の電話番号は聞いているが、どうせ近くにいるのだからと彼と話す事にした)

探偵「しかし、無茶はしない方が良いですよ。素人の好奇心は怪我を招きますから」

男「タダで何もかもやって貰うのはさすがに心苦しくて」

男(オレの言葉に、彼の表情が変わる。子供を叱るときの、厳しい大人の顔に)

探偵「そう言って、大怪我をした奴を俺は何人も見てきた。あまり無茶はするな。これは大人としての忠告だよ」

男「……返す言葉も無い」



482:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/28(火) 18:58:40.61 ID:IDL2IUoVo

男(司馬院さんと別れ――と言っても陰から見ているのだろうが――帰路につく)

男(胸にあるのはもやもやとした正体不明の感情)

男(風間とクロを守るためならどんな事でもすると決意したはずなのに)

男(もっと尋問していれば決定的な証拠を掴めたかもしれなかったのに)

男(オレにはそれができなかった)

男(睦紅兎を自分の手で犯人として告発する事が出来なかった)

男「――中途半端だな。何もかも」

男(黒川の気持ちにはっきりと白黒つける事が出来ない事も)

男(障害を理由に表面上は人を近付けない事も)

男(あんなにも固く決意したのに…根拠は完璧に固まっているはずなのに、睦さんを完全には犯人と思えない事も)

男(断定しているくせに【疑ってる】なんて曖昧な表現を用いた事も)

男(全てにおいて中途半端だ)

男(これからオレに出来る事。それは)

男(探偵が証拠を掴んだ証拠を持って警察に行く。ただそれだけ。それだけしか出来ない)

男「――何か、卑怯者だな。オレって」






483:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/28(火) 19:01:50.75 ID:IDL2IUoVo





■午後十時二十分 風間祈衣の部屋

「はふぅ…」

 風呂から上がった風間祈衣は、ため息をついた。
 彼女の周りはおおむね平和。襲われる予兆さえ感じられない。

「ボディガードなんて大げさだったかもね」

 ぽつり、と呟く。
 当然と言えば当然なのだろう。
 狙われているのは天海慶二であって彼女では無いのだから。
 
 それでも、念のためカーテンを閉めてからパソコンの電源を入れる。

「さて、始めますかっ」

 パソコンが立ち上がるまでの間、周囲を見回す。
 
 真っ白のシーツが敷かれたベッド。壁に張られたアイドルのポスター。
 本棚には参考書と推理小説。
 そして、部屋の空いた空間に所狭しと並べられたぬいぐるみ。彼女の恋人だった男から贈られたものだ。
 恋人だった男は、UFOキャッチャーが得意だった。

「だけど――ケージは、得意じゃない」

 囁くように放たれた言葉。
 込められた感情は、悲しみと寂寥(せきりょう)感。
 そして、彼女の瞳にうっすらと浮かぶのは、涙。

「…って、センチメンタルに浸ってる場合じゃなかったわ」

 纏わりつく負の感情を打ち消すかのように頭を振る。

「私には、やらなきゃいけない事があるんだから!」



484:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/28(火) 19:04:37.92 ID:IDL2IUoVo

 モニターとの睨めっこ。映っているのは、梶原やすおの遺体。
 事件当時、好奇心から撮影した物だ。

 何か手掛かりになるものは無いかと十分ほど眺めては見るが、何も分かりはしない。

「写真を見ただけで犯人が分かったら苦労しないわよねー…って、独り言多すぎか、アタシ」

 頸椎の折れた男子生徒の首吊り写真を見ながら独り言をつぶやく女子高生。
 家族に見られたら冗談では済まなさそうな話だ。
 それでも眺め続けるが、限界が来る。

「あぁぁぁぁぁ!!やっぱ無理!駄目」

 叫びながらマウスを投げ出す彼女。
 その拍子に画像が梶原やすおの全身図へと切り替わった。

「…確かあの日は球技大会なのよね」

 力無く天井から垂れさがるジャージを着た少年の遺体。
 彼のジャージを見てふと思い出す。
 
 六月四日。
 平坂高校の衣替えは全学年の球技大会終了後。
 なので、あの日は、暑くて暑くて死にそうだった記憶があった。
 規則を投げ出して夏服を着て来れば良かったと思ったものだ。

「…もしかして」

 瞬間。突き刺さるような閃き。
 
「あー!!」

 叫び声を上げ、その声量に自分で驚き口を塞ぐ。

「……ケージの【忘れ】た【ことば】。分かったかも」



485:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/28(火) 19:05:48.55 ID:IDL2IUoVo

 天海慶二は人並み外れた記憶力を持っている。
 恐らく、【ことば】を思い出せば、事件に関係あると思われる事全てを記憶から引き出す事が出来るだろう。

 彼の推測では【事件当時見た物】が原因で命を狙われていると言う事。
 つまりその時間帯の事を克明に思い出せばおのずと犯人に辿り着く、と言う事だ。

 しかし、話していいものかとも彼女は思う。
 ボディガードが彼の身を二十四時間守り、数日もすれば探偵が容疑者の身辺を調査し終える現状で。

「思い出したら…犯人の所に殴りこみに行くんだろうなー。ケージって単純だから」

 黒川絢葉が傷つけられた事は、祈衣も許せない。
 だがそれ以上に、彼を危険な目に会わせたくなかった。
 いつぞやの暴漢のように、犯人が複数で襲いかかってくる――もしくは守られている可能性もあるのだ。
 
 放っておいても、いずれ日常は帰ってくる。だから彼女は――




 ――黙っていることにした。



486:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/28(火) 19:07:35.53 ID:IDL2IUoVo

「久々に頭使ったらノド乾いちゃったな…って、うぅっ」

 リビングの冷蔵庫を漁るが、生憎ぬるい麦茶しか入っていない。
 朝の早い仕事である両親は既に床についている。

「…コンビニ、かなぁ」

 夜道を歩くのは少し怖いが、今はボディガードの存在もある。

「大丈夫、かな。一応ボディガードさんにはメールして、と」

「それじゃ、行ってきまーす」






 コンビニからの帰り道に風間祈衣が交通事故に遭った。

 その連絡を天海慶二が受けたのはこれからきっかり一時間後の事だった。

 頭を打ったため、意識不明。
 
 
 犯人は逃走。

 
 つまりは――


 ――轢き逃げだった。



第七話「オレと探偵と容疑者たち」 終






499:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/29(水) 20:12:46.88 ID:1g95JENGo

――――― 第八話






500:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/29(水) 20:14:06.99 ID:1g95JENGo

■七月十三日 午後八時三十分(風間祈衣が轢き逃げに遭う二時間前)
■天海家 リビング

男(食事を終え、今日の事を思い返していると兄貴が帰ってきた)

男(美鳥は後片付け。父は相変わらず仕事。母も相変わらず良く分からない理由で外出している)

男「おかえり。【昨日頼んだ話】はどうだった?」

男(兄貴には一つだけ捜査情報の確認を頼んでいた)

男(その答え次第でオレの推理がどこまで合っていたのかが分かる重要な質問)

男(しかし、オレに関係無い人間にとっては全く意味の無い質問)

男(だが、睦紅兎が犯人である可能性が濃くなった今となっては、オレにとっても無意味になってしまったかもしれない)

兄「あぁ、あの件ね。前者は【イエス】で、後者は【ノー】だってさ。でも、どうしてそんな事を聞いたんだい?」

男「ちょっとした疑問だよ」

男「後、いくつか頼みたい事があるんだけど」

兄「駄目」



501:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/29(水) 20:15:41.86 ID:1g95JENGo

男「チッ。聞いてくれたっていいだろ?」

兄「どうせ無茶をする気なんだろう?だったら聞けない。絶対にね」

男「…大切なダチが傷つけられたんだ!黙って犯人逮捕まで隠れてるワケにはいかねぇんだよっ!」

兄「慶二に友達を大事にしろと小さい頃から言ってきたのは僕だ。だけど、今回ばかりは協力できないよ」

男「そこまで分かってて、何で!」

兄「僕は、慶二をもう失いたくない。あの【事故】の時のような思いをしたくないし、家族にも、祈衣ちゃんにも味わわせたくない」

男「…」

兄「分かってくれとは言わない。恨まれたって良い。だけど、僕は協力できない。ごめんよ」

男「……いや、いい。オレも悪かった」

男(オレが事故に遭って一番苦しんでいるのは家族だ)

男(何日も生死の境をさまよい、ようやく目を覚ましたと思ったら記憶障害が発覚)

男(ひどい時は自分たちの顔も忘れてしまう厄介な障害)

男(オレが兄貴の立場だったら耐えられないかもしれない)

男(事実、両親はもうオレの事を見放している)

男(そんな兄貴が、【失いたくない】と面と向かって言ったんだ。いや、言ってくれたんだ)

男(オレにはこれ以上我儘を言う事なんて出来なかった)



502:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/29(水) 20:18:05.28 ID:1g95JENGo

■自室

男(これからオレはどうすればいいんだろう)

男(降川優希はどう考えても無関係。石松彗絵にはアリバイがある)

男(後は探偵が睦紅兎の身辺調査をして、証拠を掴めば事件は幕を下ろす)

男(万事解決。ハッピーエンドの筈なのにどうにも気分が優れない)

男(原因は分かる。睦さんと僅かな時間ではあるが関わりを持った事。そして)

男(兄貴から聞き出した捜査情報)

男「【石松彗絵はイエス】で、【睦さんはノー】」

男(どこか腑に落ちない。引っかかりを感じる)

男(だが、その引っかかりが何なのか分からないのだ)

男「…風間に相談してみるか」

男(閃きや頭の回転といった意味では、オレよりアイツの方が優れていると思う)

男(オレは、その気になれば一か月前の夕飯のおかずでさえ思い出せる記憶力を持っているが)

男(その記憶力――知識を応用して何かをすると言った事は苦手だった)

男(携帯電話を取り出し、アドレス帳を開く。その瞬間)

pipipipipipipipipi

男(携帯に電話が耳に障る着信音を部屋に響かせた)



503:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/29(水) 20:19:50.33 ID:1g95JENGo

男(誰だ?友人や家族ならデフォルトのアラーム音は鳴らないはずだ。不審に思って液晶ディスプレイを確認する)

男「ヤクザ…じゃなくて所長?」

男(こんな時間にどうしたのだろう。嫌な予感が一筋、胸をよぎった)

男「はい、天海です」



男(夜中と言っても良い時間。突然鳴った電話の内容は)



男(風間祈衣が交通事故、それも轢き逃げに遭ったというものだった)






504:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/29(水) 20:24:05.24 ID:1g95JENGo

■七月十三日 午後十一時三十五分

男「は―――?風間が、轢き逃げ?」

所長(電話)「すまん。ウチの所員が付いていながら」

男「どう言う事だよ!?アンタらはプロじゃなかったのか!?」

所長「本当に、本当にすまない。この落し前は」

男「落し前だァ!?ふざけんなっ!そんな自己満足なんざどうでもいいんだよッ!アイツはどうなったんだ!?」

所長「腕と脚を骨折はしたが命に別条はないそうだ。直前でウチの者が割って入ったからな。ただ、頭を打ったようでまだ意識は戻っていない」

男「……アイツに張り付いてたボディガードは何か見たのか?」

所長「犯人は中型のバイク。古い型で、色も型番も大体メドはついているが、プレートは隠されていた」

男「クソッタレ!また尻尾が掴めないのかよ!」

所長「だが、収穫はあった」

男「…収穫?」

所長「あぁ。お前の話を聞いてから、確保できた人員を二人ばかり容疑者の監視に回していたんだよ」

男「それで?」

所長「結論から言おう」

男「…」

所長「最有力容疑者は、石松彗絵だ」

男「…!?」



514:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/30(木) 20:21:37.40 ID:I3/1bfXRo

男「つまり、石松の家には誰もいなかったって事か」

所長「あぁ。だから、ちょっと不法侵入させてもらった。と言うか部下が勝手に忍び込んだんだがね」

男「…で、何が分かったんだよ」

所長「石松彗絵の自室のパソコンのインターネット履歴から【鍵の刺さっていないバイクのエンジンを点ける方法】が見つかった」

男「――ってことは!」

所長「ほぼ間違いない。石松彗絵は犯人、もしくは関係者だ。バイクを盗み、風間祈衣を襲わせたんだろう」

男「その事は警察には?」

所長「言えない。言っても駄目だ。犯罪で掴んだ証拠は証拠として見られない。そもそも、バイクの盗み方が見つかったと言うだけでは証拠ですら無い」

男「…轢き逃げ犯を警察が捕まえる可能性は?」

所長「轢き逃げの検挙率は高い。九割だ」

所長「だが、石松彗絵が指示したと言う証拠が無い。だが、後はワシらに任せ……」

男「任せてこの体たらくじゃねぇかっ!どうするんだよ!?」

所長「病院に警護を付け、お前も明日お嬢と一緒のホテルに匿わせてもらう。既にお嬢の隣の部屋を借りてある」

所長「その後、警察に協力しながら石松彗絵を追い込むつもりだ」

男「…ソレしか方法が無いのかよ!?犯人が分かってるのに人殺しに追われるのをビクビクして隠れてろと!?」

男「風間が襲われたってのに、オレには震えて待つ事しか許されないのか!?」」

所長「……そうだ。ワシらが石松彗絵の身柄を攫って私刑にするのは簡単だが…カタギになった部下たちに臭いメシを食わせるような命令はできん」

男「…畜生。畜生ッ!ふざけんなっ!ふざけんなよっ!!」

男「だったら、オレがやってやる!石松彗絵をボコボコにして自白させてやるよ!」



515:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/30(木) 20:23:11.94 ID:I3/1bfXRo

所長「落ち着け。そんなことしてもお前がパクられるだけだ。さっきも言っただろうが。犯罪で手に入れた証拠は証拠にならないと」

男「……クソッタレ!!」

男(しばしの沈黙。深呼吸をして気分を落ち着かせる)

男(たっぷり数秒間の間を取り、オレは口を開いた)

男「…聞きたい事がある」

所長「何だ?」

男「犯罪で掴んだ証拠は証拠にならない、と言ってたよな」

所長「あぁ」

男「だったら、話術で犯人に自供させたらどうだ?」



516:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/30(木) 20:24:39.17 ID:I3/1bfXRo

所長「録音か?裁判の証拠としては使えない可能性が高いが、逮捕状…いや、任意で拘束する分には十分だな」

男「だったら、オレが石松を呼び出す。呼び出して、自白させる」

所長「馬鹿を言え。ただのガキにできるかよ。それも、頭が茹だって感情的にしか行動できないガキに」

男「オレがただのガキなら、相手だってただのガキだろうが!アンタらはその『ただのガキ』に出し抜かれてるんだよ!」

所長「…だから落ち着けと言ってる。その方法を勧める事は出来ない。明日、車で迎えを出す。だから今日は休め」

男「アンタらが協力しなくたって、オレ一人でも――」

所長「落ち着けやッ!もしお前がンな事しようモンなら、ワシらは手ェ引くからなッ!こっちの計画を引っ掻き回して台無しにする依頼人なんざ願い下げだ!」

男「…っ!」

所長「ワシらは一度失敗した。だが、信じてほしい。必ず、犯人を捕まえてお前らを元の日常に戻してやる」

所長「それが、お嬢の願いだからな」



517:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/30(木) 20:26:14.35 ID:I3/1bfXRo

男(電話を切り、がくりとうなだれる)

男(オレは夕方、犯人と疑った女の子に向かってこう言った)

男(オレも、オレのダチも簡単には殺らせはしない、と)

男(それが結局何だ。オレは何もできず、風間は病院送り。しかも、犯人は睦さんじゃないと来た)

男(無力、そう、無力だ)

男(病院に行こうにも、面会時間はとっくに終わっている)

男(それに、今外出すればオレ自身にも命の危険がある)

男(恐らく、無理矢理外出しようとしたところでボディガードに力ずくで家に戻されるだろう)

男(探偵が迎えに来るのは昼の十二時。その後、病院に寄ってから隠れ家へ移動)

男(それまでに出来る事を必死に考える)

男(今までに無いほど頭を巡らせ、思考する)

男(だがそれでも、現実は無情で)

男(神がかった閃きも与えられず、思考の果てに答えを手繰り寄せる事も出来ず)

男(ただ、時間だけが過ぎて行った)






518:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/30(木) 20:27:29.18 ID:I3/1bfXRo

■七月十四日 午前零時半 兄の部屋

兄「祈衣ちゃんが…轢き逃げに!?」

男「あぁ。ほんのさっきの話だ」

男(風間家とは家族ぐるみの付き合いだ。風間祈衣の事は【忘れ】ているが、何故かアイツの両親の事は覚えている)

男(明日になればアイツが病院に運ばれた事が伝わるだろうが、知らせは早い方がいいと思いオレは兄貴の部屋に来ていた)

男(ちなみに、美鳥はすでに眠っている。一度寝たら朝まで起きないのでそのままだ)

兄「救急病院ならつてがある。教えてもらえれば今からでも顔を見るくらいは…」

男「悪い。言えない」

男(犯人が何故風間を狙ったのか分からない)

男(理由が分からない以上、兄貴や美鳥も狙われる可能性がある)

男(だからこんな夜中に外出をしたくも、させたくもなかった)

兄「…【事件】に関係してるのかい?」

男「あぁ。間違いなく」



519:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/30(木) 20:28:12.57 ID:I3/1bfXRo

男(既に美鳥が眠っていて本当に良かったと思う)

男(アイツは風間に懐いてるから、犯人を捕まえて報復しようとするだろう)

男(オレと同じように)

男(これ以上大切な誰かを巻き込むのは御免だ)

男(だから、美鳥にはこのまま真実を知らないでいてほしかった)

男(少なくとも、犯人が逮捕されるまでは)



520:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/30(木) 20:28:51.59 ID:I3/1bfXRo





男「――ってコトで、犯人は間違いなく石松彗絵のはずなんだ」

兄「分かった。警察の方には僕の方からも伝えておく。だから、安心してほしい。僕にも出来る限りのことはやっておく」

男「…サンキュ」

兄「まさか、何かやらかすつもりじゃないだろうね?」

男「やらかそうにも、何をすればいいのかさっぱり分からねぇんだよ」

兄「そう、か。ホテルの件は父さん達に伝えておく。だから探偵の人の言う事を聞くんだよ」

男「あぁ、分かってる。分かってるよ」






521:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/30(木) 20:29:52.33 ID:I3/1bfXRo

■午前三時半
■自室

男(【日記】を書き終え、オレはベッドに仰向けになっていた)

男(――結局、オレは何もできない無力な人間だ

男(自分の力でダチの一人、後輩の一人守ることのできなかった弱い人間だ)

男(自分の部屋で、涙を流しながら無力感に打ちひしがれる事しか出来ない情けない人間だ)

男(大人に匿われて、守って貰う事しか出来ないただのガキだったんだ)

男「何が【守る】だよ。何が【オレの手で捕まえる】だよ…。痛すぎるんだよ、馬鹿野郎」

男(犯人をこの手でズタズタに引き裂いてやりたい)

男(違う。ズタズタに引き裂いてやりたいのは無力なオレ自身だ)

男(頭の中が混乱している。心にズレが生じている)

男(このまま悶々としていたら、頭がおかしくなってしまいそうだった)

男(机の引き出しを開け、紙袋を取り出す)

男(中に入っているのは、睡眠薬)

男(記憶を失う事が怖くて、オレは自然に眠りに就く事がほとんど出来ない)

男(その為、医者から処方されていたのだ)



522:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/30(木) 20:31:31.91 ID:I3/1bfXRo

男(袋から二錠取り出し、ミネラルウォーターで流し込む)

男(水は常温で放置されていたためかなり温くなっていたが、気にはならなかった)

男「と言っても、薬を飲んですぐに眠れるワケじゃないんだよな」

男(電気を消し、しばらくうつ伏せに突っ伏す)

男(次第に意識が薄れてきて、眠りへと――)

pipipipipipipipipi

男(誘われようとしているところに電話のコール音が部屋に響いた)

男「誰だ…。こんな時間に」

男(薬が回って朦朧とする意識の中、電話を取る。犯人逮捕のグッドニュースの可能性があったからだ)

男(だが、すぐにオレは思い知らされることになる)

男(現実が甘くない事を)

男(どれだけ俺が甘く、幼い夢想を抱いていたかと言う事を)



523:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/30(木) 20:35:36.08 ID:I3/1bfXRo

七月十四日 午前八時三十分

pipipipipipipipipipipipipi

男(耳障りな電子音で目が覚める。携帯電話の着信音だ)

男「誰…だ…?」

男(友人や家族ならデフォルトのアラーム音は鳴らないはずだ。不審に思って液晶ディスプレイを確認する)

男(意識がいまいちはっきりしないが、どうにか目を開き文字列を読む事に成功。公衆電話からだ)

男「…もしもし?」

???「…黒川絢葉は預かった。返してほしければ今日の十時半に鎌倉市の―――まで来い」

???「誰かに教えれば、そして一秒でも遅れれば不幸な事故が起きると思え」



524:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/30(木) 20:40:51.15 ID:I3/1bfXRo

男「…は?」

男(一気に意識が覚醒するのを感じる。相手の声は男か女かも分からない。ボイスチェンジャーを使っているのだろう)

男(慌てて録音ボタンを押す。住所ははっきりと聞いているが、聞き間違っていた時が恐ろしい)

???「…聞こえなかったのか?黒川絢葉を風間祈衣と同じ目に遭わせたくなければ十時半に鎌倉市の―――に来いと言っているのだ」

男(聞き覚えの無い住所。だが、オレの頭は住所どころではなかった)

男「風…間を…?お前、風間を【どうしたんだ!?】」

男(自分の発言に何か違和感を感じる。何か大切な事を【忘れ】ている?)

???「…知らないのか?ふふんっ。ニュースチャンネルを見てみろ。見れるだろう?ちょうど今やっているぞ」

男(慌ててテレビのリモコンを引っ掴み、スイッチを押す)

男(今日は土曜日。平日と違いこの時間にニュースを見るなら、CS放送かインターネットくらいしかないが)

男(犯人が言いたいのはそんな事ではないのだろう)

男(奴の言う通り、オレの部屋はニュースチャンネルを含むCS放送を見る事が出来る、つまり)

男(既にオレの周囲は調べつくされていると言う言外のメッセージだ)

男(電話の向こうからは神経を逆撫でする笑い声)

男(だが、テレビの映像が目に入った瞬間、そんな笑い声も黒川絢葉が攫われたことも頭の中から抜け落ちた)





『――女性は病院に運ばれましたが先ほど死亡が確認されました。警察は犯人の行方を追っています』



525:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/06/30(木) 20:43:21.43 ID:I3/1bfXRo

女性ハ 


病院ニ 


運バレ


死亡



男(全身に寒気が走る)

男(心臓が早鐘のように鳴り、体を覆う寒気にもかかわらず毛穴と言う毛穴から汗が噴き出してくる)

男(無機質なアナウンサーの声が何かを続けているが、もうオレの耳には入っていない)

男(オレの全神経が集中している場所は聴覚ではなく、視覚)

男(ニュースのテロップには、こう書いてあった)


【横浜市港北区で轢き逃げ】

【死亡 県内の高校三年生】



男(オレは、目の前が真っ赤になるのを感じていた)



539:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/02(土) 03:40:41.50 ID:0GvRG8Bko

男「…冗談、だろ」

男(そうだ。嘘やハッタリに決まっている。テロップも、アナウンサーも風間だとは一言も言っていない)

???「…ふふんっ。残念だが、事実だ。搬送先の病院の関係者から裏付けは取っている。私は確かに聞いた。死んだ、と」

???「…さぁ、どうする!お前が来なければ黒川絢葉も同じ末路だ…!」

男「っざけんな!」

???「…そんな口を聞いていいのか?人質がどうなっても」

男「うるせぇっ!その前にクロの声を聞かせろッ!」

???「…ふふんっ。良いだろう。好きなだけ聞くがいい」

男(がさがさとノイズが聞こえる。そして数秒後)

後輩「あ、天海先輩?僕は大丈夫だよ。だから、来ちゃ駄目だからね」

男「強がるなよ。絶対に行くから…待ってろ」

後輩「本当に大丈夫なんだ。こんなの、僕に封印された力で…」

男(クロの言葉は再びのノイズに遮られる)

男(馬鹿だな。こんなときにまで中二病キャラを引きずって)

男(そんな場合じゃ無ぇだろ…馬鹿野郎)

男(何で、何でこんな時にオレの事を優先するんだよ。オレのせいでお前は拉致されてるんだろうが)



540:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/02(土) 03:41:24.17 ID:0GvRG8Bko

???「…ふふんっ。満足か?」

男(犯人の声を聞いた瞬間、頭の血管が破裂しそうなほどの怒りがオレの全身を覆った)

男「…何様だよ。テメェ」

男(ボイスチェンジャーを使っていたとしても、相手が誰だか分かる)

男「人の命を何だと思ってるんだよ…」

男(オレは、この妙に気取った喋り方を知っている)

男「風間も…クロも…全然関係無ぇだろ。なのに…何で…何で…」

男(特徴的な喋り方を知っている)

男「絶対に、絶対に許さねぇ!テメェだけはこのオレの手で」

男(電話の相手は、睦紅兎。オレの飼い主を名乗っていた金髪の女生徒だ)

男「絶対に―――ブチ殺してやるッッ!」



541:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/02(土) 03:42:23.36 ID:0GvRG8Bko

???「…良いのか?そんな事を言って。人質がどうなってもいいと見えるが?」

男「………」

???「…分かればいい。分かれば。あはははははははははは。楽しい。楽しいよ」

???「…人がそうやって私の言葉に服従する姿を見るのは!」

男(狂ったような笑い。同時に現れる疑問)

男(だが、現れた疑問が言葉として浮かぶより先に犯人が続ける)

???「…さぁ、あと二時間を切ったぞ?急がないと間に合わないかもしれないな。あはははははははは!!」

男(狂ったような笑いを最後に電話が切られた)

男(後に残るのは無機質な不通音)

男(オレは気を失ったように呆然と立ち尽くす)

男(心にぽっかりと空いた虚無感。余りに多くの出来事があったせいで全ての思考が停止する)

男(どれくらい立ち尽くしていたのだろうか。数秒かもしれないし、数分かもしれない)

男(突然、そう。突然だった)

男(心に出来た穴から感情の渦が噴き出してきた)

男(感情の正体は、怒り、憎しみ、悲しみ、恨み、敵意、悪意)

男(この世に生まれてからこれまでで知った、ありとあらゆる負の感情がオレの心を支配する)



男「クソッタレがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


男(気付けばオレは、全力で、容赦も手加減無く、感情のままにスマートフォンを床に叩きつけていた)






542:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/02(土) 03:43:12.79 ID:0GvRG8Bko

■午前 八時三十七分

男(早く、早く行かないと)

男(ここから鎌倉まで高速を使っても一時間…ってところか?猶予は今から約二時間)

男(相手は番地まで指定していたが、オレの知らない場所だった。道を調べる必要もあり、とてもじゃないが時間に余裕はない)

男(地図を確認しようと枕元のノートパソコンを立ち上げる)

男(風間祈衣は死んだ。それは間違いないのだろう)

男(だが、信じられなかった。実感が無かった)

男(まだオレは遺体を見ていない。この目で確認していない)

男(風間の家に連絡をすれば真偽はすぐに分かる。だが、オレはそれができなかった)

男(アイツが死んだと確定してしまったら、沸きあがる怒りが絶望へと転化してしまいそうだから)

男(黒川絢葉を助けるだけの気力を保つ事が出来ないだろうから)



543:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/02(土) 03:45:35.37 ID:0GvRG8Bko

男(パソコンが立ち上がるまでの間に記憶を整理する)

男(三日前、学校に忍び込んでデータを盗んだ)

男(そこから四人の生徒に絞り込み、昨日は本人たちに聞き込み)

男(オレは睦紅兎を犯人と疑った)

男(そして、ボイスチェンジャーを使ってはいたが犯人の喋り方は睦紅兎のものだった)

男(そこまで考え、ふと気付く)

男(二日前――七月十二日は何をしていたか、だ)

男(あの日の放課後、オレ達は集まって…)

男(風間が探偵を雇おうと言ったんだ)

男(そしてオレはそれから――)

男(――それからどうした?)

男「【忘れ】…ている?」

男(そう、オレは【忘れ】ていたのだ)

男(それも一昨日の事だけではない。昨日の夜の記憶もすっぽりと抜け落ちていた)


男(とてつもなく重要な何かを含んでいるはずの記憶が)



544:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/02(土) 03:48:56.93 ID:0GvRG8Bko

男「そうだ…ケータイ…!」
      スマートフォン 
男(オレは携帯電話に【日記】を書いているのだ。昨日起きた事を【忘れ】ない為に)

男(ベッドから立ち上がり、床に転がっている携帯電話を手に取る)

男(床に叩きつけたためか、電源が落ちていた)

男(スイッチを長押し、起動を待つ)

男(ほんの一秒足らずの時間がやけに長く感じられる)

男「チッ。まだかよ」

男(時間が引き延ばされたような感覚。こんなに一秒が長いのは初めてだった。苛々が募り、再び叩きつけそうになる)

男(そして気付いた)


  
【時間が引き延ばされているのではない事】に



  
【オレの感覚は正常である事】に









【壊れているのは、携帯電話だと言う事】に






545:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/02(土) 03:50:45.87 ID:0GvRG8Bko

■午前八時四十二分

妹「兄さん!?何してるんですかっ!」

男(気付けば、オレは美鳥に後ろから抱き締められたいた)

男(額が妙に痛む。しかも、数分間の記憶が無い)

男「美鳥…。どうしたんだよ」

妹「それは私のセリフです!額を掻きむしったりして、どうしたんですか!?」

男「…そんな事、してたのか?」

妹「してましたよ!全く。兄さんの頭が今より単純になったらどうするんですか」

男「うるせぇよ。出て行け」

妹「あんな事があったから荒れるのは分かりますけど…」

男「……!」

男「…お前も知ってたのか」

男(オレの言葉に、こくりと頷く)

妹「えぇ。先ほどおばさんから電話があって。今から大兄さんと病院に行くんですけど……兄さんも行きますよね?」

男「オレは、行かない」

妹「えっ?」

男「アイツの所に行くより先にやらなければいけない事があるんだ。今は、一人にしてくれ」

男「後で、必ず行くから」

妹「祈衣姉さんの所に行くより…って、もしかして兄さん、何か危ない事を…!」

男「何度も言わせるんじゃねぇ!出て行けッ!」

妹「っ!!」

男「…悪い。ちょっと感情的になった」



546:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/02(土) 03:51:25.12 ID:0GvRG8Bko

妹「分かりました」

男「…」

妹「だけど、兄さん」

妹「……怪我だけはしないで下さいね?」

男「大丈夫だよ。お前や兄貴を悲しませるような事はしない」

男(笑顔で返事をする)

男(だけど今、オレは本当に笑顔になっていただろうか)

男(不格好な、歪んだだけの、泣きそうな表情をしていないだろうか)

妹「私は、何があっても兄さんの味方ですからね」

男(誰でもいい。クロを助け出す仲間が欲しかった)

男(今はとにかく時間が無いのだ。少し頼りないが美鳥でも――)

男(そうだ。美鳥に助けを呼んでもらって、その間にオレが鎌倉に向かえば!)

男「なぁ…」



【誰かに教えれば、そして一秒でも遅れれば不幸な事故が起きると思え】



男(声をかけようとした瞬間。機械的な声が、呪いのようにオレの頭を締めつけた)

男(そうだ…。誰にも言う訳にはいかない。もし何か不審な行動を見られてしまえば、その時点で――)



547:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/02(土) 03:53:09.70 ID:0GvRG8Bko

妹「どうしました?」

男「いや…あ……ちょっとケータイ貸してくれないか?壊れちまってさ。ちょっと遠出するから、何かあった時の連絡用にさ」

妹「ほへ?別に良いですけど、イタズラしないで下さいね?最新式なんですから」

男「するかよ。バカ」

男(美鳥がポケットから携帯を取り出し、オレに手渡す)

男(そして、今度こそ本当に部屋から退出し、ドアが閉められた)

男(いつもは毒ばかり吐くのに、こう言う時だけ底抜けに優しいのだ。この妹は)

男(胸を締め付けられるような痛み。理由も無く涙が出そうになるが、必死に堪える)

男(誰にも助けを求めるわけにはいかない。誰も助けちゃくれない)

男(たった一人でどこまで出来るか分からないが、やるしかなかった)



男(オレが行ったところで、何もできずに二人とも殺されてしまうかもしれない)

男(だけど、オレが行かなければ、黒川絢葉は確実に殺されてしまうのだから)






548:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/02(土) 03:54:22.88 ID:0GvRG8Bko

■午前八時五十三分
  スマートフォン
男(携帯電話は壊れた。今まで何を調べていたかの詳細な記録はもう無い)

男(PCのインターネット履歴も調べてみるが、【忘れ】た事のヒントは見つけられなかった)

男「…そうだ。ノート!」

男(オレは携帯電話に残す日記以外にも、ノートに【ことば】を書いている)

男(そのノートには【何があろうとも絶対に忘れてはいけないことば】が記されているのだ)

男(家族の名前、ダチの名前。音楽部の三人で遊びに行った思い出の場所、忘れたくない【ことば】の数々が)

男「…だけど、アイツはもういない」

男(自分の心が圧し折れそうになる感覚。必死に頭を振り、黒く冷たい感情を吹き飛ばしノートこの事に集中する)

男(普段は起きてすぐに目を通すのだが、余りに想像を超えた事ばかり起きたので今日はまだ確認していなかった)

男(もしかしたら、事件に関係する事も書き記しているかもしれない)

男(すぐさま机の上のノートを手に取り、後ろのページから確認。あっさりと目的の情報を発見する)

男「確かにこの情報が欲しかったよ。だけどよ…だけどよ」



549:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/02(土) 03:55:19.98 ID:0GvRG8Bko

男(オレの頭は混乱するばかりだった)

男(何故なら、ノートにはこう書かれていたからだ)



【犯人は石松彗絵。絶対に許すな。絶対に忘れるな。オレ自身の無力感と共に】、と。



男「犯人は睦紅兎じゃないのか!?一体、一体どういう事なんだよ……?」



553:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/02(土) 18:42:48.91 ID:jB8ByBVdo

男(間違いなくオレの筆跡。そして、ノートの最後に書かれている事から、眠る直前に書いたものである事は間違いない)

男(確かに石松彗絵は犯人候補に入っていた。だが、彼女にはアリバイがあった)

男(それを覆す何かがあったということだろうか。昨日のオレの推理と、今のオレが感じた確信。どちらが正しいのだろうか)

男(とにかく今は時間が無い。気付けばもう九時を回っている。こう言う時だけ時間と言うのは異様に早く進みやがる)

男(犯人が指定した住所と地図を照らし合わせ、暗記)

男(犯人が誰かは今はどうでもいい。運転中に考えるしかない)

男(今、何より優先されるのは【十時半までに指定された場所へ行く事】なのだから)

男(念のため、美鳥の携帯電話にナビゲーションソフトをインストールする。道に迷っても対応できるように、だ)

男「勝手にこんな事したら怒るだろうな…」

男(妹の拗ねたような、怒ったような表情を思い出す)

男(それはとても大切で、とても愛おしくて、とてもかけがえが無くて)

男(もう、二度と手に入らないくらい遠くにある物のように感じられた)






554:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/02(土) 18:45:40.98 ID:jB8ByBVdo

■午前九時二十分

男(オレは今、都筑ICを通り第三京浜を鎌倉方面へひたすらに進んでいた)

男(乗っているのは250ccのビッグスクーター)

男(ちなみに、家を出た瞬間に見知らぬ男に声を掛けられたが、有無を言わさず蹴り飛ばして逃げてきた)

男(人質は間違いなくオレを呼び出す為の罠)

男(だが、オレが犯人の元に辿りつくまで襲撃の無い保証はどこにもないのだ)

男(偶然にも道路は空いている。渋滞のせいで間に合わないと言う事はなさそうだ)

男(焦ってスピードを出したくなるが必死に堪える)

男(道に迷わなければ、指定された時間の十分前には到着するはず)

男(だが、もし警察に捕まればその時点でアウト。それだけは避けたい)

男(冷静さを失えば負けだ。だれも救えず、誰も守れずにオレも殺される)

男(相手の狙いは、オレとクロを消す事にあるはずだからだ)

男(【風間祈衣のように】)

男(いまだに理由は分からない。だが、それでも引き返す事は許されない)

男(ひたすらに思考し、策を練らねばならなければ。対応を考えなければ…!)

男(なのに…それなのに、オレの頭を巡るのは犯人を出し抜く策などではなく、風間祈衣と黒川絢葉との思い出ばかりだった)







555:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/02(土) 18:50:04.90 ID:jB8ByBVdo

女「そっかー。アタシの事、忘れちゃったんだ。大丈夫大丈夫!アタシなんて昨日の晩ごはんも覚えてないんだから」

男(【初めて会った時】、アイツはそう言った。明るく、軽く。本気で問題無く、大丈夫と思えるほどに)
 
男(だけど、オレは知っている。俺が『どちら様でしょうか』と言ったときに見せた泣きそうな表情を)




後輩「好きなんだ。付き合ってほしい」

男「だが、断る」

後輩「ナヌッ!」

男「フラれた割にやたらノリがいいなオイ…」

男(マイペース過ぎて調子が狂う時もあるが、クロと話していると悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなる)

男(彼女の言葉の一つ、態度の一つに【救い】があるのだ)

男(クロは自分の家族の事は喋らないが、育った環境が余程良かったのだろう)






556:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/02(土) 18:52:26.38 ID:jB8ByBVdo

女「お花見に行きましょう!」

男「は?もう五月だぞ」

後輩「北海道はまだシーズンみたいだよ」

男「ンな予算どこにあるんだよ。オレの小遣いでもこの廃部寸前の零細部活の部費でも賄えねぇっての」

後輩「僕が持ってる」

女「それよ!」

男「いや駄目だろ!?何で後輩にタカってるんだよ!少しはプライド持てよ!」

女「北海道よ!?シャケにホッケにウニなのよ!その為ならプライドなんて犬に食わすわ」

男「もはや花見が無関係になってるじゃねぇかっ!いっそお前が犬に食われてしまえ!犬に食われて死んじまえ!この馬鹿!」



557:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/02(土) 18:54:04.75 ID:jB8ByBVdo





男(死ね。そう、何度も言った。何度も、何度も)

男(だから死んだのか…?)

男(軽い気持ちであんな事言ったから…。言わなかったらこんな事にならなかったのか?)

男(涙で前が見えなくなる)

男(瞬きした瞬間、目の前に乗用車。慌ててブレーキをかける。スピードメーターは120キロを指していた)

男(後輪からタイヤの焦げる異臭を放ちながらバイクは路肩に停止)

男「…犯人の前に事故で死んだらシャレにならねぇっての」

男(目の前に降って沸いた命の危機のお陰で少しだけ冷静になる)

男(そうだ。目的を見失うな)
                                            ヒーロー
男(オレが今やらなければいけない事は、思い出や感傷に浸って悲劇の主人公を演じる事ではなく)

男(黒川絢葉を助け出すヒーローになる事だろう?)






558:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/02(土) 18:55:01.44 ID:jB8ByBVdo

■午前十時 鎌倉市内到着

男(十時ジャスト。インターチェンジから一般道へと降りる)

男(運転の間、突破口を見出そうとずっと考えていた)

男(昨日までに起きた出来事全て)

男(出会った相手、話した相手の一挙手一投足全てを記憶から引き出す)

男(喋り方、口調、語尾、癖、目線、何もかもを)

男(犯人はオレの思っている通り睦紅兎なのだろうか)

男(それとも、昨日のオレが断定していた石松彗絵なのだろうか)

男(犯人の正体が分かるだけで勝負は大きく変わるはずだ。交渉の余地が作られるはずだ)

男(思考の中、一つの違和感を思い出す)

男(違和感…それは犯人との電話の時に一瞬だけ感じた物)

男(言葉になる前に霧消してしまったほんの小さなもの)

男「もしかして、いや…間違いない…!」

男(その違和感には犯人の正体に関する重要な物が隠されていた)






559:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/02(土) 18:55:38.22 ID:jB8ByBVdo

■午前十時十五分

男(このまま行けばあと数分で指定の場所に辿りつく)

男(十分ほどの時間の余裕。コンビニに入り水を購入)

男(異常事態が立て続けに起きているせいか、薬での眠気は既に飛んでいた)

男(一息に飲み干し、出発しようとした時…)

男(胸ポケットから違和感を感じる。携帯電話だ)

男(…一体誰から?)

男(妹の友人からだった場合は無視しよう)

男(一応、確認。兄貴からだった。出ても問題がなさそうだ)

男「はい、もしも」し



???「何やっとるんじゃテメェェェェェェェ!!!!!」


男(耳に突き刺さるような大音量)

男(ドスの利いた中年の声がオレの鼓膜をフルスロットルで震わせた)



563:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/03(日) 01:04:37.24 ID:YvneOJxEo

男「え…?え?えぇっ!?ど、どちらさまですか!?」

中年「何すっとぼけてんだ!ワシだ!葛城だ!」

男(全く聞き覚えがない名前。どう言う事だ?)

男(だが、表示されているのは兄貴の番号。そして今オレが使っているのは美鳥の携帯電話)

男(さらに、中年の怒号を諌める兄貴と美鳥の声も聞こえる)

男(全くオレと無関係と言う訳ではなさそうだった)

男「すいません。オレの記憶障害の事はご存知ですか?」

中年「…お前、まさか」

男「………はい。【忘れ】ています」

男(探偵の顔も、名前も、会話した事も…全てオレの記憶から抜け落ちていた)



564:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/03(日) 01:06:37.72 ID:YvneOJxEo

中年「…黒川探偵事務所所長、葛城だ」

男(探偵!?オレは一昨日、探偵事務所に行っていたのか)

男(それに黒川探偵事務所?クロの知り合いか?だが、今はそんな事はどうでもいい)

男「誰かが見ているかもしれないので簡単に説明します」

男「ある事情でオレは呼び出しを受けています。事情や場所を話せばある人に危険が及ぶので話す事はできません。時間に遅れるわけにもいかず、今は数分程度の猶予も無いです」

所長「…なるほどな。大体分かった。一つだけ、頼みを聞いてくれるか?」

男「何ですか」

所長「そのケータイを持ったまま、今から……一時間でいい。時間を稼いでくれ。場所も教えなくて良い。何があったか言わなくても良い」

男「信頼できるのでしょうか?」

男「たとえアンタがオレ達の味方の探偵だったとしても…」

男「風間祈衣も黒川絢葉も守れなかったのは事実だろう?」

所長「…」

所長「…」

所長「お嬢は――」

所長「――お嬢はワシらにとってもかけがえのない、命に代えても守らなければならない人だ」

所長「ワシのちっぽけな命で良ければいくらでも賭けていい。だから、信じてくれ」

男「…………」

男「…一時間、ですね。分かりました」



565:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/03(日) 01:07:26.27 ID:YvneOJxEo

男(オレは一人じゃなかった。志を同じにする人がいた)

男(その事実は不安定に揺れ、折れそうになるオレの心を奮い立たせるには十分すぎる物だった)

男(だから気が緩んでしまった。油断してしまった)

男(聞いてはいけない事を聞いてしまった)

男「あの、風間は…風間祈衣は本当に……死んだんですか?」

男(言って、後悔する)

男(ここで返事がイエスだったら…イエスだったら)

所長「その答えを聞いて、お前はどうする?ワシが生きてると言ってお前は信じるのか?」



所長「……報道の通りだよ。彼女は、亡くなった」



男「…!!」



566:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/03(日) 01:08:55.70 ID:YvneOJxEo

男(答えは、イエス)

男(風間祈衣が、オレにとって家族と同等に大切な人が死んだ事が確定した)

男(悲しいはずなのに、辛いはずなのに何故だろう―――オレは気が狂ってしまったんだろうか)

男(不思議な事に絶望感が、全く襲って来ない)

男(だが、その代わりに頭だけは妙に冴え渡っていた)

男(怒りや憎しみと言う名の靄(もや)が晴れ、疑惑や違和感と言う名の霧(きり)が吹き飛ぶ)

男(クリアになった頭の中に見えたのは【想い】)

男(風間の無念を晴らし、クロを取り戻すと言う)

男(そして、犯人へ報復すると言う強い【想い】だった)






567:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/03(日) 01:10:42.82 ID:YvneOJxEo

■午前十時二十六分
■鎌倉市 山道

男(指定された住所に到着。人気のない山道にぽつん、と建つ廃屋の前)

バイクに乗った男「来たか。付いてこい」

男(物陰から男が姿を現す。フルフェイス・ヘルメットを被っている為、顔は分からない)

バイク男「今から人質の所に連れていく。携帯電話を出せ」

男(なるほど。外部と連絡を取れるモノは没収、ってワケか)

男(探偵からの頼みは、一時間…十一時二十分まで時間を稼ぐ事)

男「わかった。ちょっと待ってくれ」

男(まず、ズボンのポケットをまさぐる。もちろん入っている訳が無い)

男(次に、胸ポケット。運転中は入れていたが、今はここにはない)

男「あれ…?」

バイク男「誤魔化しは通用しない。調べさせてもらう」

男「いや、ちょっと待ってくれ。あ、そうだ。鞄の中だった」

男(シートを開け、収納スペースからバッグを取り出す)

男(再びのろのろと探す真似。相手の苛立ちが手に取るように分かる)

バイク男「…貸せ!」

男(相手がひったくろうと手を伸ばした瞬間)

男「あった。これだ」

バイク男「よこせ!」

男(相手がオレの携帯電話を見た瞬間に、思い切りひったくられてしまう)

バイク男「最新式かよ。スカしやがって。鞄も出せ」

男(そのまま鞄も奪われてしまう)

バイク男「来い。お前を連れて来いと言われている」



568:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/03(日) 01:12:08.62 ID:YvneOJxEo

■午前十時四十二分

男(バイクで数分移動。辿りついたのは先ほどと同じような平屋の廃屋だった)

男(ボロボロに腐り、穴の空いた壁や屋根)

男(硝子の砕かれた窓。随分長い間人が住んでいないように思える)

男(オレが中に入るのを確認し、フルフェイスの男が外から扉を閉める)

男(中に入ったのはオレ一人。だが、家の中には何者かの気配が感じられた)

男(本当にここにクロがいるのか)

男(それともただの罠で、武器を持った複数の人間がここにいるのだろうか)

男「あーあ。罠への飛び込み方を選ぶ権利も無いのかよ」

男(家中に響き渡るような不自然に大きな声を出す)



男(返事は、無い)



男(…進むしかないって事か)



569:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/03(日) 01:13:34.82 ID:YvneOJxEo

■午前十時四十四分


男(玄関を抜け数歩。二十畳程だろうか、広い空間に出る)

男(家具は無く、畳も剥がされ、部屋と呼ぶにはあまりにも殺風景な場所)

男(住人が健在だった頃は襖(ふすま)で部屋を仕切っていたのだろうが、その襖も取り外され、ここはだだっ広い空間になっていた)

男「!!」

男(驚きで目を見開く)

男(部屋の奥には、黒川絢葉が縛られ転がされていた)

男(クロはオレに気付き目を見開く。今にも声を出して泣きそうな表情だが、ガムテープで口をふさがれうめき声が漏れるだけだった)

???「…待っていたぞ。天海慶二」

男(そしてもう一人)

男(ボイスチェンジャーで加工された機械的な声)

男(オレをここまで追い詰めた元凶)

男(黒川絢葉を拉致した誘拐魔)

男(そして、風間祈衣を殺した殺人者)

男(【犯人】がそこにいた)



   クロ
男(人質の首筋にナイフを突き付けて)



575:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/03(日) 14:00:21.08 ID:rjgYDLpdo

■午前十時四十五分

男「テメェが犯人か」

???「…さぁ?」

男(相変わらずのボイスチェンジャー。そして相手はフルフェイスを被り、このクソ暑い七月に外套を羽織りしゃがんでいるため体格も分からない)

男(何となく、推理漫画の【犯人のシルエット】を思い出し噴き出してしまった)

男(人間、緊張感が極限に達すると普段では怒りを覚えるような事でも笑ってしまうのだろうか)

男(それとも、オレの精神は本当におかしくなってしまったのだろうか)

???「何がおかしい?」

男「あぁ別に、つまんねぇ事さ。何かテメェの姿がコナン君に出てくる犯人に見えただけだよ」

男(正直に答えてやる)

???「…随分余裕だな。自分がどんな立場なのか分かっていないのか?」

男「…」

男(直接対峙して、二時間前に感じた違和感は確信へと変わった)

???「…ふふんっ。何も言えまい」


男(得意そうに鼻を鳴らす犯人。だがオレが放つ言葉は相手にとって予想外な物)



男「いいや」


???「…?」


男「言えるぜ?」



576:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/03(日) 14:01:10.06 ID:rjgYDLpdo

???「…挑発のつもりか?あまり私を怒らせると人質が死ぬぞ?」

男「いいや、殺さない。人質は生きているからこそ意味があるんだからな」

男(確信はあった。クロがオレを呼び出すだけだけのエサだったならば、既に彼女は死んでいるはずだ)

男(そして、オレはこの廃屋に足を踏み入れた時点で複数の人間に袋叩きにでもされ同じく殺されているはず)

男(犯人はオレに何かをやらせようとしている)

男(だから、それまではクロはある程度の安全が保障されている)

男(普段のオレなら気付きようも無い事)

男(何故なら、オレは想像や発想、妄想とは無縁だから)

男(想像力が豊かなのは、オレではなく死んだはずのオレの幼馴染)

男(犯人に殺された風間祈衣が力を貸してくれているのを、オレは確かに感じていた)



577:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/03(日) 14:01:57.67 ID:rjgYDLpdo

■午前十時四十七分

男(相手との距離は十メートル弱)

男(普通なら数歩で踏み込める距離ではあるが、生憎足場は腐った床だ)

男(いくらある程度の安全が保障されていると言っても、オレが暴力と言う手段に出れば間違いなく犯人は首筋のナイフを押し込む)

男(探偵は時間を稼げと言った。ならばここは――)

男「…」

男(――無言だ)

???「…なるほど。確かに人質を殺しても意味はない。だが」

男(犯人が外套の下から何かを取り出す)

男「…やめろ!」

男(取り出されたのは折り畳み式の特殊警棒)

男(オレが制止するのも構わず、犯人は迷わず凶器を振り降ろし――)

後輩「っっ!!」

男(――クロの脇腹に叩きつけた。縛られ身悶えする事も許されないクロはただただ苦痛に顔を歪め涙を流すだけ)

???「…殺さなければいい。それだけだ」



578:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/03(日) 14:02:35.35 ID:rjgYDLpdo

男(覆面の下で残酷な笑みを浮かべるのがオレにも分かる)

男(考えが甘すぎた。完全な計算違い。クロを傷つけてしまった)

???「…さぁ、余興は終わりだ。私の頼みを聞いてもらおうか」

男「頼…み?」

男(相手は何を考えている)

男(一つ、犯人はオレもクロも殺すつもりだ)

男(一つ、犯人は手勢をほとんど用意していない)

男(一つ、犯人は女。単純な暴力ではオレには勝てない)

???「…そう、頼みだ。もちろん断れば悲しい結末しか待っていないがな」

男「まさか…ッ」

男(一つの可能性が浮かぶ)

男(相手は、暴力に頼らずにオレを殺す気だ)

男(証拠も残さず、血の一滴も流さずに)

男(そしてその方法は…)

???「…このカプセルを飲む。ただそれだけでいい」

男「【毒殺】!」



579:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/03(日) 14:03:39.82 ID:rjgYDLpdo

■午前十時四十九分

???「…まさか。それは毒では無い。お前の思い違いだ」

男(犯人がカプセルの入った瓶を投げてよこす)

男「そんな言葉信じられるかよ!毒でオレを殺して……埋める気だな」

男(死体が残らなければ殺人では無い。行方不明だ)

男(犯人はオレを【抹殺】ではなく文字通り【抹消】するつもりだったのだ)

???「…さぁ?飲んでみなければ分からない。もしかしたら死なないかもしれないぞ?」

男「っざけんな!出来る訳ないだろっ!そんな事!」

???「…ならば、もう少し彼女に痛い目にあって貰う。それだけだ」



580:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/03(日) 14:04:11.61 ID:rjgYDLpdo

男(犯人がクロを見下ろし、鼻で笑う)

???「…ただ一つ確実な事。お前が薬を飲まなければ黒川絢葉は死ぬ。激痛の果て、苦痛の中でな」

???「…内臓に肋骨が刺さるとどのような痛みなのだろうな?」

???「…肺に穴が空き息が漏れると言うのはどのような感覚なのだろうな?」

???「…私には感じた事はないし、感じようとも思わないが。感じさせてはみたいな…ふふふふ」

男「……このクズアマがッ!」

???「…アマ?私が女だとでも?女だとしても私が本当に犯人だとでも?ただの実行犯で、黒幕は他にいるかもしれないぞ?」

男(女という言葉に反応した?)

男「女、だろ?オレにはある程度目星は付いているからな」

男「立ち上がらないのは体格で性別がバレるのを防ぐため、って所か?」

???「…ふふんっ。関係無いな。早くクスリを飲め」

男(会話で引き延ばすのも限界、か)

男(約束の時間まであと何分かも分からない。こんな事なら腕時計を持ってきておけばよかったと後悔した)



581:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/03(日) 14:05:29.36 ID:rjgYDLpdo

■午前十時五十三分

男(カプセルの入った瓶を拾い、おもむろに中身を取り出す)

男(怯えたような瞳でそれを見つめ、ゆっくりと嘆息)

男「なぁ…」

男(今からオレが踏み込む先は会話を薄めるだけの引き延ばしではない)

男(今までの会話が温く感じられるほどの、未知で、危険で一つ間違えば全てを失いかねない領域)

???「…」

男(相手は、無言)

男「本当にオレを殺しても良いのか?」

???「…命乞いは無駄だ。薬を飲め」

男(対話の余地なしの姿勢。だが、構わず続けてやる)

男「オレはアンタの正体を知っているんだぜ?」

???「!!」

男「そう、オレはアンタの正体に気付いている。そして、その証拠を誰にも分からない場所に隠している」

男「だが、オレが行方不明になれば必ず見つかる場所だ」

男「それでも、オレを殺していいのか?」

男(もちろん、全くの嘘。完全なハッタリ。堂々とした虚仮。全部嘘っぱちだ。証拠なんてどこにも隠していないし、隠すような暇さえなかった)

???「…証拠、だと?先ほども言った気がするが、私はただの実行犯。手足のように使われるだけのパーツだ」

???「…例えその証拠とやらで私が捕まった所で、黒幕の事は喋らないし、黒幕の証拠も出てこない」

男「それはない。百パーセント、な」

???「…どうしてそう思う?」

男(――食いついたッ!)



582:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/03(日) 14:05:58.26 ID:rjgYDLpdo

■午前十時五十六分

男「簡単だ。アンタがここにいる事、それが根拠だ」

???「…」

男「実行犯を用意するなら力のある男の方が便利だ」

男「アンタはオレを殺すのではなく行方不明にしようとした。死体が無ければ殺人事件にはならないからな」

男「それには、計画を練り、実行の際には相手のペースを掴みコントロールするだけの頭脳が必要だ」

男「だが、実行犯(テアシ)では犯人(アタマ)の様に臨機応変な対応が出来ない。そう、今みたいな事態が起きた時にな」

男「だから、アンタが犯人だ」






男「睦――紅兎!」



583:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/03(日) 14:08:02.64 ID:rjgYDLpdo

???「…」

???「…は」

???「…ははっ」

???「…ははは……あははははは…はははははははははははは!!!」

男(犯人は、笑っていた。高らかに、心の底から、楽しそうに、嬉しそうに、気持ち良さそうに)

男(死体遺棄事件の容疑者から外れ、クラスメイトに全ての罪を押し付け、オレを殺そうとし、風間の命を奪った狂気の犯罪者)

男(そんな化け物と、今オレはハッタリと嘘と類推だけで戦っている。探偵が約束を守ると信じて)

男(その事実が何故か異様におかしく感じられ――)

男「…くくく……くくくははははははははははははははははははははは!!」

男(――気付けばオレも笑っていた)

何秒も、何十秒も。長い、長い哄笑が部屋を支配する。

そして――

???「…関係無いな。早く死ね」

――笑いが収まり静寂に包まれた室内に、犯人の放った冷たい合成音が冷たく鳴り響いた。



584:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/03(日) 14:09:03.11 ID:rjgYDLpdo

■午前十一時二分

男(まだか…まだなのか!?とっくに十一時は過ぎたハズだ!後何分稼げばいい!)

男(探偵は…来ないのか?信じた事が間違いだったのか?)

男(引き延ばしの材料はまだ残っている。だが、代償が大きすぎるものばかりで使い物にならない)

男(犯人の核心に近付いているのに。もう手の届く場所にあるのに触れる事すら許されない)

男(これ以上続ければ本当にクロが殺されてしまう

男(この先は交渉でも引き延ばしでも無い)

男(ただのギャンブルだ)

男(それでも探偵を信じて時間を稼ぐか)

男(それとも、二人が助かる為にクロの命さえも賭札(チップ)にするか)

男(一介の高校生に選ぶには余りにも残酷な選択しか残されていなかった)



585:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/03(日) 14:14:19.79 ID:rjgYDLpdo

男「なぁ、話だけでも聞いてくれないか?睦紅兎、どうしてアンタを犯人だと思ったか」

???「…」

男「何も言わないって事は、イエスだよな?」

男(もし、犯人がオレの思っている人物だったら、耳を傾けるはず)

男(これがオレに残された最後の引き延ばし材料)

男(これ以外にも切れるカードはあるが、それらはクロの身を危険に晒す可能性のある諸刃の剣だ)

男「まず、喋り方だ。アンタは睦さんと同じトーンで喋り、同じ場所で単語を区切り、同じ癖でしゃべる)

???「…ふふんっ。それがどうした?ただの推測ではないか」

男「オレの記憶力を舐めんな。アンタは知らないだろうがよ…」

男「オレはその気になれば一か月前の夕飯だって思い出せるし」

男「本気を出せば十年前に道を聞いてきたオッサンの顔でさえ克明に思い出せるんだぜ?」



586:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/03(日) 14:16:38.24 ID:rjgYDLpdo



男(小さい頃からオレの記憶力は異常だった)

男(どんな些細なことでも記憶し、覚えてしまう)

男(だが、そこに欠陥もあった)

男(あらゆるものを覚えているせいで、記憶が制御できず精神を圧迫するのだ)

男(カレンダーの日付を見ただけで、その日に歴史上で起きた事件、その日が誕生日の有名人、そしてその日に自分が見聞きしたことが雪崩のように思考を包み込む)

男(八百屋のジャガイモを見ただけで、幾百もの料理名、調理法、そして自分がその料理を食べてどう思ったかが克明に頭の中を蹂躙する)

男(何度となく気が狂いそうになった)

男(何度となく死を考えた)

男(だが、九か月前の【事故】がそれを変えた)

男(オレは事故を境に、記憶を整理・制御できるようになったのだ)

男(まるで本棚から資料を取り出すかのように必要な時に思い出し、不要な時は記憶の底に眠らせる事が出来る)

男(――【忘れる障害】と引き換えに)





587:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/03(日) 14:17:44.23 ID:rjgYDLpdo

???「…それで?その推測を裏付ける証拠はあるのか?」

男「無いね。だが、警察が動く分には十分すぎる理由だろ」

???「…状況証拠と自白だけでは逮捕できない。そんな事も知らないのか?」

男「じゃあ、こっちからも言わせてもらう。……塵も積もれば山となるって言葉をな」

男「今、テメェの足元は状況証拠って名前のチリで出来た山の頂だ」

男「…一歩でも踏みちがえたら、死ぬぜ?」

???「…」

???「…あはは」

???「…あははははははは!面白い。自らの立場も弁えずその態度。そんなに黒川絢葉が大事か?風間祈衣を殺された事が悔しいか?」

???「…だが、無駄だ。無駄なんだよ。お前は愚かで哀れな籠(ケージ)の中の鳥。渡り鳥のように天を駆け、海を渡る事も出来ない」

???「…ただの、ちっぽけな小鳥なんだよ!」

???「…お前の言う通り私は睦紅兎だ!だが関係ない。お前は死ぬのだから!」

???「…もう待たない。薬を飲め」



588:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/03(日) 14:18:51.39 ID:rjgYDLpdo

■午前十一時??分

男(探偵は、来ない。もう一時間も二時間も話しているような気がする。信じた事が間違いだったのだろうか)

男(犯人がクロへと突き付けたナイフに僅かばかり込める)

男(これ以上の引き延ばしはもう無理だ。最悪の場合、クロは殺される)

男(探偵を信じて引き延ばすにしろ)

男(オレの持っている最後の切り札で犯人を追い詰めるにしろ)

男(どちらの道も――死神が笑う、脆く、危うい切り立った峠道だった)

男(踏み出しただけで崩れるこの道を踏破する方法を想像する)

男(今まで培った知識を総動員し、何十パターンも、何百パターンも)

男(それでも、犯人を追い詰めクロを助ける方法は)

男(何一つ浮かばなかった)


【お前は愚かで哀れな籠(ケージ)の中の鳥。渡り鳥のように天を駆け、海を渡る事も出来ない】


男(犯人の言葉が胸に突き刺さる)

男(――籠の中の小鳥)

男(――踏み出すこともできない脆い道筋)

男(なら、【飛べばいい】)

男(探偵を待つでもなく、犯人を追いつめるでもなく、もう一つの方法で)

男(籠の中の小鳥は大空を飛べない。だが、籠から抜け出し部屋の中くらいなら好きなだけ飛びまわれるのだから)

男(道が崩れるなら翔び越えてやろう。例え、翼が折れる結果となっても――)

男(――その時は犯人も道連れにしてやればいい)



589:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/03(日) 14:21:51.08 ID:rjgYDLpdo

男「最後に、一つだけ聞いてくれないか?遺言みたいなモンだ」

???「…一分だけだ。それ以上は待たない。黒川絢葉を刺す」

男「はぁ…ありがとよ」

男(犯人には弱点がある)

男(自分が絶対的に有利だと思っている事)

男(全てが自分の思うどおりに行くと思っている事)

男(つまりは、慢心だ。そこを狙う)

男「白状するけどよ。ずっと、ずっと時間を稼いでたんだよ。オレは」

???「…?」

男「時間を稼いで、良い方法は無いかって引き延ばしてた」

男「だけど、駄目だった。完全敗北だよ」

男「オレの目的は、風間のカタキを取りクロを連れ戻す事だった」

男「その為に、ノロマな動作で動いたり、嘘とハッタリで誤魔化そうとしたよ」





男「【睦さんを犯人って言ったり】な」



590:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/03(日) 14:22:32.72 ID:rjgYDLpdo

男(全部嘘っぱちだった。ハッタリだった。睦さんを犯人だなんてカケラも思っちゃいなかった)

男(全ては時間を稼ぐための嘘。的外れな犯人名を口にすれば、相手は喜んで話を聞くだろう)

男(それも、自分が罪をなすりつけようとしている相手の名前なら)

男(犯人はオレがクロを見捨て、逃げ出す可能性も視野に入れていた)

男(その為にスケープゴートが必要だったのだろう)

男(とんでもない頭のキレと用意周到さだった)

男(オレはその考えを逆手に取り、時間稼ぎに使った)

男(犯人の思惑通りにオレが物事を考えているのだからクロに危険が及ぶ事は無い)

男(そこまで考えての時間稼ぎだったが…)

男「けど、もう無理だ。ギブアップだ。復讐と救出、両方を達成するのは無理だって理解したよ」

男「…だから、交渉を申し込む」

男「犯人であるテメェに………」






男「………【石松彗絵】に!」



596:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/03(日) 21:36:14.51 ID:rjgYDLpdo

???「…くふふふふ……ふふふふふふ……ふはは………あははははははははははははははは!!!」

犯人「…小鳥が囀るなァァァァァァァァァァァァァ!!!!」

男(初めて不快そうな感情を混ぜ、犯人がナイフを振り上げ、オレの元に投げつける)

男(華奢な腕から投げつけられたナイフはオレの元に届く前に失速し、足元に刺さった)

男(相手が空手になったのを確認しオレは足を踏み出そうとする)

男(だが…)

犯人「…動くなよォ?じっとしてろ。だるまさんが転んだで遊んでるガキみてぇにな!」

男(既に犯人は外套の裏からもう一本のナイフを取り出していた)



597:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/03(日) 21:41:32.93 ID:rjgYDLpdo

犯人「…馬鹿じゃねぇのか?小鳥ちゃアん。どうせハッタリだろ?証拠とやらはどこにある。私は証拠なんざどこにも残してねぇんだよッ!」

男「あぁ。どこにも残してなかったさ」

男「テメェは本当に大した犯罪者だった。心からそう思っていたよ」

犯罪「…何で、何で全部過去形なんだ!ふざけてんのかッ!?

男「そう、過去形だ。何故なら今、【たった今、証拠が作られてる】んだよ」

男(今日は三十度を超える真夏日)

男(それでもオレは薄手の長袖を着ていた)

男(バイクを運転するから。ただそれだけの理由だったのだが、この長袖が武器になった)

男(オレは懐に手を伸ばし、裏ポケットから携帯電話を取り出す)

男(妹の――【美鳥の携帯電話】を)

男「電話の向こうでは、録音されている」

犯人「…携帯は奪ったはず!?」
                    スマートフォン
男「…あぁ。奪われたさ。【オレの携帯電話】はな。コレはオレのじゃない。借り物だよ」

犯人「…あ、あの馬鹿。ボディチェックをしなかったのか!?」

男「確かにテメェは大した犯罪者だ。だけどよ、テメェの手下はただの手足に過ぎなかったって事だな」

犯人「…クソが」

犯人「…クソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」

男「ナイフを振りおろすなッ!!振りおろしたらどうなるか分からないテメェじゃないだろうがッ!!」

男「オレはマジで交渉しようとしてるんだ!クロの命を助けるために、祈衣の復讐を諦めようとしてるんだよ!」



598:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/03(日) 21:43:20.17 ID:rjgYDLpdo

犯人「……」

犯人「…ククッ」

犯人「…クハハハハ。悪いねぇ。ちょっと取り乱した。でもさぁ、よく考えてみろよ」

犯人「録音してたからと言って、このボイスチェンジャーからどうやって石松彗絵って特定するのさ?」

犯人「どう考えても無理だろ。つーまーりー。小鳥ちゃんのやった事は全部無駄無駄無駄!ってことじゃねーかな?言っておくが私は石松彗絵じゃないぜ?」

男(再び、調子に乗った犯人の声。どうやら、悪知恵は働くようだが…重要な事を知らないらしい)

男「まぁ、普通は必要の無い知識だからテメェが知らないのも無理は無いさ」

犯人「…あ?」

男「そうだな。ミステリ好きか、捜査を仕事にしてるような奴じゃなきゃ知らない事だよ」

男「だけどよ。オレの隣にはいつも【ミステリや探偵が好きな女子高生】がいた」

男「死んじまった風間祈衣が!」

男(だから知っている。犯人の急所を。アキレスのカカトを!)



599:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/03(日) 21:45:30.44 ID:rjgYDLpdo

男「テメェが殺した風間祈衣が教えてくれた」







男「祈衣の無念が、祈衣の魂が、祈衣との絆が…一人じゃ何も出来ないオレに力をくれた」








男「例えカラダは死んでも、絆は永遠に生き続けるんだ!オレ達と祈衣の絆は!」









男「教えてやるよ…」








男「【ボイスチェンジャーでは声紋を変える事は出来ない】んだぜッ!!」



600:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/03(日) 21:47:43.96 ID:rjgYDLpdo

犯人「…!!」

犯人「…なッッ!!」

犯人「…デ、デタラメを言うなッッ!!!」

男(犯人が動揺するのがフルフェイスの上からでも分かる。これ以上追い詰めたらクロが危険だ。加減を少しでも間違えば交渉は決裂する)

男「デタラメかどうかは調べれば分かるさ。【ボイスチェンジャー】【声紋】あたりで検索すればすぐに分かる話だからな」

犯人「…」

犯人「…待ってろ。確認してやる。オマエのハッタリだと言う事をな」

犯人「…動くなよ。一歩でも動いたら黒川絢葉には死んでもらう」

男(犯人が誰かに電話をかける。二言、三言会話した後、彼女は携帯を床に叩きつけた)

犯人「…レコーダーの場所を教えろ!」

男「人質の解放が先だ」

犯人「…ならば、まずはケータイをよこせ」

男「同時なら良いぜ?」

男(携帯電話を指でつまみ、ひらひらと揺らし見せつける)

男(形勢は完全に逆転していた)

犯人「…クソッ!」

男(犯人がナイフでロープを切ろうとする)

男(これで、終わる。仇は討てなかったが、これから証拠を集めて追い詰めれば良い)

男(相手が逃げ出すかもしれないが、その時はその時だ)

男(祈衣はこう願うはずだ)

男(「ケージが死んででもくぅちゃんだけは助けなさいよ!」と)

男(…これでいい。これでいいんだ)



601:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/03(日) 21:48:16.55 ID:rjgYDLpdo

男(勝利ではないが、人質を助けられた満足感に満たされる)

男(だから、油断していた。してしまった)

男(犯人がナイフを振りかぶり、クロの首筋目がけて振り降ろしたのだ)

男(そして、その瞬間。オレの脇腹に強い衝撃)

男(横隔膜へ届くような衝撃、呼吸が出来ない)

男(苦痛の中、後ろを振り返り確認する)

男(そこには、フルフェイスを被った男が立っていた)



602:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/03(日) 21:49:01.99 ID:rjgYDLpdo

男(うずくまり、咳き込むオレの腹部に再び衝撃)

男(ブーツの先端で思い切り横隔膜を蹴り上げられる)

フルフェイス「…」

男(男は無言でオレの手から携帯電話をむしり取り、犯人のそばへと歩みを進める。オレの足元に落ちたナイフを回収するのも忘れていない)

男「…!!」

男(駄目だ。そのケータイだけは取られちゃ駄目だ。全てが、全てが台無しになってしまう)

フルフェイス「送信履歴から場所を割り出せばいい。これで証拠は無くなる」

男(フルフェイスで覆われている上、ぼそぼそとした声。誰なのか分からないが恐らくA組の生徒なのだろう)

犯人「…くふっ…ふふふ……はははははははははは!よくやった。よくやったよオマエ。さぁ、早くソレをよこせ!」

男(勝利から、圧倒的絶望へ)

男(あの時、後ろに迫る陰に気づいていれば…)

男(犯人がナイフを振り下ろす姿はフェイクだった。背後に近付くフルフェイス男に気付かせない為の)

男(…もう、駄目だ。万策……尽き、た)

男(もう、交渉の材料はどこにもない)

男(オレに出来るのは、恨めしげな瞳で犯人を睨みつける事だけだった)



609:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/04(月) 01:43:40.39 ID:JGa3rrwao

男(犯人が携帯電話を受け取ろうと手を伸ばす)





男(フルフェイスの男が右手で携帯電話を差し出し――)





男(――【犯人の腕を蹴り上げた】。黒川絢葉にナイフを突き付けている手を)



男(そしてそのまま左手のナイフを犯人の喉元にあてがう)


男(一瞬の早業。場馴れしているなんてレベルじゃない)


男(プロの域だった。そう、暴力のプロの)



610:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/04(月) 01:46:17.98 ID:JGa3rrwao

■十一時二十五分

フルフェイス「人質をっ!」

男(フルフェイス男の声に反応し、慌ててクロの元に駆け寄ろうと足を踏み出す)

男(だが、無情にも俺の脚は腐った床板を踏みぬき。沈んでしまった)

フルフェイス「…チッ!」

男(男の舌打ち。だが狼狽は一瞬)

男(次の瞬間には犯人に強烈な前蹴りが叩きこまれていた)

男(今までの人生で受けた事も無いような衝撃に、数メートルほど転げ壁に激突する犯人)

男(フルフェイスの男はその隙にクロを抱きかかえオレの元へ戻ってくる)

後輩「…先ぱ……い。ありが……と…う」

男(痛みと恐怖からか、緊張の糸が切れたからか、クロは気を失ってしまう)

フルフェイス「すまない。待たせた」

男「誰…だ?」

フルフェイス「…誰だとは心外だな」

フルフェイス「俺の事を忘れたのか?」

男(そう言って、被っていたフルフェイスを脱ぎ素顔をさらけ出す)

男(ヘルメットの下には…)

男「…………誰?」

男(見知らぬ男の顔が隠されていた)



611:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/04(月) 01:46:54.56 ID:JGa3rrwao

??「はぁ…そう言えば本当に【忘れ】てるんだったな。お前のボディガードだよ」

男「…と言うと、時間を稼げって言ったのは」

探偵「俺が到着するまでのって事。外の奴らを襲って服を奪ったせいで少し遅れたけどな」

男「どうやってここを?何も教えてないはずですけど」

探偵「それはまぁ…後で、だ」

男(探偵は起き上がろうとする犯人を見ながら、そう言った)



612:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/04(月) 01:47:22.17 ID:JGa3rrwao

男(小声)「無力化できませんか?」

探偵(小声)「相手はまだナイフを持っている。無傷は厳しい。大怪我させる方法ならいくらでもあるんだが」

男(小声)「オレとしては死んでもらっても良いんですけどね」

探偵(小声)「同意見だ。だが大人としてはそうもいかないんだよ」

男(小声)「だったら、オレに任せてください。相手を潰してやりますよ」

男(小声)「――精神的に、ね」



613:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/04(月) 01:48:51.57 ID:JGa3rrwao

探偵「もう抵抗は無駄だよ。外の連中は無力化させてもらった。と言っても二人しかいなかったけどね」

犯人「…黙れ。黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れェェェェェェェェ!!!」

男「黙るのはテメェだよ。石松彗絵。もう、終わりだ。何もかもな」

犯人「違う。違う違う違う!!私は石松彗絵じゃない。睦紅兎だ!犯人は睦紅兎なんだよ!!」

男「犯人は死体遺棄事件の件で警察にマークされていた。だから、捜査の手が止まるまでオレを殺すのを待っていた」

男「それが石松彗絵、テメェだ。警察にマークされていた人物。既に知り合いの検視医経由で警察から裏付けを取っている」

男(それが昨日の夜、兄貴から聞いた事。【石松彗絵はイエス】【睦紅兎はノー】)

男(オレの推理は当たっていたのだ。石松彗絵は警察からマークされていた)

男「テメェにとって嬉しい誤算は、オレが事件前後の記憶を【忘れ】ていた事」

男「だが、何かの拍子でいつ思い出すかも分からない」

男「テメェは危険な爆弾を早急に処理しなければならなかった」

犯人「…そ、その前提がおかしいんだよッッ!石松彗絵には完璧なアリバイがあるだろう!?」

男「囀るなよ。ピーチクパーチクうるせぇぞ?テメェは小鳥かよ」

男(意地悪な笑みを浮かべてやる)

男「テメェのアリバイは―――真っ赤な嘘だ」



614:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/04(月) 01:49:46.90 ID:JGa3rrwao

男「テメェは覚えているか?昨日の事を」

男「テメェに聞き込みにった放課後の事を」

男(わなわなと震えるだけの犯人に続ける)

男「その時、オレの後ろに睦さんがいたよな?」

男「睦さんにはちょっとした特技と、癖があるんだよ」

男「彼女には【嘘が分かる】」

男「そして、誰かの嘘を聞くと【凄まじく不機嫌になる】って言う、な」

犯人「…それが、どうしたって言うんだよ!」

男「テメェがアリバイがあると言った時」

男「そして椎原がテメェのアリバイを証言した時」

男「さらに、オレが『脅されてないな』と確認し、椎原がイエスと答えた時」

男「睦さんはとんでもなく不機嫌なオーラを出していたんだよ。オレの後ろからな」







615:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/04(月) 01:50:28.46 ID:JGa3rrwao

■回想/七月十三日(昨日)放課後 3-A教室

嬢『…嘘だな』

嬢『私を落胆させまいと思ったのか?だが、嘘は駄目だ』

男(あの時、見た事も無いような不機嫌さで彼女はオレを睨んだ)

男『…ごめん。気を付ける』

男(そして、オレが謝罪した瞬間に彼女の不機嫌さは嘘のようにどこかに行ってしまった)





陰女『…私は無関係』

男(石松彗絵がそう言った時、睦さんはオレを睨みつけた)

男(だが、それは違った。彼女が見ていたのはオレでなく、嘘を吐いた石松彗絵だったのだ)





男『アリバイの証言って…ソレ、本当なのか?脅されたり強要されたりしてるんじゃないんだろうな』

女子『そんな訳無いじゃないですか!私は確かに石松さんを校舎裏で見かけました!』

男(この時も。視線が痛いくらいに睦さんはオレの方を睨みつけていた)

男(そして、犯人たちはそれに気づいていない)

男(偶然にもオレの背中が彼女の視線を犯人達から隠していたのだろう)



616:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/04(月) 01:55:24.70 ID:JGa3rrwao

探偵(小声)「…さっきの録音ケータイ突き付けてやれよ。一応、こっちでも録音してるけど」

男(小声)「無理です。アレ、ハッタリですから…。録音なんかしちゃいませんよ」

男(小声)「人のケータイの使い方を調べる余裕なんかありませんでし。奴との電話を録音してたオレのスマフォもブッ壊れてる上に所在不明ですもん」

探偵(小声)「…は?お前、ハッタリだけで誘拐犯から人質を取り戻そうとしてたのか!?」

男(小声)「まぁ、そんな所です。ぶっちゃけ来てくれなかったら囲まれて殺されてたかもしれません」

男(小声)「しかも、相手はアレがハッタリだった事に気付いてますね。探偵さんがケータイ渡すフリをしたときに待ち受け画面になってたのを確認してましたから」

探偵(小声)「末恐ろしいガキどもだなオイ…。ウチの見習いに教えてやりたいよ」



617:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/04(月) 01:56:42.38 ID:JGa3rrwao

犯人「…結局なぁ!オマエの言ってる事は全部状況証拠にしか過ぎないんだよっ!」

犯人「…私は睦紅兎に脅されているだけの被害者なんだ!これはどうやっても覆せない!何故なら、他の誰もがそう証言するからだ!」

男「おいおい。さっきと言ってる事が違うぜ?テメェが睦紅兎じゃなかったのかよ」

犯人「…さぁ?記憶にないなぁ!私はそんな事を言っちゃいねぇからなぁ!!アハハハハハハハ!!!」

男(やはり録音していない事に気付いている。奴は脅されただけの実行犯を演じるつもりだ)

男(今まで【警察に捕まらない】と言う方向から、【より軽い罪で逃げ切る】方向にシフトしやがった)

犯人「…事件の日に、現場近くで石松彗絵を見たと言う証拠はあるのかな?」

犯人「…椎原理恵が脅迫されていたって証拠はあるのかな?」

犯人「…証言も証拠も無いんじゃどうしようもないよなァ!私が罪に問われるのはせいぜい傷害程度だ。誘拐などはしていない」

犯人「…何故なら、黒川絢葉は自分の意思で私の元に来たんだからな!」

男「チッ。クロも脅してどうにかしたって事か。どれだけ悪党なんだよ」

男(だが、犯人の言う事も事実)

男(ここで取り押さえる事は簡単だが、それでは根本的な解決にはならない)

男(相手はちょっとした障害程度の罪に問われ、すぐにでも釈放される)

男(もしかしたら保護観察処分程度…最悪の場合、今回に限り無罪放免で済まされるかもしれない)

男(今回の件で警察も徹底的に石松彗絵の周囲を捜査するだろうが、周囲が石松の言いなりである以上確実とは言い難かった)

男(そもそも、奴の【手足】にされている人間がどれほどいるのかも分かっていないのだ)

男(そして、釈放された先にあるのは犯人からの報復。ろくでもない未来だ)

男(探偵もそれが分かっているから取り押さえずにオレに任せてくれているのだろう。彼がその気ならば相手の骨の一本や二本をへし折って拘束されているだろうから)

男(せめて、何かきっかけさえあれば、石松彗絵がかけた脅迫と言う名の呪縛を解き放つ事が出来るのに)



618:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/04(月) 01:58:08.19 ID:JGa3rrwao

犯人「…アハハハハハハハハハハハ!!!黙っちまったなぁ!どうしたんだ?探偵さんよぉ?」

男(悔しいが、決定的な証拠は無い)

男(このまま取り押さえて警察に引き渡すか?)

男(全ての捜査を警察に委ね、報復に怯えながら毎日を過ごすのか?)

男(黒川絢葉を再び危険に巻き込むのか?)

男(嫌だ。出来ない。それだけは絶対に)

男(だが、オレの高ぶる感情とは裏腹に、犯人を追いつめる方法は全く思いつかなかった)

男「チッ。せめて…何を【忘れ】てたのかが分かれば」

犯人「…一生思い出さなくて良いぜ?まぁ、思い出す前に不幸な事故で死んじまうかもしれねぇけどなァ!!アハハハハハハハハハハハハハ」


???「何を【忘れ】てるのか分かれば全て解決なの?」


男「あぁ、多分な。そこさえ思い出せれば、クロを攫い、祈衣を殺した犯人をぶっ潰す事が出来る」


???「ふふふー。教えてほしい?」


男「それが簡単に分かれば苦労しないっての…って」

男「…」

男「…」

男「…え?」



619:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/04(月) 01:58:36.71 ID:JGa3rrwao

男(ありえない事態が起きた)

男(聞こえないはずの声が聞こえた)

男(後ろを振り返り、確認する)

男(オレは夢でも見ているのだろうか)

男(だって、そうだろう?)

男(ファンタジーやSFじゃないのだ)

男(死んだ人間は生き返らないし、幽霊なんて存在しない)

男(なのに、何故だ)

男(何故、コイツがオレの目の前にいると言うのだろうか)











???「なら、教えてあげるわ。このアタシが!」









女「名探偵たる、風間祈衣がね!」キラッ



620:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/04(月) 01:59:40.16 ID:JGa3rrwao

男(どう言う訳か全く理解できないのだが…)


男(右手と左足をギプスで固められて)


男(顔にも包帯をぐるぐる巻きにされているミイラが)


男(アニメに出てきたアイドルのポーズを取り)


男(死んだはずの風間祈衣の声で)


男(高らかに宣言していた)



621:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/04(月) 01:59:42.73 ID:UXpkrbaZo

よっしゃあああああああああああ



630:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/04(月) 23:46:06.20 ID:NgKLOF0AO

生きてたァァァァァ!!(´;ω;`)



637:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 20:00:43.62 ID:7MqwYLZ0o

男「…な、何で」

女「ごめんね。後で説明するから。でも、アタシは生きてる。足だって付いてるのよ?」

男「馬……鹿…。こんなときに冗談言いやがって!」

女「うん。ごめん」

男「いや、オレこそ。すまない。オレが情けないからお前をそんな傷だらけにしちまった」

女「いいってば。悪いのはそこの犯人なんだから…」

女「ちゃっちゃと追い込んで通報しましょう!」

男「だからお前はウサ美ちゃんかっての」

男(軽口を叩く。いつものように。今までのように)

男(それだけ。ただそれだけなのに)

男(どうしてこんなにも胸が高鳴り、目頭が熱くなるのだろう)

男(戻ってきたんだ。かけがえのない大切なものが)

男(あんなにも遠く、二度と手に入らないと思っていた何物にも代えられない幸せが)

男(だから、今のオレは――オレ達は、誰にも負けない)

男(そうだろ?【自称名探偵】)



638:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 20:03:03.95 ID:7MqwYLZ0o

犯人「…風間祈衣だと!?オマエは死んだはずじゃ!?」

男(当然の疑問だ。オレだってそう思う。会話した今でもゾンビか幽霊かミイラか何かにしか思えない)

男(そう、確かに祈衣は死んだはずだ。ニュースで放送され、探偵のオッサンの口からも死んだと聞いた)

男(なのに、何故だ。何故なんだ…?)

???「―――それはね、僕が流したデマだよ」

犯人「…誰だ!?」

???「通りすがりの医者さ。大学病院勤めのね」

犯人「…大学…病院。まさか!?」

???「そう。セクションは違うけど、君のご両親の部下だよ。石松彗絵さん」

男「…兄貴!どうしてここに」

兄「祈衣ちゃんがどうしても来たいって言うからね。警察も救急車も呼べない状況みたいだったし、医者は必要だろ?」

???「連れてきたのはワシらだがな」

男「その声は…葛城さんか!」

所長「野郎ども!早くお嬢をお医者さんに診させてやれ。そして、風間。そこの健忘症にとっとと教えてやりな!」

所長「そこの何でも思い通りに行くと思ってるクソガキをぶっ飛ばす鍵(キー)って奴をよ!」

犯人「…ッッッッ!!」



639:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 20:05:21.04 ID:7MqwYLZ0o

女「アンタが犯人ね…」

犯人「…おい、やめろ」

男(犯人の声が震える)

女「アタシは、ケージの【忘れ】た【ことば】が分かってる」

女「昨日、すぐに伝えなかった事がこんな事態を招くなんて思ってもいなかったわ」

男(だが、怯える犯人をよそに、祈衣は言葉を続ける)

犯人「…止めろ、止めろォォォォォォォォォ!!!」

男(ナイフを構え、飛びかかろうとする犯人。だが)

犯人「!?」

男(腐った床板を踏み抜き、そのまま倒れ込む)

男(その隙をついて探偵が飛びかかり、ナイフを奪い、組み伏せた)

女「アタシのせいでくぅちゃんがこんな目に遭った」

女「悪いのはアタシ…。だけど…だけど……」

女「アンタだけは、絶対に許さない!」

女「ケージ!聞いて!あなたが【忘れ】た【ことば】。それは―――」


犯人「…やめて!お願い!お願いだからァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」


男(犯人が絶叫し、暴れようとする。だが、関節を完全に極められているため身じろぎ一つ出来ない)

男(そして、祈衣は遮ろうとする犯人に負けない声量を張り上げ、続けた)



640:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 20:08:12.70 ID:7MqwYLZ0o

女「―――【ジャージ】!それも、【青色のジャージ】!平坂高校三年生が着てる通称、【青ジャージ】よ!」





男(青…ジャージ……)







男(その言葉を聞いた瞬間)








男(オレの目の前が――――歪んだ)



641:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 20:09:06.11 ID:7MqwYLZ0o

男「………ざ……な」

男「……ふざけんな」

男(全て、思い出した)

犯人「…あ、あぁぁぁ」

男「オレはこんな事のせいで命を狙われてたのかよ」



男「クロはこんな事のせいで拉致られて恐ろしい目に遭わされたのかよ!」




男「祈衣はこんな事のせいで襲われてボロボロになっちまったってのかよ!」




男「【オレが事件の直前に、ジャージを着たお前らが一緒に屋上に上がるのを見た】ってだけで」





男「それだけで殺されないといけないのかよ!?」



642:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 20:09:43.70 ID:7MqwYLZ0o

男(衣替えを控えたあの日は、六月にしては冗談みたいな猛暑だった)

男(それでも校則のせいで通学時は冬服)

男(地獄のような暑さを味わった記憶がある)

男(それ故に、球技大会に参加の際はほとんど全員がジャージではなく、夏用の体操服を着ていた)

男(自分のクラスの最後の試合が終わり、あまりの暑さに耐えれなくなったオレはサボってエアコンの効いた図書室に避難しようとしていたんだ)

男(そこで、オレは奴らを見た)

男(あの暑さの中、ジャージで階段を昇っていく四人を)

男(A組の梶原、山本、龍川、そして)




男(石松彗絵を)



643:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 20:10:46.38 ID:7MqwYLZ0o

男(あの瞬間は何も思わなかった)

男(暑いのに、どうしてジャージを着てるんだ?と思った程度だ)

男(そして、冷房の効いた図書室で眠ってしまった)

男(体調も関係するが、服用している睡眠薬のせいでオレは時々昼間でも寝てしまう)

男(その日は遅くまで映画を見ていたのでなおさらだった)

男(司書室に引っ込んでいた司書がオレを見つけるまでの数分間の居眠り)

男(僅か数分のうたた寝がオレの記憶を奪い、その後今回の事件に巻き込まれた)

男(これが全ての――真相)

男(たったそれだけの事で、オレは命を狙われていたのだった)



644:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 20:12:19.83 ID:7MqwYLZ0o

女「なるほど。ジャージね」

女「【ゲーム】は命綱があるけれど、落ちれば壁で擦って怪我をする可能性がある」

女「ジャージは長袖だし、怪我の予防ってトコ?」

男(言われてみれば納得だ。オレもバイクに乗るときは必ず長袖を着る。転んで怪我をした事があるからだ)

犯人「…はは、ははははははははは。そ、そ、それがどうした!?」

犯人「…オマエが私を見たと証言したところで、椎原理恵が嘘をついているとどう証明する!」

犯人「…私は捕まらない!私は無敵だ!何でもできるんだ!オマエら如きに負けたりはしない!」



645:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 20:13:51.34 ID:7MqwYLZ0o

男(狂ったような犯人の高笑い)

男(凶器を帯びた哄笑は世界の終わりまで続きそうだったが)

男(勿論そんな事は無く、十秒程度で息が切れてしまう)

男(途端に部屋を支配する無言の空気)

男(誰もが犯人に呆れて言葉が出なかった)

男(誰もが犯人の愚かさに唖然としていた)

男(誰もが犯人の往生際の悪さに疲れを感じていた)

男(言葉も無くただ、複雑な感情の交じった瞳で犯人を見つめている)

男(何秒も、何秒も)

男(耳に入るのは耳に障る蝉の鳴き声だけ)

男(どれくらいの時間立ち尽くしていただろうか)


???「愚かね。愚か過ぎて見ていられないわ」


男(この場にいるはずの無い人間の声が突然割り込んできた)



646:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 20:14:22.60 ID:7MqwYLZ0o

男(オレは、この声を知っている)

男(誰にも屈しないと言う誇りに満ちた響きを知っている)

???「それとも、自分の愚かさに気付いていないのかしら?」

男(特徴的な喋り口を知っている)

男(それが、他人の前で行う演技だと言う事も知っている)

男(オレと二人で話すときと違う事を知っている)

嬢「あなたのその愚かで分厚いツラの皮。私が引き裂いてあげるわ」

男(外から吹き込む風で長い金髪を、薄手のワンピースをたなびかせ)

男(オレ達の後ろ。部屋の入口に睦さんが、睦紅兎が立っていた)



647:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 20:15:47.59 ID:7MqwYLZ0o

嬢「私が証言するのだわ。椎原さんは嘘の証言をしていると」

男(相変わらずの所々間違った語尾。だが、言葉は鋭く犯人を突き刺す)

男(探偵の時もそうなのだが、誰も彼もがここに居る事に関して一切の説明が無い。そんな場合じゃないのは分かっているのだが)

犯人「…いいのか?【秘密】がばら撒かれても?」

嬢「ふふんっ」

男(犯人の態度に、睦さんが纏う空気が変わった)

嬢「私の【秘密】はここに居る者に知られたところで意味は無い」

嬢「そして、貴様が逮捕されれば誰も信じる者はいない」

嬢「だから、もう私を縛る枷はどこにもない。貴様に、私を操る事は出来ない!」

犯人「…!!」



648:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 20:17:06.25 ID:7MqwYLZ0o

嬢「梶原達が【ゲーム】をしている時間、貴様は中庭で一人で携帯をいじっていたと言っていた」

嬢「だけど、それはおかしい。私はあの時間【教室に水筒を取りに来る椎原さん】を見ていたのだからな」

嬢「不思議だろう?教室で私と顔を合わせたはずの椎原が私のアリバイを証言せずに」

嬢「校舎三つ分も離れた中庭に居る貴様のアリバイを証言しているのだ」

男「なるほど、な。睦さんも脅されて反証出来なかった訳か。これでチェックメイトだな」

犯人「…だが、だがそれでも、椎原の証言は覆せない!私が椎原理恵の【心】を握っている限り!」

男「まだ言うか…この犯罪者は…」

犯人「…私は分かるんだぞ!人の弱みがっ!見ただけで!知られたら死んだ方がマシだと思えるような秘密が!」

犯人「…だから、私は誰だって操れる!無敵、無敵なんだ!そう、神の様な力を持ってるんだ!」

男「はぁ…」

男(オレには、もはやため息を漏らす事くらいしか出来なかった)



649:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 20:23:40.23 ID:7MqwYLZ0o

男(オレには、もはやため息を漏らす事くらいしか出来なかった)

男(余りにも哀れ過ぎた。余りにも惨め過ぎた。もう見ていられない)

男(恐らく、今まで多くの人間の弱みを握り操ってきたんだろう)

男(その経験が、成功が、犯人に神のような万能感と傲慢さを与えた)

男「テメェは人の弱みが見えるだなんて超能力者なんかじゃない。ましてや、神でも万能でも無い」

男「無敵の神の力だって?ふざけるな。そんなモンはただの妄想だ」

男「だったら何故最初からオレを脅して口止めしない?」

男「いい加減認めるんだな」


男「…テメェは――弱くて、脆くて――」


男(相手を指さし、真っ向から睨みつける)


男「無力で、一人では何も出来ない――」


男「――オレと同じただのガキだッ!!」


男(きっぱりと、躊躇も迷いも逡巡も何もなく)


男(ただ、真っ直ぐにオレは言い放った)



犯人「……う」

犯人「…・うぅぅ」


犯人「……・うわあああああああああああああああああああああああ!!!!」



―――探偵が呼んだのだろうか。犯人の叫びに交じり、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。



650:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 20:25:34.72 ID:7MqwYLZ0o

男「テメェが逮捕されれば――オレや睦さんが証言すれば、テメェの支配は崩れ去る」

女「人殺しの言う事なんて誰も信じないもんね」

嬢「殆どの人間は貴様を見限り裏切る。私のようにな」

男「テメェが今までやってきたアリバイ工作は完璧に崩れ去り、裁きを受ける」

男「こう言う時、祈衣だったらもっと気の効いた決め台詞が吐けるんだろうけどよ」

男「生憎、オレはそんなモノは持っちゃいない」

男「だから、一つ。一つだけ言ってやる」


男「――諦めろ。テメェの逃げ道はもう、この世界の何処にも無い」


男(この言葉が止めとなり、がくりと首(こうべ)を垂れる犯人)

男(もはや石松彗絵には抵抗する気力など残っていなかった)



651:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 20:27:02.37 ID:7MqwYLZ0o

その後、到着した警察により石松彗絵は連行されて行った。

彼女の罪状は略取・誘拐と傷害の現行犯。
逮捕の時点ではその程度でしかなかったが、その後の警察の捜査で大量の余罪が明らかになる。
脅迫に強要に死体遺棄、殺人未遂に自殺教唆、さらには轢き逃げその他、傍から見れば冗談としか思えない数の罪が白日のもとに晒された。

さらに特筆すべきは、それらほとんど全ての事件に平坂高校三年A組の生徒が脅されて関与していたと言う事だ。
それ故、今回の事件は少年犯罪史に名を残すような大騒ぎに発展するのだが――


――その騒ぎに主犯の石松彗絵が関わる事は無かった。


逮捕の翌日、七月十五日に石松彗絵は警察署内で自殺する。
死体遺棄事件の共犯者の少年、龍川明正と同じように。






655:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 21:08:12.04 ID:7MqwYLZ0o

■七月十四日 午後零時半 
                       バン
■鎌倉市山道 黒川探偵事務所の社用車

後輩「にゅー」

男「おいっ、くっつくな!」

所長「……くっつく、だと!?お嬢に何をさらしてんだ!!エンコ詰めさすぞオラァッ!」

男「オレが抱きついてる訳じゃねぇよっ!こら、離れろ!」

後輩「君にくっついていると、アバラの痛みが薄れるんだ」

男「あぁ、もう。勝手にしろバカ」

男(これからクロと祈衣を病院に連れて行き、その後警察署で事情聴取されることとなっていた)

男(まだまだやらなければならない事は山積みだが、事件は一応の終わりを迎えたのだ)

男(パトカーと共に救急車も来たが、目を覚ましたクロは搬送を拒みオレ達と一緒に居た)

男(ちなみに、オレのバイクは後から来た探偵社の所員が自宅まで運んでくれると言う事なので任せている)

男(正直、今のオレに運転して帰る気力など残ってはいない)

男(喋るのも億劫な程に肉体も精神も疲れ果てているのだが、聞きたいことは山ほどあった)



656:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 21:08:45.81 ID:7MqwYLZ0o

男「そもそも、何で祈衣が生きてるんだよ…。アンデッドだったのかお前って?」

女「最初から死んでないわよ。頭を打って気絶したけど。心配した?心配した?」

男「馬鹿!ンな訳…」

後輩「あるよね…?フフフ」

男「待て!待て!お前は何を言うつもりだ!?」

後輩「【祈衣の無念が、祈衣の魂が、祈衣との絆が…一人じゃ何も出来ないオレに力をくれた」

後輩「例えカラダは死んでも、絆は永遠に生き続けるんだ!オレ達と祈衣の絆は!】キリッって言うくらいだし」

女「キャー!!カッコイー!」

後輩「とうとう君も【こちら側の住人】だね」ニコッ

男「止めろォォォォォォォォォォォォ!!!」

探偵「き…きずな…」プククッ

男「笑うなァァァァァァァァァァァァ!!!」



657:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 21:09:30.43 ID:7MqwYLZ0o

男「…そ、そそそれはさておきだな!本当に大丈夫なのか!?」

兄「あぁ、それならCTスキャンやレントゲン画像を見せてもらったけど、全く異常無し。骨折以外は完全な健康体だよ。週明けにも学校に行けるくらいだ」

女「単位は足りてるからしばらく休むつもりだけどね。利き手が使えないから授業も厳しいし」

男「そうじゃなくて、オレは確かに葛城さんからお前が死んだって…」

所長「あぁ。アレは嘘だ」

男「嘘かよ!?」

所長「誰かがお前の様子を見てるかもしれんかったからな。風間が生きてると万が一にも知られる訳にはいかんかった」

男「だけど、何でそんな嘘を言うんだよ?テレビにまで流れてたんだぞ?」

兄「彼女の……睦さんの提案なんだ」

男「…睦さんの?」

兄「突然病室に駆け込んできてね。提案と…ここに連れてきてくれって」



658:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 21:11:02.86 ID:7MqwYLZ0o

嬢「―――仕方ないわ。説明してあげようかしら」

嬢「私の育ったロシアで、ある事件があったの」

嬢「ある夫妻が暗殺者を雇って、女性を殺そうとした」

嬢「女性は、夫妻の汚職を調査していてどうしても邪魔だったから」

嬢「その動きを知った警察は暗殺者を懐柔し、女性を殺す演技をさせた」

嬢「その後、テレビで大々的に女性が殺されたと嘘のニュースを流させ」

嬢「夫妻が暗殺者に成功報酬を渡そうとしているところを逮捕」

兄「まぁ、日本では囮捜査は禁止されているからここまで大がかりな事は出来ないけどね」

嬢「けれど、死んだはずの人間の葬儀が起きなければ犯人は不審に思うわ」

嬢「日本の警察は囮捜査は出来ないけれど、轢き逃げ事件解決の為に被害者の周囲を探る事は出来る」

嬢「そして、被害者の周辺をうろつく不審者を捕まえるのは警察の仕事」

男「なるほど…。そいつを尋問して実行犯と黒幕を吐かせるって事か」

兄「そう言う事。それに、亡くなった事にすれば祈衣ちゃんが狙われる事もなくなるしね」

兄「祈衣ちゃんが運ばれてきたのが、僕の勤務先の病院だったのもラッキーだったかな。他の先生がたにも簡単に話が通せたし」

兄「あぁ、そうそう。今頃、ニュースを報じた局では被害者が奇跡的に助かったって報じてるはずさ」

兄「ま、報道には名前も学校名も出てないんだけどね」

男「いや、そんな簡単にできるモンなのか?」

兄「僕は検視医だよ?警察へのコネの一つや二つあるさ。今までの経緯を全て話したら快く協力してくれたよ」

兄「それに…可愛い弟に、【僕の出来る事なら何でもする】って言っちゃったし、約束は守らないとさ」

男「はぁ…。似てないと思ってたけど、アンタは間違いなくオレの兄貴だよ。ちょっとだけ見直した」



659:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 21:11:56.63 ID:7MqwYLZ0o

男「そう言えばもう一つ気になってたんだ。どうしてオレの場所が分かったんだ?」

所長「あぁ、ケータイだよ」

男「ケータイ?」

所長「GPS位置情報システムってのがあってな。普通はワシらみたいな仕事の人間や、営業職の人間が部下が何処に居るのかを管理するためのサービスなんだが」

所長「お前の兄貴が、お前らのケータイをそれに加入させてたんだよ」

男「…」

男「…ちょっと待て」

兄「美鳥も慶二も、可愛いから犯罪に巻き込まれないかと不安で…」

男「過保護にも程があるだろ!勝手にワケの分かんねーモンに登録しやがって!今までオレがどこに居るのか筒抜けだったのかよ!?プライバシーの侵害だこのバカ兄貴!前言撤回だ!見直したりしないからな!一生してやらねぇ!」



660:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 21:12:57.27 ID:7MqwYLZ0o

探偵「馬鹿かお前は。馬鹿な天海慶二、略してバケージか。その過保護お陰で助かったのは事実だろ?」

男「何だバケージって!?それに、そうだ!アンタもどうしてオレを二回も蹴り飛ばしたんだよ!最初の一撃で動けなかったっての!」

探偵「午前中にオレが声をかけようとしただけでハイキックされたからな。アレは痛かったぞ」

男「私怨かよ!?仕方ないだろっ!【忘れ】てるんだから!そう言えばあの時の不審者はアンタだったよ!水に流せよそれくらい!」

探偵「一回は一回です」

男「デスノートか!?L気取りか!?名探偵気取りなのか!?」

女「何言ってるの?名探偵はアタシ…」

男「やかましいわ!!あと、クロ!人が何も言わないと思って胸に顔をうずめるな!」

所長「ンだと!すぐに車止めるから表に出ろや!骨の二、三十本砕いてやるからよおォォォ!!」

男「アンタはアンタでクロに対して過保護すぎなんだよっ!面倒臭ぇっ!全力で面倒臭ぇっ!」

女「あっ…!」

男「今度は何だよ畜生!」

女「アタシが警察に通報しようとしたのに、忘れてた!」

男「知るかッッ!!」

嬢「ふふっ。…あなたも大変ね」

男「そう思ってるなら手伝ってくれませんかねェェェェェェ!!



661:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 21:13:24.08 ID:7MqwYLZ0o

男(ボケてツッコんで叫んで騒いで)

男(怒鳴り散らして、声を荒げて、不満だらけの憎まれ口を叩いて――)

男(それでも、オレは満足だった)

男(大切な物を何一つ失わずに済んだのだから)

男(一人ではこんな結果は生まれなかった)



662:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 21:13:49.75 ID:7MqwYLZ0o

―――祈衣がいたから犯人に立ち向かえた


―――兄貴がいたから犯人の正体に近付く事が出来た。



663:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 21:14:37.95 ID:7MqwYLZ0o

後輩「いいなー。風間先輩。僕も絢葉って呼んで欲しいよ」

男「止めろ!またそこの所長がキレるだろうがっ!」

探偵「お熱い事で。羨ましい限りだ」

男「やかましいっ!っつーか、何でアンタが運転せずに所長が運転してるんだよ!?上司だろ!」

探偵「こんなヤクザ探偵と一緒にすんな。俺は協力を頼まれた別の事務所の人間だ」

男「…【ヤクザ】。ヤク……ザ…。あー……畜生!【ヤクザ】だ!」

後輩「何か思い出したみたいだね」

所長「それも、とんでもなく失礼な事をな。ワシらの事を何だと思ってるんだよ」



664:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 21:15:03.19 ID:7MqwYLZ0o

―――クロがいたから、探偵が助けてくれた。


―――探偵がいたから、誰も死なずに済んだ。



665:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 21:16:03.68 ID:7MqwYLZ0o

男「睦さんもありがと。コイツの事考えてくれて。オレ、あんなに酷い事言ったのに…ごめん」

嬢「べ、別に気にする事はないのだわ。私はいけすかない犯人を叩きのめしてやっただけかしら」

女「あれー。照れてるの?何だか語尾がおかしいのだわよかしら」

後輩「所謂ツンデレなのかな?喋り方と言い、彼女も【こちら側】に来る資格が…」

嬢「だ、黙れっ!私は別に照れてなどいない!決して人にお礼を言われ慣れていないから恥ずかしいなどと…」

男「誰も聞いてないって、ンな事。後、喋り方が素に戻ってるぞー?」

嬢「う、う、うるさいっ!ばか!だまれ!」



666:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 21:16:36.96 ID:7MqwYLZ0o

―――睦さんがいたから犯人に辿りつけた。


―――犯人と決めてかかってしまったのに、彼女はオレを助けてくれた。



667:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 21:17:21.72 ID:7MqwYLZ0o

アイツらには笑われてしまったけれど、オレは確かに感じている。

確かな【絆】を。

この中の誰か一人でもいなければオレは犯人を追いつめる事は出来なかった。

犯人は俺に向かい、こう言った。


【お前は愚かで哀れな籠(ケージ)の中の鳥。渡り鳥のように天を駆け、海を渡る事も出来ない】、と。


犯人の言った通り、オレは…いや人は、一人では何も出来ない籠の中の小鳥だ。

どんなに優秀な頭脳を持っていても。どんなに強い肉体を持っていても、籠の中の小鳥が大空を羽ばたく事は出来ない。

犯人は、非凡な存在だが【一人】だった。どれ程の人数の【手足】がいたとしても、結局のところ【一人】だった。

そう、皮肉にも本当の意味で籠の中の小鳥は犯人だったのだ。

それが、オレと犯人との違い。決着の分かれ目。そして、彼女の敗因だった事は間違いない。



668:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 21:18:05.05 ID:7MqwYLZ0o

オレは障害を負ってからずっと、能動的に他人と関わる事を避けていた。

忘れる事が怖くて【絆】を紡ぐことから逃げていた。

だけど、オレが今まで逃げていた絆がオレを助けてくれた。

幼馴染との、大切な後輩との、家族との絆が。

絆があれば、一人じゃなければ、友が、仲間が、大切な人がいれば!

籠の中の小鳥でも大空を飛べる。不可能だって可能に出来る!

大切な人を救う事だって、奪われた平穏を取り戻すことだって。

籠の中の鳥が大空と飛ぶ事だって。

どんな事だって出来る!

平穏を奪われ、クロが攫われ、祈衣を失って。

その時、ようやくオレは気付く事が出来たんだ。

かけがえのない人たちと、そして彼女たちと紡ぐ絆に。



669:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 21:18:33.45 ID:7MqwYLZ0o

車の中ではまだまだ馬鹿騒ぎが続いている。

収まる気配なんてどこにもない。

騒ぎはエスカレートするばかりで、誰も止めようとなんてしなくて。

その中でオレは喉が枯れるほど叫んで、涙が出るほど笑って――ようやく実感する。



――帰ってきたんだ……日常に。



最終話「オレと犯人と、絆が生んだ最後の決着」 終




670:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 21:23:37.96 ID:7MqwYLZ0o

■風間祈衣 カザマ キイ
 事件が大騒動になった後、自分の持ちうる全てのコネを駆使し、今回の事件の情報を収集。その後、手記を発表。
 少年犯罪史に名を残す大事件の被害者であり、解決者の一人である彼女の本は飛ぶように売れることとなる。

■黒川絢葉 クロカワ アヤハ
 事件の被害者として、犯人に直接拉致された高校生として連日マスコミに追われる。
 だが、不思議な事に数日で記者たちの姿は彼女の前から消えたとのこと。
 マスコミ関係者は口々にこう言う。
 「女子高生にインタビューしようとしたらヤクザが出てきた。何を言ってるかわからねーとおもうが俺にもわからねー」



671:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 21:25:55.12 ID:7MqwYLZ0o

■天海大鷹 アマミ ヒロタカ
 今までと変わらずひっそりと死体を解剖し続ける。
 しばらく後に死体フェチっぷりが妹にもばれ、しばらく口を聞いてもらえなかった。

■葛城恭和
 黒川絢葉に付きまとうマスコミを【法律に違反しない方法】で【説得】。
 いささか強引ではあるが、それ以上に記者が強引だったため訴訟などは起こされなかった。
 その功績が口コミで広まり、強面ではあるが丁寧な仕事をする探偵事務所の評判は上々。



672:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 21:26:37.13 ID:7MqwYLZ0o

■司馬院守 シバイン マモル
 事件の後も本来の雇われ先で変わりなく探偵業を続ける。余りにも依頼が無さ過ぎて不安になる事もしばしば。
 「お熱いことで」と慶二をからかっていたが、実は彼には二つ年上の恋人がいる。
 その事を何処からか知られ、音楽部の面々が事務所にまで冷やかしに来たのは彼の黒歴史である。
 その翌日、どう言う訳かクラスメイトの一人が負傷の為学校を休んだのだが誰も気づかなかった。


■睦紅兎 ムツミ ベニト










674:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 21:27:42.89 ID:7MqwYLZ0o

■七月十六日 午後四時三十分
■私立平坂高校 校門前

男「よぉ。待ってたぜ」

嬢「…」

嬢「どうしたのかしら?」

男「今、大丈夫か?」

嬢「質問には答えてほしいものね。何の用?」

男「何、ちょっと聞きたい事があってさ」







男「…この物語の黒幕さんに、な」






675:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 21:29:27.75 ID:7MqwYLZ0o

■午後四時四十二分
■平坂高校 音楽室

嬢「ふふんっ。始まりの場所で決着を付ける、か。案外洒落ているわね」

男「そんな大層なモンじゃない。ただ、今日はここに誰も来ない。それだけだ」

男「それに、君にとっては始まりでも何でもないだろ?」

嬢「それで――いつから気付いていたの?」

男「そうだな。はっきり言って最後まで気づかなかった」

男「事情聴取を終えて、家に帰ってメシ食って風呂に入って」

男「自分の部屋で事件の事を思い返していて初めて気付いた」

男「【睦さんの行動の不自然さは解明されてない】ってね」

男「それから連休中、祈衣の情報網を借りて色々調べてみて確信したよ」

男「全て君の掌の上だったってな」

嬢「聞かせてほしいわ。あなたの推理を」



676:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 21:31:36.63 ID:7MqwYLZ0o

男「最初は、自分を脅す石松彗絵をツブすためにオレに協力してたと思ってた」

嬢「それは正解よ。私は【誰かに漏らされたら死んでしまいたい】程の秘密を彼女に握られていた」

嬢「犯人は手口は巧妙。石松彗絵が【弱みを握っている】事は今までクラスの誰も知らなかった」

嬢「つまり匿名の脅迫ね。クラスの皆は疑心暗鬼に陥り、誰も信じられず、お互いの腹を探り、弱みを突き合っていた」

嬢「犯人に気に入られ、自分の保身を図るために」

男「A組は特進コースだからな。何かあったら進学に大きく響く。気持ち悪い世界だよ」

嬢「私は【人の嘘が分かる】のだわ。犯人が石松だと言う事にはすぐに分かったの」

男「だけど告発は自分の身の危険も招くし、証拠が無ければ信頼もしてもらえない」

男「だが、そこで死体遺棄事件が起きた」

男「関与しているはずの石松が不自然なまでに無傷。彼女を被害者と一緒に居るのを目撃した何人かが疑念を抱く」

嬢「それでも、弱みを握られている生徒たちは黙って支配されるしかなかったようね」

男「睦さんは違ったみたいだけどな」

嬢「ふふんっ、私を誰だと思っているの?私は誰にも縛られない。縛られるなんて耐えられない」

男「それで、【目撃者】であるオレに協力した。犯人に怪しまれないように、こっそりと」

嬢「そう言う事ね」

男「だけど、それだけじゃないだろう?」



677:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 21:32:57.14 ID:7MqwYLZ0o

嬢「…どう言う事?」

男「少し調べたんだ。去年起きたある【事件】に関して」

男「知ってるだろ?女生徒の自殺の事だよ」

嬢「さあ?私はその時お父様の仕事の都合で海外を飛び回っていたから」

男「飛び回ってた時期に事件が起きた事を何で知ってるんだよ…。嘘は嫌いじゃなかったのかよ」

嬢「冗談は別かしら」

男「オレには理解できないハイセンスな冗談だなオイ」

男「まぁいいや。知ってるはずだよ。君が夏休みを挟んで飛び回っていた二カ月半の内に亡くなったのは」

男「君の…睦紅兎の親友だったんだから」

嬢「どうなってるのよ。風間さんの情報網は。あの人、あなたと一緒に留年してるから学年は違うはずよね」

男「オレも知らん。ただ、在学中の学校内の噂話に関してはすべて網羅してるって自負してたぜ」



678:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 21:33:45.87 ID:7MqwYLZ0o

男「去年、平坂高校の生徒が学校内で自殺した」

男「その女生徒は、自宅で首を吊っているのを発見され、ニュースにもなり学校中が騒然となった」

男「初日はテレビでも大きく報道されたが、数日後、学校側の【調査の結果、イジメ等の事実はなかった】の一言以降、彼女の名前を見ることはなくなった」

男「学校内ではその事件の事に触れることがタブーとなり、その内、忘れられた」

嬢「>>82、ね」

男「え?」

嬢「どうしたのかしら?」

男「いや、何か変な独り言を言ってたから」

嬢「何の事?それで続きは?」



679:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 21:34:44.12 ID:7MqwYLZ0o

男「【親友の自殺】」

男「【もみ消されたイジメ】」

男「【不自然なまでに早く収束した噂話】」

男「そしてもう一つ、石松彗絵に関して祈衣から貰ったメモにはこう書かれている」

男「【石松彗絵 両親ともに医者。素行はあまり良く無く、二年生の時にイジメの主犯格だったと言う噂あり】」

男「つまらない推理だよ」

男「君は、親友の無念を晴らす為にこの事件とオレを利用した。そうだろ?」

男「その為に学校侵入を手伝った。睦紅兎の口からではなく、オレの手で石松彗絵に辿りつくように」

男「その為に石松彗絵の嘘を彼女に見つからない方法でオレに教えた」

男「まぁ、つまりオレは君に利用されてたってわけだ」

男「もしオレが失敗して殺されても自分が被害に遭わないように」

男「それはただの保身か。それとも、親友の仇を取るためには泥を啜ってでも君が傷つく訳にはいかなかったからか」

男「オレは後者だと思ってるけどな」

嬢「どちらでも好きに解釈して構わないわ。それと、八割正解ね」


嬢「だけど…あなたの事だから気付いているのでしょう?もう一つの事実に」



680:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 21:37:03.81 ID:7MqwYLZ0o

男「まぁ、な。言ってもいいのか?」

嬢「別に。構わなくてよ。後悔はしていないのだから」

男「じゃあ、最後のファクターだ」

男「【ほとんどの人間には、他人に広まったらそれだけで生きていけない致命的な秘密がある】」

男「【石松彗絵は、どんなに見苦しくても最後の最後まで保身を図った】

男「【逮捕された石松彗絵は警察署内で自殺した】。【共犯者の龍川明正と同じように】」

男「つまり、【自らが重大犯罪者として裁かれるのが、石松彗絵にとっては死ぬ事より嫌な事だった】って事だ」

男「まぁ、龍川に関しては自殺するくらいならなんで石松を道連れにしなかったんだ?って疑問が残ってるんだが」

男「おおかた家族や友人、恋人の弱みも握られてたって所だろ。当事者が死んでるんだから確かめようも無いんだけどな」

男「なぁ…」

男「……全て計算ずくだったのか?」


男「【石松彗絵が自殺する事まで計算して奴を追い詰めたのか】?」


嬢「…」


嬢「…」



嬢「…そうだ」



681:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 21:38:03.52 ID:7MqwYLZ0o

嬢「その事を警察に話すの?私は構わないけれど」

男「いや、全然」

嬢「…え?」

男「そもそも何の罪に問うんだよ。石松が自殺した事が罪だったら、オレを含めた関係者全員同罪だろ」

男「自殺したのはあくまでも結果であって、そうならない可能性だって十分あったわけだしな」

嬢「…軽蔑、しないのか?」

男「別に?奴は今までの行動の報いを受けた。それだけだろ」

男「人を自殺に追い込み、ゲームで人を殺し、その罪を共犯者に押し付けてのうのうと日常に居座っていた」

男「自分を追う目撃者を協力者ともども殺そうとした」

男「兄貴の話ではまだまだ余罪が出てくるらしいけど、奴はそれだけの事をしたんだよ」

男「だから、君が気を病む必要は無い」

男「まぁ、オレを騙してた分は謝罪してほしいけどな」

嬢「……ごめんなさい。だけど、あなたって…本当にお人好しね」

男「たまに言われる。たまに、だけどな」



682:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 21:38:32.82 ID:7MqwYLZ0o

男「っつー訳で、オレを騙してたんだから一旦解除してた主従契約は永久に破棄するから」

嬢「まだ覚えていたの?そんな事」

男「知ってるだろ?記憶力だけは良いんだよ」

嬢「構わないわ。その程度で済むのなら。もう二度と口を聞く事も無いわね」

嬢(そう。嫌われて当然だ。私はそれだけの事をしたのだから)

男「そうかもな。ところで…」

男「【主従関係】は解消したから、これで対等な【友人関係】になったよな?」

嬢「…」

嬢「……え?」



683:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 21:39:19.61 ID:7MqwYLZ0o

男「何を驚いてるんだよ」

男「別にオレは正義の味方を気取るつもりもは無いっての。騙したとかどうでもいいし」

男「ただ、睦さんが一人で秘密を抱えて潰れないかと心配でさ」

男「辛かったんだろ?憎かったんだろ?」

嬢「……えぇ。そうよ」

男「だったら、オレも君の共犯者だ」

男「だってそうだろ?オレが石松を叩きつ潰そうと思ったのはダチを傷つけられたからだ」

男「つまり動機は一緒。だから共犯」

嬢「………」

嬢「…………」

男「ま、人間、一人じゃ潰れちまうことでも、二人だったらどうにかなるモンだよ」

男「二人なら空も飛べるはず、ってな。あと、ダチなんだから言葉遣い気取っちゃ駄目だからな」



684:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 21:40:46.19 ID:7MqwYLZ0o

嬢「………か」

男「…って、ちょっと強引過ぎたか」

嬢「……ばか!」

嬢「お前は本当にばかのお人好しだ!私のせいでお前の友人が傷ついたんだぞ!?」

嬢「私の復讐に巻き込まれて黒川絢葉は拉致され、風間祈衣はあれだけの怪我に追い込まれたんだぞ!?」

男「あー。オレの推理を最後のトコ以外は話したけど、それでもアイツらはそう思っちゃいねぇぞ。むしろ感謝してたくらいだ。協力してくれてありがとう、ってな」

嬢「…ばかだ。お前らみんなばかだ!ばか…ばか…」

嬢「本当に、ばかだ…」



685:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 21:41:24.60 ID:7MqwYLZ0o

男「で、その祈衣から伝言だ」

男「【ウチの部活は慢性的な人手不足な為に部員募集中!長身スレンダーなハーフの女性なら大歓迎!】だとさ」



男「ちなみに、何故か今オレは白紙の入部届けを持っている訳だが」



男「……どうする?」




嬢「…」





嬢「…」





嬢「そうだな――」




  ダー  ニョート
嬢「はいかいいえかと問われれば――」





嬢「私は―――」



686:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 21:42:36.64 ID:7MqwYLZ0o

■天海慶二 アマミ ケイジ
 部員が一人増えた音楽部で副部長を務める。

 記憶障害を抱えたまま、彼がこれからどうやって生きていくのか。

 籠【ケージ】の中に大切な記憶を閉じ込められた彼は、【天】を羽ばたき、【海】を越える事は出来るのか。

 そして、どのような事件に巻き込まれるのか。

 語られる機会は、ある――かもしれない。

-------------------------------------------------------------------------------------------------------

男「人が死んでる!?」女「高校生探偵の出番ね!」 / 終

《Memory detective in bird cage》
Episode2 `memory dective´is closed.
To be continued (?) episode1`memory prisoner´.



687:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 21:44:44.18 ID:7MqwYLZ0o

終了です。全宇宙10人くらいの読者の方々、ご愛読ありがとうございました。
生まれて初めてのストーリー長編を完結させる事が出来たのは皆さんのお陰です。

少し興奮しているので、落ち着いたらチラ裏・没シーン・後日談ショートなど書きに来るかもしれません。
それでは



688:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 21:47:21.08 ID:Sqv0a4m6o

おつ!面白かった!



689:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/05(火) 21:52:25.15 ID:ZGxmn3BAO

おっつおつ!本当におっつおっつ!
面白かった!
そして探偵ェ…



695:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/06(水) 00:19:20.95 ID:PZM5Nu9L0

乙だ! 面白かったぜ!



696:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/06(水) 00:56:07.78 ID:bPPKULXLo

おつ
面白かった!
ゾクゾクしちゃったよ!



697:以下、魔王にかわりまして勇者がお送りします:2011/07/06(水) 00:57:41.28 ID:BC1FRU2AO

おつ!
面白かった!







  

【 関 連 記 事 】


ただのギャグSSかと思ったらよく考えてあってかなり面白かった
[ 2012/02/17 19:40 ] [ 編集 ]
なんでこういった秀作を創れるプロがいなくなちゃったんだろう。
まてよ、これ書いた人が実はプロってオチですか?
[ 2013/04/19 08:44 ] [ 編集 ]
どう読んでも神作です本当にお疲れ様でした。面白かったー。
[ 2013/05/15 17:18 ] [ 編集 ]
面白かった。乙。
他の話無いのかとググってみたら作者、賞取ってプロデビューか。すげーな。
[ 2013/11/18 12:14 ] [ 編集 ]
プロデビューしたの?
[ 2014/07/06 00:13 ] [ 編集 ]
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL


お知らせ


【お知らせ】

  • まとめ依頼募集中!
  • 自薦、他薦は問いません!
  • 教えてくれたらとっても嬉しいなって。
  • また何か不都合な点等ありましたらお知らせいただければ幸いです。





まおゆーお気に入り
   このエントリーをはてなブックマークに追加 ← 良ければ追加をお願いしますm(_ _)m

twitter.jpg    RSS.jpg
スポンサードリンク
カテゴリ
逆アクセスランキング
リンク

SS系リンク


VIP系リンク


ニュース系リンク


アンテナ系リンク


アニメ・ゲーム系リンク

その他リンク

ブログ内記事検索
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文: